夜空に薄暗い雲が覆う。太陽を隠すだけで雨の恵をもたらさないこの地域では、一部の魔物を除きほとんど生き物はいない。
草木が嫌う枯れた大地に、無機質な武器が地面から代わりに生えていた。その光景はまるで戦争があった後のようではあるが、『後』ではなく、正しくは『今』から行われるものだ。
剣、槍、ハンマー、弓、鎌、魔導銃……。その数は百を超え、その中心部では2人の男。少年と中年の男が戦いの火蓋を散らしていた。
少年は黒いコートに黒いズボンに黒いブーツと、全身を黒一色に統一していて、黒目黒髪。
まるで死肉漁る不吉な八咫烏のように黒一色だか、これは少年の目立ちたくない性格と戦闘スタイルが色濃く反映されているからだ。
懐には魔導銃の入ったホルスターと刀が装備されている。手入れの行き届いた武器には、戦いの姿が鏡のように映し出されていた。
少年の名はクロヤ。
幼き頃に住んでいた村を魔族に襲われ、天涯孤独になった所を中年の男――アイザック・ロベルトに救われたのである。
クロヤの地味な服装に対してアイザックは豪華な指輪やネックレスをぶら下げ、派手な身なりをしている。赤髪赤眼と、若干強面の印象だ。
自身と同じ背丈の大剣を手に持ち、常人なら持つことも危ぶまれるが、アイザックはナイフのような身軽さで扱っていた。
クロヤは刀を抜刀して切りかかる。アイザックはそれを大剣で軽々しく防ぐと、つばぜり合いをした。
「ハッ!相変わらず貧弱だなお前は」
「筋肉が足りてねぇ」とアイザックは笑うと切り払う。
クロヤは数メートル吹き飛ばされ、地面にバウンドすると同時に、
「ファントム〘影人〙」
とつぶやく。
クロヤから卵の殻を破るヒナのように、真っ黒な影が抜け出していく。
その数は3人。
闇から生まれた兵達は、意思を持って動き出す。敵を殲滅するための地獄の使いとして。
「来たか」
アイザックは神経を尖らせ、武器を構える。迫り来る3つの影は四方八方に散り、各々に散らばった武器を手に取った。
影の1人が地に刺さった双剣を抜き取り、肉薄しながら烈火の如き猛攻を繰り出す。身の軽い動きと死を恐れぬ無の意思でただひたすらに踊るように斬りまくる。
大剣で双剣の攻撃を防ぐという人間離れした行動をしつつ、アイザックは後ろに下がりながら攻撃を凌いでいると、背後にある気配に気付き、目を閉じる。
閉じた瞳の中で背後から槍を持った影人が突き刺そうとしているのが見えた。
「30点」
しかし、この程度ではまだまだ赤点だと、余裕の表情だ。
前後から挟まれたアイザックは跳躍して攻撃を回避する。だが、それを予期していたかのように弓を構えた影人が宙でこちらを狙っていた。
「……45点だな」
影人が矢を放つと同時に自身が持つ大剣を投影し、矢を弾きつつ影人の腹部を突き刺す。着地すると同時に1回転をして、その遠心力を双剣を持った影人へかかと落としで叩き込んだ。
衝撃で大地が蜘蛛の巣状にひび割れる。その範囲は10mにも及び、激しく揺らした。
影人が隙を文字通り突くように槍で奇襲するが、片手で捕まれ、容易く防がれる。
アイザックはニヤリと笑い、影人の頭に手をかざす。赤い魔法陣出現し、ゴウッ! と大気が唸る音とともに炎の波が影人を飲み込む。
炎が解かれると影人のあるはずの上半身は勿論のこと、背後にある様々な武器も微塵も残らず消滅していた。
(影人3人を10秒足らずで……やっぱりいまの俺ではアイザックの足元にも及ばないか)
今の俺では――と。心の中で反復する。
クロヤは静かに息を吸い、意識を研ぎ澄ませた。
「そうだ――。格上の俺様に傷を付けるにはお前じゃ10億年早い。だからテメェに俺様の技をさずけたんだろうが」
アイザックは待つようにゆっくり歩き、大剣を拾い上げる。
クロヤの周りに旋風がおこり、土煙が微かに舞い上がった。
『リミットブレイク』
体の限界を超えた力を引き出すアイザック直伝の技だ。一時的に、筋力、魔力を数倍まで高めることができる。だが、使えば体にかかる負荷も少なくはない諸刃の剣。
クロヤの黒い目が赤い閃光を帯びる。影人を再び2人作り出し、アイザックの元へと向けた。
走り出した影人はスナイパー型の魔導銃と大砲を手にする。それと同時にクロヤが中央を猛スピードで駆け出した。
目の赤い輝きが1本の線と化し、クロヤが蹴った大地にブーツの跡が刻まれた。
先と同様、刀と大剣でつばぜり合いを行う。激しく火花を散らし、衝撃波でコートを靡かせた。
体の限界を超えたクロヤは力の差を互角まで上り詰め、拮抗していた。
力比べをしていると、スナイパーを構えた影人がアイザックの頭に照準を合わせ、引き金を引く。
命を刈り取る無機質な小さい死神が襲い掛かかった。
「おっと」
アイザックは後ろに飛び退き銃弾を躱す。
クロヤはもう片方の手に影を纏う。するとそこから黒い刀が現れ、二刀流に移った。
「鈎爪」
鷹の爪で切り裂くように、2本の刀を力強く振り下ろす。アイザックは腕に炎の魔力を集約させ、炎の鎧で受け止めた。
アイザックは空いた片手で大剣を握りしめ、鋒で突きを放つ。クロヤは身をよじって躱すが、大剣が赤く煌めき燃え上がった。
「ぐっ」
刀身から放たれた強烈な炎の刃までは躱しきれず、腹部が焼かれてしまい、声が漏れる。
鋭い痛みと焼けるような痛みが当時にクロヤをおそう。しかし歯を噛み締めながらもクロヤは笑み浮かべていた。
影人が放った弾丸がアイザックの右足を貫いていたからである。
「やるじゃねぇか!」
アイザックが大剣を振り回すと炎龍が出現し、大蛇のように動き回って魔導銃を持った影人を大口を開けて飲み込む。
炎龍は次なる獲物を求め、クロヤを襲った。
「避けている時間はない……」
リミットブレイクの継続時間は持って3分。
影の刀を炎龍の口元へと投影すると、刀は徐々にその姿を変えて、巨体な大剣へと変化した。
炎龍を引き裂き、アイザックの元へ巨大な影の刀が飛来する。
アイザックは地面に手を置き、魔力を送り込んだ。
「火柱」
クロヤが足を踏み入れようとした地が赤みを帯び始め、身の危険を感じて退避すると同時に赤い炎が空を貫く。影の大剣は一瞬のうちに焼かれてしまった。
そこから二三と火柱がクロヤの立つ地を襲い、引くことを余儀なくされる。
このまま時間を稼がれると不味いと判断したクロヤは影人を操り襲撃させる。
影人が大砲を放つと、アイザックは目もくれず自身を炎で燃やす。その姿は徐々に大きくなり、不死鳥をかたどった。
大砲の弾は不死鳥の炎に飲まれると、呆気なく消滅してしまう。
影人が瞬時に武器を取り替えて接近戦を挑むが、アイザックに近づくと同時に不死鳥が口から放つ炎で焼かれてしまい、無駄に終わる。
「朱雀」
不死鳥の名を口にしたアイザックは、大剣をクロヤに向けた。
朱雀が生きているかように雄叫びを上げ、弾けるように煌めく。暗闇で静かなにこの地に太陽が刺したような光が包み込んだ。
その姿は後光が見えるほど美しい。
「よぉクロヤ! 俺達の仕事なんだ?言ってみろ!」
「便利屋だ!」
「そうだ便利屋だ! ただそんじょそこらの便利屋とは訳が違う。それはなんだ!?」
「どんなこともやるのが仕事じゃない! どんな無茶なことも達成することがだ!」
「なら、この俺様を倒すくらい訳ねぇよなぁ!?」
クロヤは目を閉じてイメージを練る。
決着を付けるにはこれしかない。
俺の名はなんだ――。
クロヤだ。
違う。
俺の名はなんだ――。
俺の名はなんだ――。
俺の名は――。
俺の――。
クロヤの体が燃えがり、徐々に炎は勢いを増す。その姿は――不死鳥を連想させた。
俺の名はなんだ――。
俺様の名はアイザック・ロベルタ。
クロヤを纏う炎はアイザックの朱雀と瓜二つのものとなり、周囲には激しい光が重ねって広がった。
薄暗いだけの土地に神々しい二鳥が君臨し、まるで神話の一ページに立ち会っているではと思わせる。
『幻影憑依』
幻影魔法は、普通他者を惑わし、騙す為のものだ。たがクロヤの行うそれは自分を騙す為のもの。
自身を他者の人間、アイザック・ロベルタだと深く幻影を見せ、人格を塗りつぶす。
もちろん人格を塗りつぶすなどただごとではすまない。長時間使えば精神が壊れてしまう。
だから使うのは技を使う一瞬。発動さえしてしまえば操ることはなんとかできる。
「魔力が……すごい消費量だ」
リミットブレイクを使用しているとはいえ体から一気に血を抜かれてるような気がする。
この魔法を使いつつ未だに涼しい顔のアイザックに対して、畏怖を覚えた。
「うぉぉぉぉぉ!」
雄叫びを上げて体中を走る痛みと消え入りそうな意識を押さえ込み。ただひたすら前に走る。
アイザックはそれを嬉そうに笑い対峙した。
朱雀が激突すると激しく大気と大地が揺れ、雲を引き裂き、この地に本物の太陽の光が差し込んだ。