午後の模擬試合。
直径30m石畳で作られたリング状では2人の生徒が対峙しており、残った生徒達はリング外で戦闘を見守っていた。
クロヤは仕事服であるいつもの黒ずくめの格好で参加していた。他の生徒も制服ではなく、各々が武器防具を装備していた。
模擬試合。
生徒同士による戦いの練習だ。基本的には魔法、体術、武器、殺すこと以外はなんでもありで競い合う。
学園内は博士の科学力と医務班による魔法があり、四肢の欠損でも完治できる状況にある。
より実践的に。学園長の強い方針を叶えるためのサポートは万全だ。
リングにいる狼人のウーフ・クロロは、鬼人であるシズク・ヨウに短剣で襲いかかる。シズクは、トゲトゲしい棍棒を盾に受け止めて押し返した。
ウーフは白い体毛に犬耳。ギラつく蒼い瞳は鋭く高圧的で、片目には獣傷が付いていた。
自身の特徴である素早さを失わぬ用、身軽な革な鎧を身につけている。使用する武器はクローナイフと短剣。
シズクはピンク色の色鮮やかな和服を着ていて、真っ白な肌と相対的な黒いショートヘアだ。瞳は好戦的な紅眼で、頭には2本の小さな角が生えている。下駄と浴衣という動きにくそうな身なりでも、本人は全く気にしてない様子だ。
「はぁ!」
シズクは体躯よりも大きい棍棒を地面に叩きつける。細い腕からは想像も出来ないような衝撃波を生み出した。割れた石がショットガンのように石礫がウーフに降り注ぐ。
ウーフは自慢の脚力で、舞台の端にある4つある1柱に飛び乗り、連続して跳躍繰り返す。余りの速さにウーフはその姿を幾人にも思わせた。
「ハッ! この俺様の姿が見えるか鬼人! これでもまだまだトップギアじゃねぇぞ!」
「流石は犬の人でありんす……」
「犬じゃねぇ! 狼だ!」
ウーフは跳躍を辞めて急旋回して、クローでシズクに襲いかかる。クローが深々と背中に突き刺さり、美しい和服に赤い染みができる。
シズクが振り返って掴みかかろうとするが、すぐさまウーフは跳躍し、再び背後に回る。
幾度となく繰り返される攻撃に、次第にシズクは苛立ちを覚えた。
「なかなかやるな。あの狼人も、鬼人も」
「そうっすね。でも、シズクちゃんには分が悪いかな。ウーフの動きに全く付いてこれていない」
「そんなことはあの鬼人も理解しているはずだ。弱点は克服する為にある」
シズクは振袖の中から4枚の札を取り出し、柱に向かって投げつける。
リング上が紫色に光だし、空中を飛び交うウーフが地面に叩き付けられた。
「範囲内の重力を倍増させる『呪い』でありんす。今は5倍程度で、わちきには余り変わったような気がしないでござりんすが、さて、狼の人」
「――クソが! この程度」
ウーフが逃げようとするが、シズクが素早く動いて足を掴む。装備を身につけており自身よりも背の高いウーフを片手で振り回している。その重量は呪いの影響で数百kgにも及んでいた。
ウーフを引きずりながら柱へ走り、何度もウーフを柱に叩きつけると、ぐしゃりと骨が曲がっていく。その中でウーフは短剣を取り出して、自身の足を切り飛ばした。
ウーフは口に短剣を咥えてシズクを睨み付ける。足が1本なくなっても闘志は消えていない。
「そこまで!」とクレアによる静止が入った。
「ウーフ。敗北を認めますね?」
「……あ、ああ」
敗北を認めたウーフは耳をしおらせる。クレアの審判に意を唱えることは許されない。
これ以上続けても負けだと判断されたのだろう。
「大丈夫!?」
ルーシャがスタスタと走ってシズクとウーフの元へ走っていく。
「ルーシャちゃん。服が破けてしまったでありんす」
「服は私が後で縫ってあげるよ! それよりも先に傷が……」
ルーシャの背中から真っ白な翼が生える。祈りを捧げる構えをして魔法を発動させた。
その姿はさながら聖書に載る天使。
「ヒール」
ルーシャが癒しの魔法を発動させると、シズクとウーフの傷がみるみるうちに塞がっていく。
ウーフに至っては切り飛ばした足すらも元通りになっていた。
神の如く奇跡に、クロヤはその様子を目を丸くして見ていた。
「ありがとうござんりんした」とシズクは深々とルーシャに頭を下げる。
ウーフは無言でリングを後にした。
「ルーシャ! お前天使族だったのか!?」
「うん。祈りを捧げる時と……戦う時にあんな風に羽が出現しちゃうの。別に隠していた訳じゃないけど」
天使族は超希少な種族だ。世界中探してもその数は100以下だと言われている。
彼らは回復魔術と光属性の魔術を得意としており、ルーシャのように心が清らかな者ばかりだ。
魔力量は人間の10倍はあるとされ、数万程度は珍しくない。
「主さんがルーシャちゃんと戦う相手でありんすか? 死なないようにしておくんなし」
シズクがクロヤに対して忠告を促す。
(俺が死ぬ……?)
クロヤはルーシャを見つめる。
いつものようにどこかオドオドしているだけだ。制服とは違い、宝石の付いた銀色の鎧に、腰にはレイピアを装備している。
正直戦う姿がイメージできないレベルだ。虫も殺せなさそうなルーシャが自身に戦いを挑んだ理由がクロヤは理解できない。
「次はクロヤとルーシャですね。お互いに距離をとって武器を構えて下さい」
クレアがパチンと指を鳴らすと壊れたリングが元通りになる。自己修復機能がある魔法を発動させたのだ。
クロヤはクレア先生の指示通りにルーシャと距離を取ろうとするが、不意に手を掴まれる。
「ねぇクロヤ。ブレイドを倒したクロヤなら大丈夫だと思うけど、私から依頼だよ」
「どうした?」
「私の全てを受け止めて欲しい。もしクロヤが私に勝てたら……今度は私がなんでも聞いてあげる」
ルーシャは手を離し闘技場の反対側に立つ。
「では初め!」
クレアが合図すると、ルーシャはレイピアに手を伸ばした。鞘から刀身を引き抜くと、異常な威圧と殺気をクロヤを襲う。
(これは……! 暗殺者や武術の達人と向き合ったことはあるが、全く比べものにならねぇ!)
クロヤは刀を強く握りしめ、ルーシャの動きの一挙手一投足を見逃さないように目を張る。
ルーシャの真っ白な翼が黒く染まり、鎧がカチカチと震える。
綺麗な水に墨汁を垂らすように、感情が濁っていく。
「アハハハハッ!」
甲高い笑い声と共にルーシャは――堕ちる。
先程の天使が放つふわりとした情愛が180度切り替わったかのようだ。
『堕天』
天使族は武器を握ると殺戮と戦闘を好む兵器になる。
それは心が優しい者ほど狂人になってしまい、無償で癒しを行う聖人が、無意味な殺戮を起こす悪魔へと変貌する。
「ワタシを受け止めてクロヤ!」
笑顔を向けるルーシャの口は三日月に歪み。妖美な雰囲気を纏わせていた。
ルーシャはレイピアを振るうと、黒い斬撃がクロヤに襲いかかる。
回避しようと身体をよじるが、頬を掠めてしまった。斬撃は柱を切り裂き、壁に激突する。
次にレイピアを構えて突撃する、クロヤはコート下に隠した短剣を投げて応戦するが、避ける素振りを見せない。短剣はルーシャの体に触れる前に魔法の障壁で弾かれてしまう。
ルーシャとクロヤはレイピアと刀で打ち込み合う。火花を散らしながら数回打ち合った。
「もっと頑張ってよ! もっとワタシを楽しませて!」
甲高い笑い声を上げながら猛攻を仕掛けるルーシャに対してクロヤは一旦距離をとる。
「さっきの魔法の障壁、今の攻防で感じた力強さ。魔力量は最低俺の10倍ってとこか!」
「ワタシの魔力量は3万。人間であるクロヤにワタシの障壁を貫けるかな? さぁ! ワタシの体に思い出のキズをつけてよ!」
「いいだろう――少し本気でいくぞ!」
クロヤには才能がない。
剣術も、魔術も、銃の扱い方も全て死地を潜り抜けた努力で身につけたものだ。
だが、一つだけ得意な物がある。
幻術だ。
「ドッペルゲンガー〘鏡人〙」
クロヤは2手に別れるよう分身を生み出す。本物と瓜二つの姿は誰にも見分けがつかない。上級魔法の幻術だ。
ルーシャを囲むように立つと、互いに刺突を行う。魔力を刀の鋒に集中させ、ルーシャの魔法の障壁を破壊するつもりだ。
しかし、障壁の固さは凄まじく、僅かにヒビを入れる程度に終わった。
「だめだよぉクロヤ。無駄無駄」
「無駄でもないさ。ルーシャの魔力が無限にあるならそうかもしれないが、技を受ける度に魔力を消費するだろ?」
ならば――と、1人のクロヤが刀を滞納し、居合の構えをとった。
「五月雨」
抜刀したと同時に無数の斬撃がルーシャを襲う。残った1人は魔法を唱えるために魔力を貯めていた。
「ライトニング!」
ルーシャの頭上に青色の魔法陣が浮かび上がり、そこから雷か落ちる。
しかし、固い障壁に対しては、雨の日の傘のように雷が飛び散るだけだった。
煙が舞い上がる中、ルーシャは羽を身を守るように固めて、一気に広げる。
黒い羽の刃が四方八方に飛び散った。その羽のー枚一枚が、クロヤの放つ中級魔法のライトニングより殺傷能力を秘めていた。
刀で羽を弾くたびに手が痺れるような感覚が走る。魔力量の差は、格闘技における体重差に近い。クロヤとルーシャは10倍以上の差があるため、同じ初級魔法のファイヤーボールでも、ピストルとミサイル並の差が出る。
だがクロヤにとってはたかが10倍だ。自分が有利な状態での戦いの方が少ない。
人間はエルフよりも魔法が不得意だ。
人間はドワーフよりも武器が作れない。
人間は鬼人よりも力がない。
人間は獣族よりも俊敏力がない。
だけど人間には、他の種族を凌駕する、成長力がある。
人は死地を潜りぬければより一層強くするのだ。
「感謝するぜ、クソ親父。正直学園なんかにいる奴に期待はしていなかったが、俺はまた強くなれそうだ」
アイザックに出された『依頼』をこなすためにも、強くなくてはいけない。
「もう――ぐしゃぐしゃになっちゃえ」
ルーシャが右腕を抱えると強大な魔力が集約されていく。ガレキや石が宙に浮くほどの力だ。
ゴォォォと低い唸りで大気が震える。
「デスハンド!」
黒い魔力の塊から無数の手が伸びる。それらはクロヤに一斉に襲いかかった。