うみみです。
本日より連載を始めさせてもらいます。
よろしくお願いします。
東京都秋葉原。
小学5年生だった俺はたまたま遊びに行く途中に通った道で、ただその光景に圧倒されていた。
デコレーションされた街。道中に広がる同じ衣装を着た女の人たち。声援を送る人たち。
みんなが思い思いに歌を歌い、踊り、笑っていた。
中でもその中心で歌う9人は一際輝いて、そのダンスに目を惹かれていた。
9人の女神に。
曲が終わり、みんなお互いに寄り合って、楽しそうに今の心境を言い合ってる中、俺の足は自然と9人の方へ向かっていた。
「· · ·あの!」
声をかけると茶色い髪をサイドテールで結んだお姉さんが肩で息をしながら振り向く。
「ん?どうしたの?もしかして迷子?」
「こ、これってなんですか?お姉さんたちは、一体?」
すると、お姉さんはクスッと笑い、嬉しそうに言った。
「これはね!みんなで作ったライブ!そして、私たちはスクールアイドル!」
この日。俺は、北野和哉はスクールアイドルを知った。
そして、これはスクールアイドル『μ's』とのかけがえの無い大切な思い出。
スクールアイドルのお姉さんたちがライブしていた秋葉原から少し行くと、ビルなんかがずっと立ち続ける電気街は見る影もなくなり、至って普通の住宅地となる。
元々目的地はここに住んでいる友達の家に遊びに行く事だったのだが、あの光景に見とれて約束の時間より30分ほど遅れていた。
俺は小走り気味に道を急ぐ。すると小さくピアノの音が聞こえてきた。
あ、やっぱり今日も弾いてるみたいだ。
目的地である友達の家の前で立ち止まり、俺は少し上がった息を整える。
ふぅ、と息を吐き、インターホンを押すとピアノの音も止まる。
家の中からパタパタと走ってくる音が聞こえる。そして、ガチャ、と家のドアが勢いよく開く。
「いらっしゃい!遅かったね?何かあったの?」
出てきたのは赤い髪をツインテールにして、ピンクのワンピースを着た女の子。同い年で小学1年生からの友達、桜内梨子だ。
「そうなんだよ!さっきね、秋葉原の街が風船でいっぱいでさ!人もいっぱいいて!」
「ふふっ、そうなんだ!外で話しても仕方ないから部屋で話そ?」
「あ、そうだね。おじゃましまーす」
梨子の言う通りなのでさっきの話は一旦辞めて、家に上がることにした。
「おかーさーん。和哉くん来たよー」
「あら、いらっしゃい。遅かったのね。梨子ったらさっきまで和哉くん来ないってぷりぷりしてたのよ」
玄関から伸びる廊下の一番奥の扉から梨子のお母さんが出てくる。
「なっ!何言ってるの!?和哉くん、そんな事ないからね!」
梨子は顔を真っ赤にして言う。
ほら、行こっ、と梨子は少し照れたような、怒ったような顔で、俺の背中を押しながら彼女の部屋に向かう。
梨子の部屋は女の子らしく、薄いピンク色のものが多くあり、所々にぬいぐるみを飾っている。
でも、何より梨子らしいのはピアノだ。
普通の家にはまず無い、学校の音楽室で見るような本物のピアノがある。
初めて見た時はびっくりしたが流石にもう慣れた。
そして、梨子はピアノのコンクールで賞を貰うことが多く、その賞状やトロフィーも部屋に飾ってある。
「そういえば梨子、さっきピアノ弾いてたでしょ?聴いたことないけど、新しい曲?」
「うん。今度のコンクールに向けて練習中なの」
「すごいなー。この前だって別の曲練習してたのにもう?大変じゃないの?」
「うーん。確かに大変だけど、ピアノが大好きだから楽しいよ」
「そっか。俺も好きだよ」
「ふぇっ!?い、いきなりどうしたの!?」
梨子は顔を赤くし、変な声を出す。
真面目で大人しい、梨子にはしては珍しい。
「い、いきなりって?俺はピアノを弾いてる梨子と、梨子がピアノ弾いてるところ見るの好きって。いつも言ってるじゃん」
「あ、そういうことなんだ。びっくりしたぁ· · ·」
「変な梨子。何かあるんじゃないの?」
「ううん!?なんでもないよ!あ、そうだ!さっきすごいの見たって言ってたよね?教えて!」
「あ、そうだ!そうだよ!凄かったんだよ!秋葉原!知ってる?スクールアイドルって!」
「スクール· · ·アイドル?」
梨子は初めて聞く単語に首を傾げる。
「そう!さっき見たんだ!皆同じ衣装を着て、踊って、凄かったんだ!」
「それって有名なの?」
「どうなんだろう?俺は今日初めて見たから。でも、アイドルっていうだけあってみんな可愛かったよ」
へー、と梨子は少し興味があるような返事をする。
「梨子もなってみたら?スクールアイドル」
「へっ?私が!?無理無理!」
「無理じゃないって。梨子、可愛いから人気出る!」
「可愛くないよ!私、地味だし。それにアイドルみたいなフリフリな衣装着て、人前に出るとか恥ずかしすぎて無理!」
顔を赤くし、手をぶんぶん降って否定する。
梨子は恥ずかしがり屋で自分に自信が無い。
彼女らしいと言えばそうだが、悪いところでもある。
俺は若干不機嫌になりつつも続ける。
「きっと梨子がスクールアイドルやったらμ'sみたいに輝いてると思うんだけどな」
「みゅーず?」
「そう!この人たち!」
梨子の部屋の隅に置いていた、自分のカバンから1枚の写真を取り出す。
写真に写っているのは、スクールアイドルたちの集合写真。
なぜこれを持っているかと言うと、別れ際にサイドテールのお姉さんから貰ったのだ。
「これがみゅーず?」
「ううん。μ'sはこの9人なんだよ」
名前は知らないが9人を指さしていく。
「何だかみんな楽しそうだね」
「でしょ?みんな楽しんでるからこんなに輝いて見えた」
「でも、やっぱり私には無理だよ。こんなキラキラしてる人たちの中に入るのも、衣装を着るのも」
「ピアノの衣装だってこんな感じじゃん」
「えー、違うよー」
「一緒だって」
一緒!違う!とよく分からない、言い合いをしばらく続けているとピンポーン、とインターホンがなる。
その音を聞いて俺たちは顔を見合わせて、クスクスと笑いあった。
「なんで言い合ってたんだろ?俺たち」
「そうだね。とにかく、私には似合わないよ。それにね、ピアノを頑張りたいから」
梨子は立ち上がり、ピアノの椅子に腰掛ける。
「何か弾こっか?和哉くんにも聞いてほしいの」
「そうだなぁ、じゃあ、『アレ』が聞きたい」
「また?本当に好きなんだね」
俺は梨子にリクエストがないかと聞かれると決まってこの曲をリクエストする。
「うん。『熱情』が聞きたいな」
『熱情』
ベートーヴェン作曲のソナタ。
この曲がどうして好きなのか、俺自身にもよく分からない。けど、言葉にはできない確かな気持ちを持ってこの曲を好きだと言える。
梨子はピアノの椅子に座り、静かに弾き始める。
いつも落ち着きがないなんて言われる俺だが演奏中は自分でも静かすぎると思うくらい静かだ。
音楽の事なんて何もわからないけど、俺はいつもピアノの音と梨子の表情に呑み込まれる。
「· · · · · ·ふう」
演奏は終わり、梨子は安心したかのように溜息をつく。
「やっぱり梨子はすごいよ。また集中して聞き入っちゃった」
「そんな。所々間違えちゃってたし」
俺は拍手をしながら、椅子に座っている梨子の隣に寄り、鍵盤に触れる。
「俺がやっても変な音にしかなんないけど、梨子がやると綺麗な音楽になる。凄いよ」
「そ、そう?えへへ、ありがとう」
照れながらハニカム梨子。
俺も自然と笑ってしまう。
ふと時計を見ると針はもう5時を指していた。
「って、時間じゃん!今日は帰るよ!」
「う、うん。また学校でね」
自分のカバンをひったくるように掴み、バタバタと梨子の家からでる。
「お邪魔しました!」
家に着くといつもこの時間帯にはない革靴が並んでいた。
いつも仕事で夜遅くに帰ってくる父さんのものだ。
「ただいま!今日は早かったんだね」
母さんはキッチンで夕飯を作っていて、父さんはリビングでスーツ姿のままテレビを見ている。
まだ、帰ってきたばかりなんだろう。
「ああ。ちょっと仕事の都合でな」
「?仕事の都合なら普通、遅くなるじゃないの?」
「そうなんだが、転勤することになってだな」
「え?」
転勤。つまり、引越すということ。
「和哉には本当に悪いと思ってる。でも仕方ないんだ」
「引越し先はどこ?」
「静岡だ」
「すぐ戻れるんだよね」
「· · ·分からない。もしかしたらずっとそのままかもしれない。父さん1人って言うのも考えたけど母さんと和哉の2人だけを残したくない」
それを聞くと俺は自分の部屋に逃げる様に走る。
後ろで母さんが俺を呼ぶ声が聞こえた気がしたがそれどころじゃない。
その後俺は1人で部屋で馬鹿みたいに泣いた。
学校の友達と、梨子と離れるのが嫌というありふれた理由で。
この物語の掴みはこのような感じです。
これから始まる夢の軌道をお楽しみください。