スクールアイドルの設立。
梨子の勧誘。
善子の不登校。
あらゆる困難に見舞われる和哉たち。
一方梨子は?
side 梨子
内浦に引越してそろそろ1ヶ月が経とうとしていたある日。
私は家の最寄りのバス停の砂浜に立って夕焼けに染まる海を見ていた。
転校してからは色んなことがあった。
何年も前に別れた幼馴染との再会。
海の音を聴こうとして、海に飛び込もうとした私を引き止めた女の子がスクールアイドルをやらないか、とずっと勧誘してきたり。
スクールアイドルという名前を聞いた時、私は少しその話を受けようと思った。受けることで彼との繋がりが消えないような気がして。
でも、私は断った。スクールアイドルなんて知らないという嘘と一緒に。
私にはそんな時間なんて無い。
コンクール用の曲を作らないと。
ピアノをまた弾けるようにならないと。
周りの人の期待に答えないと。
あの恐怖を捨てて、またピアノと向き合うんだ。
改めて決心して家に帰ろうと思った瞬間、後ろから声がした。
「桜内さーん!」
あの日一緒に海に落ち、学校で顔を合わす度に勧誘してくるクラスメイトの女の子、高海千歌さんだ。
はあ、とため息をつき、どうやって断ったら諦めてくれるか考える。
「また海に入ろうとしてる?」
高海さんはしゃがんで私のスカートをまくり上げて、中に水着を来てないか確認している。
恥ずかしさと怒りでプルプルと体が震える。
ばっ、とスカートを抑えると同時に振り向き、高海さんを怒る。
「してないです!」
「よかった」
「あのね、こんな所まで追いかけてきて、答えは変わらないわよ」
「あ、違う違う。通りかかっただけ。あ、そういえば海の音は聴くことはできた?」
「· · ·」
そう簡単には聴けないと思う。そうだったら私がこんなに悩む必要なんて· · ·。
· · ·いけない。
焦りと不安でイラつき安くなってる。こんなのじゃダメだ。
「じゃあ、今度の日曜日空いてる?」
「どうして?」
「空いてたらここに来てよ。海の音、聴けるかもしれないから」
「聴けたらスクールアイドルになれって言うんでしょ?」
少し意地悪っぽく返す。
「うーん。だったら嬉しいけど、その前に聞いてほしいの。歌を」
「歌?」
「梨子ちゃん、スクールアイドルのこと全然知らないでしょ?だから、知ってもらいたいの!だめ?」
高海さんはどこまでもスクールアイドルが好きみたいだ。
そんな高海さんが小さい頃の私と重なって見えた。
「あのね、ピアノやってるって話したでしょ」
「うん」
「小さい頃からずーっとやってたんだけど、最近いくらやっても上達しなくて、やる気も出なくて。それで、環境変えてみようって。海の音を聴ければ何かが変わるのかなって」
いきなりこんなこと言って高海さんも困ってるはずだ。
「変わるよ、きっと」
私の手をそっと握る彼女は穏やかに笑う。
「簡単に言わないでよ」
ムッ、として強くあたってしまう。
「分かってるけど、そんな気がする」
この人が言うとなんだか本当にそんな気がする。
なんだか、太陽みたい。
「ヘンな人ね、全く· · ·。とにかくスクールアイドルなんてやってる暇はないの。ごめんね」
「うん。じゃあ、分かった。海の音だけ聴きに行ってみようよ。スクールアイドル関係なしに」
「え?」
「ならいいでしょ?」
握っている手を少し強める高海さん。
そこまで言うなら言葉に甘えて行ってみようかな。
日曜日。
高海さんに言われた通り、浜辺に行く。
高海さんは既にいて、なぜか当たり前のように彼女の友達の渡辺さんまで一緒にいた。
「あ、おはよー!」
「おはヨーソロー!」
2人は笑顔で挨拶をする。
おはヨーソローってなんだろう· · ·、なんてことを考えながら2人に挨拶を返す。
「じゃあ、行こっか。あそこの船着場から定期船で行くんだよ」
高海さんの説明を聞き、2人の後ろを着いていく。
今日は少し曇りな天気。
船上の海風が少し寒い。
ほんの数分で定期船は目的地に着く。
船を降りるとすぐそこの看板には『淡島』と書かれている。
「で、あの建物」
高海さんが指を指した建物は『松浦ダイビングショップ』と大きく書かれているところ。
「潜るの?」
「そうだよ。お店に幼馴染みがいるから、スーツとか一式借りれるよ」
お店に到着すると店頭で店員さんがダイビングスーツを着てボンベを運んでいた。
「果南ちゃーん」
高海さんが呼ぶと店員さんが振り向く。
「お、来たね」
「うん!あ、この子が桜内梨子ちゃん!」
「千歌の言ってた転校生?珍しいね。私は松浦果南。浦女の3年だから、千歌と曜、それにあなたの先輩になるよ」
店員さんと思っていた女性は1つ年上の先輩だった。
驚いた。大人っぽくて綺麗で。
正直、高校生っぽく見えなかった。
「桜内梨子です。今日はわざわざすみません」
「いいよいいよ。気にしないで。形はどうあれ、この海に入りたいって思ってるなら、私はそれを手伝うよ」
ニカッ、とハニカム松浦さんはとてもかっこよく見えた。
ふと隣を見ると高海さんと渡辺さんがいない。
「あ、あれ?2人は· · ·」
「ああ、千歌と曜なら」
松浦さんが指を指した方を見ると既にダイビングスーツに着替えている2人がいた。
ダイビングスーツは紺色を基調として、高海さんはオレンジ、渡辺さんは水色のラインが入ったスーツを着ていた。
「はい、これ。梨子ちゃんの」
松浦さんは私にダイビングスーツと水着を渡す。
「水着?」
「うん。もしかして、裸のままスーツを着ると思ってた?」
「違うんですか?」
「あはは· · ·。そう思ってる人多いんだよ。濡れたダイビングスーツを脱ぐのって大変で、手伝わないとなかなか脱げないんだよ。だから」
そこではっ、として顔が熱くなるのを感じる。
「更衣室はあっちだから早く着替えておいで」
「はい」
ダイビングスーツと水着を受け取り、そそくさと更衣室に駆け込む。
着替えて再び店頭に行くと松浦さんはゴーグルとシュノーケルを準備していた。
「お、着替えてきたね」
私は髪をまとめて上げ、ピンクのラインの入ったスーツを着ている。
「梨子ちゃんは海の音が聞きたいんだよね?」
「はい· · ·」
「水中では人間の耳に音は届きにくいからね。ただ、海から見える景色はこことは大違い。見えてるものからイメージすることはできるかもね」
「イメージ· · ·」
やっぱりただ潜ったところで聞くことはできない。
イメージが大事だって言われても今の私に上手くできるかどうか· · ·。
「あ、カズくーん!」
ふと、高海さんが誰かの名前を呼ぶ。
船着場の方を見るとそこには私の幼馴染がいた。
「千歌に曜じゃん。潜るの?」
「うん。桜内さんのお手伝いだよ」
「桜内さん?」
不思議そうな声を出した彼は店頭の私と目が合う。
「海の音が聞きたいらしいよ」
渡辺さんが和哉くんに説明をする。
「暖かい季節になるとほぼ毎週来るんだよ、あいつ」
隣で松浦さんが呆れたような嬉しいような、複雑な表情で微笑んでいる。
「そんなに?」
「うん。初めて会った時に無理矢理潜らせたらハマっちゃったみたいで」
「そんな強引に?」
「ものすごく暗い顔してたから。転校してきたばかりって言ってたしね。それに、その時の海を見ていたカズって海に消えちゃいそうな感じだったんだよ。約束を破ったとか、言ってたっけ」
転校してきたばかり?
じゃあ和哉くん、本当に私と離れたのが辛かったんだ· · ·。
自惚れしすぎかもしれないけど、もしそうだったら嬉しい。
「果南ちゃん。今日、俺はお邪魔虫かな?」
少し自分の世界に入っていると和哉くんは私たちの近くまで来て、話しかけてきた。
「どうだろう?梨子ちゃんに聞いて」
「え!?わ、私は構いませんけど· · ·」
「ん。じゃあ、カズもオーケー」
ありがとう、と一礼すると和哉くんは店の更衣室に向かっていった。
「聞きたいんだけど、カズが言ってた約束を破ってしまった友達って梨子ちゃん?」
「· · ·はい」
「やっぱりか· · ·。なんだか、態度がよそよそしかったしね。カズも不器用だから」
そっか。和哉くんを元気にしてくれたのはこの人たちとこの海なんだ。
でも、私がここに来たから。ここに来て、イレギュラーとして和哉くんの日常に割り込んじゃったんだ。
最近はいつもだ。
何かあるとだんだん、ネガティブな思考に沈んでいく。
「梨子ちゃん?」
「は、はい!?」
松浦さんに呼ばれ、ハッ、とする。
「カズも来たから船に乗るよ」
松浦さんの後ろを付いていき、全員で小型船に乗り込む。
「あれ?誰が運転するんですか?」
船の上には私、松浦さん、高海さん、渡辺さん、そして和哉くんしかいない。
松浦さんの親の影も見えない。一体誰が· · ·。
「私がやるんだよ」
松浦さんがさも当たり前のことのように言う。
え?免許とかって· · ·え?え??
「じゃあ、出発するよー。落ちないように」
「おー!」
「ヨーソロー!」
高海さんと渡辺さんが手を挙げ、元気に返事する。
和哉くんも海の風に吹かれて気持ちよさそうにしている。
なんだか、絵になるなぁ、なんて呑気なことを考えていると船が動き出した。
あ、意外と揺れない。風が気持ちいいかも。
出発して5分ほど船が止まる。
ポイントに着いたようだ。
「この辺かな。潮の流れは早くないけど、あまり離れすぎないようにね」
松浦さんから注意を受け、ゆっくり海に足をつける。
まだ少し冷たいがこの前海に落ちた時よりは暖かくなっている。
息を吸い、そのまま海に降ると、視界が一気にダークブルーになる。
音は何も、聞こえない· · ·。
高海さんと渡辺さんが近づいてジェスチャーで『どう?』と聞いてくる。
私は首を振り、駄目、と返事をする。
1度息継ぎに海面まで浮上することにした。
「ぷはっ· · ·!」
「気分は悪くない?」
渡辺さんが顔をのぞき込む。
「ええ。· · ·何も掴めてないからまた潜るわ」
それからしばらく経っても何も聞こえない、イメージできない。
行き詰まったことを察した2人の提案で1度船に戻ることにした。
「イメージかぁ· · ·。難しいよね」
高海さんが聞いてくる。
「簡単じゃないわ。景色は真っ暗だし」
「真っ暗· · ·。そうか!もう1回行ってみよう!」
高海さんが何かを思いついたらしく、それに続くことにした。
「待って、俺も行く」
さっきまで別の方向へ潜っていた和哉くんが船に戻ってきていた。
「千歌と曜はまだまだ大丈夫かもしれないけど、桜内さんは初めてだからそろそろきついと思う。何かあってもいいように俺も行くよ」
そうだね、とみんな頷き、再び潜る。
正直、和哉くんが一緒に行くと言ったのは嬉しかった。
心のどこかで彼と潜るのに期待していたのかもしれない。
やっぱり海の中は暗く、数メートル先を泳ぐ高海さんと渡辺さんの姿を見るのがやっとだ。
すると、すぐ横を泳ぐ和哉くんが私の肩を叩き、前を指さす。
指さした方を見ると2人はこちらを振り向き、上を指さしていた。
視線を上げていくと少しずつ海が明るくなっていくのが見える。
その光景に感動しながら光が差し込んでいくのを見つめ続ける。
そして。
聞こえた。
確かなピアノの旋律。
あの時と同じでキラキラ光っている何かの音。
隣にいる幼馴染みを見て、はっきり分かった。
そうなんだ、これが海の音。
そして、君がいるから『音』が纏まるんだね。
いつから君を見失ってたんだろう。
本当、馬鹿だな、私。
海面に一気に浮上して荒い呼吸を整える。
すると、高海さんと渡辺さんも浮き上がって、私に寄る。
「ねえ!今、聞こえなかった!?」
高海さんが嬉しそうにはしゃぐ。
「うん!私も聞こえた気がした!」
渡辺さんも同じだ。
きっと聞こえた音はみんな違う。
でも、それでいいんだ。音楽はそうなんだから。
私たちは3人で抱きしめ合って、そのまま笑いあった。
和哉くんは私たちの後ろで優しく微笑んでいた。
海の音と大切なものを見つけた梨子。
和哉との関係はどうなる?
「みんなのおかげで少しだけ前に進めるようになったわ」
はい。
良かったですね。
やっぱり和哉さんの存在ですか?
「か、和哉くんはもちろんだけど、その・・・。高海さんと渡辺さん。それに松浦さんが手伝ってくれたから・・・」
この町は温かいでしょう?
「ええ。本当に」
次回も梨子さんの視点です。
ではまた。