2人の夢の軌道   作:梨善

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〜前回のあらすじ〜
和哉は何も知らない。
梨子のことも。
3年生たちの過去も。

彼はそれでも今できることに取り組む。


#29 空白

魅力的なPVを作る。

それにはどうすればいいのか。俺たちはいつものごとく、千歌の家に集まっている。

 

俺はみんなの一番後ろを着いて歩く。

必然的に部屋に入るのが一番最後になるのだが、俺の目の前を歩く梨子がしきりにキョロキョロしている。

 

「・・・梨子」

「な、何?」

「しいたけ探してるの?」

「あ、当たり前よ!しいたけちゃんと今度出会いでもしたら・・・。今度こそ・・・」

 

梨子は怯えながら頭を抱える。

・・・何が彼女をそうまでさせるのだろうか。

いっそのこと、俺は聞いてみることにした。

 

「なんでそんなに犬が苦手なの?」

「・・・和哉くんが引っ越してすぐに、お散歩してる犬を撫でてたら、何かカンに障ったんだと思うんだけど、手を噛まれて・・・。それでしばらくピアノも弾けずに、コンクールにも出れなくて・・・」

「ああ、それで・・・」

「犬は私の敵よ!」

 

鬼気迫る顔の梨子を見て、余程嫌いなんだなぁ・・・、と俺は苦笑いを浮かべる。

 

千歌の部屋の前に着くと、梨子は襖を少しだけ開け、しいたけがいないか覗いている。

 

そうしていると俺も中に入れないんだけど・・・。

 

「しいたけいないよ。ね、千歌ちゃん!」

 

曜が梨子に教える。同意を求めるように千歌にも声をかけていた。千歌は声を出して返事をしていないが、中から聞こえるみんなの声を聞く限り、本当のようだ。

 

「それよりPVよ。どうするの?」

 

善子の言葉にみんな、重い声をだす。

 

「確かに。何も思いついていないずら」

 

襖の近くに座っている花丸ちゃんが梨子の顔を見て、何か案は無いのかと聞いている。

 

「それはそうだけど・・・」

 

梨子も何も浮かんでいないようだった。

 

「あら、いらっしゃーい」

 

後ろから声がしたので、振り返ると、そこには急須と人数分の茶飲みをお盆に乗せた志満さんがいた。

 

「あ、お邪魔してます」

「和哉くんもいらっしゃい。こんなところで何してるの?」

「梨子がしいむぐっ」

「いえ!何でもないです!わざわざありがとうございます!」

 

今の状況を説明しようとしたら、梨子に口を手で塞がれてしまった。

別にいいじゃないか、そのくらい言ったって・・・、と心の中でボヤく。

 

「みんなで相談?」

「はい」

 

梨子に引きづられるように部屋に入ると、梨子は手を離し、千歌のベッドに腰掛ける。何故か千歌の勉強机に陣取って、肘をついている善子の近くに俺は座る。ベッドの布団には千歌が潜り込んでいる。

 

なんで、潜ってるんだ?体調は悪くなさそうだったし。

 

「みんな明日は早いんだから、あまり遅くなっちゃだめよ?」

「はーい」

 

志満さんはそう言うと、部屋を出て行った。

 

「なんで善子はそこなの?」

「いいじゃない、別に。ヨハネは特別な存在なんだから。気にすることなんてないの」

「・・・善子がそれでいいなら、いいけどね」

 

Aqoursに馴染んでいるからこんなふてぶてしくできるのかな?

まあ何にせよ、いい事なのか?

 

「明日、朝早いの?」

 

梨子が志満さんに言われたことをみんなに聞く。

 

「さあ?何かあったかな?」

 

曜が答えたが、知らないようだ。

 

「うん。確かに明日は何かあったような・・・」

 

俺は腕を組み、首を傾げる。

 

「海開きだよ」

「そうそう!海開き!って千歌!?」

 

答えたのは襖から顔を出して笑っている千歌だ。みんなも驚いている。

だったら、なんで布団が盛り上がって・・・。あっ・・・(察し)。

 

「じゃあ・・・」

 

梨子もその事に気づいたようで、顔を強ばらせている。

梨子の後ろでゆっくりと布団が膨らみ、めくれていく。

 

「わん!」

 

梨子はゆっくりと後ろを振り返る。

もちろん、後ろにいたのはしいたけだ。

 

「「梨子ちゃん!?」」

「梨子!?」

「リリー!?」

 

しいたけを目の当たりにした梨子は気を失って倒れてしまった。

気を失ったのをいいことに、しいたけは梨子の顔をペロペロ舐める。

 

・・・梨子にこのことは教えないでおこう。

 

「コラ!しいたけ!お家に戻りなさい!」

 

千歌の命令にしいたけはのそのそとした足取りで部屋を後にした。

 

「うわー。どうしよう、千歌ちゃん」

 

曜が気を失った梨子の顔を拭きながら、千歌を見る。

 

「まさか、梨子ちゃんがここまでダメだったとは・・・。でも、寝てても可愛いね、梨子ちゃん!」

「「いや、それは今関係ないから」」

 

俺と曜が同時にツッコミをいれる。

能天気な千歌は置いて置くとして。俺は梨子の傍に行き、ゆっくりと梨子をおんぶする。

 

「和哉くん?」

 

曜が突然の俺の行動に驚く。

他のみんなもそうだ。

 

花丸ちゃん・・・、そんなゴミを見るような目で見ないでよ・・・。

千歌、殺意を剥き出さないで・・・。

 

「待った。みんな勘違いしてるよ。俺は梨子を家に送ってくるだけだから」

「本当に?」

 

千歌がドスの効いた低い声を出す。

 

アイドルがそんな声とそんな顔をしてはいけないと俺、思う。

 

「本当だよ。善子、梨子のカバン持って着いて来て」

「ヨハネ!・・・はぁ、仕方ないわね。このヨハネをこき使うなんて」

 

口では文句言いながらだが、善子は梨子のカバンを持つ。

 

「じゃあ、行ってくるよ。すぐに戻ってくるから」

 

俺は梨子をおんぶしながら、善子を引き連れ、十千万の裏の梨子の家に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーン、とインターホンが鳴る。

すぐに、扉が開き、梨子のお母さんが出てきた。

 

「はーい。って貴方は?・・・梨子!?」

 

梨子のお母さんは梨子を見て驚く。俺におぶさって寝ている梨子を見れば当然の反応だろう。

 

「あー、と。お久しぶりです、おばさん」

「え?貴方、もしかして、和哉くん?」

「あ、覚えててくれたんですね。ご無沙汰してます」

 

とりあえず、俺が誰なのか分かってもらえて安心する。

 

「本当に久しぶりね!梨子がよく話してくれてるから。まさか、本当にここで会えるなんて」

 

何やら涙ぐむおばさん。

 

おばさんは酷い?仕方ないじゃないか。小さい頃そう呼んでたんだから。

 

「と、とにかく!梨子を寝せたいんで、上がってもいいですか?」

「え、ええ!もちろん!あら?そちらの子は?」

 

善子を見つけたおばさん。

見つかった!?と謎の反応をする善子は挙動不審に辺りをキョロキョロする。

 

「こいつは津島善子で梨子と俺の部活の後輩です」

「初めまして!つ、ちゅしま善子でしゅ!」

 

・・・噛んだ。みるみる善子の顔は赤く染まっていく。

 

「フフッ。そうなのね。初めまして、善子ちゃん。とても美人さんね。まずは、梨子の部屋まで案内するわ」

「助かります」

 

お礼を言って、家の中に入る。

笑われたのと、噛んだ恥ずかしさで、善子は俯いたまま小さくなっていた。

 

「う、うーん・・・」

「あ、リリー。起きたのね」

 

どうやら、梨子が起きたようだ。善子が気づき、声をかける。

 

「えぇ?ここは?」

「起きた?」

 

首だけ梨子の方へ向き、声をかける。梨子は眠たそうに目をこすっている。

 

「なんで私、寝て・・・。って、うわぁ!?和哉くん!?」

 

まあ、起きてすぐ、俺におんぶされてるって驚くよね・・・。

 

「わ、わわっ!なんでおんぶして・・・」

「しいたけ見て気失ったんだよ」

「本当に?」

「本当」

 

梨子は顔を赤くし、手で顔を隠してしまった。

 

「梨子、起きたら和哉くんから降りなさい。迷惑でしょ」

「お母さん!?ということはここ、私の家!?」

「そうよ。心配して和哉くんと善子ちゃんが送ってくれたんだから」

「え?よっちゃんも?」

「私もいたわよ!」

 

善子の声を聞いて驚く梨子。

どうやら、本気で善子のことに気づいてなかったようだ。

 

「体は大丈夫?」

 

なんとも無いはずだが、一応、念のために梨子本人に尋ねる。

 

「うん。平気。わざわざごめんね」

「気にしないでいいよ」

 

軽く梨子の頭をポンポン、と叩く。

 

・・・今のは馴れ馴れし過ぎたかもしれない。

 

「3人とも、お茶入れたから飲んで行って」

「すみません、わざわざ」

 

いいのよ、と言って笑うおばさん。

リビングの机にみんなで座り、入れてもらった紅茶を飲む。

 

「梨子から話を聞いた時はそんな偶然あるわけない、と思ってたんだけどね」

 

おばさんはしみじみと言う。

 

「ああ、リリーと先輩は幼馴染だったわね。あ、美味しい」

 

紅茶を飲んで笑顔の善子を見て、おばさんは笑う。

 

ていうか、ああ、って・・・。この間帰りのバスでその話したのに、もう忘れたのか?この自称堕天使は。

 

「和哉くんが転校した後の梨子ってずっと泣いてて。和哉くんと同じ学校に行きたいって、毎日ごねてたのよ」

「ちょっと、やめてよ!恥ずかしい・・・」

 

顔を赤らめて強く言う梨子。

梨子の反応を見る限り、本当のようだ。

 

やべっ。俺の顔まで赤くなってるんじゃ・・・。めちゃくちゃ熱いんだけど。

 

「ピアノで失敗して、落ち込んでるところにお父さんの転勤が決まったから。大丈夫なのかしら?なんて思ってたの。この子、友達作るの下手だから」

 

ピアノで、失敗?梨子が?

 

気になるが、今聞くのはやめておいた方がいいだろう。

 

「だから!やめてってば!」

「でも、こっちに来て明るくなって。いいお友達にも恵まれて。何より、和哉くんがいてくれたから」

 

涙混じりに話すおばさん。

本当に梨子のことを心配していたんだろう。

 

「もう!やめやめ!ほら、話し合い終わってないんだから、千歌ちゃんの家に戻るわよ!ほら、よっちゃん!」

「え?待って!紅茶まだ飲んでる!リリー!」

 

梨子は善子の手を掴み、早足に出ていった。

 

「すぐ戻るからね!」

「私の紅茶ー!」

 

バタン!と扉の閉まる音と共に2人の声も聞こえなくなった。

残されたのは俺とおばさんだけだ。

 

・・・聞くなら今しかない。

 

「・・・あの」

「何?」

「梨子がピアノで失敗したって・・・」

 

おばさんは驚いたような顔をした。

 

「そう・・・。梨子は何も話さなかったのね。ごめんね、梨子が言ってないのなら、私からも言えないわ」

「そう、ですよね」

「もし、あの子が話してくれたら、力になってあげて」

「・・・はい」

「私もプレッシャーを掛けすぎて、酷なことをしちゃったから」

 

俺はその言葉を最後に何も聞けなくなった。

正直、梨子がピアノで失敗するなんて思ってもいなかった。やっぱり、俺と梨子の5年の空白は想像以上に大きかったようだ。

 

「そろそろ俺も戻ります。久しぶりに会えて、楽しかったです」

「フフッ、こんなおばさんに?嬉しいわ」

「あ、いや。そういう事じゃなくて・・・」

 

少しお茶目なおばさん。母さんとはまた違ったからかい方だ。

 

「ごめんね、意地悪しちゃった。私も和哉くんに会えてよかったわ。こっちに来てあの子、本当によく笑うようになったの。貴方たちのお陰よ」

「そんなことは・・・」

「本当のことよ。だから・・・。梨子のこと、お願いします」

 

頭を下げるおばさん。

 

「ちょっ、やめてくださいよ」

「私じゃ何もできないから。ほら、早く行かないと。みんな待ってるんでしょ?」

「あ、はい!では、また」

「うん。またね」

 

桜内家を後にして、俺は再び十千万に向かう。

 

梨子の過去。

俺は梨子のことを何も分かっていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

俺は1人パソコンに向かっていた。

 

「・・・これって・・・」

 

パソコンのモニターに流れる映像はピアノコンクールの様子。

演奏者は桜内梨子。

・・・しかし、梨子はピアノを弾き始めない。とうとう梨子はピアノを弾くことはなく、鍵盤の蓋を閉じ、一礼してステージを後にした。

 

「・・・これが梨子の過去?」

 

苦しそうな表情。

消えてしまいそうな姿。

今のピアノの話になると少し暗い顔をする梨子。

それを見た俺は・・・。

 

「俺は、梨子にまた心の底から楽しんでピアノを弾いて欲しい。笑って欲しい。その為だったら・・・」

 

机の横に置いたスクールバックに付いている梨のキーホルダーを見つめる。

 

「昔のことなんて気にしている場合じゃない。俺が梨子の支えになる」




梨子の過去を知り、和哉は決意する。
彼女を笑顔にさせるために。
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