梨子の過去を知り、1つの決意を固めた和哉。
彼女を再びピアノを弾けるように、と。
「ふぁ〜・・・。眠い・・・」
まだ薄暗い早朝、俺は学校のジャージを着て、母さんの運転する車の助手席に座り、揺られていた。
「和哉くん、シャキッとしないと!それに善子ちゃんも」
後部座席から元気な曜の声。その曜の隣には眠そうに船を漕いでいる善子が座っている。2人とも浦女のジャージ姿だ。
なんで朝早くにこんなことになっているのかと言うと、今日は海開きだ。
毎年浦女では生徒が集まり、十千万の前の三津浜の清掃作業を行っている。
「はいはい。ヨーソロー、ヨーソロー・・・。ふぁぁあぁぁ・・・」
曜のテンションについていけず、大きな欠伸ばかりでる。
昨日知った梨子の過去が頭から離れず、あまり眠れなかった。こうする、と決めたはいいが、そう簡単に飲み込める訳がない。
「曜ちゃんは元気ね。和哉にも見習って貰いたいわ」
母さんが小言を言うが、聞き流す。
車のミラーから見える、後ろに座っている善子なのだが・・・。
「えへへ・・・、ヨハネの魔眼が・・・。ウフフ・・・」
寝言いいながらの爆睡である。それに気づいた曜が肩を揺すり、善子を無理やり起こす。
「ほーらー、よーしこー。起きてないとダメだよー」
「うぅー・・・。善子言うなー・・・」
寝ぼけていると普段隠している堕天使が顔を覗かせるようだ。
曜が善子にちょっかいをだしているところをぼーっ、とミラー越しに眺めていると三津浜に到着した。
十千万の駐車所に車を止めてもらい、俺たちは車から降りる。
「ありがとうございましたー!」
「ありがとうございます」
曜と善子が母さんにお礼を言うと、母さんは嬉しそうに手を振る。
「どういたしまして。じゃあ、お掃除頑張ってね」
「は?母さんは?」
母さんは車から降りようとしない。
「お母さんはお父さんを起こしたり、朝ご飯の準備があるの。帰りは自分で帰ってきなさいね」
「え?」
そう言うと車を走らせて、来た道を走っていった。
「・・・どんまい、先輩」
善子が気まづそうに言う。
「まあ、そうなるとは思ってたから特に気にしてないよ」
「メンタル強っ!」
「見て見て!もうみんな集まってるよ!」
曜に言われ、海岸を見ると浦女のジャージを着た生徒と付近の方々が十千万と書かれた提灯を持って、集まっている。
中にはもう掃除を始めている人もいるようだ。
「あ!よーちゃーん!善子ちゃーん!カズくーん!」
今来た人に提灯を配っている千歌がこちらに気づき、手を振っている。
「千歌ちゃーん!」
曜がそれに応え、手を振って名前を呼ぶ。
「おはヨーソロー!」
「おはヨーソロー!」
幼馴染2人はお互いに敬礼をし合っている。
「2人もおはよう!」
「うん、おはよう」
「お、おはよう」
善子は不慣れな感じで千歌に挨拶をする。
「来て貰って早速だけど、これ。配ってる提灯。みんな始めてるから私たちも始めよう」
「そうだね」
「うん!」
千歌から提灯を受け取り、ゴミ拾いを始める。
「あ、善子ちゃんずら!」
「ずら丸。それにルビィも」
少し離れたところにルビィと花丸ちゃんが2人でゴミを集めていた。
「先輩。2人のところに行くから」
「うん」
善子は2人の方へ、早足気味に行ってしまった。
同じ学年の方が落ち着くだろう。というか、あの3人がちゃんと仲良くなってて俺は嬉しい。
兄貴の気持ちってこんな感じなのかな。
「おーい!梨子ちゃーん!」
梨子の名前に俺はピクっ、と反応する。
千歌の声がする方を見ると、ジャージ姿の梨子が家の方からやって来た。おばさんも一緒だ。
「おはヨーソロー!」
「おはよう」
「梨子ちゃんの分もあるよ」
千歌が笑顔で提灯を見せる。
「あっちの端から海の方に向かって拾っていってね」
「うん。あ、和哉くんもおはよう」
「・・・」
今は笑って、スクールアイドルも楽しんでいる梨子。
だが、その裏ではあの光景がトラウマになっているんだろう。
「和哉くん?」
梨子に声をかけられていた。
全然気づかなかった・・・。
「あっ。・・・おはよう」
梨子は俺の顔を覗き込んで、心配そうな顔をする。
「ぼーっ、としてたけど、大丈夫?」
「うん。ちょっと夜更かし気味なだけだから」
「そう。・・・ふぁっ」
すると、梨子は口を隠しながら欠伸をした。
「眠そうだね」
梨子の方へ近づく。
「うん。こんなに早く起きることなんて滅多にないから」
「だよね。俺もだよ」
梨子は海の方を見て、じーっ、とゴミ拾いをしている光景を見渡す。
「ねえ、曜ちゃん」
「ん?何?」
「毎年海開きって、こんな感じなの?」
「うん。どうして?」
「この町ってこんなにたくさん、人がいたんだ」
梨子の言葉に俺はああ、と納得する。
そっか。この町に来てまだ数ヶ月しか経っていない梨子は知らなかったんだ。
「うん!町中の人たちが来てるよ。もちろん、学校のみんなも!」
「そうなんだ」
俺もここに住み始めて数年経つが、海開きの清掃作業をやるのは今日が初めてだ。梨子と同じように、掃除をしている人たちを見渡す。
黒い羽を拾った善子を花丸ちゃんが渋い顔で見つめて、その2人を見て笑っているルビィ。
真面目に掃除に取り掛かっている果南ちゃんとダイヤちゃん。そこに鞠莉ちゃんがやって来て、3人で始めたり。
生徒同士で談笑しながら、親同士が雑談しながら。
この町は、この町の人たちは、それぞれが輝いてて、温かい。
俺も梨子も掃除そっちのけでこの景色にただただ見入っていた。
「これなんじゃないかな?」
「何が?」
梨子が気づいたように呟く。
「この町や学校のいい所って」
「・・・そうだね。俺もそう思う」
「そうだ!」
千歌は何か閃き、駆け出した。
鉄の階段を勢いよく登り、砂浜より少し高い、歩道に千歌は立つ。それに気づいた掃除をしている人たち、全員が千歌を見る。
「あの、みなさん!私たち、浦の星女学院でスクールアイドルをやっているAqoursです!私たちは学校を残すために、ここに生徒をたくさん集めるために、皆さんに協力して欲しいことがあります!みんなの気持ちを形にするために!」
そして、Aqoursの町を巻き込んだ一大プロジェクトが始まった!
「・・・・・・よし!撮影終了!みんな、お疲れ様」
ついに完成したPV。浦の星女学院の屋上での撮影を最後に、Aqoursの新曲と共に町の人たちやこの土地の魅力を敷き詰めたPVが完成した。
「和哉くんもお疲れ様」
Aqoursの新曲、『夢で夜空を照らしたい』の青い衣装を着た梨子が飲み物を差し出す。
「ありがとう、梨子」
貰った飲み物を1口飲む。
「一時はどうなるかと思ってたわ」
「確かにね。俺もだよ」
撮影が終わってはしゃぐ他のメンバーを見ながら呟く。
「和哉くん、作曲と編曲の才能あるんじゃない?」
「まさか。梨子のアドバイスが良かったんだよ」
俺はこの機会に1人で作曲している梨子の手伝いができないか、と本人に相談したところ、編曲や作曲の意見を欲しいと言われた。
作曲は口を出すばっかで、編曲では俺の足りないと思った音を入れたりして見たのだが、それが思ったよりも好評で。そのまま完成したのが、この歌だ。
「またまた。謙遜して」
「本当のことだよ。でも、スカイランタンは骨が折れたよ」
「あー。あまり思い出したくないかも・・・」
この歌のPVではAqoursの文字が空に飛んでいくシーンがあるのだが、その文字を再現するのに大量のスカイランタンを作ったのだ。撮影のミスは許されない1発勝負というおまけも付いて。
そのお陰で幻想的な絵が撮れたのだから文句は言わないでおこう。
「ん?千歌ちゃん?」
梨子が千歌が何かしているのに気づいたようだ。
千歌はみんなの輪から外れ、1人海を見ていた。
「ちょっと行ってくるよ」
「うん」
梨子に一言告げ、千歌の元へ向かう。
「千歌どうしたの?」
俺は千歌の隣まで行き、話しかける。
「私ね」
「ん?」
「私、心の中でずっと叫んでた。助けてって。ここには何も無いって」
「助けて?何を?」
「でも、違ったんだ・・・!」
千歌はみんなの方を向き、笑みを浮かべる。それを見て俺も笑って、千歌に聞く。
「見つかった?」
「うん!追いかけてみせるよ!ずっと、ずっと・・・!この場所から始めよう!できるんだ!」
新曲とPVを完成させたAqours。
このPVは果たしてどんな結果を呼ぶのだろう。
「今回の曲はかなりいいできだと思っているわ」
梨子さんと和哉さんの2人で作り上げたようですね。
どうでしたか?
「なんだか新鮮だったわ。これからもお願いしようかな」
それはそれは。
これで和哉さんとの距離も縮まりますね!
「なっ!?」
では、次回もお楽しみに!