千歌の悩みを聞いていたら終バスを逃した和哉。
近くのコンビニで梨子に遭遇し、お泊まりを提案されたのだった。
「お、おじゃまします・・・」
成り行きで梨子の家に泊まることになった俺。
ついこの間来たばかりなのに、目的が違うだけでこうも緊張するのか、と思っていた。
「いらっしゃい。前日ぶりね。今日はゆっくりして行ってね」
おばさんが玄関まで出迎えてくれた。
「はい。いきなりですみません」
「いいのよ。梨子のわがままのせいだから」
「お母さん!」
うふふ、と笑いながらおばさんはリビングの方へ行ってしまった。
「もう・・・。とりあえず、和哉くんは荷物置かないと。私の部屋に行こう」
「あ、お父さん今日は出張なの。お母さんも早く寝るわね!」
「やめてよ、お母さん!」
顔だけ出してそう言って、おばさんはまた奥に行った。
どこの母親もこんな感じなの・・・?
「ごめんね、和哉くん。行こう」
苦笑いを浮かべながら、梨子の言葉に頷き、後ろを着いていく。
「ここよ」
「失礼しまーす・・・」
変に緊張している俺は恐る恐る梨子の部屋に入る。
梨子の部屋は昔みたいに淡い桜色の部屋。ピアノもあの時の配置のままだ。昔みたいにレースのカーテンやぬいぐるみは少なくなったけど、懐かしい場所に思えた。
それともう1つ無いものがある。ピアノのトロフィーや賞の類のものが全くない。
「どうかしたの?」
部屋をじっ、と見すぎた。梨子に変に思われたかもしれない。
「あ、いやっ。なんでもない」
とっさに誤魔化す。
正直この間見た映像はデマか何かと思っていた。だが、梨子の部屋を見てそれは本当の事だと思い知らされる。
ピアノが好きで、本当に眩しい笑顔で弾いていたのに。だが、転校してきてすぐ、音楽室でも途中で演奏をやめていた。そのことも考えると、梨子は本当にピアノに挫折をしてしまったんだ、と嫌でも分かってしまう。
「本当に?やけに部屋を見てたけど」
「あの頃とあまり変わってるようで変わってないな、って思ったんだ」
「そう、かもね」
梨子は少し寂しそうな顔をしていた。
・・・どうしてそんな顔をするんだよ。
「とにかく、下に降りよ。お母さんがもう夕飯作ってくれてるみたいだから」
「うん・・・」
おばさんの作ってくれた夕飯はとても豪勢だった。俺が来た、というだけなのに気合を入れて作ってくれたみたいだ。なんというか、本当に申し訳ない。
しかし・・・。
「なんで赤飯・・・」
「え?おめでたいからよ」
おばさんはあたかも当然のように言い放つ。
俺の隣に座っている梨子も目を閉じ、肩を震わせている。
「2人が上手くいくように私からの応援よ」
ニッコリ笑うおばさん。俺は苦笑いを浮かべることしかできない。
そもそも俺と梨子はまだ付き合ってないし・・・。
・・・まだってなんだよ、まだって・・・。
「ご馳走様!部屋にいるから!」
梨子はささっ、と夕飯を食べ終え、不機嫌そうに早足で行ってしまった。
「もう・・・。恥ずかしがって」
おばさんは笑いながら梨子を見送る。
「じゃあ、俺も・・・」
俺も箸を置いて立ち上がろうとしたのだが・・・。
「ほら!いっぱい食べて!」
空になったお椀に赤飯が盛られる。
「・・・どうも、いただきます」
出されたから食べないと失礼だよね、うん。
夕飯を食べ終わると、おばさんから風呂に入るように勧められた。断る理由もなく、その言葉に甘え、一番風呂を頂くことになった。
湯船に浸かりながら思うことは梨子の事ばかり。
きっと、ここが梨子の家ということもあるのだろう。変に意識してしまう。そして、1番心を締め付けるのが寂しそうなあの顔だ。何かを諦めたい、諦めたくないような表情。それはきっとあの日のことが彼女を締め付けているからだ。
梨子本人が言ってくれるまでこれは聞いてはいけないのは分かっている。しかし、どうしても気になってしまう。
だが。
「やめよう、無駄無駄」
考えるのをやめ、湯船から上がり、脱衣場の扉を開く。
「あ」
そこには綺麗に畳まれた男物の服を持った梨子がいた。
目が合い、梨子の視線が下に下がった気がした。
「きゃああああああああああああああああああ!!!???」
「うわぁああああああああああ!!??」
家中に響き渡る梨子の悲鳴と俺の叫び声。
俺の叫び声は梨子の声に驚いた、と言った方が近い。
梨子は持ってた服を俺に押し付け、ものすごい勢いでこの場を去っていった。
「・・・着替えよう」
梨子に押し付けられた服を着て、リビングに向かう。
リビングにはおばさんが1人でテレビを見て、お茶を飲んでいた。
「風呂、ありがとうございました」
「いいのよ。ところで、さっき悲鳴が聞こえたけど、何かあった?」
おばさんはにやにやしながら話を聞いてくる。
「上がったタイミングで服を持ってきてくれた梨子と鉢合わせしちゃったんです」
「うふふっ。そうだっのね。梨子なら自分の部屋にいるはずよ」
「ありがとうございます」
俺は会釈をして、梨子の部屋に向かう。
俺が悪いのかは分からないが、謝っておかないと。
梨子の部屋の扉をノックするが、返事はしない。
鍵はかかっていないようなので、勝手に入る。
「・・・何してるの?」
部屋の中で梨子はベッドの上で蹲り、ブツブツ、と独り言を言っている。
「見ちゃった見ちゃった見ちゃった見ちゃった見ちゃった見ちゃった見ちゃった見ちゃった見ちゃった見ちゃった見ちゃった見ちゃった」
怖っ!
とにかく、1回正気に戻さないと。
「梨子ー?」
「ぅひゃっ!?」
呼びかけると声を上げて驚く梨子。
そんなに驚くこと?少し傷つくんだけど・・・。
「か、和哉くん!?どうしたの!」
「何もないけど。あ、服ありがとう」
「う、うん。どういたしまして」
梨子は顔を赤くし、俯きながら、目だけで俺をチラチラと見る。
「俺に何かついてる?」
「何でもないよ!あ、私!お風呂行ってくる!」
バタバタ慌ただしく梨子は行ってしまった。
謝るタイミングを逃してしまった・・・。
部屋に1人残されたのだが、何をしよう。
ふと目に入ったのは勉強机に置いてあるいくつかの写真立てが目に入った。どれも幼い時の俺と梨子が2人で写っている。
これは運動会のお昼の時の写真。こっちは家族ぐるみでピクニックに行った時。それに、梨子が初めてピアノのコンクールに出て賞を取った時。
全部見ればあの時どうだったのか鮮明に思い出せる。
写真を見てしばらく時間が経ったが、梨子はまだ戻ってきていない。
適当に漫画とか読ませてもらおうと思い、本棚を覗く。千歌ほどではないが漫画もいくつかある。適当に単行本の1巻を取り出す。
「ん?奥に何かある」
人の好奇心というものはそう簡単に止められるものではない。
俺は単行本を全て取り出して、奥に隠すように置かれているモノを取り出す。
「こ、これは・・・」
同人誌だ。紛うことなき同人誌だ。
表紙から見る感じ、百合ジャンルだと思う。
恐る恐るページを開き、内容を見る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」
俺はページをそっ、と閉じ、元あった場所に戻す。
単行本も元に戻し、俺が触る前の綺麗な状態だ。
「俺は何も見なかった。うん。何も見てない。OK」
必死に自分の気持ちを落ち着かせる。
「そうだ。梨子が少女×壁なんてそんなマニアックな性癖なんて持ってるわけない。そう、これは夢。ノーリアル。そう、梨子だもん」
「私がどうかした?」
「ぅひぃっ!?」
いきなり背後から声をかけられ、肩が大きく跳ねる。
振り返るとそこにはタオルで長い髪を拭いているパジャマ姿の梨子がいた。
風呂から上がったばかりで顔は赤く蒸気している。いつも付けている髪飾りも外して、雰囲気がいつもと違う。
一言で言うなら。
「・・・えっろ」
「ん?何か言った?」
「え!?何も!!気のせいだよ」
危ない。思わず口から出てしまった。
いや、こうね。俺だって男子高校生なわけで。それに梨子は超が付くくらいの美人だし、こういった感情を持つのはすごく自然なことなんです。分かってください。
・・・俺は誰に何を説明しているんだ・・・。
「変な和哉くん」
梨子は怪訝な目をしながら自分のベッドに腰掛ける。
俺もとりあえずクッションに腰を下ろす。
・・・無言だ。
さっきの同人誌のことがあり、俺は少し気まずいが、梨子はなんでもないように髪を乾かしている。
まあ、当たり前なんだけど。
俺が1人で気まずくなってるのが気まずくなってるまである。
いや、俺もスクールアイドル系の同人誌持ってるけど。
すると、不意に俺のスマホが着信音を鳴らす。
「うおっ!」
いきなりのことで驚き、変な声をだす。
「ごめん、母さんからだ」
「ベランダ使っていいよ」
「悪い。ありがとう」
梨子から承諾を貰い、ベランダに出る。
「もしもし」
『和哉!あんたどこにいるの!』
いけね。連絡するのを忘れてた。
「あー、と。終バス終わって歩いて帰ろうと思ったんだけど、梨子と鉢合わせてさ。泊まっていくことになった」
『梨子?桜内さん家の?』
「そうだけど」
『桜内さん、こっちにいらっしゃるの?』
「言ってなかったっけ?4月に越してきてるけど」
『知らないわよ、バカ!もっと早く言いなさい!全く、失礼のないように』
「分かってる」
通話が終わり、スマホをスリープモードにする。
母さんに言ってなかったことを今になって思い出した。
はあ、とため息をつき、顔を下げる。
「ん?」
視線を感じ、顔を上げる。
向かいの建物。つまり、十千万の窓から鬼の形相で俺を見ている千歌がいた。
やばい。俺は何もしてないけどやばい。
千歌は窓を開け、ニコッ、と微笑む。
笑ってはいるが、目が笑ってない。
こんな表情人間ってやればできるんだなぁ・・・。
「何してるの?」
「い、いえ。やましいことは何も」
「何してるの?」
怖い怖い怖い怖い!!
千歌がものすごく怖い!
「そこ、梨子ちゃんちだよ。なんでカズくんがいるの?」
「ふ、深い理由があるんです!」
「深い理由?」
わざとらしく首を傾げる千歌。
もう千歌の全ての仕草に命の危機を感じている。
「和哉くん、誰と話してるの?」
外で騒いでいる音を聞いた梨子が心配そうにベランダに来た。
「あ、梨子ちゃん!」
「千歌ちゃんと話してたのね」
今までの殺気が嘘かのように消え、梨子と話し始める千歌。
「ねえねえ、梨子ちゃん」
「何?」
「なんでカズくんいるの?」
千歌は何としてでも聞き出したいようだ。
「ああ、コンビニで偶然会ったんだけどね。終バス逃したらしくて。それでうちに泊まることになったの」
「そうなんだ。いいなー、チカも泊まりたいなー」
千歌は窓の縁に顎を置き、ふてくさるようにごねる。
「ええ・・・。すぐ隣なんだから・・・」
「やだっ!私もお泊まりする!」
「はぁ、分かったわよ」
「やったー!」
押しに弱い梨子は結局、千歌のお願いを聞き入れてしまう。
バンザーイ!と千歌は両手を上げて喜んでいる。そして、俺の方を見て鋭い目つきでこちらを睨む。
もう、目で殺しにかかっていて、その目は変なことしたら分かってるね?と言っている。
俺はこくこく、と無言で頷く。
これは下手に刺激すると回し蹴りでも首を狙った上段回し蹴りが炸裂してもおかしくない。
「じゃあ、今から行くね!」
千歌は跳ねるように走っていってしまった。
バカチカ走るな!と美渡さんの声が聞こえてきた。
「・・・ごめん、梨子」
「いいの。なんかこうなる気はしてたから」
はぁ、と肩を落としている梨子の肩を叩いて労わることしかできない。
「とにかく、戻ろう。千歌ちゃんが来ちゃう」
「そうだね」
その後、嵐のようにやって来た千歌のテンションに俺も梨子もやられ、ぐったりと深夜まで付き合わされ、寝坊ギリギリで起きたのだった。
・・・期待とかしてないし・・・。
してないからね!?
結局こうなるのが関の山。
「うるっさいなもう!」
ことごとくタイミングが悪いんですね。
「善子の不運が移ったかも・・・」
人のせいにするのはどうかと思います。