3年生はかつてスクールアイドルだった。
そして同じイベントで挫折し、解散した。
Aqoursはこの事実に衝撃を受けるのだった。
沼津から十千万。つまり、千歌の家までは車でそれなりに飛ばしても約40分ほどかかる。
美渡さんは夜遅くなった内浦へ続く道を車を飛ばして走っている。
その間、俺たちは無言。
正直、何かを話す余裕なんて無かった。
梨子たちはダイヤちゃんたち3年生がスクールアイドルをやっていたこと、スクールアイドルで挫折したことを知り、不安に襲われているからだ。
十千万に着き、千歌は車を降りると早々としいたけの元に向かい、こちらに表情を見せないように撫で始めた。
「早くお風呂入っちゃいなよ!」
「うん・・・」
美渡さんの声に暗い返事をする千歌。
千歌が今、東京で感じ、曜に言われ、何を思ったのか、俺には全く分からない。それに、今の千歌は消えてしまいそうだ。
そんな千歌を見ながら俺と梨子は車から降りる。
「梨子ちゃんとカズも早く休んでね」
「はい。ありがとうございます」
梨子と一緒に礼をする。
「それと、ちょいちょい」
美渡さんは俺と梨子を手招きして、小声で話しかけてくる。
「あんたたち、付き合い始めたの?」
「えっ!?」
「なっ!?」
美渡さんに気づかれてしまい、俺たちは変な声を上げてしまう。
「静かに!千歌に気づかれる!」
梨子は慌てて自分の口を手で塞ぐ。
「まあ、その反応からすると図星みたいだね。そっかぁ・・・。まあ何にせよ、2人はおめでとう」
「あ、ありがとうございます・・・」
俺はその事実を改めて告げられた上に祝の言葉まで貰い、顔が熱くなる。
美渡さんは手をヒラヒラ振りながら、旅館に入っていった。
「千歌ちゃん・・・」
「・・・ん?」
「大丈夫?」
梨子が千歌に不安そうに尋ねる。
「うん。少し考えてみるね。私がちゃんとしないと、みんな困っちゃうもんね」
千歌は少し間を開けて、弱々しい笑顔でそう言った。
「今日は遅いし、家に帰ろうよ。また明日ね、梨子ちゃん、カズくん」
「うん。また明日」
千歌はゆっくりした足取りで家に帰って行った。
「私たちも入ろう。夜は流石に冷えちゃうわ」
「・・・うん、そうだね」
千歌を見送り、俺も梨子の家にお邪魔することにした。
夕飯をご馳走になり、1人で梨子の部屋に向かう。
なぜ1人かというと、梨子は夕飯を残し、落ち着かないように先に自分の部屋に行ってしまったからだ。
梨子の部屋の扉を開けるが、そこは電気はついておらず、真っ暗だ。
暗がりの中、扉の前に立ったまま梨子の姿を探す。
「梨子・・・」
彼女はベランダに出て、向かいの千歌の部屋を見つめている。
よほど千歌が心配なのだろう。俺の声に気づいていないようだ。
俺はそっ、と梨子に近づき、肩に手を乗せる。
全く気づいていなかったらしく、梨子は肩を少し跳ねさせたが、俺の顔を見て、ふぅ、と息を吐く。
「千歌ちゃん、大丈夫かしら・・・」
「・・・分からない」
「口ではああ言ってたけど、本当は悔しかった筈よね。今まで必死に練習してきて、曲も作って・・・」
「それは千歌が1番分かってるはずだよ。俺たちはアイツが言ってくれるのを待って、受け止めて、一緒に進むくらいしかできないよ」
「・・・そう、よね・・・」
梨子は胸に当てた手をぎゅっ、と握りしめる。
ここから見える千歌の部屋は暗いが、机の電球だけが光っていた。
「体、冷えるわよ。・・・っと、お邪魔でしたね」
「お母さん!」
ベランダに出ている梨子を見かけたのだろう。心配して覗きに来てくれたおばさんは、ニヤニヤしながら帰って行った。
「私たちも入ろう」
「そうしよっか」
おばさんに見られたのを恥ずかしがりながら部屋の中に入る。
梨子はピアノの椅子に座り、俺はクッションを1つ借り、その上に座る。
部屋の灯は付けず、月の光だけが部屋の中の俺と梨子を照らす。
「あの時」
「ん?」
「あの時、和哉くんが怒ったの、私、凄く驚いた。今まで1度も見たことなかったから」
「あー、あれはその・・・」
つい、我を忘れ、感情のままに、ろくに知らない相手を怒鳴りつけてしまったのは本当に恥ずかしいことをした。
「別に責めてるわけじゃないの。本当は嬉しかった」
「嬉しかった?」
梨子の言葉の意味が分からない。
「私たちのために言ってくれてるんだ、って。私たちをちゃんと分かっててくれてるんだ、って。そう思いだしたら嬉しくって。ありがとう」
微笑む梨子を俺は真正面から見ることができず、目をそらす。
「ま、まさか感謝されるとか思ってなかったから・・・。恥ずかしいな・・・」
「ふふっ。私は和哉くんのそういうところ・・・。その・・・。うぅ・・・。」
梨子は途中で言葉を切り、顔を赤くしながら俯く。
「え?俺の何?」
「な、なんでもないよ・・・!恥ずかしいし・・・」
言葉の続きが気になり、問いかけてみるが、恥ずかしがって教えてくれない。
「すっげー、気になるんだけど」
「そ、その・・・」
ようやく話す気になってくれたようだ。
「他の人をちゃんと見てくれてたり、分かってくれてたり・・・。そういうところが・・・、その・・・。好き、です・・・」
俯きながら、視線だけチラチラ俺を見て、モジモジ照れながら言う梨子。
今の関係になったとは言え、言葉に出すのは恥ずかしいようだ。
可愛いんだけど・・・。ていうか、そのチラチラ俺を見るたびに上目遣いになるのは反則だと思います。
・・・って!これ、梨子も恥ずかしいけど、俺もベタ褒めされて恥ずかしいやつだ!
「あっ!あ、うん!そそそそそうなんだ!そろそろ眠くなってきたしぃ!うん、寝るよ!おやすみ!」
「う、うん!おやすみ・・・って、布団は?」
「おやすみっ!!」
俺はその場で梨子に背を向けるように転がり、少しでも情報を遮断しよう、と躍起になる。
ヘタレ?そんなことは分かってますよ!!
「・・・んん・・・。誰だよ・・・」
少しだけ朝日が差し込み始めた早朝。
俺のスマホが朝から元気に着信音を撒き散らしている。
全く、梨子を起こしちゃうだろ・・・。
「もしもし・・・」
俺は寝ぼけた声で電話に出る。
『和哉くん!?どうしよう!!和哉くん!!』
電話をかけてきたのは梨子だった。
しかもその声はやけに焦っていて、今にも泣き出しそうだ。
「何かあった?」
『千歌ちゃん・・・』
「千歌?」
『千歌ちゃんが!千歌ちゃんが!どうしたらいいの!?』
千歌?千歌がどうしたんだよ。
そこで俺の意識は覚醒した。
とにかく今は梨子がどこにいるか聞かないと。
詳しい話は梨子と会ってからだ。
「梨子、落ち着いて。まずは深呼吸をして。今、どこにいる?」
梨子は深呼吸をし、少しだけ落ち着きを取り戻したようだ。
『向かいの浜辺・・・』
「分かった。すぐ行くから待っててくれ」
通話を切り、俺は急いで三津浜に走り出した。
空は曇天。
不吉な空気が漂っている。
「千歌ちゃーん!千歌ちゃーん!」
梨子が千歌の名前を何度も呼んでいる。
「千歌ちゃーん!」
だが、梨子の呼びかけに対して千歌からの返事がない。
「梨子!!」
俺はガードレールと塀を乗り越え、転がり込むように砂浜に着地する。
「和哉くん!どうしよう千歌ちゃんが!」
梨子は涙を流し、俺に抱きつく。
俺は彼女を抱き返し、梨子の背中を撫でながら安心させる。
「ごめん、遅くなって。何があったのか教えて」
「ふと、目が覚めて外を見たら、千歌ちゃんが海岸に歩いて行くのが見えて。不安になって追いかけたら誰もいないから。私、怖くなって・・・。みんなに連絡して和哉くんに電話して・・・。千歌ちゃんの名前を呼んでも全然出てこないから・・・。私・・・」
「そっか。ごめんね、気づかなくて」
再び泣き出しそうになる梨子の頭を撫で、海を見つめる。
昔から千歌は何かあると海に潜ることがあった。
そのことを考えると、もしかしたら千歌は海で溺れているかもしれない。
とにかく、千歌を探さないと。
梨子をそっ、と引き剥がし、俺は上着を脱ぎ捨て、海に向かって走り出す。
「ダメ!」
海の一歩手前で梨子が俺の腰に抱きつき、引き止めた。
「梨子、離せ!」
「ダメ!溺れた人を助けようとして溺れるって珍しくないのよ!?」
「俺なら大丈夫だよ!」
「ダメ!」
「あれ?梨子ちゃん、カズくん?」
「「え?」」
そこには普通に浅瀬に立っている千歌が不思議そうな目で俺たちを見ていた。
千歌の姿を見つけた俺たちは安堵のため息をつく。
だが、梨子はすぐ千歌に怒り出した。
「一体何してるの!?」
「え?あぁ、うん。なにか見えないかなーって」
「え?」
「ほら、梨子ちゃん、海の音探して潜ってたでしょ。私もなにか見えないかなーって」
千歌は千歌なりに考えて、『なにか』を探していたみたいだ。
多分その何かはPVの撮影が終わったあと、ここで、2人で話したことのようだ。
「それで・・・」
「ん?」
「それでなにか見えたの?」
「ううん。何も」
俺の質問に千歌は軽い声で否定した。
意外だった。千歌のことだから答えを見つけていると思っていた。
「何も見えなかった。でもね、だから思った。続けなきゃって。私、まだ何も見えてないんだって。先にあるものが何なのか。このまま続けても0なのか、それとも1になるのか、10になるのか・・・」
話続ける千歌の表情は段々暗くなる。
手に海水をすくっていたが、それは指の間をすり抜け、残ったのは僅かだけ。
そして、その残った僅かを握りしめる。
「ここで辞めたら、全部分からないままだって」
「千歌・・・」
「千歌ちゃん・・・」
「だから私は続けるよ、スクールアイドル。だってまだ0だもん!・・・0だもん・・・。・・・0なんだよ。あれだけみんな練習して、みんなで歌を作って、衣装も作って、PVも作って。頑張って頑張ってみんなにいい歌聞いて欲しいって!スクールアイドルとして輝きたいって・・・!」
今までやってきたことを思い出しているのか、千歌の声に涙が混じる。
千歌は自分の両手をグッ、と握りしめる。
「くっ!」
その握りしめた両手で自分の頭を叩いた。
「なのに0だったんだよ!?悔しいじゃん!!」
千歌は何度も自分の頭を殴る。涙を流しながら何度も。
募り募った悔しさを周りではなく、自分に向けてぶつけている。
その光景に梨子は1歩後ずさる。
「カズくんが言ってくれた『リーダー』も探した!けど、分かんないよ!私なりの『リーダー』を見つけるだけじゃダメなんだよ!もっと私がしっかりしないと!」
励ますつもりで言った俺の言葉は千歌を縛っていた。
「差がすごいあるとか、昔とは違うとかそんなのどうでもいい!・・・悔しい!やっぱり私・・・、悔しいんだよ・・・」
これが千歌の本音。
やっと見せてくれた千歌の想い。
ようやく言ってくれた。
すると梨子は何かを決めたのか、ゆっくり海に入り、千歌に歩み寄る。
梨子は後ろから何も言わず、千歌を抱きしめる。
「よかったぁ・・・。やっと素直になれたね」
梨子の瞳からも涙が流れる。
「だって私が泣いたらみんな落ち込むでしょ?今まで頑張ってきたのに、せっかくスクールアイドルやってくれたのに、悲しくなっちゃうでしょ?だから・・・。だからぁ・・・」
「バカね・・・」
「そうだよ。本当にバカチカだよ」
「カズくん?」
俺も海に入り、千歌に歩み寄る。
「みんなスクールアイドルが好きになったからやってるんだ。やってくれてるじゃなくて、やりたくなったんだよ」
「そうよ。みんな千歌ちゃんのためにスクールアイドルやってるんじゃないの。自分で決めたのよ。私も」
「え?」
全く。来るのが遅いんだか、早いんだか・・・。
とにかくベストタイミングだよ。
そう、浜辺には曜、ルビィ、花丸ちゃん、善子の4人が来たのだ。
「曜ちゃんもルビィちゃんも花丸ちゃんも。もちろん、よっちゃんも」
「でも・・・」
千歌はまだ引き目を持っているようだ。
「難しく考える必要なんてないんだよ。千歌らしくさ」
「だからいいの。千歌ちゃんは感じたことを素直にぶつけて、声にして」
「千歌ちゃん!」
「えへへ!」
「ずらっ!」
私服だって言うのにみんなして海に入り、千歌を笑顔で囲む。
「うわっ!?」
そんな中、善子だけが足を滑らせ、その場に座り込む。
やっぱりついてないな、善子は。
「みんなで一緒に歩こう。一緒に」
梨子は千歌の両手を取り、優しく微笑みかける。
千歌はその場で大声で泣き始める。
「今から0を100にするのは無理だと思う。でも、もしかしたら1にすることはできるかも。私も知りたいの。それができるか」
「うん!」
梨子の言葉に千歌は涙でくちゃくちゃの笑顔を見せながら、強く頷いた。
そして、
空が晴れた。
まだ残っている雲からは光が差し込み、柱を作り出す。
暗く、影ばかりの一点から光が差し込んでいるその景色はまるで今の俺たちのようで。
その景色にみんな見惚れる。
「やろう!みんなで!0を1にするために!」
「「うん!」」
ここからAqoursが再スタートする。
また俺もみんなの役に立てるように0からスタートするのも悪くないかもしれない。
「よかったぁ・・・!」
雲がなくなり、いつもの青空が戻ると、俺はその場に崩れ落ちる。
「きゃあ!?先輩!水飛ばさないで!」
「あー、わるーい」
「なんなの、その気が抜けた感じ」
善子が懸念な目で俺を見る。
「いやー、安心したら力抜けた・・・」
「ああ、確かに。ごめんね?」
「あ、いや。梨子が謝ることないよ。俺が気を張りすぎたというか、心配しすぎたっていうか」
俺は立ち上がり、梨子の言葉を否定する。
「ところで和哉くん」
「何?」
曜が顔を赤くしながら、ジト目で俺を見る。
「いつまで裸でいるつもり?」
「あ」
最初に飛び込むつまり満々で上を脱いだっきりだった。
そう言えばルビィと花丸ちゃんはさっきから目すら合わせようとしない。
曜と善子もチラ見だし、梨子と千歌も今更気づいて顔を伏せてしまった。
「あー、ごめんね?」
「うるさい変態!喰らいなさい!堕天龍滅激拳!」
善子の抜き手が俺の喉を正確に射抜く。
それ、ただのモンゴリアンチョップですから・・・。
クリーンヒットしたチョップで俺はそのまま倒れ、軽く海に沈む。
その間にみんな走って十千万に行ってしまった。
結局俺の立ち位置って何なの?
「あー、空が綺麗・・・。空も心もいつかは晴れる・・・。うん、もうそれでいいや・・・」
海面に浮きながら、晴れていく空を見つめ、柄でも無いことを考えていた。
本音をさらけ出し、新たな目標を見つけたAqours。
今の0を1にするために。
「みんなが進み出せたんなら俺も頑張らないとね」
とかいつつ、1番は梨子さん何でしょう?
「・・・それは置いておこう」
いいえ、ダメです。
貴方と来たら、千歌さんが落ち込んでいてもイチャイチャと・・・。
「じ、次回もお願いします!」
話を聞いてるんですか!?
「うるせー!」