0を1にするために少しずつステップアップをしていくことを決めたAqours。
次の日の休日、和哉は騒がしい音に眠りを妨げられてしまう。
いつもの何気ない休日の朝。
自室でまだ寝ていると騒がしく母さんが入ってくる。
「和哉!起きなさい!」
「・・・うるさ」
大声で叫ぶ母さん。
「もう・・・何?」
少しイラつきながら要件を聞く。
「携帯、貸しなさい」
「なんで・・・」
「いいから!」
「・・・机の上」
あまり食い下がって眠りを妨げられるのも嫌だ、と思った俺はスマホの場所を教える。
二度寝をするために体勢をを変える。
「あ、もしもし梨子ちゃん?」
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇ!!」
俺は飛び起き、母さんからスマホを奪おうとするが、あっさり避けられてしまう。
「和哉の母です。久しぶりね。こっちに来てたなんて驚いたわ」
楽しげに通話を始めた母さん。
なんだか止めるのも申し訳ないと思った俺は複雑な気持ちのまま頭をかく。
「それで、お母様に変わってもらえる?うん。ありがとう。・・・梨子ちゃん、いい子ね」
「まあ・・・」
母さんには俺たちが付き合ってることは言ってない。
それでも自分の恋人を褒められると悪い気はしない。
「あ、久しぶりー。うん、うん。驚いたわー!」
どうやらおばさんがでたようだ。
この2人も仲が良く、家族どうしで付き合いがあるのもこの2人のおかげだろう。
「分かったわ。これから行くわ」
母さんは通話を切ると、俺にスマホを返す。
「どうなったの?」
「桜内さんちに行くわよ」
「は?」
「あんたばかり梨子ちゃんとあってずるいじゃない。私も会いたいのよ。お母さんに似て綺麗になってるだろうなー」
しみじみと呟く。
実際その通りなので俺からは何も言わないでおこう。
「さて、準備しないさいよ。道教えてもらうんだから」
「あー。はいはい」
なんだかそんな気はしていたので大人しく聞くことにした。
日差しが辛くなってきた内浦。
車の中にいても容赦のない日差しが辛い。
「十千万の裏なのねー。それじゃ千歌ちゃんとも仲良しなわけね」
「まあね」
桜内家に向かうまで、家がどこにあるか、今梨子が何をしているのかを簡単に話していた。
もしかすると母さんにとっては梨子はもう1人の自分の子供のように思っているのかもしれない。
それくらい俺と梨子は小さい頃、一緒にいた。
「さ、十千万に着くわよ」
「はいはい」
十千万の裏の桜内家の前に車を停める。
母さんはそそくさと降りると、インターホンを押す。
「はい。待ってたわ」
扉はすぐに開き、おばさんが出迎える。
「久しぶり!こっちに来てたなら言ってくれても良かったじゃない!」
「ごめんね!こっちも慌ただしく決まったものだから。でも、また会えて嬉しいわ」
母親2人で話に盛り上がり始めた。
俺邪魔じゃないか?
でも、梨子には会いたいし・・・。
「さ、中に入って。和哉くんも。梨子が待ってるわ」
「あ、はい。お邪魔します」
おばさんに案内され、中に入る。
リビングまで通されると梨子が椅子に腰掛けていた。
「梨子ちゃん、久しぶりね!」
「お久しぶりです!えっと・・・」
梨子は母さんのことをなんと呼べばいいのか分からず、戸惑っている。
「おばさんでいいのよー。あ、お義母さんでもいいわ」
「またそういうこと言って・・・」
「じゃ、じゃあ・・・。お義母さん、で・・・」
梨子は照れながらそう呼ぶと、母さんは梨子を思いっきり抱きしめた。
「わわっ!?」
「ほんとにいい子ねー!こんなに綺麗になって!」
正直、今の梨子の発言は嬉しかった。
恥ずかしがってあまりそういう言葉を言わない俺たち。
今のたった一言で梨子が俺のことを好きだという気持ちが分かるから。
「あれー?和哉くん、何照れてるのー?」
ニヤニヤしたおばさんが俺の背中をつつく。
「そんなこと、ないです・・・」
すると、おばさんは顔をずいっ、と寄せて耳打ちをする。
梨子の母親だし、顔はすごく整っていて、なにやらいい香りが鼻をくすぐる。
「梨子のこと、お願いね?和哉くんなら任せられるわ」
「・・・まあ幼馴染ですし」
「そういうことにしておくわ」
どうやら見透かされているようだ。
「お昼は食べたかしら?」
「まだよ。食べに行く?」
「だったら作るわよ。梨子も手伝って」
「うん」
おばさんの提案でお昼をご馳走になることになった。
「あー。梨子ちゃん、綺麗になって。あんた、ちゃんと捕まえるのよ」
「はいはい」
母さんの小言は適当に流すとしよう。
テーブルの椅子に座り、待つこと数十分で昼食は出来上がり、梨子とおばさんがテーブルに料理を並べる。
「すげっ・・・。豪華・・・」
出された料理はお昼のクオリティではなく、まるでパーティのような品揃えだ。
メインはパスタだが、そこにローストビーフやサラダ。そして卵料理が数品。
これは前もって準備していたはずだ。
「さ、食べましょ」
おばさんの声で全員で食べ始める。
「梨子ちゃんはまだピアノやってるの?」
母さんは梨子にピアノのことを尋ねる。
「えっと・・・」
まだ割り切れていないところが多いそのことに、梨子は少し口篭る。
「母さん!」
「大丈夫よ。・・・今、ピアノは前よりは離れてます。スクールアイドルもやってますし」
「そうよね。スクールアイドルは大変って聞くし。どうしてやろうと思ったの?」
まるで面接のような質問をする母さん。
「千歌ちゃん・・・、友達にしつこく誘われて・・・」
「千歌ちゃんね。あの子もいい子よね〜」
「知ってるんですか?」
梨子は少し驚きながらそのことを聞く。
「こっちに来て最初にできた和哉の友達だからね。よくうちにも来てくれたわ。最近、忙しくて来てくれないのよね」
少し寂しそうに話す母さん。
そう言えば高校生になって千歌は1度もうちに来ていない。
高校生にもなれば異性の友達の家にはなかなか行きづらいものだし、仕方ない。
「この前は津島善子ちゃんっていう子がやって来てね。あの子も可愛くて礼儀正しい子だったわ」
「ああ、その子も梨子とスクールアイドルをやってるわね」
おばさんも善子のことを知っているようだ。
母さんもおばさんもAqoursのことをそれなりに調べたり、見ているようだ。
「海開きの少し前かしら。休みに突然うちに来たと思ったら、和哉先輩はいますか?って」
「それはどうして?」
梨子が不思議に思い、聞いてくる。
「詳しくは分からないわ。和哉、教えなさい」
「えー・・・。俺はいいけど善子が嫌がると思うんだけど」
「今はいないからいいじゃない」
梨子も聞きたいようだ。
目付きが鋭いような気がするのは俺の見間違いだろう。
「・・・あいつ、高校に入ってしばらく不登校でさ。一応中学から知ってる仲だから、何か手助けできないかな、って。それでAqoursに誘ってみたりしたんだよ」
「うんうん。それで」
母さんは変な相槌を入れる。
「それでって・・・。あの時は単にお礼を言いに来たんだよ」
「へぇー。いい子なのね」
おばさんも善子のことをそう言った。
本人が否定してもやっぱり善い子なのだ。
「梨子もうかうかしてられないんじゃない?」
「ごほっ!?・・・お母さん!?」
梨子も驚き、食べていたものを吹き出しそうになる。
「え?取られてもいいの?」
「良くはないけど・・・!本人の前で言わなくてもいいじゃない!」
「それは悪かったわ〜」
おばさんはニヤニヤしている。
わざとやってるだろ・・・。
「もう!和哉くん、私の部屋に来てね!」
「う、うん・・・」
梨子は食べるのを止め、自分の部屋に行ってしまった。
「あらら。少しからかいすぎたかしら」
「やりすぎよ。私でも逃げ出したくなるわよ」
母親2人は遊び道具を取り上げられた子供のようにテンションを下げる。
「はぁ・・・。とりあえず俺は梨子のところに行くから」
「手、出すのもいいけど責任は取るのよ」
「はっ倒すよ?」
母さんの笑えない冗談を流し、梨子の部屋に向かう。
「梨子、入るよ」
扉をノックした後、梨子を呼びながら中に入る。
梨子はベッドの上で膝を抱えて座っていた。
「・・・梨子、大丈夫?」
「大丈夫じゃない・・・」
膝に顔を押し当て、顔を隠す梨子。
さっきいじられたのが余程恥ずかしかったのか、梨子はなかなか顔を上げてくれない。
「まあ、適当に流してればいいよ」
「だけど・・・、恥ずかしいものは恥ずかしいし・・・」
「それは俺もだよ」
しばらくこのままだろう、と思った俺はベッドの近くに座ることにした。
「・・・ねえ、梨子」
しばらく続いた沈黙を破ろうと俺は声をかける。
「・・・何?」
「母さんのことお義母さんって呼んだじゃん」
「うん・・・」
「どうして?」
梨子は再び黙ってしまう。
「・・・なんだろう」
答えてくれないか、と思った俺は何でもないと誤魔化そうとしたが、梨子は話してくれるようだ。
「おばさんじゃ失礼だと思ったし、そう呼んでくれって言ったから。それに小さい頃にお世話にもなってたし、お母さん見たいだって思ったのも本当」
「そっか・・・。本当にそうなればいいね」
「うん・・・。・・・!それって・・・!」
慌てて梨子は声をあげる。
そんなに変な事言ったかな・・・。
いや、言ってる!言ってる!?
これって結婚してください!って言ってるように聞こえないか!?
「い、いや!これはそういうのじゃなくて!その・・・。梨子とそうなりたいって気持ちはあるけど、先の話すぎるし!言葉の綾って言うか・・・」
梨子はクスクス笑う。
「分かってるわ。でも、和哉くんとなら私も嬉しいよ」
「う、うん」
まっすぐ肯定されると恥ずかしくなり、梨子から顔を背けてしまう。
「でも、もっと好きとか。そういう言葉、言って欲しいな」
「それは・・・。頑張る・・・」
弱気に呟く俺。
こんなんだからヘタレだって言われるんだ!
「和哉ー!帰るわよー!」
下から母さんの声がした。
「もう3時過ぎるんだ・・・。うん!行くよ!」
「帰っちゃうの?」
「まあね。あまり長居するのも悪いしさ」
「そっか・・・」
梨子は寂しそうな顔をする。
「また学校で。メールとか電話は後でかけると思うけど」
「うん。待ってる」
「それじゃ」
梨子に手を振ると小さく振り返してくれる梨子。
正直、もっとここにいたかった。
まあ、そうも言ってられないか。
「さ、帰って買い出しよ。付き合ってもらうから」
「へいへい」
母さんの言葉に適当に相槌を打つ。
母さんの表情から察するにおばさんとも相変わらず楽しんだようで、何よりだ。
「梨子ちゃんと何話してたの?」
「別に。母さんが迷惑だ、って」
「どういう意味よ!」
家に帰ったら電話しよう、と内浦の海を眺めながらぼー、っと考えるのだった。
相変わらずヘタレな和哉。
もう少しなんとかならないものか・・・。
「うるっさいな!俺だって初めてできた恋人なんだ!どうすればいいのか分かんないんだよ!」
少しずつヘタレが抜けることに期待して次回をお待ちください。