和哉はヘタレである。
「夏祭り!?」
ここは十千万の1階の受付。
休日の練習の休憩中でここで休んでいると、ルビィが今度ある夏祭りでテンションを上げていた。
「屋台もでるずら」
のっぽパンを食べながら、花丸ちゃんが呟く。
「これは、痕跡・・・。僅かに残っている気配・・・」
椅子に寝転がった善子が意味不明なことを呟いている。
「どうしよ・・・。東京行ってからすっかり元に戻っちゃって・・・」
そうなのだ。
ルビィの言った通り、東京から帰ってきてから善子の堕天使は止まらなくなった。
「放っておくずら」
花丸ちゃんも諦めてしまったようだ。
「堕天使なのはともかく、みっともないから起きろ、善子」
「ヨハネ!」
「というか、本当にしいたけちゃん、散歩でいないわよね?」
梨子はやっぱりしいたけが気になるようだ。
「千歌ちゃんは夏祭り、どうするの?」
曜が受付に座っている千歌に声をかける。
夏祭りでは披露ができる場がある。
そこからのオファーがAqoursに来たのだ。
「そうだねー。決めないとねー」
「そんなに悩むこと?」
梨子が曜に訊ねる。
「沼津の花火大会と言ったらここら辺じゃ1番のイベントだよ。そこからオファーが来てるんだ」
「Aqoursを知ってもらうには1番ずらね」
花丸ちゃんの言う通りだ。
「でも、今からだとあまり練習時間ないよね」
ルビィの言うことももっともだ。
花火大会は3週間後。
新曲を仕上げるにしても時間が無い。
「私は、今は練習を優先した方がいいと思うけど」
「同じく」
梨子の意見に俺も乗っかる。
確かに知名度を上げるのも大事だが、中途半端なものを見せてお客さんをガッカリさせたくないし、みんなにも嫌な思いをさせたくない。
「千歌ちゃんは?」
曜は千歌の意見も聞く。
「うん!私は出たいかな」
迷いのない笑顔で言う千歌。
その表情を見て、曜も梨子も満足したようだ。
「今の私たちの全力を見てもらう。それでダメだったらまた頑張る。それを繰り返すしかないんじゃないかな。カズくんもいい?」
「うん。勿論!」
東京のことは吹っ切れたようだ。
だったら千歌の言葉を否定する理由はない。
「ヨーソロー!賛成であります!」
「ギラン!」
曜と善子がそれぞれに反応をする。
「変わったね、千歌ちゃん」
「うん」
曜と梨子の会話を聞きながら、俺はふと千歌が悩んだ表情をしたのが見えた。
恐らく、3年生。いや、果南ちゃんのことだろう。
果南ちゃんがスクールアイドルをやっていたことが心に引っかかっているのだろう。
「どうかした?」
俺は千歌へ話しかける。
「果南ちゃん、どうしてスクールアイドル辞めちゃったんだろう・・・」
やっぱりか・・・。
「生徒会長が言ってたでしょ。東京のイベントで歌えなかったからだ、って」
善子の言う通り、ダイヤちゃんはそう言っていたが、なにか裏があると俺は思っている。
「でも、それで辞めちゃうような性格じゃないと思う」
善子の言葉を否定する千歌。
「そうなの?」
果南ちゃんのことをあまり知らない梨子が千歌に聞く。
「うん。小さい頃はいつも一緒に遊んでて。私の背中を押してくれたり、何事も諦めなかったり。・・・カズくんは何か知らない?」
俺は何が果南ちゃんたちにあったのか思い出す。
「うーん。分からない・・・。俺もイベント本番を見に行ってないし・・・。果南ちゃんが怖気づく、って言うのもピンと来ないから」
「だよねー・・・」
休憩を切り上げ、海岸に出る。
「まさか、天界の眷属が憑依!?」
意味不明な発言とポーズをとる善子は無視するとして、やっぱり果南ちゃんの行動には解せない箇所が多い。
「もう少し、スクールアイドルをやっていた頃のことが分かればいいんだけどなー」
「あー、でも。果南ちゃんたちが辞めるきっかけなら1つ思い当たるのがあるよ」
「何何!?」
食いついて来た千歌がずいっ、と顔を寄せる。
「近いよ・・・。鞠莉ちゃんの留学」
「なるほどね」
梨子が納得したように頷く。
「でも、それだけで解散ってなる?ダイヤさんと2人で続けられそうだけど・・・」
「・・・確かに」
曜の言うことも一理ある。
「何故か険悪だもんね・・・。あー!誰か知ってて教えてくれる人、いないかなー!?」
「聞くまで全然知らなかったもんね・・・」
叫ぶ千歌と、ため息をつく曜。
「「ん?」」
2人は何か思いついたのか、顔を1度見合わせ、ルビィを見る。
あっ・・・。
ルビィは驚き、ピギッ、と悲鳴をあげる。
「ルビィちゃん、ダイヤさんから何か聞いてない?」
「小耳に挟んだとか」
「ずっと一緒に家にいるのよね。何かあるはずよ」
2年生組の圧を真正面から受けるルビィ。
「えっ・・・、あ・・・、うぅ・・・、えと・・・。・・・ぅゅ・・・!」
「あっ!逃げた!」
「行けっ!善子!君に決めた!」
善子はルビィを捕まえると技をかけ始めた。
「とぉっりゃ〜!堕天使奥義!堕天龍鳳凰縛!!」
・・・ただのコブラツイストです。
すると、花丸ちゃんが善子へ近づき、とん、とチョップする。
「やめるずら」
「ああっ・・・。はい・・・」
花丸ちゃんには善子は逆らえないようだ。
「ホントに?」
「ルビィが聞いたのは東京のライブが上手くいかなかった、って話くらいです」
ルビィが知っているのもその程度だった。
状況は進展しないままだ。
「それからスクールアイドルの話はほとんどしなくなったので・・・。ただ・・・」
「「ただ!?」」
みんなが食いつく。
「少し前に鞠莉さんがうちに来て、お姉ちゃんが果南さんは逃げた訳じゃない。果南さんのことを逃げたと言わないで、って・・・」
「逃げたわけじゃない、か・・・」
千歌が呟く。
「やっぱりか・・・」
「和哉くん、どうかした?」
ふと口から漏れた言葉を梨子に聞かれてしまう。
「あ、うん。前から何か裏があったんだろうな、って思っててさ。あの3人があそこまで険悪になるっておかしいから」
「そっか・・・。和哉くんは結構3人とも交流があったもんね」
曜の言ったことに頷く。
「じゃあ、さ。調べてみよう!」
また千歌のとんでもない計画が動き出そうとしていたのだった。
次の日の早朝。
まだ外は薄暗い。
そんな中、俺たち7人は淡島に行く定期船の近くの看板裏に隠れていた。
「あっ、来たよ!」
声を抑えながら千歌が指を指す。
ターゲット、果南ちゃんだ。
なぜ、こんなことになったのか、と言うと、分からないなら尾行しよう!と千歌が提案したからだ。
欠伸を堪えていると、果南ちゃんはストレッチを終え、ジョギングを開始した。
「ふぁあ・・・。まだ眠いずら・・・」
花丸ちゃんは欠伸をする。
「行くよ、花丸ちゃん」
「は〜い・・・」
花丸ちゃんの背中を軽く叩き、俺たちも追いかけ始める。
「毎日こんな朝早くに起きてるんですね」
ルビィは感心しながら呟く。
「果南ちゃんの日課だよ。たまに俺も一緒にやってるよ」
「というか、こんな大人数で尾行したらバレるわよ!」
「しーっ!バレる!」
叫ぶ梨子に静かにするよう言うと、彼女は慌てて口を塞ぐ。
「みんな来たいって言うし」
「しっかし、速いねー」
普段の俺たちのランニングより全然速いペース。
俺はともかくみんなはバテ始めていた。
「い、一体、どこまで行くつもりなの・・・」
善子が今にも倒れそうな声で呟く。
「結構、走ってるよね」
曜はまだ余裕そうだ。
「ま、マル・・・、もう、だめずら・・・」
「ま、マルちゃん、頑張って・・・」
ルビィは花丸ちゃんを励ます。
「でも、気持ちいいね」
千歌の言葉にみんな頷く。
少しだけ朝のランニングの良さが分かってもらえたかもしれない。
「弁天島まで行くから頑張れー」
「「えぇーー!?」」
みんな驚きの声を上げる。
「ちょっ、バレるから!」
なんとかバレずに弁天島の麓。
淡島からここまでざっと5km以上ある。
みんなにはまだきついみたいで、階段に座り込んでいる。
これはまだまだ基礎体力をつけないとなー。
「ほらー。登るよー」
「む、無理・・・」
千歌以外の全員がその場でダウンしてしまった。
仕方なく千歌と2人で頂上まで登ると、果南ちゃんは踊っていた。しかも、弾けるような笑顔で。
「千歌」
俺は千歌の手を引き、一緒に木の裏に隠れる。
「綺麗・・・」
果南ちゃんの踊りを見て千歌は目を輝かせていた。
「なんだかんだ、捨てきれてないのかもね」
「だったら尚更分かんないよ・・・」
「そうだね・・・」
みんな下から登って俺たちに合流する。
すると、俺たち以外の誰かが拍手をした。
「・・・鞠莉ちゃん?」
どうやらここへ先回りしていたらしい鞠莉ちゃんが現れた。
その瞬間、果南ちゃんの表情は険しくなる。
「復学届け、提出したのね」
「まあね」
「やっと逃げるのを諦めた?」
鞠莉ちゃんはダイヤちゃんから聞いたはずの逃げているわけじゃない、という言葉を無視して、煽るように告げる。
「・・・勘違いしないで。別に学校を休んでいたのは父さんの怪我が元で。それに復学してもスクールアイドルはやらない」
1度も振り返ろうとせず、果南ちゃんはその場から立ち去ろうとする。
「私の知ってる果南は、どんな失敗をしても笑顔で次に走り出していた。成功するまで諦めなかった」
鞠莉ちゃんの言った果南ちゃんは俺と千歌が知る果南ちゃんそのものだ。
そして、その言葉が果南ちゃんの足を止めた。
「卒業まで後1年もないんだよ」
「それだけあれば充分!それに今は後輩もいる」
おっ?何やら変な期待をかけてませんか?鞠莉ちゃん?
千歌たちも驚いていた。
「だったら千歌たちに任せればいい」
「果南・・・」
「どうして戻ってきたの?」
果南ちゃん・・・?
「私は戻ってきて欲しくなかった」
鞠莉ちゃんへ顔だけ向かせ、睨みながら告げる果南ちゃん。
「果南・・・!ふふっ・・・。相変わらず果南は頑固・・・」
「やめて。私はもう貴女の顔、見たくないの」
「このっ・・・!」
聞いていられなくなった俺は飛び出そうとしたが、千歌に止められる。
「ダメ・・・。よく分かんないけど、今はダメだよ・・・」
「・・・・・・」
千歌の言葉を比定できず、俺は去っていく果南ちゃんを見つめる。
本当にそう思ってるなら、そんな悲しい顔はしないはずだよ、果南ちゃん・・・。
しばらく立ち尽くしたままだった鞠莉ちゃんも階段を降りていく。
そんな彼女に声をかけることが俺はできなかった。
今何か言っても余計辛くなってしまうだけだと思ったから。
「ひどい・・・」
「可哀想ずら・・・」
ルビィと花丸には果南ちゃんが悪いだけにしか見えていないようだ。
「和哉くんの言った通り、何かありそうだね」
曜が呟く。
「逃げるのを諦めた、か・・・」
「梨子?」
意味深に呟く梨子。
それに俺と千歌が反応する。
「ううん。何でもない」
咄嗟に取り繕った梨子は誤魔化した。
「みんな、戻ろっか。俺たちがどうこうできるわけじゃ無さそうだし」
「だね。よーし、私のうちまでしゅっぱーつ!」
千歌の掛け声に合わせて、みんな歩き始めた。
「梨子」
「ん?」
俺はすぐ前を歩く梨子を呼び止める。
「さっきの、自分とピアノで当てはめた?」
「!?」
梨子は図星をつかれたようだ。
「言いづらいのは分かるよ。せめて俺にはその悩みをぶつけてくれると嬉しい」
「・・・うん!ありがとう」
梨子の笑顔に俺も笑顔を返す。
そして、3年生の3人のことをどうやって仲直りさせるか考えていた。
3年生の過去は分からないまま。
千歌の果南への疑問は増えるばかり。
果南が抱えているものとは?