夏祭りの屋台を2人で楽しむ和哉と梨子。
そして、花火が始まる。
日は完全に沈み、午後8時前。
俺たちは狩野川の河川敷の斜面に腰掛け、始まる花火大会を待っていた。
「人が増えてきたわね」
「うん」
河川敷にはこの祭りに来ていたほとんどの人が集まってきているようだ。
俺はそんな中、見知った顔を見つけた。
「あれって、果南ちゃんたち?」
「どれ?」
梨子は気になったようで、果南ちゃん、鞠莉ちゃん、ダイヤちゃんの3人を指さす。
「ほら、あれ。鞠莉ちゃんの金髪が目立つね」
「本当だ。みんな浴衣だね」
俺の指した指の先を覗き込むように、梨子の頭が俺の目の前に来る。
やばっ、髪のいい匂いがする・・・。
「あ、あれってよっちゃんたちじゃない?・・・和哉くん?聞いてる?」
「え?」
「もう。あれ、よっちゃんたちだよね」
果南ちゃんたちよりさらに奥の方に見慣れたお団子頭と2人の女の子がいた。
彼女たちも浴衣だ。
「あぁ、善子だね」
「どうしたの?急にぼーっ、として」
梨子は俺の顔を覗き込む。
「何でもないよ。・・・それよりさ・・・、いい・・・?」
彼女の顔を間近で見ているとキスした時の感情を思い出し、欲求が漏れ出す。
梨子の頬に手を添え、顔を近づける。
「な、なにが?」
「キスしたい・・・」
「えっ・・・!?だ、ダメだよ・・・。人も沢山いるし・・・」
「暗いし、誰もこっちなんか見ないさ」
瞳に涙を貯め、梨子は目線を逸らす。
「どうなっても知らないから・・・」
梨子は目を閉じ、キスが来るのを待つ。
自然と周りの声も聞こえなくなり、聞こえてくるのは花火がまもなく始まる、というアナウンスだけ。
・・・後、数ミリ・・・。
「千歌ちゃん!急いでー!始まっちゃうよ!」
「ま、待って、よーちゃん・・・!」
なんだか聞き覚えのある声が・・・。
というか、千歌と曜だ。
「千歌ちゃん?曜ちゃん?だ、ダメ〜!!」
「ぶはっ!?」
千歌と曜の声を聞いた梨子は俺にビンタをかまし、膝を抱えて蹲ってしまった。
てか、めちゃくちゃ痛い・・・。
「あれ、今の声って・・・」
「梨子ちゃんだよね?あっ、カズくんもいるー!」
俺はぶたれた頬が痛すぎて、頬を抑えながら必死に痛みを堪えていた。
「探してたんだよ!LINEも電話もしたのに一向に繋がらないから」
2人は俺たちの方にやってくる。
2人とも例によって浴衣で、曜が少し不機嫌気味に言うが、よく分からない状態の俺たちを見て首を傾げる。
「何してるの?」
「えっ!?な、何もないよ!」
梨子が慌てて答える。
その慌てぶりから何もない訳がないのは容易に分かる。
「絶対何かあったでしょ。カズくんまた梨子ちゃんに変なことしたでしょ?」
千歌が俺を睨む。
ここのところ梨子に何かあると、何かと俺のせいにする千歌。
「してない・・・。むしろ俺が聞きたいくらいなんだけど・・・」
「どゆこと?」
千歌は首をかしげた。
「そうそう。なんでさっきから和哉くんは頬抑えてるの?」
やっと曜がそこを聞いてきたが、なんと答えればいいのか・・・。
キスしようとしたら2人のせいでぶたれました、とは口が裂けても言えない。
「そ、そのね!すっごく大きい蚊がいて、私がびっくりしてそのまま叩いてしまったの!」
「う、うん。そう言うこと・・・」
梨子の咄嗟の誤魔化しに合わせ、俺も頷く。
「ふーん。それで2人は今日ずっと一緒だったの?」
千歌の言葉。それを言った彼女の顔は暗く、悲しげに見えた。
「いいじゃん。俺たちだって幼馴染なんだ。たまには2人で遊びたいし」
どうだろう、上手く誤魔化せただろうか。
「そう、だよね。よーちゃん、行こ?」
「え、千歌ちゃん?」
少し予想外の行動だった。
千歌のことだ。4人で見ようなんて言い出すかと思っていたのに。
「一緒に見ればいいじゃない」
梨子もここから去ろうとする千歌に声をかける。
「いいよ。今日は2人で楽しんでね」
そう言うと千歌は走って行った。
「あっ!千歌ちゃん!・・・ごめん、私は千歌ちゃんを追いかけるよ」
「うん。そうしてやって」
曜は走っていく千歌を追いかけ始めた。
「なんだか、様子がおかしかったね」
「うん・・・」
なんとも言えないモヤモヤを抱えたまま、打ち上げ花火は光と音を撒き散らし始めた。
「花火、凄かったね」
「うん・・・」
花火が終わると人は途端に減り、今河川敷にいるのは俺と梨子だけ。
うわ言のようにも聞こえる呟きで小さく感想を言い合っていた。
確かに花火は凄かった。
けどそれ以上に千歌の姿が頭から離れない。
「・・・やっぱり、俺が悪いのかな・・・」
ポツリ、と呟くと梨子は首を傾げる。
「千歌のこと。多分今日で勘づかれたかも・・・。梨子と付き合ってること」
「・・・うん。そんな気がする」
梨子もどこか感じていたようだ。
「千歌の気持ちに完全にじゃないけど気づいて、気づかないフリしていたツケが回ってきたかな・・・」
「・・・そうかもしれないけど。でも、私には悪いことには思えないわ。・・・多分、今こうしていれるからなんだと思うけど、それは和哉くんの優しさでしょ?・・・なーんて、都合のいい解釈か」
梨子はおどけたように話す。だが、すぐに真剣な顔をして小さく言う。
「とにかく、千歌ちゃんだけには話した方がいいかも。どんな結果になっても」
「・・・だね」
俺は立ち上がり、梨子に手を差し出す。
「俺たちも帰ろう。そろそろバスもなくなっちゃうしさ」
「そうだね」
梨子は俺の手を取り、立ち上がる。
その手をとったまま、最寄りのバス停まで手を繋いで歩き始める。
「明日はライブかー。楽しみだ」
「それは3年生たちが2年ぶりにステージに立つから?」
「それもあるけど、1番は梨子が踊って、歌う所を見たいからかな」
「・・・すぐにそういうこと言う」
梨子は恥ずかしそうに俯く。
「本心だよ。俺ももう少し心を開かないと、って思ったから」
「そっか」
そう呟いた梨子はどこか嬉しそうだった。
とりあえず、聞いてみるか。
「どうかした?笑ってさ」
「ふふっ。何でもないよ。それより」
梨子は手を離し、俺の前に立つ。
自然と足は止まり、梨子を見て俺は首を傾げた。
「今日はありがとう。とっても楽しかったわ」
「うん、俺も」
「それで、これは・・・」
梨子は1歩で俺の目の前に近寄り、背伸びをした。
「は?」
チュッ、と恥ずかしくなるけど嬉しい音が耳元で聞こえた。けどそれが何なのかは一瞬では理解できなかった。
「こ、これは罰ゲームだから!い、今はこれが私の限界・・・。もっと自分からできるようになるから!ま、また明日ね!」
そう言うと梨子は走って行き、タイミングよく来たバスに乗って行ってしまった。
1人残された俺はその場で立ち尽くす。
「っはぁぁぁぁぁぁ・・・」
しゃがみこみ、頭を抱える。
顔全部がめちゃくちゃ熱い。それにキスされたところは何倍も。
「・・・あざといし、ずるい・・・。くそっ、可愛いかよ・・・」
今日は眠れなさそうだ。
翌日、本番30分前。
既に衣装に着替え終わったみんなはそれぞれ色んなことをやっていた。
振り付けと歌詞の最終確認。衣装の細かい調整とほつれの有無。精神統一などなどと、多種多様だ。
俺はブランクの長かった3年生たちの最終確認に付き合っていた。
「カズくん」
「ん?千歌、どうかした?」
最後の振り付けの確認をしていると千歌が話しかけてきた。
「少し、いい?」
「え、っと・・・」
まだ確認が最後まで終わっていない。どうしたものか、と考えていると果南ちゃんが声をかける。
「行ってきなよ。振り付けの確認なら他の子にも見てもらえるからさ」
「そうしてもらっていいかな。ちょっと行ってくるよ」
「ううん、ここでいいよ。ライブが終わったあと、少しいいかな」
千歌の表情は浮かない。
どうかしたのだろうか。
「分かった。付き合うよ」
「ありがと。邪魔してごめんね」
千歌はそさくさと去っていく。
本当に千歌は大丈夫なのか?
どこか雰囲気が東京から帰ってきた時に似ている。
「千歌、何かあったのかな」
果南ちゃんも心配しているようだ。
「分かんないけど、今は自分たちのことに集中して。復帰ライブを台無しにしたくないでしょ」
「それもそうだね。カズ、もう少し細かいとこお願い」
「あいよー」
Aqoursの出番が直前になり、俺は観客席の後ろの方に立っていた。
「・・・むっ・・・、あー。もう・・・」
ソワソワして落ち着かない。
2年ぶりに果南ちゃんたちがステージに立つんだ。心配して、心がうわだっているのもあるし、待ち遠しいのもある。
『これが最後のグループ!内浦が誇る、人気急上昇中スクールアイドル!Aqoursの皆さんです!』
「あ、始まった」
イントロがゆっくりと流れ始める。
曲に合った静かな踊りと果南ちゃんの歌い出し。
この曲は『未熟Dreamer』
あの日、3年生たちが1年生だった頃に東京で歌うはずだった曲。2年間の間、部室で眠っていた曲だ。
順調に曲は進み、フィナーレ。
消えていく音楽と共に、みんなが舞台の後ろに向かって行き、ナイアガラの花火が消えると同時に曲も照明もすべて消えた。
それがこの曲の終わり。
終わると同時に見ていた人の拍手が会場全体に響く。
言わずとも分かるが、大成功だ。
千歌のMCが始まると同時に俺は舞台裏に向かう。今はとにかく早く向かってこの感動をみんなに伝えたかった。
「ふふっ、Aqoursか・・・」
舞台裏に着くと中で果南ちゃんが笑いながら呟いていた。
「どうしたの?」
それに気づいた曜が声をかける。
「私たちのグループもAqoursって名前だったんだよ」
「えっ!?そうなの!?」
千歌も驚く。
そうだ。Aqoursは果南ちゃんたちの時に使っていたグループ名。
今の果南ちゃんの言い方からして、あの時に砂浜に書いたのは果南ちゃんじゃ無さそうだ。
となると・・・。
「そんな偶然が・・・」
梨子も首を傾げて考えている。
「私もそう思ってたんだけど、千歌たちも、私も鞠莉も。まんまとのせられたんだよ、誰かさんに」
まあ、その誰かさんとは消去法でダイヤちゃんだ。
現にそのことに触れられ、顔を赤くしながらそっぽを向いていた。
なんだかんだで1番スクールアイドルをやりたかったのはダイヤちゃんだった、ということだ。
今、何か感想も言うのも空気が違うな・・・。どこかみんなが集まった時にでも話そう。
そう思った俺はそのまま外でみんなを待つことにした。
あとは。
「千歌、か・・・」
夏の魔力は人を動かす。