Aqoursを離れた和哉。
時間は待ってくれず、予備予選は近づいてくる。そんな中Aqoursは合宿を始めた。
side 梨子
和哉くんが部を去って約1週間ほどが過ぎた。Aqoursはお昼は三津浜にある海の家のお手伝い。夕方から砂浜を使い、いつものように練習に取り組み、予備予選用の曲の完成度を高めていった。そう、今は千歌ちゃんのお家を借りてAqoursみんなでの合宿だ。
私と和哉くんの関係を知っている千歌ちゃんと曜ちゃんの2人は大丈夫だろうか、と心配していたが落ち着いたようで、何事も無かったように練習に励んでいるのだが、時折見せる暗い表情に私は胸を痛めていた。
それと同時に私はある1つの問題があった。それは昨晩届いたメールのせいだ。
8月20日のピアノコンクール出場の誘いが来ていた。それが私の悩みの種になっている。
その日はラブライブ予備予選と同じ日なのだ。
海の家のお手伝いで残った料理の夕食を終えた私は1人、砂浜に座り、そのメールを読んでいた。
少し離れたところにさっきよっちゃんが作った『堕天使の涙』という激辛な食べ物を食べて、熱くなった舌を必死に冷やしているルビィちゃんがいた。その姿を見て私はクスリ、と笑い、メールの削除をしようとする。
スマホには最終確認が表示される。
これを消せば少なくともこの1年間はピアノに関わることなく、Aqoursの活動ばかりになるだろう。
「・・・関係ない」
今、私が居るのは、居たいのは騒がしいけど楽しくて毎日笑っていられるAqoursなんだから。
なんの躊躇いもなく、私はメールを削除した。
「・・・こちゃー・・・」
薄い意識の中、私を呼ぶ声がする。
「り・・・ゃーん・・・、梨子ちゃーん」
同時に顔を掴まれ、頬を揉まれているようだ。
「梨子ちゃーん」
その声の主は千歌ちゃんだった。
「千歌ちゃん。・・・。面白がってませんかー?」
重い瞼を開け、仏頂面をして私は千歌ちゃんの顔を見上げる。
申し訳なさそうに笑う千歌ちゃん。
こんな夜更けに起こすなんて、何かあったのだろうか。
「ちょっと外に行こうよ」
「外?」
「うん。少し眠れなくて。おしゃべりでもしない?」
彼女の声はいつものような活発さが無く、何か思い詰めているようだ。
「いいよ」
断る理由もあるはずもなく、彼女の言葉に二つ返事をする。
千歌ちゃんに着いて行き、夜の三津浜に向かう。
昼間の人混みはなく、波の穏やかな音だけが響いていた。
「志満ねぇと梨子ちゃんのお母さんが話しているの聞いちゃったんだ。ピアノのコンクールに呼ばれたんでしょ?」
なるほど。千歌ちゃんが思い詰めていたのは私のせいだったようだ。
「バレちゃったか。心配しないで。ちゃんとラブライブに出るから」
これは私が決めたこと。この言葉に嘘はない。
「え?」
「確かに初めて知らせが届いた時はちょっと戸惑ったよ。チャンスがあったらもう一度、って気持ちもあった。でも、合宿が始まって、みんなと一緒に過ごして。こっちに引越して来て学校やみんなやスクールアイドルが自分の中でどんどん大きくなって。みんなとAqoursの活動が楽しくて。千歌ちゃんとの出会いも」
千歌ちゃんは黙って私の話を聞いている。
その表情は驚きを隠せていないのが見て分かる。
「自分に聞いてみたの。どっちが大切なのか。すぐ答えは出た。今の私の居場所はここなんだ、って」
「そっか」
「今の私の目標は今までの1番の曲を作って予選を突破すること。それだけ」
私の今の正直な気持ちをぶつけた。
「分かった」
千歌ちゃんも納得してくれたようで優しく微笑んでいる。
「梨子ちゃんがそう言うなら」
「だから早く歌詞ください」
「えー!今それ言う!?」
小さな子供のように不貞腐れる千歌ちゃん。
「当たり前でしょ。さ、風邪ひくと行けないから戻ろ」
「・・・うん」
「「ヘーイ!!」」
次の日のお昼。
私たちはだいぶ慣れてきた海の家のお手伝い中だ。
私と千歌ちゃんは歩道に立ち、海の家の宣伝が書かれた箱をかぶり、客寄せをしていたが全く捕まらない。
その様子を果南さんと鞠莉さんが見ていて笑っていた。
「さて、梨子。そろそろ行こっか」
パーカーを着た果南さんが私に声をかける。
「あ、はい」
「どこ行くの?」
興味を持った千歌ちゃんが歩み寄ってくる。
「梨子とダンスの相談。来る?」
「いいの!?」
果南さんが目線でいい?と聞いてくる。別に拒否する理由もないので頷く。それに歌詞担当の千歌ちゃんが居た方が話が進みやすい。
「じゃあ、行こっか」
「大切な、もの?」
「それが歌詞のテーマ?」
千歌ちゃんが言うには予選用の曲はそういうテーマらしい。
「うん。まだ曲の出だししか書けてないんだけど・・・」
持ってきた歌詞ノートを千歌ちゃんは私に差し出す。
受け取って中を読む。
「・・・大切な・・・」
歌詞を読む前にそのテーマをもう一度口にする。そして、机の上に置きっぱなしにしていた譜面を見つめてしまう。
「梨子」
「ふぇ!」
果南さんに声をかけられ、驚いてしまう。
「梨子も読んでみてどう?」
「あ、はい・・・」
いけない。今は曲作りに集中しないと。
やっぱり売れなかった『堕天使の涙』と『シャイ煮』の処理が夕飯。だと思っていたが曜ちゃんお手製のカレーによってその2つは美味しく食べることができた。・・・最初に私に食べるように進めてきた時は嫌がらせかと思ったが美味しかったのでよしとしよう。
夕飯後はダイヤさんによるスクールアイドルの歴史講座が開かれたが、鞠莉さんのお陰で長い長ーい話を聞くことにはならなかった。
そして。
「梨子ちゃん」
「・・・なぁに・・・?」
今夜も眠っているところを千歌ちゃんに起こされてしまった。それも昨日と同じく頬を挟まれて。
「1つ、お願いがあるの」
「お願い?」
「着いて来て」
言われるまま着いて行くと外に自転車が2台用意されていた。
「さ、行くよ!」
千歌ちゃんはどこに行くかも言わずに自転車に跨る。
「はい?」
「ゴー!」
「え!?ま、待って!!」
自転車で走って行く千歌ちゃんを必死に追いかける。
「こんな夜中にどこ行くの!」
「いいからいいからー!」
辿り着いたのは浦女の音楽室。
「どういうつもりなの?」
「考えてみたら聞いてみたことなかったな、って。ここだったら思いっきり弾いても大丈夫だから!梨子ちゃんが自分で考えて、悩んで、一生懸命作った曲でしょ。聞いてみたくて!」
勝手にうちに上がって持ってきたと思われる私の、私だけの曲の譜面を見せる千歌ちゃん。だが、その曲とはもう関わらないと決めた。
「でも・・・」
「お願ーい!少しだけでいいから」
千歌ちゃんは譲る気はないようだ。
これでこの曲と、ピアノコンクールと完全に決別しよう。
「あまり、いい曲じゃないよ」
そう思った私は千歌ちゃんのお願いを聞くことにした。
これで本当に終わりにしよう。
「いい曲だね」
「千歌ちゃん・・・」
学校を出て、私たちは三の浦総合案内所の前の防波堤に腰をかけ、明るくなり始めた水平線を見つめていた。
そんな中、学校を出てからあまり言葉を出さなかった千歌ちゃんがぽつり、と呟いた。
「梨子ちゃんがいっぱい詰まった」
こんな曲を聞いて千歌ちゃんは私を感じたようだ。
「梨子ちゃん」
「ん?」
「ピアノコンクール出て欲しい」
言葉が出なかった。
スクールアイドルを頑張ろう、みんなと一緒に過ごしたい、と決意した矢先。リーダーの千歌ちゃんから言われたんだ。
私は必要ないの?
「こんなこと言うの変だよね。滅茶苦茶だよね。スクールアイドルに誘ったのは私なのに。梨子ちゃん、Aqoursの方が大切って言ってくれたのに・・・。でも、でもね!」
「私が一緒じゃ、嫌・・・?」
「違う!違うよ!一緒がいいに決まってるよ!」
千歌ちゃんは大きな声で、首を振りながら私の言葉を否定する。
「・・・思い出したの。最初に梨子ちゃんを誘った時のこと。あの時私思ってた。スクールアイドルを一緒に続けて、梨子ちゃんの中の何かが変わって、また前向きにピアノに取り組めたら素晴らしいな!って。素敵だな!って。そう思ってた、って」
「でも・・・」
確かに最初はそうだった。でもそれがどうでもよくなるくらいに私は・・・。
千歌ちゃんは手を差し出す。
「この町や学校や、みんなが大切なのは分かるよ。私も同じだもん。でもね、梨子ちゃんにとってピアノは同じくらい大切なものだったんじゃないの?その気持ちに答えを出してあげて」
何も言えない。
彼女が。千歌ちゃんが。
私のことをそんなに大切に考えてくれていたことが嬉しくて。
「私待ってるから!どこにも行かないって。ここでみんなと一緒に待ってるって約束するから・・・。だから・・・」
勝手に体が動いた。
この優しくて暖かい友達を私は抱きしめていた。
「本当・・・。変な人・・・」
自然と涙が溢れていた。
体を離し、手をとる。
「大好きだよ・・・」
「私も・・・。大切な大切な友達だもん・・・」
「ごめんね・・・。ずっと黙ってて・・・。ピアノも和哉くんのことも・・・」
言うならここしかない、そう思った私はその事に触れる。
「いいんだよ。私は選ばれなかっただけなんだから。気にしないで」
「でも・・・」
「いいの」
千歌ちゃんは私を優しく抱きしめる。
「私は2人が大好き。そんな2人が幸せなら私も幸せなんだ」
「ごめんね、ごめんね・・・。千歌ちゃんの気持ちは分かってた・・・。それなのに・・・。ごめんね・・・」
涙が止まらない。
ただ彼女に優しく慰められながら、謝り続けることしかできなかった。
梨子の選択。千歌の想い。
2人はそれを確かめ合い、また1つ絆は強くなった。