今の本音を伝え、東京に向かう梨子と和哉。
2人でのお出かけだし・・・、と思っていた梨子だが・・・。
ピアノコンクールの数日前。
まだ朝早い沼津駅の改札。駅のお店もまだ開店していない。
私たち学生にとっては長い夏休みの1日だが、働く大人たちにとってはただの平日。
そんな日の中、東京に向かう私はAqoursのみんなに見送りをしてもらっていた。
最初に言葉をかけてくれたのは千歌ちゃん。
彼女と握手をし、互いに微笑む。
「しっかりね」
「お互いに」
立つ場所は違っていても健闘を送り合う。
「梨子ちゃん!がんばルビィ!」
「東京に負けてはいけませんわよ!」
黒澤姉妹の激励。
「そろそろ時間だよ」
その2人の後ろから曜ちゃんが顔を出し、電車の時間を教えてくれた。
「うん」
「Ciao、梨子」
「気をつけて」
鞠莉ちゃんと果南ちゃんも一言言ってくれた。
「ファイトずら」
最後に花丸ちゃん。
よっちゃんだけ何も言ってくれなかったが、素直じゃない彼女の事だ。言葉にしなくても分かってる、なんて思っているのかもしれない。
みんなに背を向け、改札を通る。その瞬間、千歌ちゃんが私を呼び止める。
「梨子ちゃーん!」
立ち止まり、振り返る。
「次の!次のステージは!絶対みんなで歌おうね!」
そんなことを言うために呼び止めたらしい。
答えなんて1つしかなく、私は笑みを浮かべる。
「もちろん!」
こんな激励を貰ったんだ。もう怖くなんてない!
・・・と、その前にもう1人、素直じゃない人を探さいといけない。
先にホームで待っているって言っていたけど・・・。
「1年生たちとはすごく仲良くなったみたいだね」
「1年生だけじゃないわ。果南ちゃんや鞠莉ちゃんとだって。合宿のおかげよ」
電車乗り場に向かうための上り階段の前に和哉くんは立っていた。
「せっかく一緒に行くんだから顔くらい見せれば良かったのに」
「・・・俺が行っても空気が悪くなるだけだよ」
彼の表情を覗いてみると浮かない感じだ。自分でもどうしたらいいか分かっていない、とでもいうような。
「別に気にしなくてもいいと思うよ。和哉くんも一緒に行く、ってみんなには言ってるから」
「え!?言ったの!?」
予想外だったのだろうか。彼らしくない大声をあげる。
「当然じゃない。私が向こうにいる間、みんなに心配させたくないし」
私がそう言うと彼はため息をつき、頭を搔く。
「分かったよ・・・。そろそろ電車来るよ」
「あ、うん」
乗り場に向かう彼の後ろをついて行きながら1人、静かに意識をピアノへと運んでいた。
在来線に揺られること数時間。
途中で大きな駅で降りてお昼を食べたり、少しお店を見ていたりしていたので、東京に着いた頃には少しずつ日が傾き始めた頃だった。
「ふぁあ〜」
隣で大きな欠伸をする和哉くん。
移動が長く、疲れて眠ってしまうのは仕方ないと思う。だけど!電車に乗って座るや否やすぐ熟睡!?こんな時とはいえ、なかなかない2人だけの遠出なのにお喋りもろくにせずに爆睡する、普通!?起きてたのはご飯食べるか、お土産屋さんで何かお菓子を買うくらい!浮かれてた私が馬鹿みたいじゃない!!
「寝すぎよ。夜、寝れないんじゃないの?」
露骨に不機嫌さを出して欠伸を指摘する。
「それは別だから大丈夫。てか、なんで不機嫌なの?」
それを聞くの!?
私は腹を立て、そっぽを向く。
「考えてみたら?」
「えぇ〜・・・」
「キビキビ歩く!スタジオに行かないといけないんだから」
「へいへい」
「返事は1回!」
「はい・・・」
宿とスタジオが同じ建物に入った場所に私たちは到着した。
とりあえず寝室になる場所に荷物を起き、2人でピアノの部屋に向かう。
「わぁ・・・。広い・・・」
学校の音楽室に負けないほどの広さの空間。ここを私1人で使うと言うのは流石に勿体ないというか・・・。
「すっご・・・。それでさ、俺も着いては来たけど、何もすることなくない?」
私と同じリアクションをした和哉くんは壁の近くに置かれたパイプ椅子に腰掛ける。
「和哉くんには聞いてて欲しいの」
「梨子のピアノならずっと聞いてられるけど・・・。他にできることとかは?」
真顔でこちらの顔が熱くなるようなことを言わないで欲しい・・・。
「うーん。傍に居てくれて、聞いてくれるだけで私は満足だよ」
「そういうもん?」
「そういうもの」
完全に納得した訳ではないようだが、了承はしてくれたようだ。
早速、コンクール用の曲の練習を始めよう。
気づけば完全に日は傾き、窓の外は夕暮れに染まり、夜がやってき始めていた。どうやら数時間経っていたようだ。
「1回、休憩する?」
椅子に座ったまま彼が私に声をかける。
「うん。コン詰めすぎても良くないし」
「そうだね。紅茶、入れてくるよ」
そう言うと彼は部屋を出ていく。
「・・・・・・」
こんな広い部屋に1人でいるとなにか落ち着かない。
うーん、と特に悩んでもないが、考えるフリをして誤魔化してみる。
「あ。みんなに着いたって連絡しないと・・・。この時間なら練習終わってるよね」
スマホを持ち、千歌ちゃんをコールする。
『もしもし?』
「あ、千歌ちゃん?今平気?」
『うん!東京に着いたの?』
いつもの元気な声。
お別れしてまだ1日も経っていないのに懐かしく思ってしまう。
そう思ってしまうくらい一緒に居たのだから仕方ないのかもしれない。
「うん。スタジオに着いたから連絡しておこうかと思って」
『そうなんだ!スタジオは大きい?』
「うん。1人じゃ勿体ないくらいで」
『ふふっ。あ、ちょっと待って。みんなに変わるから。花丸ちゃん!』
どうやら練習が終わったばかりのようで何人かは近くにいるみたいだ。
『あっ!え、えっと・・・』
千歌ちゃんのことだからいきなり話を振ったんだろう。花丸ちゃんの焦る声が電話越しに聞こえる。
『もすもす?』
もすもす?訛りだろうか?
「もしもし?花丸ちゃん?」
『み、未来ずら〜!?』
え?そんなに驚くこと?私の声、何回も聞いてるよね・・・?
『何そんなに驚いてるのよ。流石にスマホくらい知って』
「あれ?よっちゃん?」
こんな時間だからとっくにバスで帰っているものと思っていたから、よっちゃんが居たのは少し驚いた。
『え?・・・・・・ふふふふっ・・・。このヨハネは堕天で忙しいの。別のリトルデーモンに変わります!』
堕天で忙しいって何?
次々と変わる電話相手。
流石にいい加減、まともに電話をしてもらいたい。
「もしもし・・・?」
『ピギッ!?ピギィイイイイイイイイイイ!!!!』
ルビィちゃんに至っては声を聞いただけで逃げられてしまった。
実は私、後輩から嫌われてる・・・?
『どうしてそんなに緊張してるの?梨子ちゃんだよ?』
『電話だと緊張するずら。東京からだし!』
『東京関係ある?じゃあ、曜ちゃん。梨子ちゃんに話しておくこと、ない?・・・あっ。電池切れそう・・・』
誰が話すのか決めている間に千歌ちゃんのスマホのバッテリーの限界が来たようだ。
「またなの?」
千歌ちゃんはよく学校でもスマホを使ってネット検索などをしてすぐにバッテリーを使ってしまう。今回もそれが原因なのだろうか。
『またって言わないでよ〜。・・・まただけど』
「うふふっ。じゃあ、切るわね。他のみんなにもよろしく」
『うん!』
電話を切り、みんなの声を聞けて心が落ち着くのが分かる。
やっぱりここに来てどこか落ち着かなかったり、時々演奏が乱れたりした。心の奥底では怖がっていたのかもしれない。けど、みんなの声を聞けてまた頑張れる、とそう思えた。
・・・けど1つだけ気になったのは曜ちゃん。
電話越しだったから微かにしか聞こえなかったけど、あの声はいつもの彼女という感じがしなかった。
私の考えすぎならそれでいいのだけど・・・。
「お待たせ。紅茶持ってきたよ」
和哉くんがおぼんにティーカップを2つとケトルを乗せて戻ってきた。
「ありがとう」
「紅茶なんて入れたことないからさ、調べて見様見真似で淹れてみたんだ。不味くはないと思うけど」
そう言いながら小さな机にティーカップを置き、紅茶を注ぐ。
「気にしないよ。いい香り」
1口啜ると紅茶の味が口に広がる。
「うん。美味しい」
「そりゃよかった」
彼も続いて飲む。
「ねぇ、曜ちゃんなんだけど・・・」
私が曜ちゃんの名前を出すと和哉くんは飲むのを止め、ティーカップを置く。
「曜、がどうしたの?」
「うん・・・。何か悩んでるように感じて・・・」
「はぁ・・・。梨子も気づいたか・・・。鞠莉ちゃんから何か聞いた、とか?」
ここで何故鞠莉ちゃんの名前が出てきたのか私は分からず、首を傾げる。
「その反応は違うか・・・。ついさっきさ、鞠莉ちゃんからも曜のことを聞かれたんだよ」
「そうなの?」
「うん。多分梨子と一緒。・・・曜ってさ、千歌のこと大好きだでしょ?」
「う、うん。それは見て分かるわ」
「あいつ、器用そうに見えるけど実はそうじゃなくて。そう思われることが嫌なんだよ」
「そうなんだ」
正直意外だった。
なんでも人並み以上にできて、頼れる存在。完璧と言う言葉がぴったりな彼女がそんなことを考えていたなんて。
「ずっと、言ってたんだ。千歌と2人で何かやりたいって。でも相手はバカ千歌だから曜の気持ちにはなかなか気づかないでさ。曜がスクールアイドル始めたのも千歌となにかしたかったから、なんだと思う。でも気づけば梨子が来て、1年生が来て、3年生も加わって。あいつのことだから自分とは2人じゃ嫌だったのかな、って思ってる」
「・・・嫉妬、されてたの?」
「さあ、ね。昔からよくそんな相談をしてきて、話を聞いてたから。最近は全くなかったからあいつなりに満足してるって思ってたけど違ったみたい」
「うん。ありがとう。教えてくれて」
「ん。後は梨子次第かな」
「私?」
「うん」
結局それが本当なのか違うのか分からないまま日は沈んで行った。
「あ」
「ん?どうかした?」
「お土産屋さんで買ったシュシュ・・・。みんな一緒だよ、って言うのとコンクールに行かせてくれたお礼でみんなに送ったんだけど・・・」
「・・・ま、まぁ?大丈夫じゃないの?」
デートにもならず、曜の違和感に頭を悩ませる梨子。
彼女はどう動くのか。