2人の夢の軌道   作:梨善

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今回から本編へと入っていきます。
交わり始める2人の夢と軌道をお楽しみください。


#1 春の香りと潮の香り

静岡県の駿河湾に隣接するここ、内浦。

辺りには透き通った海とみかん畑が青とオレ· · ·「みかん色!!」· · ·みかん色の風景が映える町。

 

季節は3月の朝。高校2年生への進級が目の前の俺、北野和哉は通学時に使用するバスに揺られていた。

通学用とは言ったがもう3月末。当然春休みだ。学校に行く訳では無い。

 

「ねぇ、カズくん。今オレンジって言おうとしたよね?何度も言ってるでしょ!みかん、

って!」

 

隣で騒いでるのは高海千歌。みかん中毒。以上。

 

「言ってない。そもそも喋ってないよ」

「絶対言った!チカのみかんレーダーが反応したもん!」

 

騒いでいる千歌を横目に、バスの窓から見える景色を眺めていた。

 

「· · ·もう、5年か」

 

ボソリと独り言のように呟いた言葉は当然隣の千歌にも聞こえている。

 

「そうだね。引越してきてもうそんなになるんだね」

 

俺が東京から内浦に引越して5年。μ'sの解散からも5年。そして、大切な約束を破ってから5年だ。

あの時は幼かったし、子供特有の変な意地や見栄があって電話すらしようとしなかった。

たったそれだけがあの時、できれば良かったのに。

そんな思いだけが喉の奥に魚の小骨のように引っかかっている。

 

「チカはカズくんと仲良くなれて嬉しいよ」

「本当に感謝してるよ。転校したばっかで友達もいなかった俺に声かけてくて。千歌だけじゃなく、曜と果南ちゃんにも」

「面と向かって言われるとさすがに恥ずかしいよ」

 

へへへっ、と笑いながら千歌は顔を少し赤くしていた。

 

「あ、チカはここで降りるから!」

「うん」

 

千歌とは待ち合わせをしていたのではなく、乗ったバスでたまたま鉢合わせた。

昨日曜の家に泊まりに行ってたらしく、その帰りらしい。

 

松月の近くで降りたということはお気に入りのみかんどら焼きを買い足しに来たんだと思う。

 

バス内に発進のアナウンスが流れ、ドアが閉まる。

外では千歌が笑顔で手を振っている。小さく手を振ると、彼女の笑顔はさらに輝き、一層激しく手を振っていた。

 

「またね!カズくん!」

 

バスの中まで聞こえるほどの大声に俺は苦笑いを返す。

 

ご近所に迷惑じゃないか・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌が降りて20分ほど。

俺はこのバス停で降りる。

ここは千歌たちの通う浦の星女学院前。

なんで俺がここで降りたかと言うと、それは1通の手紙にここに来い、と指名されたからだ。

 

今朝のこと。起きてリビングに向かうと母さんから白い封筒を貰った。

中には午前11時に浦の星女学院前のバス停に来られたり、と書かれた手紙。差出人はここの理事長。

悪い予感しかしないが、無視するのもまずい気がした。

それで重い腰を持ち上げ、バスに乗ると千歌がいて、と現在になる。

 

バス停でぼーっ、と海を眺めていると、黒のスーツにサングラスをつけた背の高い男性がこちらへ歩いてきた。

 

「北野様ですね。理事長がお待ちです。付いてきてください」

 

そう言うと男性は浦女へと続く坂道を進んでいった。

俺もその後ろをのそのそと付いていく。

 

歩くこと10分ほど。浦の星女学院理事長室前。

スーツの男性は扉を開けるとどうぞ、と言っている。

 

理事長室に入るとそこには金髪の女性が机の上に座っているが、逆光が強く、顔が見えない。髪で数字の6のような形を作っていて、独特なセンスを持っているようだ。

 

「ようこそ、浦の星女学院へ」

 

女性は机から降りると一歩前へ出た。

 

この声、もしかして・・・。

 

俺は懐かしい声に思考が止まりかける。

 

「チャオ!和哉!2年ぶりね!」

「ま、鞠莉ちゃん!?」

「もー!会いたかったわ!」

 

そう言うと鞠莉ちゃんは俺に飛びつく。

 

「なんでここにいるんだよ!留学は!?」

「向こうは退屈だったから卒業してきちゃった!」

「卒業って、飛び級?」

「YES!その通りデース!」

 

鞠莉ちゃんは俺に抱きついたまましばらく胸に顔をグリグリ押し付け、満足したのか離れる。

 

「和哉も大きくなったわね。背もこされちゃったかしら?」

「まあ、成長期は男の方が遅いから」

「うんうん!それはVery niceよ!お姉ちゃんも嬉しいわ!」

「はいはい。それで要件は?」

「そうね、あまり時間もないから手短に話すわ」

 

鞠莉ちゃんはついさっきまでとは違い、真剣な口調で話す。

 

「ここに呼んだのは他でもありません。和哉には春からこの浦の星女学院の共学化テスト生として編入してもらいます」

「は?」

「あ、学年は進級して2年生。いきなりだから学費等は我が小原グループで負担するから安心して」

「待って!誰が決めたの!」

「理事長」

「理事長って誰!」

 

鞠莉ちゃんは人差し指で自分を指す。

 

「私♪」

「は?」

「これを読みなさい!」

 

鞠莉ちゃんが出したのは1枚の礼状。

そこに書かれていたのは『浦の星女学院理事長を小原鞠莉殿に任命する』と。

 

「これマジ?」

「ええ♪」

「· · ·拒否権は?」

「ほぼ無いわね」

「· · ·こと「赤点でも落第、留年することはないわ」喜んで引き受させて頂きます」

「うん!和哉ならそう言ってくれるって分かってたわ!」

 

やっぱり鞠莉ちゃんの事だから俺が2つ返事で答えるような条件を出してくると思っていたが、まさかこれ程魅力的なものとは思わなかった。

 

「それじゃあ、春からよろしくね。私はこの後またアメリカに戻らないといけないから、ちゃんとここにいるようになれるのは4月中旬ごろかしら。それと、私が帰ってきたことと理事長ってことと、和哉が編入することは内緒よ。トラブルが起きちゃうかもだからね。もちろん、果南とダイヤにもね」

「分かったよ」

 

相変わらずの鞠莉ちゃんの言葉に、懐かしさと仕方ないなぁ、と感じながら、頭をかき、返事をする。

 

「1つ聞かせて。鞠莉ちゃんの目的って何?」

 

いきなり帰って来て、理事長になって、何か企んでいるに違いない。

 

すると鞠莉ちゃんはまるでそう聞かれるのが分かっていたかのように、不敵に笑う。

 

「もう1度失った時間を取り戻すため。この学校を残すため」

 

学校を残す。

そう、浦の星女学院は毎年受験者数が減少している。

近年中に統廃合が噂されているほどだ。

 

「そっか。· · ·俺は帰るよ」

「ええ。気をつけて。後、勉強はしっかりね。あまりに悪いと私もフォロー出来ないから」

「ぐっ· · ·。不味くなったら鞠莉ちゃんに教えてもらうよ。前みたいにさ」

「ふふっ。そうね、これから楽しみにしてるわ♪」

「あ、鞠莉ちゃん」

「What?」

「おかえり!」

「ええ!ただいま!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浦女から帰った後は物凄い速度で時間が経っていった。

まず家に帰ると編入届けの書類と制服が来ていた。

親からは何をしただの、いつ応募しただの、質問攻めのオンパレード。

なんとか両親を説得し、編入届けを書いたのも束の間。

編入が今の高校に伝わり、お別れ会をクラスメイトたちに開いてもらい、しばらく土日は無くなった。

千歌、曜、果南ちゃんに編入がバレないように極力内浦に行くのを避け、大好きなダイビングも我慢していた。

 

なんてやっているとあっという間に浦女の入学式当日だ。

今日は午前だけということで全生徒は正午前に帰宅。その後、部活動生だけ残るということらしい。

俺は学園内の混乱をなるべく起こさないため、全校生徒が帰った後に先生方に挨拶等をしに学園へ行くことになっている。

 

時刻はもう午後4時を周り、外で部活をしている生徒はいなかった。

俺は特注で作ってもらった浦の星の校章の入った黒の学ランを着て、スクールバッグを持ち、校門の前に立つ。

もちろん、バッグにはあのキーホルダーを付けている。

 

本当にここに通うんだよね· · ·。

 

未だに現実を受け入れられていない。

決心は春休み中に付けてきたのだが、いざ目の前にすると緊張感に襲われる。

女子の中に男子は俺一人という現実は今目の前で手招きをしている。

 

「· · ·貴方、ここで何をしているの?」

 

不意に声をかけられ、ビクン!と肩が跳ね上がる。

 

「え、えっとですね。決して、断じて決して怪しいものではなくてですね」

 

恐る恐る声の方へ振り返る。

そこに居たのは艶のある長い黒髪。意思の強そうなつり目。口元のホクロ。大和撫子という言葉がピッタリの少女がいた。

 

「だ、ダイヤちゃん?」

「は?和哉さんなの?」

 

そこに居たのは黒澤ダイヤ。

沼津に引越して来てからの友達だ。

 

「よ、良かったー。ダイヤちゃんで」

「よく意味がわからないわ。何をしているの?」

「共学化テスト生が来るって話あったでしょ?」

「ええ。明日から学校に来られると聞いているわ」

「それ、俺なんだ」

 

すると、ダイヤちゃんは何を言ってますの?とでも言いたげな顔をしていた。

 

「これ、浦の星の男子用の制服なんだよ。襟のところにちゃんと校章入ってるでしょ?」

「え、ええ· · ·。それは見れば分かるわ· · ·。しかしどういった経緯で編入を?邪な思いや破廉恥な思想があった場合はどうなるか分かっていて?」

 

や、やばい。目がマジだ。きっと返答しだいで黒澤家の全てを持って消しにかかるつもりだ。

だが、生憎とそのようなものは一切ない。真面目に、真剣に事実を伝えるだけだ。

幸いにも理由の裏付けにもなるモノは今手元にある。

 

「そういうのは一切無いって!理事長直々に頼まれたの!ほら、編入受諾書!」

 

カバンの中から書類を取り出し、ダイヤちゃんに見せつける。

ダイヤちゃんはそれを疑いの目でジロジロ読む。

 

「理事長が今は不在なので印は押してないようね。けれど、どうやら本物のようね。· · ·当然、職員室に向かうわよね?どこかお分かりで?」

「あっ」

「はぁ、全く。貴方と来たら」

 

ダイヤちゃんは呆れたように溜息をつき、額に手を当てていた。

 

・・・面目無いです。

 

「案内してあげるわ。ついてらっしゃい」

「ま、マジ!?助かったよ!」

 

ダイヤちゃんは校舎の方を向き、スタスタと歩いていく。

 

「置いていくわよ」

「ちょっ、ちょっと待って!」

 

ダイヤちゃんに着いて行き、校舎内に入る。

玄関から少し歩いたところに職員室があった。

 

「ここよ。わたくしはここで帰らせて貰うけど、失礼のないように」

「分かってるよ。本当にありがとう」

「明日から同じ学舎で学べることを楽しみにしてるわ」

 

そう残してダイヤちゃんは元来た道へ戻って行った。

硬いけど何だかんだ面倒見いいよなぁ、と心で呟き、1度深呼吸をした。

よしっ、と気持ちを落ち着かせ、職員室の扉をノックすると、中からはい、と声が聞こえたのを確認して扉を開けた。

 

「編入生の北野です」

「北野くんね。こっちへ来て」

 

俺を呼んだのは中背でショートカットの女の先生だ。

 

「初めまして。これから1年間、あなたの担任を努めさせていただきます。中根です」

「よろしくお願いします」

「知ってのとおり、この浦の星女学院は生徒数が少なくて各学年1クラスしかないの」

「1クラス?」

「ええ。援助が続いてるからなんとか存続してるけどもう長くはないんです。そこで呼ばれたのがあなた!と言っても特に気を詰める必要もありません。ただ、1度しか無い高校生活を楽しんで、宝にしてください。それが私たち、教師全員の思いです」

 

ここまで黙って話を聞いていたが、あまりにもいいことを言ってくださるもので、感動してろくに言葉も出なかった。

簡単に楽しみます、とか早く馴染みたいです、とかそんな小学生みたいな言葉しか出てこなかった。

 

「はい。じゃあ、明日からは普通に登校して来て下さい。あなたの事は全生徒に軽く言ってありますので。あと、北野くんと同じでうちのクラスに転校生が来るんですよ」

「え、男のですか?」

「ふふっ、残念。女の子です」

 

· · ·ですよねー。

 

先生から今の2年生の1年の頃の名簿を貰い、今日はこれで終わり。

 

学校を出るとどっ、と疲れが押し寄せてきた。

今日は大人しく家に帰って、いよいよ始まる新学期に備えよう。

 

重たい足を引きずるように歩き、バス停が見えてくると、丁度バスが発車して行った。

距離も少しあったためか、運転手は俺に気づいてないみたいだ。

まあ仕方ないか、とバスの時刻表を見る。

 

「・・・次が1時間後・・・」

 

俺は夕日に染まり始めた目の前の海を近くに寄ってきたウミネコに餌をあげながら見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく家に帰って、身の回りのことをこなし終えると既に0時頃、やっと愛しのベッドへダイブ。あ~、海にもダイブしたい。

なんて、考えていると意識は暗い睡眠の中へ潜っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、登校初日。

浦女前のバス停に降り、朝の潮の香りをうんと吸い込む。

 

女子生徒のひそひそ声をなんとか耐え抜き、職員室前まで到着。

学校全体にしっかり連絡が行き届いていたため、通報はされずに済んだ。本当によかった。

 

昨日と同様に職員室へ入るとやっぱり中根先生が手招きして呼んでくれる。

 

「おはようございます。登校初日お疲れ様でした」

「あ、あはは。やっぱり、女の子のひそひそ話って、精神的に結構来ますね」

「悪口は無いと思いますよ」

「だと、いいんですけど· · ·」

「さて、そろそろ転校生さんも来ると思いますし、ずっと立ちっぱなしは可愛そうなので、隣の会議室で待っててください」

「あ、はい」

 

先生に案内され、少し小さな部屋へ入る。

長机を向かい合わせに2つ合わせ、パイプ椅子が片側5個づつ並べて置いてある。

 

「時間が来たら呼びに来るので自己紹介でも考えたらどうでしょう?」

 

そう言って先生は笑い、戸を閉めた。

1番手前の椅子に座り、ぼーっ、と天井を眺めながら自己紹介の挨拶を考える。

 

ほんの数分後。再び扉が開く。

もう朝礼かな、と思って扉の方を向くと、先生ではなく女子生徒が立っていた。

恐らく、彼女が転校生なのだろう。俺と同じで時間が来るまでここで待つように言われたようだ。

 

入ってきた女子生徒は俺の顔を見ると、目を見開き、持っていたカバンは床に落ち、両手で顔を覆った。

何か様子がおかしい。

 

「嘘· · ·。かず· · ·や、くん?」

 

聞き間違いなんかじゃない。彼女は俺の名前を確かに呼んだ。

その瞬間、まだ東京にいた頃によく遊んだ幼馴染みと彼女の面影がピッタリと重なった。

 

当然背は伸び、髪型も違う。でも、あの綺麗で長いあの赤髪。つり気味の猫のような目だが、優しい整った顔立ち。

 

俺は椅子からゆっくり立ち上がって彼女を正面から見据える。

 

 

 

 

 

 

 

 

· · · · · ·見間違えるはずが無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

· · · · · ·俺は何度も呼んだ彼女の名前を口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「· · · · · · · · · · · ·梨子」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胸にトン、と衝撃を受ける。

 

胸にあるのは彼女の頭。

 

両手は俺の腰に回し、しっかり抱きしめている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逢いたかった· · ·。ずっと、ずっと、逢いたかったの」

 

 

 

 

 

 

 

 

桜の様な春の香りを匂わせ、俺の運命は少しづつ変わって行く。




再会を果たした和哉と梨子。
2人の新生活はどうやらせわしくなりそうで・・・。

九条ユウキ様 、☆10評価
tatumi様、☆9評価ありがとうございます!

皆様のおかげで評価点9.2点を頂くことが出来ました!
まさか、オレン「みかん!!」・・・みかん色をを超えて赤色とは驚きを隠せませんでしたね。
皆様に楽しんでもらえる作品を頑張って作っていきますので、よろしくお願いします!

「何度も言ってるでしょ!みかん色なの!み・か・ん・い・ろ!!」

ごめんなさい・・・、千歌さん・・・。

「また次回会おうね!」
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