千歌と曜は新曲のパフォーマンスに苦戦。気持ちを焦らせていた。
一方、梨子は曜のことを気にかけ行動に移った。
暗い部屋。
そこにある光といえばカーテンのない窓から注す隣のビルや車の人工的な光だけ。そう言えば東京ってこんな感じだった、と私は外から自分の右手首に付けた桜色のシュシュを見つめる。
そんな中、この部屋を照らす光は私が片手に持っている自分のスマホだけ。表示されているのは今悩んで小さく座り込んでいるはずの友達の電話番号。
「私にできることは・・・」
画面に目を向け、発信ボタンを押す。
スマホをゆっくり耳元に当て、無機質な音に耳を傾ける。
大丈夫。変にいい言葉を繕う必要は無い。私の気持ちを少しでも言えればいい。
『もしもし?』
スピーカーから聞こえてきたのは思ったよりも元気な曜ちゃんの声。
「曜ちゃん・・・。平気?」
『うん!平気平気。何かあったの?』
こんな時でも自分以外のことを・・・。
「うん。曜ちゃんが私のポジションで歌うって聞いたから。ごめんね、私のわがままで」
1度椅子から立ち、また外を見つめる。
『ううん。全然』
「私のことは気にしないで。2人でやりやすい形にしてね」
きっと曜ちゃんの事だ。私との練習が体に馴染んでしまった千歌ちゃんに合わせるために私の動きで踊っているのだろう。
『でも・・・、もう・・・』
この反応ということは私の予想は当たっていたようだ。
「無理に合わせちゃダメよ。曜ちゃんには曜ちゃんらしい動きがあるんだし」
『・・・そうかな?』
「千歌ちゃんも絶対そう思ってる」
あまり、効果は感じなかったけど、私が言いたいことはそれくらい。あとは曜ちゃんが・・・。
『そんなこと・・・、ないよ・・・』
「え・・・」
返って来た言葉は私が思っていたこととは正反対だった。
『千歌ちゃんの傍には梨子ちゃんが1番合ってると思う。だって・・・。千歌ちゃん、梨子ちゃんといると嬉しそうだし・・・。梨子ちゃんのために、頑張る、って言ってるし・・・』
次第に彼女の声は嗚咽が混じり始め、今にも泣きだしそうに感じた。
いつもは明るい声と笑顔で周りを引っ張って、笑顔を咲かせるムードメーカー。なんでもできてしまうすごい子だと思っていたけど違った。
本当はとても寂しがり屋で考えすぎてしまう普通の女の子だったんだ。
「そんなこと、思ってたんだ・・・」
言いたくはなかったけど、教えないと。貴女の親友が貴女にどう思っているのかを。前に聞いた、千歌ちゃんの気持ちを。
「あのね千歌ちゃん、前話してたんだよ。曜ちゃんの誘い、いつも断ってばかりで。ずっとそれが気になってる、って。だからスクールアイドルは絶対一緒にやるんだ、って」
『嘘・・・』
「嘘じゃないわ。絶対一緒にやりきる、って。とてもいい笑顔で言ってたんだよ」
曜ちゃんは黙ってしまった。
『いいの、かな・・・?私、千歌ちゃんと一緒で・・・』
「当たり前でしょ。むしろ曜ちゃんじゃないとダメなの」
『うん・・・』
「帰ったら私がいない間、どんな練習をしたのか教えてね。その時は和哉くんも連れていくわ」
『うん・・・。ちゃんと・・・。私もちゃんと話したいから』
「分かった。じゃあ」
携帯を耳元から離し、通話を切る。
私にできることはここまで。あとは千歌ちゃん、頼んだよ・・・。
ピアノコンクール本番当日。
私は控え室のドレッサーの前の椅子に座って、時計を気にしていた。
コンクール用のおめかしやドレスはもう着たからあとは順番を待つだけ。
そして。
「そろそろね・・・」
Aqoursのパフォーマンスの時間がやってくる。
配信サイトでその姿をリアルタイムで見ようと思っていたが、それも叶いそうにない。
私の発表の時間と被っていたのだ。
「はぁ・・・。こんな時に・・・。よっちゃんの不幸でも移ったかしら?」
コンコン・・・。
扉をノックする音。順番がやってきたのだろうか。
「どうぞ」
扉がゆっくり開く。
そこから現れたのは和哉くんだった。
「どうしてここに?」
「梨子の関係者って言ったらすんなり通れたよ。それにしても・・・」
和哉くんはマジマジと私を見る。
「綺麗だ」
「ちょっ!?」
いきなりなんてことを言い出すんだろう、彼は!せっかく気持ちが落ち着いてきたところなのに!
「お世辞なんかじゃないよ。・・・ってそれを言いに来たんじゃなかった」
彼は私の前まで歩み寄るとしゃがみ、私の手をとる。
「弾けるよ。最後の1音まで応援してる。梨子は1人じゃないよ」
彼の握る力が強くなる。
彼は私の過去を、ピアノが弾けなかったあの日を知っている。本気で私のことを心配してくれているんだ。
「・・・うん。大丈夫。きっと弾けるよ」
彼の手を握り返し、彼の思いを受け止め、自分の力にする。
「そろそろ行くわ。終わったらみんなのパフォーマンスを2人で見ましょう」
「・・・俺はいいよ」
「ダメ。どうせ1人で見るんだからいいでしょ。それに今日頑張ったお礼ってことにしてよ」
全く・・・、と言いながら彼は頭を搔く。
「分かった。俺も客席に行くよ」
「ええ。あ、それと」
「ん?」
「私は1人じゃないのは分かってるよ。みんながついてるから」
彼に右手首に付けたシュシュを見せつける。
さあ、行こう。
舞台袖に立ち、名前が呼ばれるのを待つ。
見えるのはステージの中央に置かれたグランドピアノだけ。前回と何ら変わらないコンクールの風景。でもその中でたった1つ違うものがあった。その違うのは私の気持ち。あの時は怖くて、嫌で、逃げ出したかったけど、今はそんな感情は全くなく、少しでも早く弾きたい、彼に聞かせたいと思う気持ちばかり。
「・・・3・・・・・・・・・サーンシャイーン・・・」
手を上に掲げ、シュシュを見つめる。
1人だけでライブ前の掛け声。でも自然とみんなの声が聞こえた気がした。
「分かったよ・・・、千歌ちゃん。千歌ちゃんの『輝く』が・・・」
輝く。
千歌ちゃんの口癖。その輝きの中に私は早く戻りたいな。
『桜内梨子さん。曲名は海に還る者』
名前が呼ばれた。
1歩踏み出し、ステージに立つ。
客席に向き、一礼。顔を上げると真っ先に彼が目に入った。
見ててね。今の私を。
「ねえ、本当に今じゃなきゃダメ?」
「言ったじゃないの。今じゃないとダメ」
「あー、もう・・・」
コンクールが全て終わり、宿に戻った私たち。嫌がる彼をなんとか捕まえ、スマホでみんなのパフォーマンスのアーカイブを見ようとしている。
「それにこの曲。私たちに向けて作った、って千歌ちゃん言ってたわ」
「俺たち・・・?」
「ええ。だから大人しく見て」
映像が始まり、イントロが流れる。
「あ、見て。私が送ったシュシュをみんながつけてる」
「・・・うん」
曲が始まると彼は真剣に映像を見つめ、一瞬たりとも聞き逃さないような強ばった表情になる。
曲が終盤になり、ある変化が起きた。
「・・・うっ・・・、ぐすっ・・・」
鼻をすする音。
隣の彼を見ると口を抑え、その目からは涙が流れていた。
「この曲ね、大切なものをテーマに作ったの。この夏休みいろんなことがあったからその時のことを、気持ちを、みんなを忘れない。その想いで作ったんだよ」
「うん・・・。うん・・・」
「何かのために何かを諦めない。みんなの想いは1つ。みんなで同じ明日にしたい、って千歌ちゃんは言ってたの」
「・・・うん・・・」
私は彼の頭をそっ、と抱きして、頭を撫でる。
「ちゃんと話そう、みんなで。まだまだ走って輝くAqoursに和哉くんがいなかったらダメなんだよ。同じ明日に私もしたいの」
「・・・うん!」
気づけば私も泣いていた。
みんなのパフォーマンス、ピアノに対する想い、彼にそれに言いたかったことを言えた。いろんな感情が混ざって溶けて涙として溢れた。
・・・その結晶がそれなのかな・・・。
ピアノの上に置かれたトロフィーは今まで貰ってきたどんなトロフィーよりも輝いていて。その輝きは虹のように感じた。
音楽で想いは1つになり、そして離れていた道がまた繋がり始めた。