そんなわけで今回は彼女の特別編です。
「気づけば私は彼のことを目で追っていた、なんて言うけどあれって本当なのよねー」
「・・・いきなりなんですの」
生徒会室の机に突っ伏しながら私はダイヤに話しかける。
「ほら、よく言うじゃない。恋に落ちるのは一瞬だ、って!」
「話が良く見えませんが、鞠莉さんは恋しているのですか?」
「さて?どうでしょう」
意地悪っぽくダイヤの言葉に返答すると、彼女はあからさまに不機嫌な顔をする。
「用がないのなら出ていってくださる?この部屋の整理も大変なのですよ」
廃校が決まった私の、私たちの浦の星女学院。
私もダイヤもこの学院の最後の理事長と生徒会長だ。
真面目なダイヤは毎日のように物の整理をして私の相手をしてくれない。
「ま、ダイヤの邪魔しちゃ悪いしね〜。私は行くわね」
「そうしてください」
私と全く目を合わせず、ダイヤは作業を進めていく。
つまんないの。
「廃校が決まり、ラブライブで優勝したからと言って終わりではありませんのよ。最後の最後まで楽しみましょうね、後悔のないように。この時間を」
生徒会室を出ようとした瞬間にダイヤがそう告げた。その言葉に私は自然と足が止まり、ダイヤの方へ振り返る。
「どういうこと?分かって言ってる?」
「はて?なんのことですの?わたくしはただ残りの時間を楽しみましょう、と言っただけですわ」
「・・・この」
あの薄ら笑いは分かっている証拠だ。
「・・・私なりにやってはみるわよ」
「そうですか。ご武運を」
全くあの硬度10は・・・。
私は心の中で悪態をつきながら生徒会室を後にする。
「さて、と。今日は言えたらいいわね」
私は2年生の教室に向かうことにした。
2年生の教室の前に着くと丁度ちかっちが出てきた。
「あ、鞠莉ちゃん!」
「Hello!ちかっち。和哉いる?」
「カズくん?カズくんならあんな感じだよ」
ちかっちが指さした方を見ると和哉は机に突っ伏して寝ていた。
「また夜更かししたみたいで朝からの眠そうだったんだ。起こしてこようか?」
「ううん。いいわよ。寝かせておいてあげて」
「はーい」
ちかっちの提案を断ると、ちかっちはどこかへ行ってしまった。
きっと今寝ている彼は幸せそうな顔をして笑っているんだろう。
「その笑顔は誰に向いてるのかしらね・・・」
答えなんてもう分かってるけど分からないフリをしてしまう。結局私は臆病なだけだった。
放課後になると私は決まって屋上にやって来てしまう。
もうここで練習は行われないし、誰も来ない。だが、自然と足がここに向かってしまう。
屋上の端まで行き、塀の上に手を置く。
「鞠莉」
ふと後ろから声をかけられ、振り向く。
「珍しいわね、どうしたの?」
そこには果南が立っていた。
優勝した直後はちかっちもここへ来ていたが、1週間ほどで来なくなった。それ以降ここに誰か来ることはなかった。毎日のようにここに来ていた私が言うのだから間違いない。
「少し、風にあたりたくなってね」
「・・・果南らしいわね」
果南の言ったことは嘘だろう。
ダイヤと同じように私の心配をしてここまで来たはずだ。
「鞠莉はどうしてここに?」
「・・・もっと踊りたい、歌いたい、もっとスクールアイドルを続けていたい、そう思ってたら毎日ここに来てた」
「そっか・・・」
果南は私の隣に立ち、同じように景色を見つめる。
「あ、カズと梨子じゃん」
果南が見つけたのは中庭のベンチに腰掛けている2人。
私もそれを見てキュッ、と心が締め付けられる。
「結局言わなかったよね、付き合ってること。バレバレなのに」
果南は2人を優しい目で見つめながら微笑む。
「そうね。言ってくれたらお祝いしたのに」
「そうだね。カズのことだからアイドルが付き合ってるってことを伏せておきたかったんじゃない?まあ、バレバレだけど」
果南は1度言葉を区切り、私を見る。
「もちろん、鞠莉もね」
「・・・やっぱり、2人は誤魔化せないか・・・」
諦めたように私は肩を落とす。
「いつから気づいてたの?」
「うーん、2年前かな」
「そんなに前から・・・」
「まあね。それにここに来るのだってあの2人を見るためでしょ?」
果南の言葉に私は黙って頷く。
「仕方ないじゃない。どうしてあそこにいるのは私じゃないのか、って思ったら。こんなこと思いたくないけど、思ってしまうのよ。梨子が羨ましい、って」
私は自然と両手をぐっ、と握りしめていた。
「それで。鞠莉はどうするの?」
果南は優しく笑いながら声をかける。
「どうって・・・」
私はどうしたいのか。何をするべきなのか。その答えが全く分からない。
「私は難しいこと考えるの苦手だからあまりなんとも言えないけど、鞠莉がやりたいようにやっていいんじゃないかな?」
果南はそう言うと屋上を出ていってしまった。
「どうしろっていうのよ・・・」
気づけば中庭にいた2人もいなくなっていた。
この言葉はただ宙に浮かんで消えただけだった。
誰も居なくなった校舎を戸締りしながら思い出すのは果南とダイヤの言葉と楽しそうに語らう和哉と梨子の姿ばかり。
いつからこんな風に悩むようになったんだろう。
スクールアイドルをやっていた時はそんなこと全くなかったのに。
「はぁ・・・」
もう何度目か分からないため息をつく。
「あれ?鞠莉ちゃんじゃん。まだ帰ってなかったの?」
少し驚きながら声のした方を見るとそこには和哉がいた。
「和哉?・・・まだ帰ってなかったの?」
「実はさ、教室に忘れ物してさ。もう鍵もかけてあったから先生に開けてもらおうかなって」
和哉は申し訳なさそうに笑う。
「はぁ。仕方ないわね。開けてあげるからついてらっしゃい」
「マジ?助かるよ」
子供のようにはしゃぐ彼を見て思わずクスリ、と笑ってしまう。
彼を連れて2年生の教室へ向かう。
道中はなんでもない世間話や最近のこと、授業の話などをしながら、誰もいない暗くなった校舎を歩いていく。
「ほら、開けたわよ」
2年生の教室の鍵を開けると彼は一言お礼を言って自分の机を漁る。
「えっと・・・、よかった。あったあった」
彼が取り出したのは1冊のノートだ。
「和哉が勉強なんて珍しいわね。いつも赤点スレスレのなのに」
「それは関係ないでしょ。俺だってやりたいこと見つければ勉強くらいするさ」
「ふーん、それっ!」
「あっ!」
私は和哉が持っているノートをさっ、と奪い、中を調べる。
「これ、音楽・・・?」
「・・・見られた」
彼は恥ずかしそうに呟く。
「なんで、音楽の勉強を?」
私は震える声で尋ねる。
答えなんて分かってる。
でも認めたくない。彼の口で否定してほしい。
それだけをただただ願うばかりだ。
「この際言うけど、他の人には言わないでよ!」
「ええ・・・」
和哉は顔を赤らめ、恥ずかしがりながら言う。
「梨子のピアノの手伝いをしたくてさ。近くで支えたくて勉強を始めたんだ」
「・・・梨子が好きなの?」
知ってる。知っているのになぜ知らないふりをしているのか自分でも分からない。
「好きっていうか・・・。その、うん。好きだよ。付き合ってるし」
顔を背けながらそう言う彼。
「そう、なのね・・・」
分かってる。
知ってる。
全部。
やっぱり私の勘違いだった。
あとちょっと。ほんの数センチで届く距離だと思っていた距離は縮まるどころか遠ざかっていた。いや、そもそも存在していなかった。
彼の中には私という存在ははっきりとした形を成していないのだから。
「・・・うん。おめでとう!もー!言ってくれたっていいじゃないの!」
私は和哉の頭をわしゃわしゃ撫でる。
「わっ!梨子は周りに知られるのは嫌だろうし。言わないでおこう、って決めたんだよ」
恥ずかしがりながらも語る和哉はとても幸せそうだった。
「あれ?鞠莉ちゃん、どうしたの?目、赤いよ?」
「なんでもない!・・・そう・・・。とにかくおめでとう。別れたりでもしたら怒るからね!」
私はそう残し、彼から背を向け駆け出す。
後ろの方で和哉が何か言っていた気がするが振り向かずに走っていく。
真っ暗な理事長室に駆け込み、私は荒く扉を閉め、鍵をかけると、扉にもたれながらその場に座り込む。
「うっ・・・、うぅっ・・・。うぁっ・・・」
声を押し殺す。
涙が止まらない。
ずっと前から分かっていたことなのに、本人の口からそのことを聞いたことはかなり心に効いたようだ。
「好きだった・・・。ずっと・・・、ずっと・・・」
初めは友達の友達程度だと思っていた。だけど、共に過ごすうちにちゃんと友達になり、弟みたいな可愛い存在から、かけがえのない想い人になった。
「どうして・・・?どうして届かないの・・・?」
答えなんて初めからある私の問いかけ。
そんな言葉がこの空間に虚しく響くだけ。
「大好きなのに・・・」
私の恋は儚く静かに終わった。
数年後。
今私が住んでいる家に一通の手紙が届いた。それは和哉と梨子の結婚式の招待状だ。
「・・・ふふっ。懐かしい。行って少し冷やかしましょうかね」
少し意地悪なことを考えながらその日を待つことにした。
彼女は健気に思い続けるが、必ず上手くいかない。自分が傷つくことが多いですよね。
そんなことを考えながら書いたお話です。
いつかは彼女が幸せで過ごせる未来も書いてみたいものです。