今回は梨子ちゃんの特別編です。
もしもこの作品が始まらなかったら。転校がなかったらというお話になっています。
桜内梨子誕生日特別編〜約束をしよう〜
東京、秋葉原。
俺はこの街にある1つの女子校、音ノ木坂学院の校門の近くで人を待っていた。
季節は秋でだんだん涼しくなってきた。夏の制服が少し肌寒く、もう1枚何か着てくればよかった、なんてぼんやり考えていた。
「・・・まだかな」
ポツリ、と呟くとふと耳に届く会話が聞こえてきた。声に耳を傾け、待ち人だといいな、とぼんやり考える。
「あ、今日も来てるよ!」
「ホントね。少しずつ寒くなってきてるのに梨子たちは春ねぇ」
「や、やめてよぉ・・・!そう言われるのは恥ずかしいから!」
聞こえてくる声に待ち人の名前があった。
相変わらずいじられている彼女をクスッ、と笑い、声の方へ向き直る。
梨子とその友達の3人へ手を振るとこちらへやって来る。
「やぁ、梨子。お疲れ様」
「うん。和哉くんこそお疲れ様」
いつものやり取り。それを見ている梨子の友達がニヤニヤしながら俺たちを見ている。
「2人の邪魔しちゃ悪いわよねー」
「そ、そんなんじゃないわよ!」
友達の冷やかしに梨子は顔を真っ赤にして否定する。
「はいはい。じゃあ、また明日ね」
「もう!」
頬を膨らませ、ご立腹な梨子を横目に俺はクスリ、と笑う。
手を振って帰っていく梨子の友達を少し見送り、俺は梨子の手を取る。
「俺たちも帰ろっか」
「うん」
いつものようにお互いの学校で何があったか、今度はどこに行こうか、なんて話しながら帰り道に着く。
なんだかんだ梨子とは10年以上の付き合いだし、中学3年の頃からは男女としても交際している。
これだけ長い間一緒に居ても飽きることなんか無くて。むしろ毎日新しいことの発見ばかりだ。
ふとした瞬間に会話が切れる。
言い出すならここか・・・。
「ねえ、梨子」
「何?」
梨子は俺の顔を見て首を少し傾げる。
「今日、梨子んちに寄ってっていい?」
すると、梨子は一瞬だったが暗い表情をした。
「・・・うん。私も話したいことがあるの」
神妙な声に嫌な予感が俺の頭を駆けて行った。
それから歩くこと数分で梨子の家に到着し、彼女の部屋まで通される。
「今日はなんでうちに?」
部屋に着くなり梨子は不思議な顔をして問いかける。
「不思議そうな顔してる・・・。理由は1つしかないでしょ」
「え?」
「日付」
「日付・・・、あっ」
今日は9月19日。梨子の16回目の誕生日だ。
今の仕草からして完全に忘れてたみたいだ。
おばさんは今日は朝早かったから梨子と顔を合わせていないかもしれないし、彼女の性格からして自分で誕生日を友人に教えたりはしないだろう。
「そっか。誕生日・・・。忘れてた。最近、色々あったから・・・」
「そう、だね・・・」
辛く、暗く、悲しい表情で落ち込む彼女。
その理由は前回のピアノコンクールで1音も演奏できずにステージから降りたことだ。
彼女は入学前から期待されていたこともあり、この結果は周囲を失望させ、見放して行った。
それからというもの、梨子はあれほど楽しそうに弾いていた鍵盤に1度たりとも触れていない。
「ま、まあいいよ。これ、食べようよ。買ってきたんだ」
カバンから袋を取り出し、梨子に見せる。
中に入っているのはケーキで2人で食べるために買ってきたものだ。
こういうのは全然分からないから梨子の口に合うか不安だ。
「うん・・・。ありがとう。お皿とフォーク、持ってくるね」
ぎこちない笑顔で梨子は部屋を出ていく。
年に1回しかない梨子の誕生日だって言うのにどこかやりづらい。
「お待たせ。さ、食べよ?」
小さなホールケーキを箱から出し、机の上に置き、それを挟むように2人とも座る。そして梨子がそれを均等に切り分けていく。
お互いの皿にケーキが乗ると梨子は手を合わせていただきます、と呟く。俺もそれに合わせて手を合わせてお辞儀をしてケーキを食べ始めた。
「美味しい。これ、どこで買ってきたの?」
「学校の帰り道の洋菓子屋。あんまりこういうの詳しくないから梨子の口にあって良かったよ」
なんとか第一関門突破。
あとはタイミングを見計らってもう1つのプレゼントを渡すだけだ。
なんて思っているさなか。梨子が言いづらそうに呟く。
「私、ね・・・」
「うん?」
「来年、転校するの」
「・・・え・・・?」
頭の中が真っ白になった。
「お父さんの仕事で静岡に転勤になるんだって。・・・半分は仕事の都合だけど、もう半分は私のため。お父さんもお母さんも今の環境を変えた方がいい、って」
「そう・・・」
梨子の話とはこれのことだったみたいだ。
「だから私たち、離れ離れになるんだよ・・・。だから別れた方がいいよ・・・」
梨子の考えは最もだ。
学生の遠距離恋愛なんて続くわけがない。
でも。
「確かに難しいかもしれないけど大丈夫、だと思う。だから・・・」
「うん・・・」
もっと励ましたり、大丈夫だ、という確信を持たせたい。けどその言葉が上手く見つからない。だから行動で示さないと。
「梨子・・・」
「・・・んっ・・・」
俺は梨子を抱きしめ、キスをした。だが、すぐに唇は離れる。
「・・・言葉じゃ上手く言えないけど多分、大丈夫・・・。帰るよ。改めてだけど、誕生日おめでとう」
「・・・ありがとう」
よく分からない不安感と居心地が悪さで俺はその場から逃げるように去っていくことしかできなかった。
あれから梨子と連絡を取る頻度も落ちた。帰りは日課のように一緒に帰るがそこに会話らしい会話は生まれなかった。
そして4月初め。
梨子は東京から居なくなった。
東京を発つ日に見送りもせず、ただ家にひきこもり、メッセージアプリで一言、『頑張れ』とだけしか送らなかった。
どうして俺はこんなにも愚かなのだろうか・・・。
季節は過ぎ、また新しい春がやってくる時期になった。
あれから梨子とは連絡を取ることはなくなり、今、彼女は何をしているのか、どう過ごしているのか、何も知らない。
結果的に自然消滅のようになったのも当たり前だ。
今はアキバドーム周辺を歩いている。
隣にいるのはまだよく知らない同級生の女子。
高校に入った時からよく話しかけられ、つい最近付き合い始めた。
多分、心に空いた隙間を。梨子が居なくなったできた隙間を無理に埋めようとした結果だろう。
「なんか、人多くない?」
野球のシーズンならこのくらい人がいるかもしれないが3月にこんな人だかりなんてあったか?
「あー。今日はラブライブ決勝よ」
「ラブ、ライブ・・・、ね」
随分昔に知って少しだけ燃えるように熱中したっけ・・・。
「和哉ー」
「・・・何?」
「行こ?人多くてヤだわ」
「そうだね」
そう言って歩きだし、アキバドームから少し離れたところで前から9人の女子高生が前から走ってくる。みんな笑っていて、とても眩しい。
俺たちは彼女たちに道を譲るように端へ避ける。
オレンジの髪の子、銀色の髪の子、少し青っぽい髪のポニーテールの子、黒い髪の子、金色の髪の子、赤い髪のツーサイドアップの子、茶色い髪の子、黒い髪のお団子の子。
みんな笑っていて、これから起きることを、未来に希望を持っているような・・・。それに全員会ったこともないのにどこか懐かしいような・・・。
そして最後の1人・・・。
「・・・り、こ・・・?」
小豆色の髪の少女。
あれは梨子だ・・・。
見間違えるはずがない・・・!
「・・・り・・・!」
喉元まで出かかっていた声はそこで止まる。
ここで呼び止めて何になるんだ・・・。
彼女たちは、梨子は俺に気づくことなく走り去って行った。
「なんだったのかしら、あの人たち。和哉、どうかした?」
「・・・・・・」
「和哉?」
「なんでもない。行こう」
梨子は俺のことを忘れて前へ進んでいる。あんないい笑顔をしていたんだ。きっとピアノもまた弾けるようになったのかもしれない。
・・・俺も忘れよう。
前に進むために。笑うために。
そう、自分の心に約束をして。
こんな未来もあってもいいかもしれませんね。
というか主人公クソ野郎か?