2人の夢の軌道   作:梨善

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いつぞやのあれのあれのアレです


特別編 それぞれの未来‪√‬梨子

Aqoursが終わって、転校して、高校を卒業して、内浦を出て、大学出て、仕事やって・・・。あの時の輝きを、奇跡を求めていた時から何年経ったんだろう。

多くの出会いと別れ、挫折と成就を繰り返し大人になっていくのは自然なこと。誰だって通る道だ。

だけど・・・。

 

「・・・何やってるだろう、俺」

 

俺は仕事である編曲の作業を一旦やめ、リクライニングシートへ深くもたれる。

俺は自宅の作業室で仕事を進めていた。

手に持ったタバコを吸い、天井に向かって煙を吐き出す。

 

Aqoursの曲の編曲作業をやっているうちに身に付いたこの能力。まさか自分の仕事になるとは思ってもいなかった。

俺に目をつけてくれた上司には感謝しかないのだが・・・。

 

気づけば俺も20代後半。

上手くいかないことも多かったけど、波に乗り依頼がよく来るし、今では上手くいってる。

結婚だって出来た。

ただ、さっきみたいな思考は仕事中によくおきる。

 

・・・こんなこと考えたって意味なんかないのに。

 

持っているタバコを灰皿に擦り付ける。

灰皿には積まれた吸殻に目を落とす。

 

・・・いつから吸うようになったんだっけ・・・。

 

再び意味の無いことを考えながら次の1本に火をつける。

 

吐き出した煙が一時だけ、形を成し、冷房の風ですぐに掻き消える。

それと一緒に俺の意味の無い思考も消えているようだった。

 

あの1年間は夢だったんじゃないか、そう思う時が日に日に増えてくる。

 

タバコの煙を見つめていると作業室の扉がノックされた。きっと、扉を叩いたのは妻だろう。

 

「何?」

 

扉の方を見ずに、返事をする。

 

「入ってもいいかな?」

 

声は妻のものだった。

返事をすると、妻は控えめに入るね、と断りを入れて、作業室に入ってきた。

 

「わっ、寒・・・。あ、またタバコ・・・」

 

「・・・仕方ないじゃん・・・。煮詰まって・・・」

 

タバコもだが、秋も来ているというのにキンキンに冷やしたこの空間。頭の冷却も大事なのだ。

 

「私、あまりこの臭い好きじゃないんだけど」

 

妻は俺の目の前に周り、咥えているタバコを取り上げる。

 

「ちょっ、返してよ。梨子」

 

妻、もとい梨子は吸いかけのタバコを灰皿に擦り付ける。

あぁ・・・、と情けない声が思わずでる。

 

「もう。吸うな、とは言わないけど限度があるわ」

「ん。気をつける」

 

梨子はため息をつく。

 

「〆切近づく度にたくさん吸う癖、よくないわよ」

 

今、依頼されている仕事の〆切は2日後。

期限まで余裕はないが、1度提出もしてるし、手直しだけだからそこまで焦ってはいない。

 

「曲はできたの?」

「一応ね。でもなんだかしっくりこないんだ」

「聞いてもいい?」

 

子供みたいな顔をして訪ねてくる梨子。ふとそんな彼女が愛おしくなった。

 

「うん。いいよ」

 

俺はPCを操作し、作り上げた曲を再生する。

曲が流れ始めると俺は梨子を抱き寄せ、俺の膝の上に座らせる。

 

「わっ!和哉くん!?」

「聞くんでしょ?じっとしてないと」

 

梨子を抱きしめながら、2人で曲を聞く。

梨子は頬を膨らませていたが、次第に曲に聞き入り始めた。

 

曲は終わったが、どちらも何も話さない。

 

「手直しする必要ある?」

 

梨子は真面目な声で言われ、意外な返答で戸惑う。

 

「梨子はいいと思ったの?」

「うん。和哉くんらしくていいと思う」

 

もっとダメ出しされると思っていたから、変に困ってしまう。

 

「じゃあ、これでいいかな」

 

梨子を膝の上から下ろし、作業用のパソコンの操作をし、作った曲を保存。その後にシャットダウンさせる。

 

「で、梨子」

「何?」

「用事あったんじゃないの?」

「あ、そうだった」

 

彼女は手をぽん、と叩く。

基本的にしっかりしているのだが、たまにこういう抜けているところがある。

こう見えて結構おっちょこちょいで慌て者だったりするのだが、ギャップがあってかわいいと思う。

 

「夕飯できたから、食べましょう」

「え。もうそんな時間?」

 

驚きながら部屋の時計を見る。

時計の針はとっくに夜の8時を指していた。

 

「待って。俺何時間作業してた?」

「えっと・・・」

 

梨子は時計を指さしながら時間を数える。

 

「10時間くらい、かな?」

「まじか・・・」

 

夕飯と言われ、思い出したように腹の虫が泣き出す。そういえば、昼食もとってない。

 

「お昼も食べてないんだから。しっかり取らないと体に悪いよ」

「うん。食べようか」

 

作業部屋を出て、リビングに向かう。

いつものように向かい合って椅子に座り、テーブルに用意された夕飯を梨子が2人分の皿に盛る。

食べ終えて、足りなかったらまた盛る。

それが自然とうちの決まりになっていた。

 

「「いただきます」」

 

2人で手を合わせ、食事を始める。

 

「和哉くんはもうお仕事大丈夫なの?」

「うん。夕飯食べ終わったらデータ送信して終わりかな。返事も来週になるしね」

「そっか。実はね、私もしばらくオフが続くの」

「そうなの?」

 

梨子は大学を卒業後、ピアニストになるという夢を叶え、少しずつ実績を残している。

公演地が遠い場所になると家に俺1人残されるのは寂しいが、仕事がない時は一緒に会場まで着いて行って、そのまま公演を聞くこともある。

 

「うん。それでね、明日、内浦に帰らない?」

「内浦・・・」

 

正直、この誘いは以外だった。

結婚式を鞠莉ちゃんの提案で淡島ホテルであげたのだが、仕事の兼合いもあり、すぐに今生活している地域に帰った。

それから2年ほど経つが、お互いに1度も提案したことは無かった。

忙しくて予定も合いにくく、オフが被ったとしても短く、帰省する時間も無かったこともあるのだが。

 

あそこには俺たちの両親もまだいる。

Aqoursのみんなは何をしているんだろう。

 

俺はカレンダーの日付を確認し、スケジュールを思い出す。・・・予定もなさそうだ。

 

「そうだね。久しぶりに帰ろう。それに1週間くらい泊まる?」

「本当!?じゃあ、お母さんたちに連絡しておくね!」

 

梨子は食事中にも関わらず、固定電話の元へ行ってしまった。

1人残された俺は大人しく箸を進めていると、梨子の嬉しそうな声が聞こえてくる。

梨子の声を聴きながら食べていくのも悪くは無いが、なんとなくテレビのリモコンへ手を伸ばし、テレビをつける。

 

『はい!それでは次のグループを紹介しましょう!CMの後はこの方たちです!』

 

映し出されたのはよく見ている音楽番組。そう言えばそんな時間かー、と呑気に思いながら画面を見る。

 

「お待たせ。お母さんたちも待ってるって」

「そっか。じゃあ、夜のうちに支度しないとね」

『私たちと言えば、仲良しの元気印!Promisingです!』

 

いつの間にかCMが終わり、次のグループが自己紹介をしていた。

 

「あ、よっちゃんに花丸ちゃんにルビィちゃん」

「うん。相変わらずだよ」

 

テレビに映っているのはAqoursの1年生組、善子、花丸、ルビィの3人だ。

ルビィの提案で高校卒業後、オーディションを受け、見事デビューを果たしている。

グループ名のPromising。元気印という意味だ。

アイドルとして活動を始めていたが、最近では数多くのジャンルに挑戦し、各メディアの注目を集めている。

 

「こうやって高校時代の友達を見てると感慨深いわ」

「そうだね。こんな売れっ子が後輩で、今とは全く違うなんて言ったら驚くよ」

 

3人ともあの頃より背も伸びて、髪型も変わっている。

善子はお団子をやめ、ショートヘアーに。

花丸は背が一気に伸び、この3人の中では最も大きい。

ルビィもツインテールをやめ、あの赤い髪をウェーブロングにしている。

 

「懐かしいなぁ・・・。もう、10年くらい経っちゃうんだ」

 

梨子は箸を置き、少し俯く。

 

「寂しい?」

「・・・うん。少しだけ。あの頃は・・・。みんなで輝きを追いかけてたあの日々は夢だったんじゃないのかなって。たまに思っちゃう」

「だよね。俺もそう思う」

 

テレビからは3人の歌う曲が流れている。

スクールアイドルをやっていた経験もあるが、それを差し引いてもクオリティの高いダンスと歌唱力に俺たちは引き込まれる。

 

「わーっ。やっぱり凄いね」

 

梨子は笑顔でテレビを見ている。

このまま番組を見続けたい気持ちもあるが、それよりも明日は帰省だ。ここから内浦まではかなりの距離があるし、早朝の出発になる。早めに支度を始めよう。あ、それとみんなに帰ることを伝えておこう。

 

俺は夕飯を終わらせ、仕事のデータ送信と風呂をさっさと済ませ、俺たちの寝室にそそくさと戻り、荷物をまとめる。

しばらくして梨子も一緒に荷作りを始める。

 

「と、まあこんなもんかな」

「え?そんなに少ないの?」

 

俺の荷物の量は少し大きめのボストンバック1つ。それもまだまだ容量に余裕がある。

対して梨子はキャリーバックパンパンに詰め込んでいた。

 

「むしろ、何入れてるの?」

「洋服と化粧品とパジャマとヘアーアイロンとドライヤーと」

「分かった分かった。1つ1つ説明しなくていいよ」

 

梨子は少し不満そうに口を尖らせるが、手はテキパキ動いていてすぐに荷造りは終わりそうだ。

最後に忘れ物がないかの確認を済ませ、2人でダブルベッドに潜りこむ。

 

「えへへっ」

「今日はやけにテンション高いよね、梨子」

 

布団の中で珍しく梨子が抱きついてきた。

 

「多分、内浦に久しぶりに帰れる、ってなって嬉しいのかも」

「そっか。俺も楽しみだよ」

「みんな、元気かな?」

「元気だよ、きっと。そうだ、帰ったらダイビングしようか」

「少し寒いんじゃない?」

「大丈夫だって。4月程じゃないよ」

「もう!その話は無し!」

 

梨子はむくれ、俺にもっと強く抱きつく。

 

「ちょっと。痛いよ」

 

全く痛くはないけど少し言ってやりたい気分だった。

梨子に言っても力を弱めるつもりはないらしく、もっと力を強める。

梨子は顔だけあげ、上目遣いで俺の顔を覗き込む。

 

「今日は・・・、しないの・・・?」

 

こいつは・・・。

 

「きゃっ」

 

マウントを取るように覆いかぶさり、わざとらしく顔を近づける。

 

「全く。明日は朝早いんだよ」

「ごめんね、ちょっと切なくなって・・・。今日はやっぱり」

「しない訳ないでしょ」

 

言葉を遮るようにキスをする。

 

「誘ってきた梨子が悪いんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝。

自分の車を走らせながらあくびが漏れる。

 

「やっぱり眠い?」

 

助手席に座る梨子が心配そうに尋ねる。

 

「ちょっとだけ。梨子が満足しないから」

 

うぅっ・・・、と梨子は顔を赤くして顔を伏せる。

結局昨晩は2人して燃え上がってしまった。

 

「でも、梨子から言い出すなんて珍しいね」

「・・・私だってそんな時があるわ」

 

そっか、とカラカラ笑い、運転に再び集中する。

 

「ねえ、和哉くん」

「ん?」

「子供ほしい?」

「!!??!?!?」

「あ、危ない!!」

 

梨子のいきなりの発言で手元が狂い、車は左右に揺れる。

 

「ご、ごめん。・・・じゃなくて!いきなり何!?」

「その、気になって。最近つけないから」

 

梨子がこういう話題をふってくること自体初めてで戸惑いを隠せない。

 

正直に言った方がいいのだろうか・・・。

・・・・・・夫婦だし、正直に言っていいよね。

 

「正直、欲しい。俺たちも結婚して2年経つから」

「そっか。私、頑張るね」

「え?何を?」

「それは内緒♡」

 

指を立てて口に当てる梨子。

 

何をやるつもりなんだろう・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたぁ・・・」

 

俺は車を止め、外で伸びをする。

あれから高速道路に乗り換え、数時間車を走らせ、沼津インターに到着した。

内浦まではまだまだ遠いが、久しぶりの沼津の空気を2人で吸い込んでいた。

 

「お疲れ様。はい、これ」

 

喫煙所で一服していると梨子は缶コーヒーを買ってきてくれたらしく、それを受け取る。

片手でプルタブを開け、コーヒーを1口飲みつつ、タバコの灰を落とす。

 

「沼津までもう少しだね」

「だね。まずは俺んちでいい?」

「うん。お義母さんたちに挨拶しないと」

「よし。じゃあ、もう少し休憩したら出発しようか」

 

しばらくタバコを吸いながら、空を眺め、2人でしばらく話しこむ。

 

・・・あぁ。のどかだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またしばらく車を走らせ、やっと沼津市に入る。

 

「お義母さんに電話かけるね」

「お願い」

 

梨子は自分のスマホを取り出し、母さんにコールする。

 

「もしもし。お義母さんですか?梨子です」

 

繋がったようだ。

俺も運転に集中しよう。

 

「はい。今沼津に着いたので、もう少しです。はい。ではまた後で」

 

梨子は電話を切り、ワクワクした表情で俺を見る。

 

「待ってるって。家の前で出迎えるって!」

「そっか、急がないとね」

 

俺は少しだけアクセルを踏み、車を加速させる。

 

「ま、待って!飛ばさないでぇー!」

 

梨子の言葉を無視して沼津の公道を勢いよく走り抜けていった。

もちろん、速度制限は守ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学生時代慣れ親しんだこの町。

もう何年も帰ってきていない俺たちの第2の故郷は何も変わらず、俺たちを迎えているようだった。

 

「そろそろ見えるね」

 

梨子が呟く。

そう、もう少しで俺の実家だ。

 

「見えたよ」

 

梨子の言う通り、そこには俺の実家が見える。

家の前には母さんと父さんが2人で待っていてくれていた。

車庫に車を停めると、2人は車庫まで来てくれた。

 

「おかえり、和哉、梨子ちゃん」

「ただいま帰りました、お義母さん、お義父さん。お久しぶりです」

 

梨子も車から降りてお辞儀をする。

 

「ただいま、父さん、母さん」

「ああ、おかえり」

 

数年ぶりに見る2人。

2人とも顔にシワが増え、髪も白髪が混じっている。

それでも、2人はあの頃と変わらない笑顔で俺たちの帰りを喜んでくれた。

ここを出てから連絡なんて禄にしないし、連絡するのは梨子ばかり。なのに迎えてくれた。

 

「和哉」

 

父さんが歩み寄り、背中を叩く。

 

「おかえり」

 

俺にだけ聞こえるように小さく言う。

 

「うん・・・、ただいま」

 

本当に帰ってきたんだ・・・。

やっと実感が生まれ、そう思った途端涙が溢れそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時から何も変わらないリビング。そこで4人で話していると。

 

「2人はいつまでいるの?」

 

母さんが尋ねる。

 

「1週間くらいはこっちにいるよ。明後日はお義母さんの所に行くから」

「そうなのね。その後は?」

「私の家に行って少しお話した後に、十千万と淡島ホテルに泊まるつもりです」

 

梨子が代わりに答えてくれた。

 

「他の友達には言ってるの?」

「一応。みんなと予定が合うかが分からないんだ」

 

ふむふむ、と母さんは頷く。

 

「今日は家でゆっくりしていくのよね?」

「はい。そのつもりです」

「じゃあ、早速お昼を作らないと!梨子ちゃん、お手伝いして貰える?」

「はいっ!喜んで!」

 

リビングには俺と父さん2人だけが残される。

 

「和哉、タバコは?」

「吸うけど」

「行こうか」

 

父さんに庭まで連れていかれ、そこでタバコを吸う。

 

「息子とタバコを吸える日が来るとはね」

 

感慨深そうに父さんは煙を吐く。

俺とは違う銘柄。その匂いはこの家にいた頃から変わっていなかった。

 

「俺も。タバコ吸うとは思ってなかったから」

 

しばらく無言が続いたが、俺から話しかける。

 

「ごめん」

「何がだ?」

「今まで連絡しなかったこと」

「気にしてない」

「そっか」

 

再び無言。

 

「さて、そろそろ戻ろう。昼もできてるはずだ」

 

父さんは火を消し、灰皿へタバコを擦りつけ、火を消す。

俺も同じように火を消し、着いていく。

 

「またタバコ?」

 

リビングに戻ると梨子から注意される。

 

「んー。接待タバコ?」

「なにそれ?」

「そんなのもあるの」

「ふーん。お昼できてるよ」

「ありがとう。食べるよ」

 

俺と梨子が隣で、父さんと母さんが向かいに並んで座っている。

みんなで声を合わせて頂きます、と手を合わせ、昼食を食べ始める。

 

「これ食べ終わったらどこか出掛けるの?」

 

母さんが話しかけてきた。

 

今日の予定か・・・。

何も考えてなかったなぁ。

 

「せっかくだから、港までお散歩してみれば?向こうは海はあまりないんでしょう?」

 

んー、と首を捻っていると母さんが提案してくれた。

 

「そうだね。行こうか」

「うん。私も大丈夫」

 

梨子は笑って賛同してくれた。

昼食を話しながらゆっくり食べ、食べ終わる頃は午後1時過ぎ。

季節も秋になり始めたし、出掛けるには丁度いい時間帯だ。

 

「じゃあ、行ってくるよ」

「気をつけてね」

「はい。行ってきます」

 

俺と梨子は家を出て、沼津港へ向かい、歩いていく。

 

「あまり、変わってないね」

「確かに。それがこの町のいい所でしょ」

「うん」

 

この道を通ったのは何年も前。

多分、高校時代が最後だったはずだ。

商店街を抜けると、緩やかに流れる狩野川が見えてきた。川ではカヌーを漕いでいる人たちが数人。河川敷を走る人たちがちらほら見えた。

 

「ねえ、梨子」

「何?」

「手、繋ごっか」

「ふぇっ!?どうしたの!急に」

 

俺からこういうことを言い出すのは少ない。

なんとなく、繋ぎたいと思ったんだ。

 

「何でだろうね。なんか、梨子と手繋ぎたくなったんだ」

 

俺は梨子に右手を差し出す。

梨子はそっ、と俺の手を繋ぎ、小さく呟く。

 

「その、エスコート、お願いします」

 

少し恥ずかしがりながらそう言った梨子はとても愛おしかった。

 

「了解しました。レディ」

 

梨子の額にキスをする。

すると、梨子の顔は瞬く間に真っ赤になる。

 

「もう!外なのよ!」

「誰も見てないよ」

「見てなくても外でしたらダメ!恥ずかしい!」

 

梨子は俺の手をグイグイ引きながら沼津港へ早足で歩き始めた。

 

「あれ?梨子ちゃん?和哉くん?」

 

マウンテンバイクに跨り、ヘルメットにサングラスをかけて、服装が普通のジャージじゃなかったらそういうのの選手に見える、少し筋肉質の女性。

聞き覚えのあるこの声は・・・。

 

「よ、曜ちゃん!?」

「ヨーソロー!奇遇だね!もう帰って来てるなんて思ってなかったよ!」

 

サングラスを外し、敬礼をしたのは紛れもなく曜だった。

 

「そう言えば曜の家はこの辺だったね。どこか行くの?」

「今から部活なんだー」

「部活?」

「そう!なんとこの渡辺曜!静真の教師になったのであります!これから顧問として精を出して来るであります!」

「「・・・・・・」」

 

しばらく言葉を失い、梨子と顔を見合わせる。

 

「「えーーーー!?」」

「お、いいリアクション!色々あってねー。船長も高飛び込み選手もいいんだけど、頑張ってる子を応援する方が好きだったみたい」

 

しみじみと話す曜。確かに言われてみればそんな姿がしっくりくるように感じる。

 

「って!遅刻しちゃう!またねー!」

 

そう言うと曜は嵐のように去って行った。

 

「相変わらずね・・・」

「全くだよ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん!潮風が気持ちいい!」

 

沼津港に着いた俺たちは潮風を体で受けながら伸びをしていた。

 

「そうだ、深海水族館いかない?」

「いいかも。久しぶりに行こうか」

 

梨子の提案に賛成し、深海水族館に向かう。

目的地に到着し、2人分の料金を払い、深海の生き物を見ていく。

 

「ダイオウグソクムシ。かわいいなぁ」

 

深海に住んでいる、50cm以上の大きなダンゴムシの様なダイオウグソクムシを見て、俺はポツリ、と言葉を漏らす。

 

「かわいい、かな?」

「かわいいじゃん。言葉にするのは難しいけど」

「よく分からない」

 

梨子の同意は貰えなかった。

 

「やっぱり、こいつの迫力は違うね」

「う、うん。見てるだけで怖いよ」

 

今見ているのはタカアシガニ。

とにかく長い足が恐怖心を煽る。

 

「つ、次に行こう・・・」

 

梨子が服の袖を摘んで、怯えながら言う。

 

「はいはい。次だね」

 

色々回ってとうとうこの水族館の目玉、シーラカンスの剥製。

世界でもシーラカンスの剥製は数える程しかないのだが、この深海水族館はその剥製を3体所持している。

 

「これが太古から変わっていない魚なんだね」

「うん。何千年もこの姿みたいだね」

 

シーラカンスは今の魚とは違い、ヒレをいくつも持っている。

その姿は異質だが、引き込まれるものがある。

 

「私たちも変わらずにいれるかな?」

「分からない。けど、変わったとしても俺は梨子の隣にいるよ」

「も、もう!いきなりかっこいいこと言わないで!」

 

顔を赤くした梨子に怒られてしまった。

なぜ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー。楽しかった!」

 

外に出た俺たち。

梨子はお土産片手にルンルンだ。

 

「お土産も買えたしね」

「うん!和哉くん、本当にそれ好きだね」

 

俺が買ったのはダイオウグソクムシのクッション。通称グソクッション。

見た瞬間、一目惚れして、即買ってしまった。

 

「かわいかったからつい」

「だからって5個も買う?」

「これを積んで飾るといいかもって」

 

梨子はため息をつくとまた物が増えちゃった・・・、とボヤいていた。

 

「シーラ!」

「カンス!」

「ん?」

 

少し離れたところから何か聞き覚えのあるフレーズが聞こえてきた。

騒がしいな、と思いながら声がした方を見ると自撮りをしながら、シーラカンスのぬいぐるみを抱えた3人組の女性がいた。

やけに見覚えのある後ろ姿だ。

 

「じゃあ、善子ちゃん。投稿お願いね」

「任せておきなさい。結構いい感じに撮れてるわね」

「だね。いい感じ」

 

今、世間で話題のアイドルグループが目の前でSNS用の動画を撮っていた。というか、善子、花丸、ルビィの3人だ。

 

「あれ、よっちゃんたち?」

「多分。てか、なんでここに居るんだ?」

 

3人を見ていると、振り返った花丸と目が合った。

 

「あー!!」

「どうしたの、マルちゃん・・・。あー!!」

「何よ、ルビィまで。あー!!」

「や、やっほー・・・」

 

俺は苦笑いしながら手を振る。

 

「「いたー!」」

 

俺たちは珍獣か何かですかね・・・。

 

3人はもの凄い勢いで俺たちの方へテレビで見せていた笑顔とは違う笑顔でやってくる。

 

「梨子さん、和哉さん!お久しぶりです!改めてご結婚おめでとうございます!」

 

真っ先に走ってきたのは花丸。

本当に背が伸びて、今や梨子より高い。

 

「う、うん。ありがとう」

 

梨子が困惑しながら礼を言う。

 

「和哉くん、梨子ちゃん!お久しぶり!」

「うん。久しぶり。元気・・・だね」

「うん!」

 

ルビィも相変わらずのようだ。

 

「久しぶりね。リリー、和哉さん」

「う、うん・・・」

「なに?」

「・・・いや、何でもない」

 

善子に名前で呼ばれるとか慣れてないからむず痒い。

 

「3人は何してるの?仕事は?」

「実はね」

 

ルビィがモジモジしながら話し始めた。

 

「2人がここに帰ってくるって聞いたから。マルちゃんとよっちゃんと話して会いたいね、って話になったの」

「事務所に無理言ってお休み貰ったずら」

「売れっ子アイドルがそれでいいのかな・・・」

 

梨子の言ってるのことに俺は頷く。

というか、花丸がずらって言った。

テレビでは全く言わないのからもう聞けないんだなぁ、って思ってたから、久しぶりに聞けて良かった。

 

「そういうのは今はいいのよ。とにかく、私たちは貴方たちに逢いたくてここまで来たの」

「みんな・・・」

「うん。ありがとう、みんな」

 

後輩3人はニコッ、と笑う。

 

「よーし、それじゃみんなで遊ぶずらー!」

 

手を挙げて花丸は海岸の方に走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リリーはここに入ったことある?」

 

花丸に付いて行って辿りついたのは海門展望台びゅうお。

善子が梨子に話しかけていた。

 

「ううん。近くまでは来たことあるけど、入ったことはないよ」

「いい機会じゃない。入りましょう」

 

善子に手を引かれ、梨子は展望台に入っていった。

 

「俺たちも行こうか」

「待つずら」

 

花丸に肩を掴まれる。

 

「どうしたの?お腹減った?」

「なっ!マルをなんだと思って!」

「食いしん坊の文学少女」

「否定は出来ないかも」

「ルビィちゃん!?」

 

ルビィも同意みたいだ。

 

「冗談だよ。どうかしたの?」

「どうかしたってほどじゃないけど、梨子さんとの結婚生活はどうなんだろうって」

 

うんうん、とルビィも気になってるようだ。

2人がこういう色恋沙汰に興味があるのは意外だった。

どうやら話さないと離してくれないみたいだ。

 

「そんなに大したことじゃないよ。聞きたい?」

「「聞きたい!」」

「分かったよ」

 

さて、何から話そう。

 

まず最初に話したのは今どんなことをしているのか。次にお互いの仕事柄なかなか時間が合わないこと。それに2人で出かけた所とか、テレビで3人をよく見てるとか、この数年間の思い出を話した。

2人が思ったよりも真剣に話を聞いてくれて思わず気分が乗り、30分近く話してしまっていた。

 

「と、まあこんな感じ」

 

話終えるとルビィも花丸も満足した表情をしていた。

 

「あんたたち、なんで来なかったのよ。待ちくたびれて降りてきたわよ」

 

すると、善子が文句を垂れながらこちらに来る。

その隣には梨子もいて、びゅうおから降りてきたようだ、

 

「ごめんね、善子ちゃん。マルたちお話が弾んじゃって」

「ふーん。そうなの。どうする?だいぶ日も傾いてきたけど、帰る?」

 

善子が提案するが、ルビィが口を挟む。

 

「えー!さっきあったばっかりだよ。ご飯食べに行こうよ!」

「言うと思った。リリーたちはどうする?」

 

俺は梨子と顔を見合わせる。

 

「どうしよっか」

「せっかくだし、食べていこうよ。母さんには連絡するから」

 

俺は母さんに電話し、今日の夕飯を善子たちと外で食べると伝える。

そのことを伝え終わるとルビィと花丸はぴょんぴょん跳ねていた。

よほど楽しみだったんだろう。その姿はあの時みたいで懐かしく感じた。

 

「決まりのようね。じゃあ、着いてきて。車で行くわ」

「善子運転できるの?」

「できるわよ。むしろ、そこの2人ができたらすごいと思わない」

 

善子が指さしたのはルビィと花丸。

 

・・・うん。できるイメージが湧かない。

 

「なんであれ、行きましょう。ルビィ、ズラ丸行くわよ!」

 

はーい!と2人は走って善子の隣に行く。

 

「俺たちも行こうか」

「うん」

「そうだ、善子と何話してたの?」

「えっと、乙女の秘密かな」

「はぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい店知ってるんだ」

「まあね。と言いたいところだけど、私たちがこっちに帰ってきた時にいつも使ってるってだけだよ」

 

善子の運転で連れてこられたのは少し町から外れた店の個室。

少し和風な感じで落ち着く。

 

「早速来たずらー!」

「って、酒ばっかりじゃないか!」

 

運ばれてきたのはビールに酎ハイ、日本酒、烏龍茶だ。

 

「よっちゃんが運転するから飲まないと思ってたんだけど」

 

梨子が申し訳なさそうに言う。

 

「あ、いいのよ。私、お酒飲めないもの」

「へぇ、意外だね」

「飲んだ瞬間頭痛くなるから。私に気を使わなくていいわよ」

「じゃあ、飲み物渡ったね」

 

ルビィが確認する。

俺はビール。

花丸が日本酒。

梨子とルビィが酎ハイを持つ。

 

「では、再会を祝いまして」

 

花丸が音頭をとる。

 

「「かんぱーい!!」」

 

ジョッキのぶつかる気持ちのいい音が個室に響いた。

 

最近のことを話したり、仕事のことを話したり、昔のことを思い出したりして、楽しい時間は進んでいく。

すると、隣に座っている梨子が俺の肩に持たれる。

 

「梨子?」

「えへへ、なぁに?」

「近くない?」

「そんなことないよぉ」

 

あ、これは酔ってる。

 

「和哉くぅん」

 

俺の腕に頬を擦り、甘えてくる。

 

「リリーってそんなキャラだった?」

「酔っちゃうとこんな感じ。みんないるから大丈夫かと思ったんだけど」

「へー」

「2人ともラブラブずらー」

「ずらー!」

「この2人も酔ってるわね」

 

ルビィと花丸も酔っ払ってるようだ。

 

「ねぇ、私ともおしゃべりしよ?」

 

梨子は体を起こし、顔をずいっ、と近づけてくる。

 

「分かったから。近いよ。みんな見てる」

「やだー。和哉くんの顔、もっと近くで見たいー」

 

こうなると止めれないのは経験で分かる。

しかし、止めなければ梨子の名誉に関わる。

 

「いつでも見られるでしょ」

「いつも見てたいのー」

「うげっ、口から砂糖吐きそう」

 

善子てめぇ、他人事のようにすましやがって。

 

「もう。意地悪な和哉くんにはこうしちゃいます」

「は?」

「ずらっ!?」

「ぴぎっ!?」

「はぁ!?」

 

顔をがっしり掴まれ、そのままキスされた。

後輩が見てる前で。

しかも、舌まで入れてきた!

 

「わっわわわっ!ま、マル、キスしてるの初めて見た・・・」

「る、ルビィも・・・」

「・・・えっろ」

「「善子ちゃん?」」

「じゃなくって!お開き!もう終わり!帰るわよ!」

 

梨子を引き剥がし、肩を抑える。

 

「落ち着いて!いきなり何すんの!?」

「和哉くんが見てくれないから」

「しっかり見てる!もう・・・」

 

梨子の耳元で小さく囁く。

 

「続きは家に帰ってから」

「・・・もう、和哉くんはエッチだね」

 

梨子は顔を赤くして、照れながら両手で頬を隠す。

 

「夫婦の関係にどうこういうつもりは無いけど、せめて夜の約束は・・・」

「うるさいっ!ほら!帰るよ!」

「マル、酔い覚めちゃった」

「うん、ルビィも」

 

やたら誘惑してくる梨子を何とか車に乗せ、善子の運転で家まで送って貰うことになった。

 

「ほら、梨子降りて」

「は〜い」

 

たどたどしい足取りで車から降りる梨子。

俺は彼女の体を支える。

 

「ありがとう。今日は楽しかったよ」

 

車の窓越しに、3人を覗き込み、お礼を言う。

ていうか、ルビィと花丸は後ろで寝ている。

 

「私たちも楽しかったわ。リリーがあんな風になったのは意外だったけど」

 

苦笑いをする善子。

 

「よっちゃーん。また辛くなったらお姉ちゃんに頼ってね〜」

 

梨子は呑気に手を振っている。

 

「お姉ちゃん?善子お前・・・」

「ち、違うわよ!とにかく、早く休みなさいよ!また会いましょう!」

 

善子は照れながら車を走らせて行った。

梨子は走っていく車が見えなくなるまで手を振っていた。

 

「梨子、お姉ちゃんなの?」

「うん!よっちゃんのお姉ちゃんだよ」

「そ、そうなんだ・・・」

 

もう訳わかんない・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、昔俺が使っていた部屋の床に敷いた布団で俺は寝ていた。

部屋の中に差し込んで来た光で目が覚める。

 

「梨子は・・・」

 

昨日何度も誘惑され、何とかベッドに寝せ、そのまま眠らせることはできた。

いつも酔っ払った後の梨子だと・・・。

 

「梨子・・・」

 

起き上がって見回すと、ベッドの布団に潜ったまま小刻みに震えている梨子がいた。

そう、いつもこうなのだ。

酔った時の記憶もはっきり覚えていて、あんな甘えん坊というか、なんというか、ああいう姿になるため、恥ずかしがり屋の梨子は次の日の朝はこうなってしまう。

 

「梨子、頭痛くない」

「頭痛くないけど痛い・・・」

「・・・いつものことだから気にしてないよ」

「いつもになってるがだめなの!」

 

梨子はがばっ!と起き上がり、顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

「いつもお酒に酔って、変なことばかり言ってるの!和哉くんには誘うようなことばかり言うし」

 

誘うようじゃなくて誘ってるんだけどね・・・。

 

「しかも昨日はよっちゃんたちもいたし・・・。もうやだぁー!」

 

と、これまでが酔った時の梨子のテンプレだ。

これを宥めるのには時間がかかる。

こうなった梨子もかわいいからいいんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは行ってきます」

「こっちを出る時にまた寄るから」

 

昼下がり、父さんたちにしばらくの別れを告げる。

 

「うん。いつでも帰ってきていいからね」

 

母さんの言葉に頷き、俺と梨子は車に乗り、発車する。

次の目的地は内浦の桜内家だ。

 

「なんて言うか、この道を自分で運転するなんて思ってなかったよ」

「ふふっ。そうだね」

「そろそろ淡島が見えてきそうだね」

 

トンネルを抜け、一面に海が広がる。

その真ん中には淡島が大きくその姿を見せた。

 

「帰って、来たんだね・・・!」

 

梨子が海を見て感動の声を漏らす。

海を見ながら車を走らせること15分。

淡島の船着場を通り越し、とうとう桜内家に到着した。

 

「ただいま、お母さん」

 

桜内家に着くとお義母さんは出迎えてくれた。

 

「長旅だった?」

「ううん。和哉くんの家に泊まったから大丈夫だよ」

「そうなのね。和哉くんもおかえり」

「はい。ただいまです」

 

家の中に入り、早速お茶が出される。

 

「ごめんね、せっかく帰ってきたのにお父さんが仕事で」

「大丈夫だよ。仕方ないもん」

 

お義父さんは多忙でよく家を空ける。

毎月のように出張に行ってるほどだ。

 

「今日は十千万に泊まるのよね?」

「うん。志満さんには伝えてるけど、千歌ちゃんには何も言ってないの」

「和哉くんの提案?」

「まあ、そうです。いつも引っ掻き回されてきたんで、その仕返しですかね」

 

お義母さんは笑い、お茶菓子を俺に渡す。

こういう笑う仕草がそっくりだ。

 

「予約の時間までゆっくりしてね」

「うん!」

「はい」

 

梨子の部屋で一息つく。

この部屋に来るのも懐かしさを覚える。

 

「さて、今日はどうしよっか」

「浦女に行ってみない?」

「浦女かぁ。でも、入れないんじゃ」

「校門まででいいの。行ってみない?」

「まあ、そこまで言うなら」

 

俺たちはとりあえず、出かける支度をする。

 

「なんだか、こんな短期間で色んなところ行くって新婚旅行みたいだね」

「そうかも。日帰りで出かけることはあったけど、忙しすぎてこんなこと1回もやってなかった」

「仕方ないよ」

「今度、また知らないところに2人で行こう」

「うん。楽しみにしてるね」

 

お義母さんに行き先を告げ、再び車を走らせ、数分後、近くに路駐し歩いて浦女に向かう。

 

「待って、この坂道、こんなにしんどかった?」

「運動不足じゃないの?」

「そう、かも・・・」

 

浦女にたどり着くための長い坂道。

その坂に俺は四苦八苦していた。

 

「ほら、もうちょっと頑張って」

 

梨子に励ませられながら何とか登りきるとそこには俺と梨子が1年間だけだが、決して色あせない、最高の時間を過ごした場所。

そして・・・、俺たちが再開した場所。

 

「変わってないね」

「うん。少し汚れてるけどまだ残ってる。・・・そうだ、ちょっと入ってみようよ」

「ダメだよ、立ち入り禁止って書いてあるし」

「気にしない気にしない。誰もいないんだしっ、と」

 

俺は閉ざされている校門をよじ登り、跨ぐように座ると梨子に手を差し出す。

 

「もう・・・、知らないよ」

 

梨子は手を取り、補助を受けながら校門を乗り越え、地面に降りる。

 

「よっ、と」

 

ぴょん、と俺も門から飛び降り、改めて校舎を見上げる。

 

「さ、行こう」

 

さっそく玄関から校舎に入ろうとするが、流石に施錠されていて、中には入れなかった。

仕方なく敷地内を歩きながら見渡すしかなく、窓越しに校舎の中を覗く。

 

教室に体育館、プールや校庭。

何度も使った場所なのに始めてくるみたいに新鮮な感覚が押し寄せる。

 

「やっぱり、ここだよね」

「うん」

 

自然と最後に足が向いたのはスクールアイドル部室。

ここでの生活の大半を費やした俺たちの軌跡が詰まった場所。

 

「やだ・・・。なんか泣けてきちゃった」

 

隣で涙声になりながら流れ落ちる涙を拭う梨子。

 

「ははっ・・・、俺も・・・」

 

柄にもなく俺まで泣いていた。

 

たった1年だったけど、俺たち2人にとっては今までのどこよりも思い出のある学校。

こうなるのも仕方ないと思う。

 

「はぁ。じゃあ、三津シーでも行こっか」

 

少し落ち着いた俺は次の行先の提案をする。

 

「また水族館?」

「水族館しかないの」

「それもそっか」

 

少しの名残惜しさを残して浦女を後にし、三津シーへ向かうことにした。

 

あの時間は夢じゃない、紛れもない俺たちの軌跡だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イルカショー、やっぱり凄かったね!」

 

2人でイルカショーを見て、フードコートで昼食を食べているところだ。

 

「うん。かわいかった。でも、あのセイウチだけは許せない」

 

三津シーに入ってすぐのところにある水槽にはセイウチがいる。

そのセイウチは何故か俺にだけやたらと水をかけようとしてくる。

そして、俺を睨んで吠えるし。

 

「怒らないでよ。でも、ここも思い出の場所だね」

 

ここでは1度、PVの撮影をしている。

あの曲のPVは会心の出来で、Aqoursを代表する曲にまでなった。

 

「そうだ。クラゲ見に行こうよ」

「あそこね。行ってみようか」

 

クラゲ万華鏡。

それは三津シーで見ることの出来るクラゲの水槽のこと。

そこのブースだけ真っ暗で、光るものは光を吸収したクラゲの発光だけ。

その幻想さがとても美しい。

 

「綺麗、だね」

「うん。凄く癒される」

 

とか言って、俺はクラゲ万華鏡を見つめる梨子ばかり見ているんだけどね。

どれくらい見ていたのか分からないが、他のお客さんがやって来たのをいい機会に、このブースから出る。

 

「えへへ。買っちゃったぁ」

 

ぐるっ、と三津シーを周り、お土産コーナー。

梨子はこの三津シーのマスコットキャラクター、うちっちーのぬいぐるみを抱きしめてご満悦だ。

 

「それ、欲しかったんだね」

「うん。曜ちゃんが持ってたのが少し羨ましくて」

「へー。それで。よかったじゃん」

 

その他にはお菓子と写真を買って、三津シーを後にした。

 

「時間もそろそろいい感じだわ」

「だね。1回、家に戻って十千万に行こうか」

 

桜内家に戻り、着替え等の必要なものを持って、裏にある旅館、十千万の入口を開ける。

今日は千歌の友人では無く、客として来ている。

 

「お待ちしておりました。わたくし、仲居を務めさせてもらいます、高海と申します。この度はこの旅館に来て下さり誠にありがとうございます」

「うん。久しぶり、千歌」

「ほぇ?」

 

入口で頭を下げて挨拶していたのは、みかん色の髪を伸ばした千歌。

千歌はここの後継として日々、修行中とのことだ。

 

「千歌ちゃん、こんにちは」

「カズくんに梨子ちゃん!?」

「や。元気だった?」

「もう、そりゃあ元気元気!・・・じゃなくて、こほん。はい。それでは部屋に案内しますね」

 

千歌は仕事の態度に一瞬で戻り、俺たちを部屋まで案内してくれた。

部屋に通され、3人が部屋の中にいる。

 

「全く、志満姉も人が悪いよ。志満姉は知ってるんだよね」

「まあね。でも、千歌本当に仲居さんみたいで凄かったよ」

「みたいじゃなくて、仲居なの。カズくんはやっぱりチカには意地悪なんだもん」

 

口を尖らせる千歌。

見た目は大人っぽくなっていても、やっぱり中身は千歌のままだった。

 

「千歌ちゃん、戻らなくていいの?」

「うん。もう戻るよ」

 

千歌は立ち上がる。

 

「あ、2人とも」

「何?」

「おかえり!」

「「ただいま」」

 

客として初めて泊まる十千万はとても快適で過ごしやすい空間だった。

料理も美味しいし、温泉だって最高だった。

あの頃はこんな立派なところにほぼ毎日のように来ていたんだと思うと、嘘のように感じる。

2人で部屋でのんびりしていると、襖がノックされる。

 

「はい」

「梨子ちゃん、カズくん」

 

襖が少し開き、千歌がそこから顔を少し出した。

 

「少し、お話しいい?」

「仕事はどうするの?」

 

梨子が心配して尋ねる。

 

「今日はもう終わり。だから少しお話ししたいなって」

「うん。いいよ」

「ホント!?」

 

千歌は喜んで部屋の中に入ってきて、腰を下ろす。

私服になっているし、本当に仕事は終わったみたいだ。

 

「何から話そっかなぁ。えっと、えっとぉ」

「慌てなくていいから、少しずつね」

 

少し話すつもりだったのが、積もる話もあり、何だかんだ深夜まで話し込んでしまった。

どうやら千歌も大変みたいだ。

お互いに励まし、千歌はお休みと言って、自室に行ってしまった。

 

「千歌ちゃん、変わったね」

「うん。能天気だったのにあんなにしっかりしてさ。負けられない」

「戦ってたの?」

「ううん。俺が勝手にライバル視してた」

「どうして?」

「なんでだろ。よく分かんないけど、千歌だけには負けたくないんだよね」

「そうなんだね」

 

梨子はクスクス笑う。

それにしても随分遅い時間になってしまった。

明日は淡島に行く。

目的はもちろん、果南ちゃんちのダイビングショップ。

久しぶりのダイビングで心が浮ついている。

とにかく、早く寝よう。

用意された布団に潜り、眠り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝起きてしばらくすると、仲居さんの千歌が朝食を持ってきてくれた。

 

「2人は今日何するの?」

「淡島に行くよ」

「そっか。チカも行きたかったんだけどね。どうしてもお仕事が」

 

しょんぼり、悲しげな千歌。

 

「大丈夫だって、まだしばらく内浦にいるから遊べるし、時間も作るから」

「本当?」

「ええ。今度は連絡するからね」

「絶対だよ」

「うん。約束するよ」

 

梨子は千歌にハグをし、再会の約束をした。

 

「じゃあ、仕事に戻るね。帰ってきた時はまた十千万をよろしくお願いします!」

 

太陽みたいな笑顔。

その笑顔に元気づけられる。

梨子も同じことを思っているようだった。

千歌は手を振って部屋を出ていった。

 

「果南ちゃんのとこは昼からだから、まだゆっくりしてて大丈夫だね」

 

朝食を食べながら、今日の予定を決める。

あ、このカサゴの天ぷらが美味い。

 

「そうだね。じゃあ、もう1回温泉に入ろうかな」

「俺もそうしようかな」

 

朝食を食べ終え、2人で温泉に向かう。

 

「あら?2人ともどうしたの?」

「温泉に入ろうかと思いまして」

 

志満さんとばったり、鉢合わせた。

 

「だったら2人で一緒に入るのはどう?」

「い、いや、それは経営的にまずいんじゃ」

「大丈夫大丈夫。入ってる間掃除中ということにしておくわ」

 

明らかな職権濫用だ。

どうする?と梨子が俺を見る。

 

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」

「うふふっ。そう来なくちゃ。ささっ、行きましょう」

 

志満さんは俺たちの背中を押し、温泉まで連れていく。

 

「じゃあ、見張りは任せてね」

「は、はい・・・」

 

更衣室には2人きり。

なんで志満さんはあんなにノリノリなんだろう?

どちらも服を脱ごうとせず、気まずい空気が流れる。

 

「俺、先に入ってるから」

 

この気まずい空気を変えるためにさっさと服を脱ぎ、タオルを腰に巻き、浴室へ早足で行く。

もちろん、梨子から隠れて服を脱いでいる。

 

体を洗い、温泉にゆっくり足をつける。

朝からこんな立派な温泉に入れるなんて・・・。

贅沢すぎる。

若干昨日の坂道で足が筋肉痛になっていて、足を揉みながら、体を楽な体勢にする。

 

「か、和哉くんっ」

 

やっと梨子が入ってきた。

体にタオルを巻き、やたら体を見せないようにしている。

 

「み、見たらダメだからね!」

 

それはフリなのだろうか。

お互いの裸なんて何回も見てるのだが、こういう場だとどことなく気まずい。

梨子はさっさと体を洗い、俺から少し離れたところで温泉に入る。

 

「なんでそんなに遠いの」

「は、恥ずかしいもん」

「何回も見てるのに?」

「その、ああいう時とは雰囲気とか気分が違うって言うか・・・」

 

顔半分をお湯につけ、ぶくぶくと泡を立てる。

その仕草があざとい。

 

「初めてだよね。梨子と風呂入るの」

「言われて見たらそうかも」

「梨子が嫌がってばかりだからね」

「だって、恥ずかしいから・・・」

「だよねぇ」

 

自然と会話が途切れ、2人でゆっくり湯船に浸かる。

 

「今日は淡島かー」

「果南さんたちに会えるね」

「うん。元気かな」

「元気だよ。あの人たちだもん」

「それもそっか」

 

俺は立ち上がると、梨子が慌てて目を隠す。

 

「いきなり立たないでよ!」

「そろそろ上がろうかなって。あんまり長く入ってるとのぼせちゃうし」

「そうだね。私も上がろうかな」

 

梨子も立ち上がる。

2人で更衣室戻ると、何故か千歌がいた。

 

待って。何でいるの。志満さん、見張りは?

 

「あれ?なんでカズくんと梨子ちゃん、居るの?2人とも裸だし・・・。裸だし・・・裸・・・裸!?」

 

これはめんどくさい事になり始めた。

 

「えっ、待ってね。チカ余計なことしちゃったよね。うわぁ。本当にごめん!」

「あ!待て!」

 

千歌は掃除道具をその場に置いたまま行ってしまった。

ここの掃除をしてたんだろう。

それよりも絶対変な勘違いしてるよね・・・。

 

「千歌ちゃんに見られた・・・」

 

梨子は梨子で落ち込んでいる。

どうしよう、この状況。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「志満さん!」

 

着替えた俺は志満さんを呼び出す。

 

「どうしたの?」

「どうしたのじゃないですよ!見張りはどうしたんですか!」

「千歌ちゃんが変わるって言うから任せちゃった」

 

のほほん、と笑う志満さん。

絶対千歌は掃除やってるって勘違いしてた。

なんでこういう時に美渡さんがいないんだ。

温泉に入ってリフレッシュしたはずなのにどっ、と疲れた。

志満さんはそのまま仕事に戻っていった。

部屋に戻ると千歌に見られたことを引きずっている梨子が布団の上で足を抱えていた。

 

「梨子、出る支度できた?」

「・・・まだ」

「早くやらないと」

「・・・うん」

 

こりゃダメかも。

とにかく、どっかで千歌の誤解を解かないと。

 

「失礼します」

「あ、はい」

 

入ってきたのは千歌だ。

何故かよそよそしい態度だ。

 

「そろそろお時間なのですが、支度はお済みでしょうか?」

「まだだけど、すぐ済ませるよ」

「はい。かしこまりました」

 

そのまま出ていこうとする千歌を引き止める。

 

「なんでしょう」

「あのさ、風呂場のは誤解だよ」

「分かってます。夫婦ですもんね」

 

それが違うんだよ・・・。

というか、その敬語やめてくれ。

めちゃくちゃやりずらい。

 

「風呂に一緒に入ったのは志満さんの提案なんだ。別にあそこで変なことなってやってない」

「本当に?」

「本当だよ。ね、梨子」

 

梨子もこくり、と頷く。

 

「だったら、その言葉を信じる。梨子ちゃん、顔上げて」

 

千歌は梨子に歩み寄る。

梨子は少し涙目で千歌を見上げる。

 

「せっかく帰ってきてくれたのにあまりお話できなくてごめんね」

「千歌ちゃんはお仕事だから仕方ないよ」

「チカが1人で悪く思ってるだけだから気にしないで。それより!」

 

千歌はガバッ!と梨子に抱きつく。

 

「また来てね!待ってるよ!のハグっ!」

「千歌ちゃん・・・。うん」

 

梨子は千歌を抱きしめ返す。

 

「千歌ちゃん、そろそろ」

「うん。今日は果南ちゃんのところだよね。首を長くして待ってると思うよ。まだかなん?て。あ、今のは果南ちゃんと」

「説明しなくていいから」

 

久しぶりに聞いた千歌のダジャレ。

昔なら何も思わなかったが、今はクスリ、と俺も梨子も笑ってしまう。

 

「じゃあ、千歌。俺たちはそろそろ帰るから」

「うん!また来てね!今度はちゃんと連絡してよ」

「分かってる。またね」

 

十千万を後にし、次の目的地、淡島に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

淡島までの定期船は秋の心地のいい風を切りながら海の上をゆっくり進んでいく。

 

「着いたね。わっ!」

 

船から降りると早速イルカの歓迎の水しぶきを貰う。

ここで飼育しているイルカはそんな教育でも受けてるのだろうか・・・。俺と梨子は早速びしょ濡れだ。

 

「あはは、やられちゃったね」

「果南ちゃん!」

「やっほ。久しぶり、カズ、梨子」

 

果南ちゃんがわざわざ迎えに来てくれた。

あの頃と見た目はあまり変わってないが、雰囲気が一段と大人っぽくなっている。

 

「早速濡れちゃったから家に行こうか。服も乾かさないと」

「うん。お願いできる?」

「任せなさい。それと、私以上に首を長くしてる人がいるよ」

 

誰だろう?と梨子と顔を見合わせる。

 

「もう、ダイヤ。少しは落ち着きなさい」

「そうは言いましても。数年ぶりの友人との再開ですわよ。落ち着けという方が無理ですわ!」

「全く。少しはルビィを・・・、って来たみたいよ」

 

果南ちゃん家の外に置いてあるテーブルとイス。

そのイスに腰掛け、優雅にティータイムを過ごしている。

その隣いるダイヤちゃんは今まで落ち着かない様子だったのがよく分かる。

 

「待ってる人って鞠莉ちゃんとダイヤちゃんだったんだ」

「そうよ。シャイニー✩和哉に梨子」

「お久しぶりですわね、2人とも」

「はい!お久しぶりです!」

 

2人ともあの頃とあまり変わってない。

ダイヤちゃんはシワが増えた?

 

「和哉さん、貴方、失礼なことを考えていますわね?」

「・・・なんのこと?」

 

目をそらし、知らん振りをする。

 

「貴方ねぇ!そういう事よ!」

「ダイヤー。かっかしないの。シワが増えるわよー」

 

言った!?言っちゃったよ!?鞠莉ちゃん!!

 

「なっ!?」

 

ダイヤちゃんは顔をほぐし、いつもの落ち着いた雰囲気に戻る。

 

「まあ、カズと梨子は早速ダイビングスーツに着替えてきなよ。服は私が後で乾かしておくから」

「ありがとう、果南ちゃん」

「和哉、梨子!終わったら5人でうちのホテルでPartyだからね!」

「うん!楽しみにしてるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイビングスーツに着替え、いつも使っていたゴムボートを借りる。

後は梨子を待つだけだ。

 

「やっぱりそれなんだね」

 

果南ちゃんが後ろから声をかける。

 

「うん。俺のダイビングはやっぱりこれだしね。果南ちゃんは潜らないの?」

「うん。夫婦の邪魔しちゃ悪いからね」

 

みんな二言目にはそれだ。

俺たちとしてはもっとみんなと過ごしたいんだけど、変に気を使わせてるみたいだ。

 

「そんな嫌な顔しないの。ほら、奥さんが来たよ」

 

果南ちゃんの指差す方を見ると、ダイビングスーツに着替え、髪をまとめて上げた梨子が歩いていた。

 

「お待たせ。あれ?果南ちゃんは潜らないの?」

「私は店番。それにカズもいるから大丈夫。ほら、行ってきなよ」

 

果南ちゃんは手を振りながら、店に向かった。

店番するとか言って3人で話してるばっかりだろうに。

 

「梨子、行こっか」

「うん」

 

ゴムボートを出し、沖に出る。

いつものやってたように潜る前の準備をする。

俺の準備が終わり、梨子に命綱を巻く。

 

「よし、始めよう」

 

俺はボートが沈まないように、乗り出し、海に飛び出す。

浮き上がり、梨子の手を取って、ゆっくり彼女を海に入れる。

 

「手、繋いでおこっか」

「うん」

 

手を繋ぎ、一緒に潜る。

懐かしい海の世界。

 

前に果南ちゃんが言ってた。

海は大きくて私たちの悩みなんか簡単に飲み込んでくれる。そんな海が私は大好きなんだって。

本当に同感だ。

仕事の時に不意に浮かぶ、変な考えもこの海は飲み込んでくれる。

ここにいた時はいつも1人だったけど、今は梨子がいる。Aqoursのみんながい?。

こんなに幸せなことなんてない。

俺はこんなに幸せなんだ。

 

この後は淡島ホテルで鞠莉ちゃんの持て成しを受けながら、美味いもの食べて。言われてはないけどAqoursのみんなも呼ばれてるんだと思う。そして、あの頃みたいにみんなで騒いで。

次の日はのんびりこの町を梨子と2人で楽しんで。

やることが沢山だ。

手を繋いで泳ぐ梨子も穏やかな表情で笑っている。

梨子に笑いかけると彼女はキョトン、とした顔で首をかしげる。

おかしくなって海の中で笑い出してしまった。

急いで海から顔を出し、息を整える。

 

「いきなりどうしたの?」

「ねえ、梨子」

「何?ってうわっ!」

 

梨子を抱きしめる。

この季節の海とは違って梨子は暖かい。

 

「大好きだよ」

「い、いきなりどうしたの?」

「何でもないよ」

「変な和哉くん」

 

再び海に潜る。

この数日間、懐かしい人と再開して、この町に触れて。

俺はここが大好きで。

そして、この場所で再開できた梨子が大好きで。それでいいじゃないか。

繋いだ手を離さないように。

しっかりと握って。いつまでも2人で。

 

進んで生まれた軌跡は、俺たちの過去から未来を繋ぐ軌道なんだ。




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