もしもシャルティア・ブラッドフォールンがポンコツでなかったら……【完結】 作:善太夫
「クックックック……なんじゃその……闇堕ちラキュースじゃと? 魔剣キリネイラムにはそんな大層な力など最初から無いわ」
リグリットは呵々大笑する。“蒼の薔薇”も“深紅と漆黒”は狐につままれたかのような顔になる。
「……これが魔剣といわれる由縁はの……」
リグリットはちらっとラキュースの顔を気の毒そうに見る。
「……ちいとばかしな、……『運』じゃ。そのな、運が落ちるんじゃて」
「「──はあ?」」
「……じゃからの、お主が持っておってもなんの問題は無いのじゃて。ほら」
ラキュースはリグリットからキリネイラムを受け取る。心なしかラキュースの頬には赤みがさしていた。
「──いや、しかし、あの黒騎士は悪魔と人間とのハーフで闇の力の暴発が──」
「──なんじゃお主? あの男の話を真に受けていたのかの? ありゃあ全てあの男の空想じゃ。そもそもあの黒騎士は普通の人間じゃ」
リグリットは容赦なくイビルアイの言葉を否定する。黙り込むイビルアイに蒼の薔薇の面々は同情する。なにしろ彼女はこれまで百年もの間、騙されていたのだ。
「……なんでありんすか? わら……私の顔に何か付いているんでもありんしょうか?」
シャルがラキュースの視線をいぶかしそうに訊ねる。途端に赤面したラキュースは慌ててシャルから目を逸らす。
「……いや、あの。……なんでもありません」
蚊の鳴くような小さな声で答えるラキュースにガガーランが絡む。
「おいおい? なんだか恋する乙女みたいだがよ? ──ん? まさか?」
ラキュースの顔が熟したトマトのように更に真っ赤になる。
「……ボス。わかりやす過ぎ」
「……同性愛の魅力を共に語りたい」
双子のティナとティアがからかう。
「……うーん。有りか無しかでいえば可能性は無くはないでありんすが……私の身も心もモモンさんのものでありんす」
「「えええええー!!」」
◆
バハルス帝国の帝都アーウィンタールではバハルス帝国皇帝ジルクニフとリ・エスティーゼ王国王女ラナーとの婚姻の準備が大々的に行われていた。
「クライム。蒼の薔薇はまだ到着しないのかしら?」
「はい。深紅と漆黒のお二方と一緒に向かわれていらっしゃるそうです。……聖ナザリック教会の大司教様は既にご到着されており、ザナック新国王陛下とお父上の前国王陛下がもてなされていらっしゃいます」
「……そう」
ラナーは鏡を見ながら素っ気なく言うとクライムに振り向いた。ラナーは美しかった。
「──ねえ、クライム。今日の私、どうかしら?」
クライムは唾を飲み込んだ。
「……とても……とってもお美しいと思います」
ラナーは楽しそうに笑った。
◆
「──で、その花嫁が後ろ向きで投げたブーケを手にすると次の花嫁になるんです」
ラキュースが紅潮した面持ちで語る。
「……それはなかなか面白い風習でありんすね。私も次の花嫁になれたらどんなにか……」
シャルはそっとモモンを窺う。モモンの表情は仮面に隠れて見えない。そんなシャルの仕種にラキュースは明らかに落胆する。
「……ドンマイ。ボス。相手が悪すぎ」
やがて一行はバハルス帝国帝都アーウィンタールに到着する。
「……うーん。悔しいがリ・エスティーゼより活気がありやがる」
「……ガガーラン、もう帝国は敵ではないのよ。発言は気を付けなくては」
ラキュースがリーダーらしく嗜める。普段ならガガーランに嫌味のひとつでも言いそうなイビルアイはまだブツブツ呟いていた。どうやらまだ立ち直れていないようだ。
「……さて。わしらは姫さんに会いに行くが、お主たちはどうする?」
「……私たちは聖ナザリック教会の大司教様と打ち合わせがありまして。ここで別れましょう」
モモンの言葉で蒼の薔薇と深紅と漆黒は別れた。
◆
「これはアインズ様。お出迎えせずに申し訳ございません」
今回、聖ナザリック大教会大司教の役を担うアルベドが平伏する。随員の
「よい。面を上げよ。此度はご苦労。ところで、ナザリックの守備は?」
「はい。第一階層にコキュートスを置き、全てはデミウルゴスに任せてあります。また、いざというときにはバンドラズ・アクターとルベドも動かすように手配してございます」
「うむ。申し分無い対応だ。良くやった」
アルベドがこれ見よがしにシャルティアに微笑む。しかしシャルティアは動じない。
「……さすがは守護者統括でありんすな。アルベドがいなければアインズ様の漆黒というアンダーカバーは不可能であったでありんしょう。それにひきかえ私はあまりお役に立てなかったでありんす」
シャルティアは大袈裟にため息をつくとアインズの様子を探る。
「……シャルティア。そんなことはない。お前がいてこその“深紅と漆黒”なのだ。感謝しているぞ」
シャルティアは潤んだ瞳でアインズを見つめる。視界の端に
「──おやー? シャルティアもいたんだ。……あっ……アインズ様!」
「あ、アインズ様。ぼ、僕たちも、あの、今来たところです」
アインズとシャルティアが振り返ると双子のダークエルフの姿があった。アウラの後ろには隠れるように銀と黒の髪の少女がいる。
少女はシャルティアとアインズの姿を認めて泣きそうな顔になる。スレイン法国の崩壊時にこの二人の強さはまざまざと見せつけられた。明らかに彼らも神人に違いない。それにあの頃とは違いナザリックの規格外な強さを骨身に沁みて知っている。それに何よりも今ではアウラ様の子供を産むという宿願が彼女にはあった。
「──コホン。アウラのことは頼んだでありんす。私とアウラは姉妹のようなものでありんすから」
シャルティアがわざとらしくウインクしてみせる。
「──ちょ、何言ってるのさ? シャル──」
「──ありがとうございます。頑張ります。そして必ずアウラ様の子供を身籠ってみせます!」
「──あたしは女だって!」
アインズは破顔する。シャルティアも、アルベドも、プレアデスも、マーレも楽しそうに笑う。困りきった表情だったアウラですらつられて笑い出した。
──今日はとても素晴しい一日になりそうだ。アインズは思った。
◆
皇城の謁見の間には二人の新郎と二人の新婦が並ぶ。しかしこれは二組の結婚式ではない。バハルス帝国皇帝ジルクニフとリ・エスティーゼ王国王女ラナーの結婚式だ。ジルクニフはラナーと婚姻すると同時に愛妾であり参謀のロクシーとも婚姻し、ラナーも同様にジルクニフと婚姻すると同時にクライムとも婚姻する。
「──ナザリックでは神様も四十一人いらっしゃいますから」
大司教アルベドは慈母の如き微笑みで四人を祝福する。そして、神々の名前アインズ・ウール・ゴウンの御名を崇めるよう、祈りの言葉を捧げる。
アインズ・ウール・ゴウン神を信仰する聖ナザリック教会は今では主流の宗教となり、大勢の信徒を抱えるものとなっていた。そこには従来の神殿勢力が禁止していた無料での治癒魔法を解禁したことが大きい。人びとは水を求める魚のように、聖ナザリック教会の庇護を求めた。そして教会は人間や異形種の隔たり無く、平等に受け入れたのである。
今やアインズの宿願であったアインズ・ウール・ゴウンの名前を永遠のものにする──という願いは現実のものになった。
◆
皇城のバルコニーに四人の新郎新婦が姿を現す。黄金に輝く髪の花嫁がブーケを振ってみせた。
花嫁が後ろ向きになり、空高くブーケを投げる。
シャルティアは空に向かい手を伸ばす。
──ああ。もしかしたら、星に手が届く。そうしたら……私は……
◆epilogue
「凄いね! マーレ! やったね!」
ラナーが投げたブーケは非情にもシャルティアの指を掠めてマーレの胸に落ちた。
「ぼ、僕が次のは、花嫁……」
興奮したアウラにくしゃくしゃにされるマーレをボンヤリ眺めながらシャルティアは後悔していた。
──あと数ミリの差。こんなことならば、昨夜爪の手入れをするのではなかった……
Fin