ノアは犠牲になったのだ……。
今日じゃないとき、ここじゃない場所。ルータスとラッテという子供がいました。
ラッテはネズミの男の子で、ルータスはラッテからもらった耳のついた帽子をかぶった人間の男の子。
二人は赤ちゃんの時からの友達で、とっても仲良し。今日も二人でおもちゃの剣を振り回し、遊んでいました。
「われこそはせかい一の戦士ライオネル! じゃあくなれんきんじゅちゅしめ! かくごちゅ!」
「ぐわー! おのれ戦士ライオネル またしてもじゃまをするか!」
「くらえ! 正義はかならず勝つちゅ!」
「や、やられたー……!」
「とどめだ!」バシッ
「イタッ! …もうさっきからラッテ君ばっかライオネルやってずるいよ!」
「ずるくないちゅ ルータス君もいいよって言ったちゅ」
「やだ! 僕れんきんじゅつしやりたくない!」
「なんでちゅそれ ずるいちゅ!」
「ずるくないよ!」
「なんでちゅっ ぢゅーっ!」
「イテッ! やったなっ このっ! このっ!」
喧嘩をすることもあるけど、二人はとっても仲良しでした。
この日は喧嘩してるところをそれぞれのお母さんに見つかって、一緒に怒られました。
次の日も二人は一緒に遊んで、今度は泥だらけになってお母さんに怒られました。
その次の日も、次の次の日も二人はいつも一緒。仲良く遊んでいました。
それから数年経ち。あるとき、二人のいる村に錬金術師とその一行がやってきました。一人の錬金術師を守るように、機械やドラゴンや弓使い達がその周りを囲んでいました。隊列を乱すことなく行進する様は、二人の子供の目にはとても格好良く見えました。
「……わぁ」
「かっけえチュ! なあルータス見たかチュあれ!」
「うん……! カッコいいねぇ!」
「きっと本物のツワモノってやつでチュ! 絵本に書いてあった通りでチュ!」
「凄いねぇ……、ラッテ君。僕たちもあんな風に成れるかな……?
「何いってんでチュ! 成れるに決まってんでチュ!」
「……うん! じゃあ、もっと頑張ろうね!」
「そうでチュ! これを見終わったら今日も特訓でチュ!」
「絶対なろうね! 戦士ライオネルみたいな! 本物のツワモノに!」
「もちろんでチュ! 二人でなるっチュ! 約束っチュ!」
「うん! 二人で! 約束!」
それからさらに数年が経ち。でも相変わらずお母さんには怒られてる頃、二人は騎士団に入りにお城まで行きました。道中危ない動物に襲われたり、橋から落ちそうになったけど、二人で助け合って乗り越えてきました。
騎士団への入隊には実技試験と筆記試験がありました。日ごろの特訓のおかげで実技試験は二人とも余裕で合格。でも筆記試験はラッテがルータスよりも低い点数を取ってしまいました。ラッテはぎりぎり合格。何とか入隊はしたものの、二人は別々の隊に分かれてしまいました。
それでも二人は、暇を見つけては一緒に訓練していました。
そんなある日のこと。二人は詰所から少し離れた丘で寝転がっていました。
「……なーんか、騎士団って思ってたのと違うっちゅねー」
「そうだねー。害獣駆除が仕事とは思ってもみなかったよ」
「ルータスはまだいいっちゅ。こっちは街道整備とか川の拡張とか、普請ばっかりでちゅ……」
「いやまあ…。でもなんかドラゴンとかがさ、襲ってくるのを撃退! とかってのはないよね」
「ないちゅねー…。来ればこのラッテ様がパパッとぶっ倒してくれるんでちゅけど…!」
「ラッテじゃ無理だよ。このルータス様が一瞬で片づけるからね」
「ルータスこそ無理でちゅ…。まあ何も来ないでちゅが……」
「そうだねー…」
「平和でちゅー…」
「平和だねー…
身体は大きくなっても中身はまだまだ子供。二人の中には、幼いころ夢見た英雄がずっと残っていた。
「はあー…」
「ちゅぅ……」
「ちょいと。ちょいとアンタ達」
「っちゅ! なんでちゅ婆さん。驚かさないで欲しいでちゅ!」
「あんたら、さっきドラゴンがどうのとか話してなかったかい?」
「ええまあ、それで何かご用ですか?」
「ドラゴンを倒すとか、言ってたねえ?」
ルータスが肯定したにも関わらず、その後も執拗に二人の会話の内容、ドラゴンについて尋ねてくる老婆に気の短いラッテがしびれを切らしてきた。徐々に口調に棘を含んできたラッテ。
「なんでちゅ。変な婆さんでちゅ……。うざいからどっか行けちゅ」
「イヒヒヒヒ……」
「まあまあラッテ……。お婆さん、どうかしましたか?道にまよいましたか?おうちは分かりますか?」
ルータスは、ぼけ老人うぜえと考えているラッテと対照的に、何度も同じ質問を繰り返してくる老婆に辟易することもなかった。むしろ、現代社会のいびつな構造が生み出した孤独な老人を憐れみ、このボケていると思われる老婆を穏便に家族か施設のもとに返そうと、質問の意図や住所を聞き出そうとしていた。もちろん感情を刺激せずに。
気の短いラッテがついに大声で怒鳴りそうになったころ、唐突に老婆が高音の、不快な笑い声を発した。
痴呆老人のような態度から、キチガイへ。あまりにも突然な変容に、ラッテも「このババアヤバくね?」と感じ、苛立よりも警戒が先に立った。キチガイからは距離をとるのが基本だというのが、キチガイ以外が持つ常識である。
同じ質問を繰り返しの中に何の面白さを老婆が見出したのか、二人の若者は全く理解できなかった。
「なになに。ドラゴンを倒して英雄になりたい若者に、このババが手助けしてやろうとおもってねぇ。イヒヒヒヒ!」
「ちゅぅ……」
ラッテは適当な理由をついてこの場を離れたかった。こんな意味不明な婆さんに時間を費やすくらいなら鼻くそのしょっぱさについて考えるほうがよっぽど有意義だからだ。そんなラッテの心情をしってか知らずかルータスは会話を続ける。
「手助けですか? いったい何でしょう」
「坊やは優しいねぇ。手助けってのはこれさ」
老婆は楽しげに微笑みながら、懐から一本のビンを取り出した。ビンの中には青色の液体が揺らいでいる。
「……お婆さん、それは何ですか?」
「イヒヒヒ! これかい。これは強さそのものさ」
「つよさ……ちゅ?」
強さ、という単語に思わずラッテが反応した。
「そうさ。この魔法の薬を一口飲めば目は千里を見通し、耳はあらゆる声を聴くだろう。ふた口飲めば、そのかいなは山を動かし、足はどんな谷も一足で飛び越し、雄叫びは全てを従えるだろう。もし飲み干せば世界を手に入れられるだろう。イィッヒヒヒヒヒ!……飲むかい?」
とんでもなく怪しかった。青い液体もそうだが、老婆の語る内容があまりにも胡散臭すぎた。
今度はルータスが警戒する番だった。しかし、ラッテは違った。老婆の話した内容をすべて信じたわけではないだろうが、興味を持っているのは明らかだった。その証拠に、先ほどまでだるそうに垂れていたしっぽは落ち着きなく揺れてる。
「ババア。それは本当の話ちゅ?」
「本当さぁ。このババ、うそはつかないよ。それで、飲むのかい?飲まないのかい?」
「飲むちゅ」
即答だった。
毒じゃないのかとか、賞味期限は大丈夫なのかとか、何味なのかとは考えなかった。イチゴ味だったらいいなと思ったくらいだ。
「まってよラッテ、本気? 怪しいし、それになんだか怪しいよ」ルータスは大事なことを二回言った。
「ヒヒヒ。本気かい?」
「二度も言わせるなちゅ。……ルータス安心するチュ。このババア、よく見ると徳の高そうな顔をしてるちゅ。こんな顔をしたババアが嘘をつくはずがないちゅ」
熱い手のひら返しにルータスは何も言えなかった。呆れたのもあるが、それよりもラッテの意志を感じとったからだ。
「ルータスも飲むちゅ? 二人で分けるちゅ」
二人はどんな時でも一緒。友達でライバル。一緒にご飯を食べ、一緒に駆け回り、一緒に怒られ、一緒に眠る。だから怪しい薬を飲むのも一緒。友達なら当然だろう? ラッテとルータスはズットモだょ。だがラッテのその言葉とは裏腹に、独り占めしたい気持ちが多分にあった。打算は賭けだった。ラッテは賭けに勝ちたかった。ルータスはきっと薬を飲まないという打算があった。ルータスには遠慮してほしかった。そしてその気持ちに対し、思いがけないところから援護が入る。
「分けるのは駄目じゃ。どっちか一人しか飲めんよ」
「ルータス……」
「僕は、よしとくよ。それにラッテは飲みたいんでしょ?」
「すまんちゅ。次、機会があったらルータスに譲るちゅ」
ラッテは安堵と罪悪感を覚えた。それは推測通りにルータスが遠慮したためであったし、一瞬でも友が、自分の財宝を狙う盗賊のように思えてしまったためであった。手に入れてないのみ、薬はすでにラッテの物だった。もしルータスが自分も薬を飲みたいと言ってきたら、自分はどうしただろうか。きっと、怒りに似た感情を覚えたに違いない。だから、次は譲るという言葉を重ねた。次があるのかという疑問は考えないことにして。
「そっちのちっこいのが飲むんだね。よし、じゃあグイっと行くんだよ」
老婆が薬を差し出し、ラッテは受け取った。そのとき老婆の手とラッテの手が触れあったが別にときめかなかったし、目と目が合う瞬間好きだと気づくこともなかった。どちらかというとラッテは年下好きなのだ。干支が5周する勢いの年齢差はぶっちぎりで守備範囲外なのだ。そしてさっと手を引いた。
ラッテはビンの蓋を開け、なんとなく匂いを嗅いでみる。ついでにルータスも嗅いでみた。
「エ”ン”ッ」
「けへぇっ! くっせ! これめっちゃくせっ! ぱっねくせぇ!」
「イヒヒヒヒヒ!」
【ifルート】
刺激。ルータスはせき込みながら普段の丁寧口調も忘れ、くっせくっせおえっと連呼している。ぺぇーっぺっぺと、時折つばも吐いている。手で煽ぐようにして嗅いだルータスでさえこれであった。ビンの口に鼻を近づけて嗅いだラッテはと言えば、鼻から鼻水、目から目水を出してうずくまり、震えながらこの世の地獄に堪えていた。いや堪えきれていなかった。よく見ると失神している。堪えるように震えていたのは痙攣がそう見えているだけだった。びくんびくん。
ババアはと言えば、揮発したそれが風にのって届く前にマスクをしていた。もちろん立体の奴だ。経験の技が光る。
ややもして、ラッテがババアへの殺意を携えて起き上がる。
ビンの中身は見事にこぼれており、一滴も残っていなかった。仮に残っていても飲む気は起きなかっただろう。
「このばばあ、ぶっころしてやる」
「落ち着いてラッテ!」
少し離れたところで爆笑しているババアに掴みかかろうとしているラッテと必死に抑えているルータス。体格差ではルータスが上回っているが、ラッテの強い気持ちを抑えるには少々足りないようだ。小さい体のどこにこんな力があるのかとルータスは驚いた。いつもの口癖を忘れていることにも驚いた。さっき自分の口調が崩壊したことはなかった事実である。
ラッテとルータスは老婆を追いかけたが、老人にあるまじき健脚で走る老婆にはついぞ追いつけなかった。
「ハアッ、ハアッ……あのお婆さん走るの早いね、ラッテ」
「早すぎてっ、ハアッ、足がぶれてるっちゅっ、ハアッ」
ラッテは薬を失ったことにどこかほっとしていた。何故かは分からないが、これでよかった気がしていた。薬は失ったのだが、別の何だか大切なものは失わなかった気がしていた。
そうだ。強さとは努力して得るものだ。薬に頼ろうとするのが間違っているのだ。あのババアはそれを教えてくれたのだろう。ありがとうババア、そしてくたばれ。
それからというもの、二人はいつものように仲良く切磋琢磨し、ラッテも楽して強くなろうとは考えなくなりました。時を重ね、経験を積み、二人はそれぞれの隊の隊長に昇任しました。そして、生きる伝説キャプテン・ライオネルほどとは行かないまでも、それぞれ名うての戦士となり、やがて奥さんを見つけ、時には困難にぶつかりながらも助け合い、励まし合い、間違った道に進もうとすれば懸命に諭し、幸福に暮らしていきました。そして、お互いの子供たちが大人になり、なんやかんやで結婚し、ラッテとルータスは友達であり家族になりました。
二人は仲良しであり、それはいつか訪れる終わりまで変わりませんでした。
めでたしめでたし。
【trueルート】
刺激。ルータスはせき込みながら普段の丁寧口調も忘れ、くっせくっせおえっと連呼している。ぺぇーっぺっぺと、時折つばも吐いている。手で煽ぐようにして嗅いだルータスでさえこれであった。ビンの口に鼻を近づけて嗅いだラッテはと言えば、鼻から鼻水、耳から耳水、目から目水を出してうずくまり、震えながらこの世の地獄に堪えていた。いや堪えきれていなかった。よく見ると失神している。堪えるように震えていたのは痙攣がそう見えているだけだった。びくんびくん。
ビンの中身が無事なのは偏に強さへの執着故か。
ババアはと言えば、揮発したそれが風にのって届く前にマスクをしていた。もちろん立体の奴だ。経験の技が光る。
ややもして、ラッテがババアへの殺意を携えて起き上がる。
「ラッテ、大丈夫かい?」
「だいじょうぶ、ぶちころしてやるよ」
ルータスの心配に対し、いつもの口癖も忘れて答える。ついでに微妙に返事になっていなかった。
「グイっと行けと言ったじゃないか。人の忠告は聞くものじゃ。イヒヒヒヒ」
忠告を聞けというが、老婆は匂いを嗅いではいけないとは言わなかった。
猛る殺意と老婆を努めて無視し、ラッテは薬を飲むことにした。幸いにして鼻は馬鹿になっているので何も問題ない。
だが、いざ飲もうとする段階でラッテはふと、ためらった。
なんとなく引き返せなくなるような気がしたのだ。どこに引き返すのかは分からなかったが。
ラッテの中で、もはや薬は本物だった。薬を受け取った瞬間から、老婆の言った効果も真実であると直感している。だからこそ、なぜ躊躇うのか自分でも分からなかった。
ルータスが心配そうにこちらを伺っている。ちなみにルータスは、こいつ立ったまま失神してんじゃね、とか思っていた。
ラッテは考える。自分はそんなに強くなれないと。それは確信に近かった。
小さい体、細い体躯、家族みんなそうだ。剣での戦いは、昔はルータスに勝ち越していたが、今は互角どころかルータスに圧されている。置いて行かれる。きっと自分はもうこれ以上肉体的に強くなれない。技術は身につけられたとしても本当に強い戦士にはきっと敵わない。自覚している。そんな才能もない。それに引き換えルータスはメキメキと力をつけている。背丈だってもう自分より大きい。どこか驕りがある自分と違い、修行にも謙虚でまじめだ。ラッテはルータスの真似はできない。だって小物だから。騎士団だって、試験の時は同世代に比べて頭一つ分抜けていたけど、所詮は同期の中だけで先輩騎士には勝てた試しがない。実はもう、同期にちらほら負けてきている。努力しているのはみんな同じだからだ。そうだみんな同じく努力しているのだ。なのに自分は、どうして。
だからこれは仕方がないんだ。伸びしろの無い自分は、ありとあらゆる手を尽くすしかない。これはズルじゃない。貪欲に強さを求めているだけだ。薬を使っても弛まず努力する。それでいいじゃないか。努力から逃げてる訳じゃない、清濁併せて呑み込むのも器ってやつじゃないのか。そうだ。仕方ないんだ。だって、置いて行かれるよりましだろ……。
ラッテは言い訳していた。支離滅裂だった。自分を納得させるためにに友を、同期を、才能を理由にして、楽な道に逃げるわけじゃないと自分に言い聞かせていた。
ルータスは変わらず心配そうにラッテを見ていたが、ラッテは顧みなかった。
そしてラッテは薬を飲んだ。
「ちゅっ、うぐっ……」
「ラッテ!ラッテ!大丈夫!?」
「イィイイイイイイイイイヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ。飲んだ!飲んだ!飲んだ! 飲んだ!飲んだ!飲んだ!」
ラッテは草の上に倒れこんだ。そして先ほど匂いを嗅いで倒れた時とは違った様子で震え始めた。丸く蹲り、顔は苦痛に歪み、噛みしめた歯の間から苦悶のうめきがこぼれていた。
ルータスは堪らずといった様子で老婆に掴みかかった。日ごろ心がけている真面目な姿勢を金繰り捨て、老婆に詰め寄る。
解毒剤を寄越せ。もしラッテが死んだらお前を殺す、と。
ルータスの中であの液体はやはり毒だった。そして悔いる。何故自分はルータスを止めなかったのか。無理やりにでも止めればよかったのだ。実は、あれを嗅いだ時からルータスの思考にはもやがかかっていた。まるで邪魔者をどかすように。
狂ったように笑う老婆を荒荒しく突き飛ばして転倒させ、ルータスはロッテに近寄る。意味がないとは分かっていても、膝をつきラッテの背中をさする。しかしラッテの痙攣は止まらず、それどころか益々激しくなり、口端からは泡を吹いていた。目じりに涙を湛え、ルータスは毒物を吐き出させることを決意する。
口を下に、胃を上にして、何度か腹部を押す。この方法が正しいのか分からなかったが、事態は刻一刻を争う。何度も何度も押す。毒が出ていきますように。神様助けて!僕の友達を助けて!
ついにラッテの息が止まった。ルータスは再び老婆に詰め寄る。
「ババア!!!!僕は言ったな!ラッテが死んだらお前を殺すって! 嘘じゃないぞ!本当に殺す!嫌ならラッテを助ける方法を言え!」
ルータスは鬼のような形相で倒れていた老婆の首をつかみ、空中に持ち上げた。老婆が助ける方法を知っているかどうかは関係ない。知っていなければならなかった。そうでなければ友達が死んでしまうから。
そしてラッテは一際大きく震えた後、ぴたりと静かになった。
死んだ。
ルータスは涙をそのままにラッテに近寄り、その亡骸を抱き寄せた。なんで。どうして。さっきまで隣にいて楽しく話していた友達が。さっきまで他愛もない話で笑い合っていた友達が。どうしてこんなことになってしまったのか。
「ヒヒヒッ。大丈夫。死にやしないよ。そのガキもじきに起き上がるさ」
首元を抑え、地面に座り込んだ老婆が出会った当初からのニヤケ面とかん高い声で話しかけてきた。もはや何もかもがルータスの怒りに触れる。ルータスは剣を抜き放ち老婆に近寄る。有言実行のためだ。都合のいいことに老婆は動こうとしない。短時間に起こった出来事に感情が振り切れたルータスは思う。ありがたい。追う手間が省けた。
その時だった。すでに死体になったはずのラッテの死体に変化が起こる。
だらんと力の抜けた身体がひとりでに浮かび上がり、光を放ち始めた。光はラッテの体中を覆い、数瞬のうちに膨らみ大きく輝いた。
光が収まると、そこには背高く、筋骨逞しく変化したラッテの姿があった。
「ラッテ!……ラッテ! よかった、よかったよぉ……!」
ルータスは安堵から涙を流したが、ラッテはそれに一瞥もくれなかった。ただ己の変化を観察しているようだ。
「イヒヒヒッ。言ったじゃろ死にはしないと。どうやら賢者の石は馴染んだようじゃな」
「ラッテ、体は大丈夫かい……?痛むところはない?」
「……」
「イヒヒヒ。ガキ、お前さんに予言を残しておくよ。今から1年後、氷に閉ざされた南の大地より龍が来る。お前さんはその力を使って龍を退治しな。よかったねえ。これで夢が叶うねえ」
意外!賢者の石は刺激臭がする!
ラッテは無言のまま老婆を眺めている。今の友達が何を考えているのか、ルータスには分からなかった。
無言のラッテ、睨むルータスをそのままに老婆は言葉を続ける。
「でも気を付けなよ。お前さんが得た力にも限りがある。あまり使いすぎると龍が来る前に枯れちまうからゆめゆめ気を付ける事だね。イヒヒヒヒッ」
「ちゅう告、覚えておくっちゅ」
「そうするがええ、そうするがええ。イヒヒヒヒヒ」
それだけ告げると老婆は消えた。現れた時と同じように唐突だった。おそらく、人以外のなにかだったのだろう。
「ラッテ、本当に大丈夫かい?」
「なんともないっちゅ。むしろいつもより調子がいいくらいっちゅ。めっちゃ身体が軽いっちゅ、それに色々なことができそうっちゅ。ちょっと見ててくれっちゅ」
言い終わるや否や、ラッテは近くの木に近寄り、抱えるように手を回した。2mを超す巨躯になったラッテが腕を伸ばしても半分も抱えられない巨木であったが、力を籠めると腕の添えてあるところに沿って木がへこんでいった。或る程度めりこんだ事を確認したのち、ラッテはこともなげに巨木を引き抜いた。根っこが未だ地面と繋がっていたが、巨木を振り回すことですべて抜くかもしくは引きちぎった。ある程度根っこがまとまると、巨木を頭の上に掲げ、クワガタムシが挟み込むように腕を交差させた。腕が通過したところは無残にえぐられていた。
ラッテは無造作に巨木を投げ捨てた。
「どうっちゅルータス! この力! もやは無敵っちゅ!」
「す、凄いねラッテ! ……でも樹がかわいそうだよ。こんなことしちゃ駄目だよ」
「なんっちゅか、そんなことはどうでもいいっちゅ。それよりもこの力があれば何でもできるっちゅ!」
ラッテは楽しい気分に水を差された気がした。友であれば自分のこの変化を喜んでくれるものとばかりに思っていたが、実際は称賛はそこそこに、言うに事を欠いて樹がかわいそう、だ。いや、もうそんなことはどうでもいい。この万能感。今までの弱い自分は偽物だったのだ。これこそ自分なのだ。
ラッテは正しく力に酔っていた。
それからルータスに告げた。
「暫く一人にしてほしいっちゅ。自分の力がどこまでできるのか試してみたいっちゅ。でもルータスが近くにいると怪我をさせてしまうかもしれないちゅ。また明日会うちゅ」
露骨なまでに遠ざけようとしていた。きっと、ルータスが称賛の言葉だけを口にしていたらまた違ったのだろう。
現実は違った。
そして二人は別れた。今までも二人別々に変えることは幾度もあった。しかし今日の別れは、決定的に何かが違っていた。だがそれを感じていたのはルータスだけだで、ラッテは別れよりも己の変化にしか興味がなかった。友を見送るとさっさと反対の方向に向かって歩き出した。振り向いたのはルータスだけで、ラッテは決して顧みなかった。
次の日には酷く荒らされた大地と、己の力を悪戯に確かめるためだけに傷つけられた木々だけが残った。
森の動物は住処を失い、川は濁り、草花は吹き飛ばされた。それを行ったものは顧みもしなかった。
ただひたすら楽しそうに笑っていた。あの老婆のように。飽きずに、ずっと……。
続く