とある海賊の奇妙な冒険記   作:カンさん

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命の灯火

「分からん……分からんのうジョジョ! 何故お前がこいつらの為に戦う!」

「なに……?」

 

 マルコと共に戦っているジョジョの耳に、赤犬の叫び声が入る。

 

「貴様は誰かに従う男じゃあない! 例え四皇でも噛み付く狂犬じゃろう!」

「――何が言いたい」

「家族ごっこをしているアホ共に飲まれたのか――そう聞いとるんじゃ!」

 

 赤犬は吠える。ジョットを認めているが故に、ロジャーに負けて海にのさばっている敗北者に頭を垂れているかのようなその光景に我慢ならなかったのだ。

 彼の激情に反応するかのように、赤犬のマグマが煮え滾る。

 

「テメエ……!」

「貴様もじゃ不死鳥マルコ。それほどの力がありながら、何故あの時代の敗北者に従う?」

「お前には分からねぇさ、赤犬」

 

 激昂しかけるマルコを制して、ジョジョが前に出る。

 赤犬の煽りを受けて妙に静かだ。

 彼は真っすぐと赤犬を見据えて答えた。

 

「なんじゃと?」

「白ひげの爺さんにとって、そしてこいつらにとって“家族”は大切な宝なんだ」

「宝じゃと?」

「ああ。こいつらは海賊だ。自由に生きる海賊だ。だが、その胸には常に大切な物を持っていて……そして、そのためだったら世界とだって戦える。唯一存在する不可侵のルールだ。

 だから、その宝に手を出したお前たちは此処で負ける」

「わしらが負けるじゃと……!」

 

 聞き捨てらないと赤犬はジョットに殴りかかった。

 その腕は過去最高に巨大なマグマの奔流。当たれば並みの覇気使いであれば巻き込まれ、不死鳥の力を持つマルコといえどただでは済まない。

 

「わしら海軍が悪である貴様らに負ける筈がなかろうがっ!!」

「ジョット!」

 

 マルコがジョットの名を叫ぶが、彼は退かなかった。

 それどころか前へと出て――。

 

「――だからテメエは分からねえのさ」

「ぐ……!?」

 

 そのまま赤犬の腕を消し飛ばした。

 なけなしのオーラを纏い、限界まで高めたジョットの覇気が赤犬のマグマを打ち破った。

 激痛に赤犬が膝を着き、拳を振り抜いた状態から堂々と仁王立ちするジョジョを下から睨みつけた。

 

「大切な物を守る奴は強い――オレでも知っているぜ?」

「っ……ジョジョォ……!」

 

 ジョットは、処刑台へと視線を向け――自分たちが勝ったその瞬間を目にした。

 そして――。

 

(……早まるなよ、爺さん)

 

 戦争前からこびり付く嫌な予感に不安を感じていた。

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

「旦那ァ! あいつら通しても良かったんですか! 特にあのメアリーとか言うイカれた女は――」

 

 皮製のギプスを顔に装着した男が船上で喚いた。

 彼は顔を腫れさせ、体中ボロボロだった。随分と痛めつけられたようで不満を顕にしている。マリンフォードに向かって行く船を睨み付けながら、グルルルルと唸る。元々小心者かつ傲慢な性格だからか、敵対していたとある海賊に良いようにしてやられた事が気に食わなかったのだろう。

 見た目が良いから「おれの女にしてやる」と言ったところ……元々彼に向ける絶対零度の視線がさらに冷たくなり、それ以降ボコボコにされた。

 故に、さっさと追いかけて船を沈めようと申し出る。しかし……。

 

「黙れ、耳障りだ」

 

 それに対して、この船で最も立場の高い男は視線を送る事無く切って捨てた。肩に乗った鳩が「クルッポー」と鳴き、喚いていた男は口を両手で抑えた。

 

「それに、今更行って何ができると言うんだ」

 

 肩に鳩を乗せた男は、必死になって死地に向かおうとする男を思い浮かべる。

 戦闘の際に負った手に持った武器の一撃は、鉄塊を使っても尚重い一撃だった。男にとっては理解できない感情だが……それもまた強さの一つなのだろうと、視線を戻す。

 

「おれ達の仕事は終わりだ。後は海軍に任せる」

「なんじゃ? 本当にわしらは行かんのか?」

 

 男の決定に、鼻の長い男が再度尋ねる。

 すると、肩に鳩を乗せた男は言葉少なく答えた。

 

「任務の範疇から外れるからな――行くぞ」

 

 その言葉を最後に、白ひげ海賊団と海軍の戦争が始まる前から行われた抗争は幕を閉じた。

 

 

 

「おつる中将!」

「ん? どうしたんだい?」

 

 混乱する戦場の最中、つるの元に一人の海兵が慌てた表情を浮かべて駆け寄った。

 センゴクが前に出ている以上、彼女に報告をするのが最適だと判断したのだろう。

 つるは、海兵からの報告に眉を顰めて呟いた。

 

「空飛ぶ船……だって?」

 

 報告を聞いた彼女の脳裏には一つの海賊団の存在が浮かび上がっていた。

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

 “――必ず兄貴、救ってこいやァアアッ!!”

 “――行ってこい、ルフィ!”

 

 友の手を借り、背を押され――。

 

 “――野郎ども! 麦わらのルフィを全力で援護しろォ!!”

 

 その想いに、応えろと伝説が叫び――。

 

 “――やっぱり凄いやルフィさん……”

 “――兄を救いたいのなら、わしを殺していけ麦わらのルフィ!”

 

 立ち塞がる友と祖父を振り切り、辿り着くのは――。

 

「来たぞ、エースッ!」

「お前っていう奴は、本当に……!」

 

 今はたった一人の兄の元。様々な想いを託された彼は、見事――それに応えてみせた。

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

(良い物を見れた……)

 

 爆炎の中に現れる炎のトンネルから現れるエースとルフィ。

 白ひげ傘下の海賊たちは喜び上がり、インペルダウンからルフィに力を貸してきた囚人たちは奇跡を前に驚きを顕にする。

 解放されたエースはルフィと共に暴れ回り、彼らの逃げ道を作ろうと仲間たちが動く。

 その光景を見た白ひげは穏やかな表情を浮かべていた。

 センゴクとゼファーとの死闘で頭から血を流し、そして戦闘以外の理由で息を切らしていた。

 白ひげは、胸を抑えていた。

 

(ジョットがしてくれた“繋ぎ”も、そろそろ切れる頃か……)

 

 もう少し持ってくれと限界が来た肉体に鞭を打ちながら、白ひげは広範囲に地震の力を使って本日何度目かの能力を使った。

 突然の動きの変化に、センゴクとゼファーは眉を顰める。

 やはり付き合いが長いからか、白ひげの考えを読み取り始めたのだろう。だが、その前に――白ひげは愛する息子たちに伝えた。

 

 最期の船長命令を。

 

「――聞けェええ! 白ひげ海賊団!」

 

 突然叫ぶ白ひげに、戦場に居る者たちの視線が集まり……そして嫌な予感がした。

 目立った傷は無い。しかし、荒々しく息を切らして胸を押さえている。それがどういう意味を持つのか、知らない息子たちではない。

 ジョットもまた、少しだけ戻った能力で白ひげを見て――険しい表情を浮かべた。

 

「オヤジ……?」

「爺さん、やはり……!」

 

 覚悟を決めた白ひげは言った。

 息子たちとの決別の言葉を。

 

「お前らとおれはここで別れる! 全員必ず生きて――無事新世界へ帰還しろ!」

 

 白ひげは――初めから此処を己の死に場所と決めていた。

 残り少ない寿命。それを息子たちの為に使うのなら、本望だと思っていた。

 そしてそれは、かつて救う事ができなかった忘れ形見であるジョットと出会い、スクアードたち息子が自分を信じて前を進む姿を見て――一層強くなった。

 自分は時代の残党だ。この時代にケリを着け、次世代の命に繋ぐ事が――運命なのだとそう思っていた。

 

「イヤだ……オヤッさん!!」

「待ってくれよオヤジ! おれはアンタとまだ一緒に居てえよ!」

 

 息子たちの叫びが聞こえる。

 

「オヤッさん! おれァ、アンタに死んで欲しくてあんな事を言ったんじゃねぇぞ!」

 

 スクアードが泣き叫ぶ。

 

「オヤジィ!!」

 

 エースが叫ぶ。

 

 それを、白ひげは――。

 

「行けェ! 野郎共ォ!!」

 

 大気を殴りつけて、振り切った。

 要塞に罅が入り、町が次々と崩れていく。元々この戦争で随分と傷ついていた事もあり、マリンフォードは限界寸前だった。そこを白ひげの能力が刺激し、地面が断裂していく。

 

「あらら……これは流石に不味いな」

「おォ~……流石は白ひげ。化け物染みているねェ~……」

 

 青雉と黄猿は、マリンフォードを本気で潰す気の白ひげを見て駆ける。

 センゴクとゼファーを前にしても尚暴れるあの化け物を止めるために、

 

「“八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)”」

「“アイス(ブロック)――両棘矛(パルチザン)!”」

 

 光の弾丸が、氷の矛が白ひげに突き立てられる。

 

「“スマッシュ・ボンバー!”」

 

 さらにゼファーのバトルスマッシャーが火を吹き、白ひげに直撃する。

 しかし、白ひげは尚も立ち塞がり吠えた。

 

「ぐっ……ぬあああああああ!!」

 

 黄猿、青雉、ゼファーを吹き飛ばし、地震の力がマリンフォードにどんどん罅を入れていく。

決して振り返らず、暴れるその姿に息子たちは泣き崩れた。

 しかし、一人、また一人と立ち上がって駆けていく。

 

「エース! 行こう、おっさんの覚悟が……!」

「……分かっている!」

 

 ルフィの呼び掛けにエースは答えると、その場で膝を着き――頭を下げた。

 薙刀を振るい続け、海軍を蹴散らしながら白ひげは一言だけ言う。

 

「――おれが親父で良かったか?」

「――もちろんだ!」

「……グラララ」

 

 それだけ聞けて満足なのか、白ひげは笑うと――再びその力を振るった。

 エースも踵を返し、ルフィ達ともにこの場を去る。

 海軍は、逃げるエースとルフィを追おうとするも……しかし白ひげが暴れて立ち塞がる。

 彼らを追うには、白ひげが邪魔だ。しかし、彼を乗り越えるにはあまりにも壁が高かった。

 

「――爺さん」

「ジョットか……お前もさっさと――」

 

 ジョットは、白ひげの言葉を全て聞く事無く地面を殴りつけた。

 すると、罅はやがて穴となり、その面積を大きくさせ――海兵たちが容易に海賊たちを追えない程の深い大穴ができた。

 それによって白ひげとジョットは海軍の前で完全に孤立した。大穴の向こうには白ひげ海賊団たちが見ており、目には涙を浮かべている。まるで、この穴がなければすぐにでも白ひげの元へと駆け付けそうな程に。

 

「こうでもしないと、あいつらは止まらねぇだろうからな」

「……ふん。礼は言わねえぞ? それよりもさっさと――」

「――オレはっ! アンタの息子でも、部下でもない! ……だから、アンタの命令に従う義理もない……!」

 

 それ以上は言わせないとジョットは叫んだ。

 彼はエースを助けると同時に――死ぬつもりの白ひげの運命も変えようとしていた。

 僅か数日の時間だったが、ジョットが白ひげの事を気に入るのには十分な時間だった。そして、その覚悟も察した。

 だが、ジョットはそれを認める事ができなかった。

 

「アンタらはオレに言ったよな。死ぬなと。死なせる訳にはいかねえと――それはオレも同じだ!

 時代の残党だとか知らねえが、アイツらはアンタが必要で……!

 それに言っていたじゃねえか! アンタ、この戦争の後、オレの母親の事を――」

「――もう良い。ありがとうな、ジョット」

 

 しかし、突如頭に感じる重みにジョットは言葉に詰まった。

 帽子越しに感じるそれは、かつての父親ジョセフからの物とは違い……しかし“親の愛”がしっかりと伝わって来た。

 

「おめェを息子と呼ぶ事はできなかったが――孫だとは思っていた」

「――」

「じゃあな……アイツらを、頼む」

 

 そう言って白ひげは……限りなく手加減した地震の力をジョットの腹に叩き込み、大穴の向こうへと吹き飛ばした。

 ジョットは口から血を吐きながら空を飛び、その先に居たマルコが受け止めた。

 

「……ぐ、がはっ! ま、待て……爺さん……!」

「マルコォ!! ……そのハナタレ放すんじゃねえぞ!」

 

 振り返らずに叫ぶ白ひげの言葉に、マルコは無言で頷き……ジョットは白ひげへと腕を伸ばした。

 

「さぁ……終わりにするぞ海軍!!」

 

 白ひげがそう叫んで、地震の力を使おうとした瞬間――。

 

 

 

「――ゼハハハ。まだ元気そうじゃねえか親父?」

 

 闇の声が、戦場に響いた。

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

 時は同じくして。

 ルフィたちと船に向かって走っていたエースの目の前で、突如マグマが噴き出した。そして、そこから現れるのは――大将赤犬。

 彼は地面を熔かしてエース達を先回りしていたらしい。ジョットに受けたダメージが残っているのか、肩で息をして右腕は復元し切れていない。

 しかしそれでも尚エース達を追うのは――執念か。それともジョットへの意趣返しか。

 構えるエースとルフィを見て、赤犬が呟く。

 

「家族が宝……ふんっ。つまり貴様らはゴミで、白ひげはゴミ山の大将という訳か」

「……なんだと?」

 

 エースの表情が強張った。父親という存在に嫌悪しか抱いていなかった自分を救った存在への侮辱。

 彼の逃げる足を止めるには充分だった。

 

「滑稽だとは思わんか? 何十年も敗北者として海にのさばり」

「黙れ……」

「正しくない人間が家族家族と阿呆みたいに口走り」

「黙れ……」

「そしてマヌケにもその家族から裏切られ」

「黙れ……!」

「それを追ったお前は捕まり――それを助けようと此処で死ぬ!」

「――黙れえええええ!」

 

 居場所をくれた大恩人。温かく迎え入れてくれたからこそ、エースは偉大な男であり愛してくれた父親を……白ひげを王にしたかった。

 だからこそ、白ひげの名に泥を塗った黒ひげが許せず……捕まった自分も許せなかった。

 だが、何よりも許せないのは――白ひげを侮辱される事だった。

 

「“白ひげ”はこの時代を作った大海賊だ! 敗北者なんかじゃねぇ!! ――この時代の名が、“白ひげ”だ!!」

 

 怒り炎と覇気が籠った“火拳”が、赤犬の放った執念のマグマとぶつかり……。

 

「ぬう……!」

「ぐああああ!?」

 

 エースは炎の体を焼かれて悶え、赤犬は小さな痛みに顔を歪める。ジョットに付けられた傷に響いたのだろう。その時の痛みで一瞬攻撃が逸れてしまった。

 しかし、赤犬にとっては関係ない。

 エースの炎を焼き尽くす質量と熱量を持つマグマを新たに作り出しながら、赤犬は痛みで悶えるエースに言った。

 

「お前の炎をも焼き尽くせるのがわしの“マグマグの実”! 貴様を此処で殺すのは造作も無いが――」

「エースから離れろ!!」

 

 ギロリ、と背後から殴りかかるルフィを見る。それを見たエースはぞっとした。

 オーラを纏った今のルフィの攻撃は確かに赤犬に当たるだろう。だが――オーラがあるからと言って、彼のマグマを防げる訳ではない。

 

「――よう、見ちょれ」

「――おい、待て!」

 

 エースの静止を聞かず、赤犬は振り返ってそのまま腕を突き出し――。

 

「――え?」

「……!」

 

 赤犬のマグマは――エースを貫いた。

 

『――エースゥウウッ!?』

 

 白ひげ海賊団の悲鳴が広場に木霊し、ルフィの持っていたエースのビブルカードがヒラヒラと舞って……そのまま地面に落ちた。

 


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