「――なるほど」
力餅は全て叩き落され、モチの結界は全て引き千切られた。普通の人間ならモチに体を絡み取られ、覇気を纏った拳で滅多打ちにされるだろう。
しかし、カタクリは信じていた。ジョットが全て捌き切るのを。だからこそ、一発でも当たれば今後に支障をきたすように、力餅の一つ一つに殺意を込めて全力で放った。
結果、見事ジョットはカタクリの信頼に応え――。
「ちっ……!」
こうして顔を歪めて舌打ちをしている。
「まさか時間に干渉しているとは思わなかったぞ、星屑のジョジョ」
ジョットのスタープラチナは、全ての攻撃を、結界を、時が止まった世界で迎撃した。例え視界を埋め尽くす攻撃が来ようとも射程範囲に入れば、彼の拳はそれら全てを尽く打ち砕く。そして、その時間を認識できるのは現状ジョットのみで、他の人間からすれば一瞬で返り討ちに遭ったと錯覚する。
それはカタクリも例外ではないが――
「……おそらく、
「……」
「未来視ではない……
「――驚いたな。そこまで分かるものなのか」
「分かるさ。全ての攻撃を同時に迎撃し、そして何より……」
スッとカタクリがジョットの足元を指す。しかし、そこには何もない。あるのは地面だけだ。だが――ジョットは、その意味を理解している。
何故なら――。
『――
カタクリとジョットの声が重なった。
「そうだ。攻撃を捌き切った後バレないように
「……随分と長く喋るじゃねーか。そんなに解説するのが好きなのか?」
「――お前は、オレに勝てない。そう言っている。現に――お前の倒し方は分かった」
「っ!」
カタクリが拳を構え、それを
だが、カタクリの方が一歩速かった。無数の無双ドーナツが次々と作り出され、力餅のラッシュが四方八方からジョットに襲い掛かる。受け止めれば動きが止まり袋叩きに遭うだろう。ゆえにジョットは仕方なく力を使った。
「スタープラチナ・ザ・ワールド!」
視界を埋め尽くす拳の雨。一つ一つに覇気が込められている。それをジョットのスタープラチナは……。
『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!』
止まった世界の中で、無数のラッシュが弾き、潰し、逸らし、打ち砕く。
全ての攻撃を迎撃し――しかし、ジョットの顔は優れない。むしろ、より一層険しくなりこちらを見据えるカタクリを睨んでいた。
だが、この止まった世界でできる事は無いし、時間も無い。
ゆえに、ジョットは時を動かし――
カタクリの力餅がジョットの体を打ち、鉄を叩くような鈍い音が絶え間なく響く。拳のラッシュで歩みを止めたジョットを見ながら、カタクリは己の拳を能力で変形させて覇気で黒く染めて口を開いた。
「確かに時を止め、その世界で動ける
スタープラチナの拳の射程距離は2mだ。つまり、その範囲内の攻撃なら迎撃可能だが――射程外の攻撃を迎撃する事は不可能。
「そして、その時止めは連続使用ができない……今までの戦いからインターバルは五秒か?」
インターバルがなければ、今こうしてジョットは拳の雨に晒されていないだろう。それを見切ったからこそカタクリは第一波で時止めを使わせ、第二波でジョットの動きを止めた。
もし時止めのなか、ジョット自身が動く事ができれば展開は変わっていたのかもしれない。動きたい時に動けず、止めたい時に止められない。なんて皮肉だろうか。
「さらに! 覇気を使う以上、時止めも無限ではない! 悪いが、一気に決めさせて貰うぞ!」
だが、カタクリは容赦しない。ここで初めてジョットに向かって距離を詰めて拳を構えていた。次の時止めまで後4秒。射程範囲に入った瞬間に時を止められる事は無い。ゆえに、カタクリは確実にダメージを与える為に、覚醒による攻撃ではなく自身の体で放つ強い一撃を叩き込むつもりだ。
「“角餅!”」
覇気が込められた角ばった拳が、力餅に殴られ続けるジョットに向けて放たれ――。
「――オラァ!」
「――!?」
ジョットの拳と激突した。
ビキリと嫌な音がカタクリの拳から響き、さらに罅が入る。覇気と能力で硬質化されたカタクリの拳が、だ。
「ぐっ……!」
鋭い痛みに、思わず呻き声を上げるカタクリ。今まで数多の強敵と戦って来たが覇気のぶつかり合いで押し負ける事は無かった。その痛みはカタクリに決して小さくない動揺を与える。
だが、それ以上にカタクリが動揺しているのは――先ほどのジョットの動き。
未来を視て攻撃をした自分に
「――貴様……!」
「言った筈だぜ。未来を視る相手と何度も戦っていると」
カタクリがジョットの時止めの力に気付いて攻略法を得ると同時に、ジョットもまたカタクリにダメージを与える方法を持っている。
未来を視て攻撃するのなら、こちらも未来を視てカウンターを叩き込めば良い。ジョットはカタクリやジョセフのように見聞色の覇気で未来を視るのは正直苦手だ。カタクリのように自由自在に視たり、素質のある人間が短時間で会得するという事は無い。
だが、彼は知っている。未来を視る敵との戦い方を。そしてその戦いを五歳の時から、ジョセフが海に出るまで続けていた。
「それとカタクリ。一つ訂正させてもらう」
「……」
「テメエはスタープラチナの拳に警戒しているようだが――パワーなら、オレの拳の方が上だ」
「……ああ、そのようだな」
それはつまり、ジョットの拳はカタクリの拳以上という事であり、まともに喰らえばどうなるか。未来を視なくてもカタクリは分かっていた。
それでもカタクリは拳を構える。ジョットを倒すには自分の拳を叩き込むしかない。その過程で何度拳が砕けようとも……。
「手札は互いに分かった。後はどちらが勝つかだ」
「当然、勝つのはオレ達だ」
「――そのような未来は無い!」
二人の覇気が再び激突し、近くにある鏡に新たな罅が入った。
▲▽▲▽▲▽
「――右に旋回! 数は3!」
「速くしろ! 回避できなかったら
レッドイーグル号の甲板上でアーサーの怒声が響き渡る。クルー達は急いで舵輪を回し、備え付けられたダイヤルを操作し、船を動かしていた。アーサーの指示通りに船を移動させたと気を緩める時間もなく、船が大きく揺れ動く。
「当たったのか?」
「いや、風圧で傾いただけだ!」
「くそ! 分かっていたが、四皇の幹部はデタラメだな!」
そう悪態を吐いて睨むその先には、カタクリ、クラッカー、スナックと同じ四将星スムージー。彼女は、ホールケーキ城の屋上にて能力で巨大化、それこそ巨人族並みに肉体を大きくさせ、手に持った武器で斬撃を飛ばしていた。
「チッ。生意気に避けやがって」
舌打ちを放つ彼女はチラリと視線を下へと向ける。それは、自らが立っているホールケーキ城。この国の象徴でありビッグマムが住む家でもある。だが、そのホールケーキ城はあちらこちらから黒い煙を発生させて外壁が破壊されていた。
突如上空に現れたレッドイーグル号は
音は無いのに、振動と爆発が起こる。すぐに敵襲に気が付いたスムージーたちは迎撃に入り、レッドイーグル号を視界に捉えて牽制を続けているが……。
「くそ、厄介な」
敵に優秀な将が居るのか。それとも見聞色の覇気に長けた者が居るのか。距離があり、向こうが制空権を得ているとはいえ、こちらの攻撃はなかなか当てる事ができないでいた。それにスムージーは苛立ちを覚え、通信機越しに部下に向かって怒鳴り付けた。
「まだ侵入できないのか?」
『も、申し訳ございません! 近くまで寄る事ができるのですが、割れると爆風を起こすシャボン玉が邪魔をして……』
「数を活かせ! 多方向から攻めて錯乱しろ!」
『り、了解!』
空戦能力を持つホーミーズや部下たちが苦戦している事に、さらにスムージーは苛立った。
「くそ、早くしなければ……!」
しかし、その苛立ちの根底にあるのは――恐れ。
「早く奴らを片付けなければママに
四皇の一人であり、このビッグマム海賊団の頂点である彼女の――シャーロット・リンリンに逆らう事ができる者はこの国には居ない。
彼女の機嫌を損ねれば、例え実の子といえど例外なく命を落とす。
それができるのがビッグマムという女海賊であり、そう認識されるだけの理由がある。
ゆえに、スムージーは必死にホールケーキアイランドを騒がせる原因であるレッドイーグル号を墜とそうとする。ママと呼ぶビッグマムに
▲▽▲▽▲▽
「――此処だね、カリーナ」
「うん。この城の構図から計算するに間違いないよ」
現在、メアリー達はホールケーキ城の外壁に居た。本来なら、アーサー達がレッドイーグル号で暴れて陽動をしている間に中に侵入するつもりだったのだが、ジョットを警戒しているのか、はたまた他の理由か、三人は侵入する事ができなかった。
しかし、メアリーはすぐにカリーナの泥棒としての経験と知恵を元に、宝物庫にある場所を突き止め、ホールケーキ城のある地点の外壁に辿り着いていた。
「なるほど、メアリーさんのスカスカの能力があれば……」
「出入り自由って訳ね! ウシシ! でも、それができるなら最初からすれば良かったのに……」
「敵の目がアーサー達に行っている今だからできる事だよ。最初っからしたら、気づかれてすぐに捕まっちゃう」
宝物庫の警備は固い。過去に起きたとある出来事が原因で、ビッグマムはロード・ポーネグリフを誰にも盗られないように厳重に保管している。さらに、息子や娘たちにも滅多なことでは中に入れない程だ。
アーサー達によって攪乱している今だからこそ、比較的安全に忍び込める。
「それじゃあ、行くよ」
そう言って、メアリーはカリーナとジンベエの手を取って壁の中へと入り、月歩で空を何度か蹴る。それを繰り返していると、壁の中の暗闇が解け、視界に広がるのは鉄格子と宝箱。
「……良かった。壁を海楼石で補強してなくて」
「……ん? ちょっと待ってメアリー。それどういう事?」
「ん? いや、私のコレも悪魔の実の能力だから、海楼石に触ったら危ないかなーって」
「――って、それって私たちかなり危ないじゃない!」
「下手したら壁の一部になっとったか……」
顔を青くさせてブルリと体を震わせるカリーナと、こめかみに汗をタラリと垂らすジンベエ。先ほどメアリーが言っていた事が現実だったらかなり危なかった。カリーナの文句も正当なもの。
しかし、それでもメアリーは自信を持ってこの方法を取った。それだけの根拠があるのかもしれないが――。
「のうメアリーさんや。此処に来てから思っとるんじゃが――」
「――ジンベエ。
取り付く島もなく、メアリーが鉄格子から外に出てロード・ポーネグリフがある場所へと歩く。それを見たカリーナは眉を顰めて首を傾げて呟いた。
「なにカリカリしてんだろ……そんなに、ジョットに怒られたのが堪えたのかな?」
まっ、いつものことか。そう言ってカリーナはそそくさと別の宝箱に手を出そうとし……メアリーに「そんな暇ないから」と注意されて再び文句を垂れる。
「ほら、アンタも手伝って」
「良いじゃないちょっとくらい。四皇のお宝なんてそうそう盗めない……ん? ちょっと数多くない?」
「良いから、手伝って!」
傍目から見れば、いつもと同じ光景に見える。
しかしジンベエの目にはそう移らなかった。
「……ワシには覚悟しとるようにしか見えんのう」
四皇を相手にするのなら、十分な心構えだ。
実際、ジンベエもビッグマムの縄張りに入る際に、ジョットの恩返しの為にいつでも命を
だが、メアリーのそれは違う。
クルセイダー海賊団のクルー達がそう言って、メアリーと同じチームのジンベエに警告した。どうか、彼女から目を離さないでくれ。何かあったらすぐにジョットに連絡してくれと。
「使うのと捨てるのは違うぞ、メアリーさん」
ジンベエの呟きは、彼女の耳には届かなかった。
▲▽▲▽▲▽
「ママ! 侵入者だよ侵入者!」
「ああ? 侵入者ァ?」
「うん。しかも宝物庫に居るね!」
「――なんだって?」
――とある部屋で、一人の怪物が動き出した。