「――それは本当か、ヴェルゴ?」
『ああ。確かな情報だ。現に、海軍本部は泡食って戦力を投入している』
ヴェルゴの言葉に、ドフラミンゴの肩が震える。
――やはり、あの一族は頭が狂ってやがる。
クルセイダー海賊団がビッグマムの縄張りに入り、そのまま抗争状態になったという情報は彼を笑わせるには充分なものだった。
頭角を現して一年足らずで、四皇の一人に挑む。そうできることではないが、かつてルーキーだったクロコダイルもまた今は亡き白ひげに挑んで敗北した経歴を持つ。
問題は、四皇に喧嘩吹っ掛けたのが
東の海で赤犬を退け、偉大なる航路前半の海では数多の海賊や海兵を海の藻屑にし、あの頂上戦争では白ひげや麦わらのルフィと共に火拳のエースを奪還した。
その後の活躍も耳にしていたが――まさか、勢力が未熟な状態で四皇に挑むとは思わなかった。
今頃、全世界に居る裏の人間たちはこの情報を独自の手段で手に入れ、そして呆れると共に落胆するだろう。
世間を賑わせた星屑のジョジョは、もうダメだ。
ビッグマムに歯向かえばどうなるのか。それを考慮すると、クルセイダー海賊団は
――だが、ドフラミンゴは違った。
「フッフッフッフッ……! おもしれぇじゃねえか、星屑のジョジョ!」
『……まるで、奴の生存を疑っていない声だな』
「当たり前だヴェルゴ――奴は、負けはしない」
頂上戦争で直接ぶつかったからこそ分かる。
あの男は、例え四皇相手でも怖気付かない。そしてその気高き魂は、まるで質の悪い毒のように周りに伝染し強くする。
その影響力は、死の運命に縛り付けられていた火拳のエースを救い出した。
「四皇に挑んだって事はあの石が狙いか。フッフッフ……星の一族の末裔があの石を求めるってのも可笑しな話だ」
『……?』
「いや、何でもない――それより、海軍はどう動いている?」
『ああ。五大将のうち、黄猿、茶豚、藤虎の三人を投入させ、他にも名のある中将クラスを派遣させている。軍艦は――数えるのも馬鹿らしい数だ』
「だろうな。あの新元帥様は、星屑にご執心だからな。ビッグマムとやり合って消耗した所を一網打尽って所だろう」
そうなれば、仲間の一人や二人死ぬのかもしれない。ジョットを討ち取れないと断言できないのが、彼の規格外なところ。
海軍はビッグマムの縄張りを囲むように戦力を展開して、クルセイダー海賊団を待ち構えているだろう。
その光景を想像したドフラミンゴは、フッと鼻で笑うと――。
「――礼を言うぞヴェルゴ。こんなに面白いと思ったのは戦争以来だ」
『……? ああ、分かった。時間だからそろそろ切るぞ』
ガチャッと通信が切れた電伝虫に、ドフラミンゴは一度受話器を置くと、ダイヤルを回す。
とある番号に掛けると電伝虫が、遠く離れた地に居る電伝虫と繋がり――低く重い声が彼の耳に響いた。
『――何の用だ、ジョーカー』
その大物の声に、ドフラミンゴは浮かべていた笑みをさらに深めた。
▲▽▲▽▲▽
――パリン!
「うお!? な、なんだ!?」
現在、万国はとある事件が発生している。
それは、突然鏡が割れるというあり得ない現象。しかもただ無差別に起きる訳ではなく、割れるのは国の外側から中側に向かって、だ。まるで誰かが走り抜け様に割っているかのようだ。
それが数時間前から絶え間なく続き、国民たちは不気味がって大臣たちに連絡するが……どういう訳かほとんどの大臣が出払っていて連絡が付かない。
国民たちの対応をするのは、立場の低い者……いわゆる下っ端がほとんどで、国民たちは言いようのない不安を抱いていた。
普段なら、問題解決に動く大臣たちが一様に留守にし連絡が付かない。そしてそれは数時間前からずっと続いており――。
何かが起きているのだと、国民たちは理解し、彼らは最後にはとある場所へと視線を向ける。
その視線の先には、この国の首都ホールケーキアイランド。この国の女王シャーロット・リンリンことビッグマムの居る地であり、暗雲立ち込める不気味な空が広がっていた。
▲▽▲▽▲▽
ズシンッ……と
それと同時に船が傾き……アーサーは険しい表情を浮かべて舌打ちする。
「くそ……! 捕まったか……!」
振り返ったアーサーの視線の先には、モクモクと黒い煙を出して海に沈んでいくレッドイーグル号の姿が。音が響いた事から恐らく覇気を纏った攻撃。それがレッドイーグル号の船体の後方を貫き、
船が崩れた事で、一気に崩れた。
「余所見している暇があるのか!」
「くっ……!」
空を飛べる海賊がアーサーに襲い掛かる。空を蹴り斧を振り被って彼に振り下ろした。
それをアーサーは見聞色の覇気で見切って避けると、覇気で強化した剣で海賊を斬り捨てる。手に持つ剣が血に濡れ、海賊は苦悶の表情を浮かべて下へと落ちていく。
先ほどから何度も見た光景だ。
だが、気を抜けば自分がそうなるのは目に見えている。
アーサーは強い眼差しで前を見る。
「意外と粘るなクルセイダー海賊団」
「船長と副船長以外は大したことないって話だった筈じゃない。どういう事?」
「曲がりなりにも新世界を生き延びて此処に来ているんだ。その程度の実力はあるって事だ」
「カシシシシ! でも死ニかケじゃないか! サクサクッと倒して菓子を食いたい!」
チラホラと見えるキャラの濃いのは、おそらくシャーロット家の人間。それが数人アーサーを見て嘲笑い、それらに付き従うように控える配下の海賊が数十人。
はっきり言おう。アーサーは彼らを相手に勝てると思っていない。かと言って全員を足止めできるかと言っても不可能……いや、既に抜かれている。遠目に見た所、船上でも既に戦いが起きており、シャボシャボの能力を持つランを軸にして何とか持ちこたえているようだが――このまま戦闘を続ければ全滅する事をアーサーは理解していた。
加えて――。
「――連絡があった。ペロス兄さんたちがもうすぐ着くってさ」
「スムージー姉さんが『そのまま相手をしていろ』だってさ。つまりイジメて良いって事だよね!」
「そうは言ってないだろう。まっ、結果的にそうなるけど」
――ジョットに釣られていた怒りの軍団が引き返してきた。
その情報に思わず、アーサーは奥歯を強く噛む。ギリッと音が響き、彼の焦りが表に出た。
だが、彼らは
それでも、アーサーは心の中で思わず急かした。
(早くしてくれメアリー副船長……! このままだと、俺達がやられるぞ!)
作戦の要であるメアリーに向かって。
▲▽▲▽▲▽
「よし、これでOK! さっさとズらかろう!」
「そうじゃの。早くアーサー達と合流せねば、彼らの命が危ない」
「……」
ロード・ポーネグリフの写しを手に入れたメアリーたちは、彼女の能力で壁を抜けて脱出しようと試みる。
しかし……。
――ゴンッッッ!!
『――!?』
その前に宝物庫の扉が勢いよく吹き飛ばされ、凄まじい覇気と怒気が室内を満たした。
それによって全員足を止めた。……いや、強制的に足を止めさせられたと言った方が正しいか。
特にカリーナとメアリーは一瞬意識が飛び掛け、しかし背筋に走った悪寒で無理矢理意識を取り戻させられた。二人は、全身から冷や汗を流し体をガタガタと震わせながら振り返る。ジンベエはそんな二人を庇うように前に立ち、現れた規格外な存在に顔を険しくさせた。
「――テメエら、此処で何をしていた……!」
「四皇……ビッグマム……!」
そこに居たのは憤怒の表情を浮かべるビッグマムが居た。彼女の感情に呼応するかのように、ビッグマムの傍らに佇む特性ホーミーズ――プロメテウス、ゼウス、ナポレオンはそれぞれ炎、雷、剣気を滾らせて、メアリーたちを睨み付けていた。
ビッグマムの視線が、メアリーが背負っている鞄に向くと――全ての殺気がメアリー一人に叩き付けられる。
「もしかして、おれのロード・ポーネグリフを盗もうとしたんじゃないだろうな――邪王真眼のメアリー?」
鞄から突き出たロールは、明らかに何かを写している。
それが何なのかを一瞬で理解したビッグマムの反応は顕著で、彼女の脳裏には遠い過去の出来事が思い起こされ――隣に居たプロメテウスが動いた。
「焼き尽くしてやる!」
頬が膨らんだと思った瞬間、吐き出されたのは灼熱の炎。
町一つを容易く滅ぼす炎がメアリーたちに襲い掛かり、それを見た瞬間メアリーはジンベエとカリーナの手を掴んで飛び上がると能力を発動させた。
するとプロメテウスの炎は彼女たちの体をすり抜け壁に激突し、真っ赤に染めた。
攻撃を回避してビッグマムの目の前に降り立った三人は、しかしすぐにその場から駆け出した。メアリーは剃を使い、ジンベエは魚人族の優れた身体能力を駆使し、カリーナを抱える。
「ロード・ポーネグリフを返せ!」
ゼウスが吠えると同時に、落雷が発生した。光と音が宝物庫を包み込む。
一発でも当たれば即死級の攻撃を、メアリーたちは見聞色の覇気を用いて回避した。雷が何度も地面を撃ち、ビリビリと空間が震える。
「止まれ、プロメテウス。ゼウス」
その光景を見ていたビッグマムは目を細めると、プロメテウスとゼウスを止めた。
すると、二体のホーミーズはその命令に従い粛々と彼女の傍らに戻る。しかし、その表情は敵であるメアリーたちに対して不満を顕にしていた。生意気にも攻撃を読んで躱した二人に。
そしてメアリー達はというと、突然攻撃を止めたビッグマムに怪訝な表情を浮かべる。まるで理解ができない、と。
対して、ビッグマムは先ほどの怒り具合が嘘のように穏やかな表情を浮かべ、彼女たちに……いや、正確にはジンベエに話しかけた。
「ママママ……ハハハハ! まさか本当にジョジョの下に着いていたとはねぇ、海侠のジンベエ?」
「ワシがあの人の傘下に下った理由。知らんとは言わせんぞビッグマム」
「もちろんさ。魚人島を守るためだろう? 親と違って優しい奴だ」
言葉とは裏腹に、その声には多分にジョットを貶す感情が含まれていた。
当然、義に厚いジンベエが黙っていられる筈も無く、目を鋭くさせて一歩前に出た。
しかし、それをメアリーが遮る。
「……は、話をしに来ただけかしら? ビッグマム?」
「……ふん。邪王真眼のメアリー。体を震わせて恐怖にビビッている小物に、おれは用はないねぇ――今なら見逃してやる。ロード・ポーネグリフの写しを捨てて、とっとと失せな」
「……っ」
ギロリ、と彼女を一睨みしてそう吐き捨てるビッグマムに、息を飲むメアリー。この島に来た時から己を騙していたが――やはり、怖い。
見聞色の覇気を鍛えた所為もあって、彼女の化け物染みた強さを肌で実感し本能が対峙する事を拒んでいる。
それを見抜いたビッグマムは、当初警戒していた事もあり落胆は大きく、苛立ってもいた。
「だが、ジンベエ。お前には話がある。それも、お前にとっても良い話さ」
しかしそれ以上に魅力的な人材が自分の元へと転がり込んできた。
かつて七武海だった男で、魚人であるジンベエはビッグマムの食指が疼く程に欲しい人物だった。
だから宝物庫に忍び込んだ怒りを抑え、こうして勧誘に乗り出した。
彼を自分の物にする交渉材料ならたくさんある。彼女は、それをチラつかせる。
「お前がおれの傘下に入れば、魚人島は菓子をくれる限り平和だ。ジョジョなんていう不安定な勢力に縋る必要もない」
「何をバカな事を。わしが、その誘いに乗ると思うたか……!」
「だが――クルセイダー海賊団はもう終わりだ」
怒りに震えるジンベエに、ビッグマムはニヤリと笑みを浮かべて言った。
ジョットに未来は無いと。
「今、あいつはビッグマム海賊団の最高傑作カタクリと戦ってる。戦闘が始まってから随分と経つが――星屑のジョジョが勝つ事は万に一つも無い」
「……!」
10億超えの賞金首の名を聞いて、流石のジンベエも顔色を変えた。
作戦では、なるべく強者を引き付ける囮役を買って出たジョット。当然、カタクリとの戦闘も視野に入れていた。それでも、相手がカタクリとなると心配せずにはいられない。
さらにビッグマムは続ける。
「それに、だ。もし仮にジョジョの奴がカタクリを退けても――もう、おれらはクルセイダー海賊団を許す気は無い」
死刑宣告に等しい言葉を。
「例えこの縄張りから逃げても、地の果てまで追いかけるし、奴のクルーの故郷も消し炭にしてやるつもりだ。
そして、それはお前たちタイヨウの海賊団も例外じゃあない」
「そんな、酷い……!」
容赦の無いその物言いに、カリーナが思わず呟いた。
それをビッグマムが笑って吹き飛ばす。
「ママママ……ハハハハ! 海賊の世界に酷いもクソもあるか! 四皇ビッグマムに楯突いたらどうなるのか、分からないバカはただ死ぬだけだ!
だがな、ジンベエ。お前を死なせるのは惜しい。だからお前を殺さずに誘っているんだ――故郷を火の海に変えたくはないだろう?」
「……」
残酷なその言葉に、ジンベエは黙って睨み返す。
此処でジョットを裏切って、ビッグマムの傘下に下る? そんなの願い下げだ。
そんな生き方をすれば、一生後悔する。
だから、ジンベエの答えは決まっていた。
「悔いの残る生き方はせんと決まっている! 悪いが、断らせてもらう!」
「……もう少し利口だと思ったんだがねぇ」
――交渉は決裂した。そうなれば、後は簡単だ。目の前に居るのは、晴れて敵となる。
ビッグマムの上がっていた口角が下がる。ゴミ掃除に感情はいらない。
ジンベエの覇気が強まった。この窮地を脱するには覚悟が必要だ。
集中し、相手を見据え、拳を構えるジンベエは――トンッと、突然胸に何かを押し付けられた。
「――カリーナ! ジンベエにしがみ付いて!」
「へ?」
「はやく!」
メアリーに指示を出されたカリーナは最初は呆然としていたが、再度強く言われて半ば反射的にジンベエにしがみ付いた。
それを確認したメアリーは、右手である物をジンベエの懐に忍び込ませると、彼の胸に突き付けた
「ぬ……!?」
「きゃっ!?」
予想外の衝撃にジンベエの体が壁に向かって吹き飛んだ。胸に走る痛みにジンベエが血を吐き、しがみ付いたカリーナは小さく悲鳴を漏らす。
その光景をビッグマムたちはポカンと眺め、それを為した当の本人であるメアリーは――笑っていた。
先ほどの体の震えが嘘のように止まり、堂々と佇んでいる。
「――メアリー!」
その彼女に、ジンベエの怒号に近い雄叫びが上がった。
しかし、彼女は穏やかな笑みを浮かべたまま一言。
「――ジョットをお願い」
それを最後に一瞬ジンベエ達の視界が暗闇に包まれ、次の瞬間外に放り出された。
メアリーの仕業だろう。船を丸々透過できる彼女なら、造作もないことだった。
壁の向こうに消えた仲間たちを見届けた後、メアリーはビッグマムへと振り返る。
そこには、心底理解できないと顔を歪ませるビッグマムが居た。
「……お前は、さっきまでそこでプルプル震えていたんじゃないのかい?」
だからこそビッグマムは取るに足らない小物だと見切りを付けて、視界から消していた。
「おれが怖くないのかい?」
「怖いよ。今も怖い――でも、それ以上に怖いのが、クルセイダー海賊団が終わること」
「……ああ?」
「本当は分かっていた。アナタに今挑んだらどうなるのか。でも、もう止まれない所まで来ていたから、いっぱいいっぱい考えて――皆を生き残らせるにはこれしかないって、分かったんだ」
メアリーは、この世界の人間が知らない事を知っている。
故に、ビッグマムの縄張りに入った時――心底恐怖した。
もう、だめかもしれない。ジョットは死なないのかもしれないが――クルセイダー海賊団は終わる。
そうなれば、ジョットは海賊王になれない。その未来を回避するためにどうしたら良いのか。その答えを今のいままで探し続けていたメアリー。
「……いや、本当は分かっていたんだ。これしかないって」
「何を言っているんだい?」
「アナタには分からないのかもしれないね。
でも、もう遅い。もう引き返せない――私も、アナタも」
決意を決めたメアリーは、背中に背負っていたバッグをドサリと降ろし、手をその中に突っ込む。ロード・ポーネグリフの写しが何枚も詰め込まれており、幾つかのロールが外に飛び出している。
それを見たビッグマムは、先ほどのメアリーの物言いに困惑していた顔を一転させ、怒りに染めて叫ぶ。
「そうだ! ロード・ポーネグリフの写し! 邪王真眼のメアリー! それをさっさと返しな! お前らが持っていても仕方のないものだ!」
「ジンベエたちと別れて、そしてアナタの前に立っている今、私がこれを持っている意味はない。だから、欲しかったら上げる――でも、本当にそれで良いの?」
「何がだ!?」
「アナタにとって……シャーロット・リンリンにとって重要なのは
フフフ……っと見る者をゾッとさせる笑みを浮かべてメアリーが取り出したのは、一人の女性が写る写真だった。
メアリーにイライラしていたビッグマムはそれを見た途端顔を青褪めさせて体中から冷や汗を流す。
それは、マザー・カルメル。ビッグマムにとって命よりも大切なモノ。
「な、な、な……!?」
「ママ! くそ、その写真を放せーー!」
狼狽するビッグマムを見たプロメテウスが動こうとした瞬間、メアリーが叫んだ。
「――動けばこの写真を割るぞ!」
「止まれえええええプロメテウスゥゥゥゥッ!!」
「ッッッ!!?」
ビタッッと動きが止まるプロメテウス。いや、それだけではない。隣のゼウスも、ビッグマムの頭の上のナポレオンも全く動けなくなっていた。
彼らに魂を与えた張本人であるビッグマムが、心の底から命じた指令が強すぎたせいだ。現に、話す事も出来ない。
息を荒げ、メアリーに叫ぶビッグマム。
「貴様、それを何処で……! まさか、頂上戦争で使った能力か!?」
「その辺りは勝手に想像して貰って……問題は、アナタがどちらを取るか、という話」
「……何?」
「ロード・ポーネグリフとマザーカルメル……どっちが欲しいの? って話。
そうね、
「ぐ、ぐ、ぐぐぐぐぐ……!」
「まさに魂への呼び掛け――さァ、さっさと選んで! どっちを取るの!? ロード・ポーネグリフ!? マザー・カルメル!?」
身動きができないゼウスは思った。
あれは、悪魔だと。
何故、ビッグマムの弱点とも言えるマザー・カルメルの存在を知っているのかは分からない。だが、それを……それを普通脅迫材料にするだろうか?
怖い。
冷や汗が垂れ、ボタボタと顔中から水滴が落ちる中、ビッグマムは絞り出すように言った。
「……―――――ルだ」
「え? 小さくて聞こえない。もっと大きい声で」
「――マザー・カルメルだ!」
ビッグマムは、はっきりと、ロード・ポーネグリフを諦めて、マザー・カルメルを求めると答えた。
必死な表情で、四皇だとは思えない程に弱々しく叫ぶ彼女に、メアリーは――。
「そう……でもごめんなさい。時間切れ」
パリンッと呆気なくマザー・カルメルの写真を地面に叩き付けて……割った。
それを見ていたビッグマムは、しばらくの間何が起きたのか理解できずに呆然とし、しかしすぐに体を震わせて目には涙を浮かばせて……。
「な、なんで……おれは、確かにマザー・カルメルだって……時間切れなんて……聞いていな――」
ズリズリと膝を擦り剝かせながら、メアリーの足元に散らばったマザー・カルメルの写真を求めるビッグマム。
しかし、それをメアリーがパキンッと踏みつけて割砕き。
「――そう言って、今まで何人の人間を破滅に追い込んだのかしら? 四皇ビッグマム」
「ああ……ああああ……」
「酷いもクソもない……アナタの言葉よ? 私、悪くないわ」
「わ、悪い……お、お前が、お前が――」
(ママ! しっかりして!)
(くそ、命令されて動かない!)
(不味い、このままじゃママが――)
ホーミーズたちが危惧した通りに、ビッグマムの目から理性の色は消え失せ、グルグルと渦を巻き――感情が爆発した。
「ああああああああああああああ!! マザァァアアアア!!!」
覇王色の覇気と爆音が解き放たれ――ホールケーキ城の宝物庫が吹き飛んだ。