とある海賊の奇妙な冒険記   作:カンさん

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VS世界を統べる皇帝

「オラァ!」

「フンッ!」

 

 拳と拳がぶつかり空気が、空間が──鏡の世界が揺れる。

 カタクリとジョットが激突して数時間が経過していた。お互いの手の内を確認してからは完全な力比べとなり、地力の差が出始めていた。

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 拳から血を流しながら肩で息をする。それだけ目の前の相手との戦いは体力と覇気を消費するという事。

 

「流石、と言った所か」

 

 思わず称賛の言葉を口にし。

 

「──四皇に真正面から挑んでくるだけはある」

 

 カタクリは拳から流れる血を能力で何とか止血しながらも──目の前の、自分よりも軽傷なジョットに対して恐れにも似た感情を抱いた。

 

 初めての経験である。

 カタクリは過去これまでに敵に対して恐怖という感情を抱いた事はない。カイドウに対しても己の母と同じ化け物と認識しつつも最後に勝つのはウチだという絶対的な信頼によって感じた事はなかった。

 

 だが。

 

 だが、目の前の男は──。

 

(こいつ、戦えば戦うほど強くなっていきやがる……!)

 

 初めは自分よりも少しだけ武装色の覇気が強い程度だった。時を止める力も見聞色の覇気により対処でき、負ける気がしなかった。

 だが、単純な力比べとなってからは話が別だ。

 拮抗から押され始め、その次は何とか食らい付き、今では何とか倒されないように騙し騙しと……その戦いの内容は変わっている。

 故にカタクリは確信した。

 

「星屑のジョジョ。お前は──」

「『お前はママの脅威となる。此処で確実に消す』か?」

「──ああ、そうだ」

 

 ジョジョが未来を読んでカタクリの言葉を口にすれば、カタクリは当然の事のように頷く。

 

 もはやジョジョとカタクリの間に初めにあった差は無い。

 

 いや正確にはある。

 それを理解しているが故の先ほどのカタクリの言葉だ。

 

(こいつの武装色の覇気は既に──)

 

 そこまで思考した所で──カタクリは突如未来を視た。

 そしてその未来を視た彼の表情は一気に焦りの表情を浮かべて、視線をジョジョから壁に立てかけてある鏡へと向けた。

 

「お兄ちゃん!」

「ブリュレ! こっちに来るな!」

 

 ブリュレとカタクリの言葉はほぼ同時に紡がれた。

 しかしそれ以上にジョジョが素早く行動に移していた。

 カタクリが視線を外すと同時に駆け出し、鏡の中から顔を出したブリュレの首を掴む。

 

「ぐえ!?」

「──カタクリ、教えてくれて助かったぜ」

「……!」

 

 ジョジョは未来を視てカタクリの動きを先読みし、ブリュレの確保に成功した。

 彼の目的はカタクリを倒す事ではない。足止めだ。

 ならば、このままカタクリを鏡の世界に残す事は大きな意味を持つ。

 

 しかし、カタクリが視た未来は違った。

 彼は険しい顔をして叫ぶ。

 

「ふ、ふん! 今更外に出たって遅いさ。何せ──」

「よせ、ブリュレ!」

 

 しかしカタクリの言葉は届かず。

 

「もう邪王心眼のメアリーはママに殺されたんだからね」

 

 彼女の口から紡がれた言葉は。

 

「──は?」

 

 易々とパンドラの箱を開けた。

 

 

 ◆

 

 

 飴によってギチギチに拘束された空飛ぶ船──レッドイーグル号。

 羽ばたくための翼を失った鳥は地に落ちるのと同じように無残にも横たわるその姿は哀愁が漂う。

 しかしそれ以上に惨めなのは──飴で拘束されて生かされているクルセイダー海賊団。

 彼らはビッグマム海賊団に敗れ、それどころか殺される事なくこうして生き恥を晒している。

 彼らは言った。今すぐ俺たちを殺せと。

 しかしビッグマム海賊団は言う。お前らは簡単には殺さないと。

 

「くそ、何が目的だ……」

 

 悪態を吐く誰かの言葉に応える様にズシンズシンと地響き……否、重い足音が響く。

 その音にクルセイダー海賊団はまさかと顔をしかめ、ビッグマム海賊団は自分たちの王の道を開けるために左右に分かれ──。

 

「マーマママ……ハーハハハ!」

 

 そして現れるのは四皇ビッグマム。

 彼女は上機嫌に笑いながらクルセイダー海賊団の前に現れると、彼らを見下ろして言った。

 

「よくもまぁ無謀にもこのおれの国に乗り込んできたね。褒めてやろう」

 

 言葉とは裏腹にその声には嘲笑の感情が色濃く滲んでいた。

 しかし、クルセイダー海賊団たちはそんな事はどうでもよかった。

 今彼らの視線はビッグマムに向いていない。彼らの視線の先は……。

 

「──副船長?」

 

 ビッグマムに鷲掴みにされてグッタリとしている一人の少女。

 本来ならあの様な隙を、敵に捕えられる様な隙を晒さない人間だ。

 いや違う。

 何故彼女は何も反応も示さない? 

 何故彼女は──動かない? 

 

「ん? ああ、()()返すよ」

 

 そう言うとビッグマムはまるでゴミを捨てるかの様にメアリーを放り投げ、彼女はそのままクルセイダー海賊団達の前に堕ちた。

 そしてそれ以降全く動かず、まるで死んでいるかの様に。

 

 いや違う。

 

 彼女は、メアリーは、クルセイダー海賊団副船長は。

 

「もう魂は全部貰ったからね」

「副船長ぉおおおおおおお!!」

 

 ビッグマムに殺された。

 その事を理解した彼らは慟哭を上げた。メアリーには届かないにも関わらず。それでも叫ばずにはいられなかった。

 それを見たビッグマムは気を良くして嗤い、反対の手に握っているメアリーの魂を見る。

 

「コイツにはしてやられたよ本当に。このオレに怯えながらも一矢報いたって奴さ──心臓を直接蹴られた時は死んだと思ったよ」

 

 メアリーの攻撃はビッグマムを殺し切る事は出来なかった。

 マザー・カルメルの写真を割って動揺させて、どんな攻撃も跳ね返す鉄の風船をただの肉の塊までに下げた。

 その上でスカスカの能力と武装色の覇気を込めた一撃を加えて──負けた。

 そこからは混乱したビッグマムの能力により魂を抜き取られて形勢逆転。ビッグマムすら何が起きたのか覚えてないし、メアリーに対して恐怖心を抱いているが──彼女の死はビッグマムを四皇に戻した。

 

「さて。コイツはロード・ポーネグリフの写しを持っていなかった。つまりジンベエかお前らが持っている訳だが──」

「ママ。コイツらは持っていないよ。確認した」

 

 マムの子どもの一人がそう言えば「そうだろうね」とビッグマムは頷いた。

 

「コイツらにそれだけの力が無いのは分かっているよ。だからさ」

 

 ニヤリと彼女は笑みを浮かべて。

 

「出てこいジンベエ! お前の持っている写しを返しな! さもないとコイツらを一人一分毎に殺していく!」

「──!」

 

 そこで初めて彼らは自分達が生かされた理由に気付く。

 彼らは人質だ。ジンベエを誘き寄せる為の。

 義理深いジンベエなら、仲間が殺されると言われれば必ず出てくるだろう。例え罠だと分かっていても。

 

「やめろ! 俺たちを殺せ!」

「役に立てない所か、足を引っ張るくらいなら死んでやる!」

 

 口々にそう叫ぶ彼らにペロスペローは嘲笑しながら言った。

 

「そう逸るな。望み通り殺してやるから」

「がぼ!?」

 

 そう言って彼はクルセイダー海賊団の一人を己の能力で口を塞ぐ。さらに口からキャンディーを流し込み固めていく。

 

「これから一人ずつ丁寧に殺していく──精々ジンベエに命乞いするんだな、ペロリン」

「ママママ……ハーハハハ!」

「ちくしょう……ちくしょおおおおお!」

 

 ビッグマム海賊団の嗤い声とクルセイダー海賊団の叫び声が、トットランドに木霊する。

 誰もがビッグマム海賊団の、ビッグマムの勝利を確信していた。所詮はルーキー。四皇の相手ではない、と。

 

 だから。

 

 誰もが彼の怒りに不意を突かれた。

 

「おい」

 

 そしてそれは、ビッグマムさえも──。

 

「何してやがる、テメェら」

 

 トン、と重さを感じさせない軽快さでビッグマムの前に着地したジョジョは、その場に居る全員の視線を独り占めしながら拳を握り締める。そして──。

 

「ジョ──」

「──オラァ!」

 

 ビッグマムが口を開くと同時にその拳を彼女の横っ面に叩きつけ──そのまま殴り飛ばした。

()()()()()()()()()()ビッグマムは吹き飛んでいき、自分の国の街を壊しながら瓦礫の中に沈んでいった。

 

 あり得ない。

 

 その光景を見たビッグマム海賊団達は呆然とし、故にジョジョに次の行動を許した。

 

「オラァ!」

 

 オーラを纏った拳を地面に叩き付ける。瞬間、ジョジョから発せられたオーラはクルセイダー海賊団、レッドイーグル号まで伝わりペロスペローのキャンディーは粉々に砕け散った。

 

「は?」

 

 ペロスペローは何が起きたのか理解出来ずアホ面を晒し。

 

「お前は一足先にリタイアだ」

 

 目の前に一瞬で移動したジョジョに腹部を思いっきり殴られ、しかし衝撃は体内に留まるように能力が行使された結果、白目を剥いてそのまま崩れ落ちた。

 それを確認したジョジョは直ぐに叫んだ。

 

「ジンベエ! テメェら!」

 

 彼の声にクルセイダー海賊団と、近くに潜んでいたジンベエとカリーナが反応を示す。

 

「今すぐ船を出して逃げろ!」

「だが、お前さんはどうする!?」

 

 突然の命令にジンベエが返すと、ジョジョはゆっくりと瓦礫の向こうを見て静かに言った。

 

「返して貰う。アレは──オレのだ」

 

 ジョジョの視線の先が爆発が起きたかの様に瓦礫が吹き飛んだ。

 そこには殴られた頬にアザを作り口元から血を流しながらも笑みを浮かべているビッグマムが居た。

 

「マーマママ……やってくれるねぇ星屑のジョジョ! テメェら兄妹は油断ならねぇな……!」

 

 ナポレオンを手に、プロメテウスをその身に宿し、そしてゼウスに乗ったビッグマムはキレていた。

 しかしジョジョもまたプッツンきており、ジンベエが思わず二の足を踏む程だ。

 

「……すまん。ワシが居ながらメアリーさんが」

「──気にするな」

 

 謝罪するジンベエの言葉を遮り、ゆっくりと歩を進めるジョジョ。

 

「オレが全部ひっくり返す。だからそっちは頼む──集中させてくれ」

「っ……分かった!」

 

 ジンベエはすぐに踵を返し、クルセイダー海賊団達と共にレッドイーグル号に乗り込んだ。

 それを確認するのも惜しいのか、ジョジョはビッグマムにどんどん近付いていく。

 ビッグマムもまたゆっくりとジョジョに近付いていく。

 

「へぇ。向かって来るのか? 真正面から。このおれに。四皇ビッグマムに」

「近付かなきゃア、テメェをブチのめせないんでな」

 

 その不敵な言葉にビッグマムは嗤う。

 

「マーマママ……! だったら十分近付くんだな!」

 

 漏れ出る覇王色の覇気が二人の間で衝突し、空間が悲鳴を上げる。

 その光景にビッグマム海賊団達は巻き込まれない様にと距離を取った。

 

 まるで、カイドウとビッグマムが戦う時の様に。

 

 そして、お互いに射程圏内に入ると同時に──。

 

「オラァ!」

「ハーハハハッ!」

 

 拳と剣がぶつかり──否、触れずにそのまませめぎ合い、覇気がエネルギーとなって衝撃波となって島を、海を、国を揺れ動かし。

 

 世界を統べる皇帝の一人と、その先を目指す男の戦いが始まった。

 


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