「ベルメールさん! ちょっとこれ見て!」
「うん? どうしたんだい、ノジコ」
足の治療のため、家でゆっくりしていたベルメールの元に、ノジコが血相を変えて飛んできた。さっき収穫したみかんが泥棒にでも盗られたのだろうか? もしそうなら、その泥棒は絶対に捕まえないといけない。
と、呑気に考えていると、ノジコは一つの手配書を突き出した。
そこには、何年も前に一度出会い、そして少し前に再会した一人の男の顔が写っていた。戦闘中に撮ったのか、顔中傷だらけで険しい表情を浮かべたジョットの横顔が写っている。何も知らない人間が見ればとんでもない極悪人に見えるだろう。しかし、ベルメールは違った。
「お、早速お尋ね者になったのかあの坊やは。えっと懸賞金は……1億!?」
「ね? ね? 凄いでしょ!」
先ほど自分がした同じリアクションをしたベルメールに、ノジコが我が事のように喜びを露わにして笑みを浮かべた。この手配書の事を教えてくれたココヤシ村の駐在ゲンゾウは何を喜んでいるんだと注意していたが。
「それはもう凄いさ。こんな凶悪犯見たことないよ! 初頭手配で、それもこの海でこの金額は前代未聞さ!」
「そんな事言って、ベルメールさんそんなに驚いていないよ?」
「ん? まあ、あの子ならあり得るかなって思ってね」
「そうなんだ? 実は私も!」
本来なら彼の身を案じ、心配するのが普通だ。
だが、ジョットなら大丈夫という根拠の無い信頼が彼女たちに笑顔を浮かび上がらせ、彼の海賊としてのデビューを祝した。
そして、同じ海で彼の事を一人祝っている者も居た。
海上レストラン・バラティエ。
戦うコックさんとして有名な彼らは、今日も訪れる客のために料理を振る舞い、そしてゼフが作った賄いを食べていた。席に着いた彼らはゼフの料理を味わいながらも、少し戸惑った様子を見せていた。
「なんか、今日のオーナー機嫌が良かったな」
「ああ。賄いも全部作ったし。豪華だし」
「結構高い酒を部屋に持って行ったのを見たぞ」
バラティエのコックたちが不思議そうに首を傾げているなか、ゼフはジョットの手配書を見ながら、一人で酒を飲んでいた。
「……あん時のガキが、随分デカくなったじゃねえか」
体格も背丈も顔つきも随分変わっていたが、ゼフは海賊としての勘で『星屑のジョジョ』が自分とサンジを助けた子どもだと気付いていた。
あれから会うことはなかったが、こうして成長した姿を確認するのは感慨深い。
ただ、一つだけ不満がある。
それは……。
「ったく、さっさと
自分の夢を彼に見せることができなかった事だ。
「まっ、また戻って来た時に食わしてやるか」
そう呟くと、ゼフは酒をグイッと飲み干した。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「……」
場所は移って
最近この海に入って来たとある海賊が、アラバスタという国を目指して船を進めていた。
船の名はゴーイングメリー号。その船に乗っているのは懸賞金3000万ベリー『麦わらのルフィ』とその一味。
次の島リトルガーデンに向かう最中、航海士ナミは新聞に書かれていたとある情報に関心を寄せていた。
前面に押し出されているのは、
それは、海軍大将赤犬が無名の海賊に重傷を負わされたという前代未聞の大事件。それも、最弱の海と呼ばれる
海軍は事を重く見て件の海賊……星屑のジョジョに1億ベリーの懸賞金を懸けていた。
ナミは、自分の故郷の海でそんな事が起きていたと知り、初めは酷く動揺した。しかし、新聞に挟まれていた手配書を見ると奇妙な感覚にとらわれて、今では不思議なほど落ち着いている。
「どうしたんだい? ナミさん」
「あ、サンジくん」
そんな彼女にいち早く気づいたコックのサンジが話しかけ、彼女の持っていた新聞に気が付くと書かれていた内容を流し読みした。
すると、書かれていた内容に驚いて目を見開く。
「こいつぁ……またとんでもない奴が現れたな」
ここ最近新聞に載り世間を騒がせている海賊は多い。
彼ら……麦わらの一味に加えて、死の外科医トラファルガー・ロー。魔術師ホーキンス。赤旗X・ドレーク。ユースタス“キャプテン”キッド。他にも政府に危険視されている海賊はまだまだ存在し、これからも勢力を拡大していく事は明らかだった。
そんな彼らを背後から殴りつけるかのように現れた1億のルーキー。
無視するにはあまりにも大きな存在だった。
(こんなのが後ろから来ているって知ったら、そりゃあ怖えよな)
サンジは、件の海賊にナミが怯えているのだとアタリをつけた。
ならば、彼がすることは決まっていた。自分の温かい愛で震えるナミさんを包み込む。
そしてあわよくば……。
そう考えて、いつもの調子でサンジは目にハートを浮かべて船上を舞う。
「心配しないでナミすわぁ~ん! そんな奴が来ても、貴女の騎士であるこのオレ、サンジがこの命を掛けてでもお守りしむぁ~す!」
「え? ……ああ、うん、そうよね。普通なら怖がるところよね……」
「……あれ?」
しかし、返って来たのはナミの曖昧な返事。
どうしたのだろうか? と首を傾げるサンジ。
そんな彼にナミは、自分だけでは理解できないからか、今自分が感じている違和感をそのままサンジに話す。
「この手配書を見たら、何だか怖いとかそういう気持ちが吹き飛んで……それで、えっと何と言うか……」
「……?」
「これなんだけど……」
そう言ってナミが渡して来たのは星屑のジョジョの手配書だった。
厳つい表情を浮かべて、見る者に畏怖を与える迫力があった。我がままな子どもにこの手配書を見せて『良い子にしていないと、この海賊が来るぞ』と言えば、すぐに良い子になりそうなほどに。逆に、アウトローな男性が好みな女性は、バッチコイと言いそうなイケメンだった。
「なーんか気になるのよねぇ。何というか、初めて見た気がしないって言うか……」
現在感じている違和感に近い言葉を並べるも、未だにスッキリしなかった。
(多分気のせいだと思うけど……)
今は別の何かに考えを囚われている場合ではない。
女好きで、男には興味無いサンジなら『スカした野郎だ』と吐き捨てて、それにナミが苦笑しておしまい。その筈だった。しかし……。
「こいつは……」
「? どうしたの、サンジくん?」
「いや……なんかコレ見てると妙な既視感が……。
バラティエにでも来たのか? いや、それにしてははっきりと覚えていないし……」
記憶を掘り返してみるも、このような
「あれ? サンジくんも?」
「……どうやら、そのようで」
「同じ海出身だから何処かで会っていたりするかもね。何処かの海賊だったのかも」
「お~いサンジ! おれ腹減った! 肉食いてえ」
二人揃って頭を捻っていると、腹を空かせたこの船の船長がサンジを呼んだ。呼ばれたサンジは呑気な彼にため息を吐いて、キッチンに向かうことにした。
「ナミさん、あまり気にしても仕方ねえよ。それに、今は後ろを気にするより前を気にした方が良い。なんせ相手が相手だからな……」
「うん……そうね。ありがとうサンジくん」
「いえいえ~~! ナミさんのためなら、オレは人生の参謀総長に――」
「サンジーー! 肉ーー!」
「っるせえ! 聞こえてるよ! じゃあ、ナミさん。オレはあいつ黙らせて来る」
「うん、分かった」
サンジは『肉! 肉!』と騒ぐルフィのケツに一つ蹴りを入れるとキッチンに入って行った。そんな彼と入れ違いになるように先ほどまでルフィと騒いでいたウソップが彼女に近づき、手に持っている手配書に視線を送りながら尋ねる。
「何の話をしていたんだ?」
「後ろから追って来る1億の賞金首」
「は!?」
ナミは軽くウソップに伝えた。
するとウソップは顔を真っ青にし、ガクブルと体を震わせて、ナミが『追い付かれたらやばいかも』と冗談交じりに言うと。両手を上げて悲鳴を上げた。
「なんでそんな怪物が
「手配書、見る?」
「怖くて見れねーよ! 夢に出るわ!」
しばらく後方への気配探知を巡らせておこう、と過剰に怖がるウソップ。
それを見て可笑しそうにナミは笑った。
彼らがこの奇妙な縁に気づくのは、もう少し先の話である。
△▼△▼△▼
「――分かった、奴には私から伝えておく。……ああ、無理はするなよ」
『ガチャ』
「……はぁ」
「終わったか? どうじゃったアイツの調子は?」
電伝虫の受話器を置き、深いため息を吐いたのは海軍本部元帥センゴク。先ほどまで怒りに燃えていた赤犬とこの時期に新たに発生した頭痛の種に、彼は頭を押さえた。そんな彼の傍では海軍本部中将ガープが、持参した煎餅を齧りながら赤犬について問いかけた。
「傷の方はほぼ癒えたようだが、頭に血が昇っていた。全く、忌々しい限りだ。クルセイダー海賊団……!」
「サカズキを怒らして逃げ切るとはな。なかなかできることじゃないぞ、ぶわははははは!」
「笑っとる場合かガープ!」
何処までも楽観的なガープにセンゴクの額には血管が浮き出ている。
常に自由気ままな彼を見ていると、自分も元帥の立場を放り出して傍観を決め込みたいほどの事態。
おかきを食いながら笑っている自分を思い浮かべて、まるでガープみたいだと頭を振った。自分が今居なくなると、世界が混乱するのは分かり切っているので元帥として最善の手を打たなければならない。
「この小僧、明らかに奴
「それしかあり得んじゃろ。奴がワシに向かって言ったんじゃからな」
「くっ……どうにか1億まで
そもそも、血筋、強さを考慮すれば、本来のジョットの賞金額はもっと上だった。彼を1億の賞金首にするのは、真正面から戦って逃げ切られた赤犬の評価を、ひいては海軍の評価を下げる行為だ。
もしこれが新世界の海で起きたのなら、何も問題は無かった。しかし現実は現実。
五老星から下された無理難題を何とか達成したセンゴクは、心労のあまり少し痩せているように見えた。
むしろ、これはただの時間稼ぎだという事を理解している。だからこそ、早急に対処しなければならない。ならないが……。
現在、動かせる戦力はあまりにも少ない。
大将黄猿と数人の中将は現在新世界で四皇への牽制に向かっており、大将青雉は療養中。大参謀おつるはシャボンディ諸島で睨みを利かせ、ガープも消耗している。
そんな状態で四皇の……特にロジャー海賊団に出し抜かれた事のあるビッグマムにジョットの全てがバレれば――海軍の手には負えない事態になる。
「ビッグマムやカイドウならともかく、白ひげは察しているじゃろうな」
「赤髪は言うに及ばず、な」
「今にして思えば、これも奴の策の一つだろう……くそ、隠者め……! 世界を混乱させる気かっ」
「案外奴の気まぐれに振り回されただけかもしれんぞ。もしそうなら、ワシに喧嘩なぞ売らん」
「それが分かっているから腹が立つんだ! ああ、くそ。アイツが関わるとロクな事にならない……!」
あの時も、その時も、エッド・ウォーの時も、とブツブツ愚痴を零すセンゴク。
かなり参っているようで、流石のガープもいつもの調子で話しかけることはできなかった。
センゴクが一通り胸の奥で燻っていた苛立ちを吐き出したのを見ると、ガープは問い掛ける。
「で、どっちが行くんじゃ?」
「……青雉だ」
「まぁ、妥当じゃろうな。クザンには悪いが」
これからの動きを確認したガープは、よっこいせと立ち上がるとその場を後にしようと歩き出す。
青雉が動くのなら、その間にガープは傷を癒し、この先の戦いに備える必要がある。
センゴクもそのつもりでそう決めたのだ。
「さて、飯食って寝て……山を幾つか殴って来るか」
「大人しく傷を癒せ、この自由人!!」
平然と自然破壊を口にする腐れ縁に、センゴクはこの日最後の叫び声を上げた。
ちょっと口説くしすぎた。それなのにはっきりと判明させていない。ちょいと反省。
追記
青雉療養中は間違えてませんのでご了承ください