PHANTASY STAR ONLINE2 ~星屑たちの意志~   作:一之瀬魅影

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1.鳥籠を出た小鳥は、まだ羽ばたけなくて

 長杖(ロッド)を両手で握り締め、私は狙いを定めていた。

 狙うは運動場に立てられた小さな的。

 身体中にフォトンを溜め込み、炎が爆発するイメージを頭に思い描く。

 

 

「フォイエッ‼」

 

 

 叫ぶと同時に溜め込んだフォトンを解き放った。

 長杖から小さな火の玉が現れ、ひょろりひょろりと円を描く。それは的に当たる事なく、力尽きるようにプスプスと地面に転がって消えた。

 またか……。

 理想と現実とのギャップに私はガックリと項垂(うなだ)れる。

 Eクラスを担当する教官は険しい表情で口を開く。

 

 

「火力不足だ。みかげ。これでは雑魚すら倒せずに死ぬぞ」

 

 

「……はい」

 

 

「いいか? ニューマンは体が脆弱な代わりにフォトンの扱いに長けた種族だ」

 

 

 教官は空中に端末を投影させ、立体画像に何かを入力している。

 

 

「今のテクニックで戦えるほど戦場は甘くない。日々精進するように」

 

 

「……すみません。テスト、ありがとうございました」

 

 

 私は軽くお辞儀し、待機している研修生たちの元へトボトボと戻った。

 私の散々な結果に、一部の研修生のクスクス笑っている声が耳に入ってくる。

 聞こえないふりをして持っていた試験用の長杖を見つめた。

 

 何故、上手くテクニックが出せないのだろう。

 士官学校に入学して暫く経つ。だが、未だにテクニックさえ満足に出せない。

 

 空気中に漂う力の粒子、フォトン。

 そのフォトンを使い、炎、氷、雷、風、光、闇の属性の力に変換する技術をテクニックという。

 私たちニューマンと呼ばれる種族は、フォトンの適性が高く、テクニックの扱いが得意にも関わらず、私は上手く扱うことが出来ずにいた。

 他の研修生を見ていても差が段々と広がっているのを感じて、気持ちばかりが焦る。

 アークスになりたいと入学したのに、気づけばクラスの落ちこぼれ。情けなくなって長杖を抱えてしゃがみこんだ。

 

 

「なぁーに、しけた面してんのみかげー♪」

 

 

 私の背中を手加減なしで強く叩き、誰か声をかけてきた。誰か、といっても声で分かる。

 

 

「痛っ! もう何ですか⁉」

 

 

 猛烈な痛みに顔をしかめ、背中を擦りながら後ろを振り向く。

 短く切られた赤髪と褐色の肌を持つ少女が立っていた。綺麗なエメラルドのような瞳、私も羨むふくよかな胸、屈託のない笑顔でこちらを見つめている。私の友達、茜の姿がそこにあった。

 

 

「アッハッハ、ゴメンゴメン。暗い顔してたからさぁ~。可愛い顔が台無しだぞー」

 

 

「励ましてくれるのは嬉しいですが、少しは加減してください」

 

 

 まだ痛む背中を擦りながら文句を言うが、茜は豪快に歯を出して笑っている。

 呆れを通り越してむしろ清々しい。

 

 

「茜、遅刻ですよ。もうテスト始まってるのに」

 

 

「いやぁ、眠かったからさぁ。あと、かったるかった」

 

 

「おいこらっ落第生。それで、アークスになるつもりですか?」

 

 

「モチロン‼」

 

 

 さも当たり前だろう、と言わんばかりに腕組みする茜に頭を抱えた。

 それならもう少し真面目に取り組んで欲しい。

 喉元まで出かかった言葉を呑みこみ、溜息を吐いた。

 

 私たちが通うアークス士官学校は下はEクラスから上はSクラスまで六つのクラスに分かれている。ほとんどの研修生は1年もすればEクラスからDクラスに進級するにも関わらず、隣でえっへんと腕を組む茜は入学してまだEクラスのままだ。

 本人は自分への評価に興味がないのか、誰に何を言われてもケロッとしている。かと思えば、講義が終わると夜遅くまで筋トレに励み、己の肉体を鍛えていたりもする。

 

 ふと、我に返って正面に 向き直る。すると、教官が茜を鋭い眼光で睨み付けているのが分かった。

 

 

「うわー……。凄く教官怒ってる。早く行った方が良いですよ」

 

 

「あちゃー」

 

 

 茜は頭を掻いて教官の元へ向かった。

 かなりの剣幕で怒鳴られているのが聞こえてくる。

 

 

「ふん。落ちこぼれと落第生。なんてお似合いのコンビですこと」

 

 

 いかにもお嬢様口調で、一人のクラスメイトが私に話しかけてきた。

 私が顔を上げると、丁寧に結われた金髪、つり目がちな赤眼、私と同じく尖った耳が印象的の同期生、エリザベートが立っていた。

 彼女は私の父が経営する会社の競合社の社長令嬢らしい。よく分からない因縁をつけてくるので苦手な子だ。

 

 

「何ですの? 何か言いなさい」

 

 

 黙っている私にビシッと人差し指を突き出し、エリザベートは更にまくし立てる。

 

 

「……そういう貴方こそ、結果はどうでしたか?」

 

 

「フフン、フォイエはちゃんと出ましたわ」

 

 

「長杖が爆発して壊れたように、見えたんだけど」

 

 

「あたくしの力に長杖が耐えきれなかっただけですの。試験用の武器は脆いですわね」

 

 

 自分の失敗にもめげず、自慢気に話す彼女が少し羨ましかった。火力は十分だから私と違って調整さえすればなんとかなるだろう。

 

 騒がしいエリザベートを余所に茜の様子の続きを見守ることにする。

 茜の腰には見慣れない形をした剣がぶら下がっていた。一般的に見られる大剣(ソード)よりも大分細身で小ぶり。確か、カタナと言っていたか。試験段階の武器になる予定で、父の会社でも開発が進められている。何故あの武器を彼女が持っているのだろうか。

 

 教官が何枚かの円盤が用意され、同時に全て空中へ放り投げた。

 

 

「ハァァァッ‼」

 

 

 茜は一瞬で空中に浮き上がると、鞘から刀身を引き抜き一閃。鞘に収めると同時に着地。

 板は真横に切り落とされ、破片がカラカランと音をたてて土埃を上げた。そのどれも綺麗に真っ二つに切り落とされている。

 その様子に研修生たちからも驚嘆と歓声があがった。

 さっきまでの真剣な眼差しはどこへやら、にかっと歯を見せて「どうよどうよー」と言わんばかりにブイサインを振り撒く。まるで調子の良いガキ大将のようだ。

 この結果に教官はやや呆れたように肩を(すく)めている。

 

 今やっているテストは訓練の一貫。自分の実力を図るために行われているに過ぎない。そのため、このテストは進級試験に反映される事はないらしい。

 この茜の実力が進級試験に発揮されていれば問題なく合格出来たはずだ。

 そういえば、茜の落第理由を私は知らない。今度聞いてみよう。

 

 ほぼ滞りなくテストは進行し、午前の部は終了。

 昼食を取りに私と茜は校内の食堂に移動した。

 私はクリームパスタのセット、茜はステーキ定食を注文し、頼んだ食事のトレーをそれぞれ持ちながら空いている席を探す。

 しかし、丁度お昼時。生徒で混み合い、賑やかな話し声が響き渡る食堂になかなか空いてる席が見つからない。二人してトレーを持ったまま食堂を彷徨うはめになってしまった。

 

 

「あちゃー、失敗したな。最初に席取りしときゃ良かった」

 

 

「困りましたね……」

 

 

「んー……あっ、あそこ空いてる‼」

 

 

「ちょっと、急に走ったら危ないですよ……えっ?」

 

 

 茜が小走りしていく方向には、確かに空いてる席があった。

 窓際の4人用のテーブル席。そこに一人、燕尾服の男性が座っている。後ろ姿しか見えないが、その姿には確かな見覚えがあった。

 既に茜はその人に話しかけていたためあえなく断念。仕方なく茜の後を追った。

 

 

「すみませーん。ここ座っても大丈夫ですか?」

 

 

「えぇ、構いませんよ。どうぞ」

 

 

「あざまーす。みかげー、大丈夫だってー‼」

 

 

 茜の呼び声に不本意ながら燕尾服の男性と対面するような形で席に着く。茜は私の隣に座るや否や手を勢いよく合わせ「いっただきまーす!!」と ステーキを頬張り出した。

 燕尾服の男性もこちらに気づいているようで、いつもの胡散臭い笑顔で頬杖ついている。

 スッキリとセットされたオールバックの黒髪、髪に埋もれるほど小さな黒い角、銀縁眼鏡。私に仕えていた執事、ゆうに相違なかった。

 

 

「お久しぶりですね。みかげお嬢様」

 

 

「……ゆうさん、その呼び方は止めて下さい。私はもう家を出ている身ですから」

 

 

「いいえ、貴方がアークスになろうとなかろうと、私のお嬢様には代わりありません」

 

 

 お嬢様って知られたくなかったのに……。

 しれっと言ってのけるゆうに、私は訂正を諦めた。軽く手を合わせるとパスタを口へと運ぶ。うん、少し濃いけど美味しい。

 

 

「え、お嬢様? てか、二人は知り合いだったのか。もしかしてこれー?」

 

 

 からかい口調で茜が親指と小指を交互に突き出して来たため、私は彼女の頭に拳骨を振り落とす。

 その拍子に食べ物が気管に入ったらしく、茜は激しく咳き込んだ。

 

 

「おや、ご存知なかったのですか? 彼女はアークスウエポンカンパニーの社長令嬢なのですよ」

 

 

「ウグッ、げほっごふ……アークスの武器とか防具を作ってるあの大企業?」

 

 

「えぇ。私はそこでお嬢様に仕えていた使用人、所謂、執事ですね」

 

 

「ほーん、そんでその執事さんが何でここに?」

 

 

「私はアークスも兼用していましてね。ここには特別講師として来ているのですよ」

 

 

「マジですか⁉ アークスで執事っていう人もいるんだ。でもでも、家出したお嬢様を追いかけてーとかじゃないんですね。ちょっと残念」

 

 

「フフッ、期待に添えられず、申し訳ありませんね」

 

 

 茜は食べながら敬語とタメ口をごちゃ混ぜに忙しなく喋る。

 それににこやかに応対するゆうは手元のティーカップを口元で傾けた。

 案外、私のお父様に頼まれ、根回しで士官学校に潜り込んだのかもしれないなと邪推する。

 

 

「それにしても、みかげお嬢様に貴方のようなご友人が出来て実に喜ばしい。貴方から見てお嬢様はどうですか? 訓練や座学にはついて行けていますでしょうか?」

 

 

「あぁー、えっとー……」

 

 

 珍しく言い淀む茜は困ったように私に顔を向ける。

 口元を紙ナプキンで拭ってから、私は重い口を開けた。

 

 

「座学は普通だと思います。でも、実技でテクニックが思うように出せなくて……」

 

 

「おやおや、お嬢様ともあろうお方が。困りましたね」

 

 

 何処かわざとらしく演技めいた言葉と身振りで腹が立つ。だが、背に腹は変えられない。

 ゆうは嫌みな性格だが優秀な事は確かだ。きっと良い助言をしてくれるだろう。

 私は深呼吸して気持ちを落ち着かせる。平常心、だ。

 

 

「どうしたら上手くテクニックが使えるようになるか、教えてくれませんか?」

 

 

「ふむ。畏まりました。お嬢様の頼みですからね」

 

 

 ゆうがあっさり承諾したことに私は軽く拍子抜けした。

 

 

「一応聞きますが、選択している職はフォースですね?」

 

 

「えぇ、そうですよ。種族がニューマンだから」

 

 

「その理由も短絡的で貴方らしいですが、大前提にニューマンが必ずしもフォースをやるという決まりはありませんよ」

 

 

 短絡的って何よ。嫌味を言わないと気が済まないの?

 自分の唇が不機嫌そうに尖ってくるを感じた。

 

 

「でも、最初はハンター、レンジャー、フォースのどれかからでは?」

 

 

「それはあくまで基本です」

 

 

 そう、数ある戦闘クラスの中でも基本は三つのクラス。

 大剣等の打撃武器を用いて戦うハンター。

 長銃(アサルトライフル)等の射撃武器を用いて戦うレンジャー。

 そして、長杖を用いてテクニックを行使し戦うフォース。

 ゆうは続ける。

 

 

「種族によって多少の得意不得意あれど、努力や技術で補えますから、皆好きな職で戦いに挑んでいますよ」

 

 

「えっ、じゃあ……私は一体どうすれば良いの?」

 

 

「まず、自分の得意なことやりたいことが何なのか、探してみてはいかがでしょう?」

 

 

 私の得意なこと?

 私のやりたいこと?

 改めて考えてみるとよく解らない。ただ闇雲にアークスになりたいその一心でここにいる。

 私が思索に耽っていると、ゆうはポケットから銀の懐中時計を取り出し、時間を確認する。

 

 

「私は講義の準備がありますので、これで失礼します」

 

 

 ゆうはティーカップに残っていた紅茶を一気に飲み干し、静かに席を立った。

 

 

「あぁ、それからもう一つ……?」

 

 

 何かに気づくとクスッと口元を歪ませるゆう。

 私は不思議に思い首を傾げる。

 ゆうは胸ポケットの白いハンカチを取りだし、スッと私に近づく。

 身構えていると私の口元をハンカチをポンポンと優しく拭われた。

 まさか、まだ食べ汚れが付いていたの?

 羞恥心で耳まで瞬時に熱くなるのを感じた。

 

 

「フォトンの適性がある。それだけでもとても特別なことです。無駄にならないように、その才能の生かし方が見つかると良いですね」

 

 

 笑顔を崩さないままそっと離れ、ゆうは仰々しく会釈してその場から立ち去った。

 以前と変わらない私への接し方。お嬢様と執事。私にとってあまり気分の良いものではない。

 

 

「しっかし、みかげがお嬢様だったなんてな。大切にされてんじゃん」

 

 

 ステーキ定食を完食し、いつの間にかおかわりまでもしていたらしく、茜のテーブルには何枚も食器が重ねられていた。

 こんな時でも明るく元気な茜にどこかホッとしながら答える。

 

 

「違いますよ。ただ父親に恩義を感じて、任された仕事をこなしてるだけです」

 

 

「そうか? 少し意地悪な兄ちゃんって感じ」

 

 

「だから、そんなんじゃないですってば」

 

 

 そんなことを言い合いながら、私も昼食を完食。二人で手を合わせた。

 

 

「さぁ、私たちも講義に移動しましょうか。次の科目は歴史でしたね」

 

 

「ゲェーッ。座学キラーイ。だったら訓練で体鍛えたーい。筋肉つけたーい!」

 

 

 駄々をこねる茜を引きずるようにして教室へ向かった。


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