エメラルドの大魔法使いと失われた主人公と最後の物語 前編   作:とましの

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9話

 赤ずきんでもそれを殺す狼でもない。何も起きなければ何の意味もない役目を持って生まれた幸村は、最初は第一王子だった。けれど後に生まれた王子が『赤ずきん』だったため第一王子の立場を失う。

 それでも柔らかにきらめく金色の髪とエメラルドの瞳を持つ王子は皆に愛された。事あるごとに人々は神に祝福された容姿だ、御使いのようだと第三王子を褒め称える。

 けれど第三王子は退屈していた。狼である政宗は物心付く前から公爵家に預けられ、赤ずきんの信長は勉強に忙しい。そのため第三王子はずっと独りだった。

 そして暇潰しのように中庭の木陰に転がり空を眺める。そこに彼は現れた。

「そこをどいてくれますか」

 淡い茶系の落ち着いた瞳が王子を見下ろしてくる。城にいる人間はけっして王子を見下ろしたりしない。気づけば床にひれ伏してこちらに目も向けない。そしてそれが当たり前で礼儀なのだと大人たちが教えてくれた。

「おれをみおろすのは不敬だヨ」

「あなたのような子供を上に見るようにはできていないんです。それより邪魔なのでどいてくれますか」

 どこまでも失礼なその子供は見下ろしたまま王子に移動を命じてくる。それが気に入らない王子は無視することにした。

 すると新たに幼い子供がやってくる。

「みー、おはなしゃかしぇりゃーない?」

「咲かせられますよ」

 つたない言葉に問われた子供は王子の腕をつかむ。すると不思議なことに王子の身体がふわりと浮かび上がった。

「どんな花がいいですか?」

「みーのおはなしのきれーなの」

「わかりました」

 その子供は幼い相手にはとても優しげな顔を見せていた。王子に向けられるものとは違う柔らかな笑顔で白い手をすっと横へ動かす。

 すると王子の視界のすみに桃色の何かがちらつき始めた。それにつられるように見上げた王子はいつの間にか地面に降ろされている。

 そうして見上げた先で、葉がしげっていただけのつまらない木が満開の花に包まれていた。

「これ魔法……」

 驚きに目を丸めたまま王子は再びあの無礼な子供を見やる。桃色の花びらが散る中で見たその子供は、王子の目に特別な宝物のように見えた。

 

 

 

 問題を解決するぞという慶次の掛け声が廊下に響く。客人が立ち去った執務室で三成は大きなため息を吐き出した。

「どうして彼らをここに連れてきたんですか」

 疲れた顔で椅子に腰かけた三成の目の前には、机に座る第三王子がいる。彼は先程三成が出した棒つき飴を指先で転がし遊んでいた。

「信長たちも近衛隊長も使えなくなった。動けるのは俺だけだけど俺はなんにもできない。それなら俺は俺のとっておきを出すしかないヨ」

「いつ俺があなたのとっておきになったのか知りませんが、巻き込まないでください。俺のこの特技もあなた以外の誰にも知られてなかったんですから」

「前の時も傍観してたもんナ。近衛隊長が消えた時も居場所を知ってたはずなのにサ」

「部外者が下手に手を出して物語が狂ったらどうするんですか。それに苦難を乗り越えるのは主人公の……」

 仕事に戻るため書類を広げる三成の眼前に、不意に金色の前髪が入り込んだ。視点を手元から移せば目の前にエメラルドのような緑の瞳がある。

「おまえは部外者じゃないヨ。近衛隊長の弟でこの国の書記官で俺の自慢の星。独りぼっちで夜を過ごしてる俺の部屋に来てくれて、甘くて優しいものをくれたただひとりだヨ」

「王子命令と呼び出され、さらに寝付くまで本を読めとさがまれた記憶ならありますよ」

「俺の寝室に忍び込めるのはおまえだけだったからナ」

「俺は仕事に戻りますから、あなたの我がままに付き合うのはこれで終わりです」

「……なら、最後に教えてヨ」

 仕事に戻りたい三成に、第三王子は鼻先が触れるほどに顔を近づけてささやいた。

「近衛隊長を壊したのは誰」

 問いかけた第三王子の目の前で三成の瞳が大きく開かれる。しかしすぐに再び視線を落とすようにその長いまつげを伏せた。

「本人です」

「近衛隊長?」

「ですから今のままなら、使者としてこの国へ来てくれたあの人魚姫の想いも成就しません。本来の物語のまま悲恋として終わるでしょう。たとえ慶次がまた物語を書き換えたとしても、あの人を救うことはできません」

「おまえは近衛隊長が壊れたまんまで良いと思ってるんだナ」

「あの人自身が望んだことですから」

「けどあいつが壊れてるから真琴は苦しんでる。信長も政宗もそうだヨ」

「王子だけが苦しんでいるというのなら、その苦しみを飲み込んで黙りなさい」

 皆が苦しんでいるのにと訴える第三王子へ三成は冷徹な言葉を突き刺した。あまりの言い草に第三王子は顔をしかめて黙り込む。

 そうして離れた第三王子を見上げた三成はまっすぐな瞳で口を開いた。

「この国が平和で皆が幸せでいるには、そうするしかないんです。ですからあなたも諦めなさい。ここでの会話も他言無用ですよ」

「……わかったヨ」

 四人の王子の中でもっとも諦めの良い第三王子は落胆の色を宿したまま嘆息を漏らした。そしてそのまま、何を言うでもなく執務室を出ていく。

 そうしてひとり残った三成は机に残された棒つき飴に気づいた。

「ただひとりを救えないのに皆の幸せなど……本当に虚構が過ぎますね」

 

 

 

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