エメラルドの大魔法使いと失われた主人公と最後の物語 前編   作:とましの

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10話

 城を後にして再び街に出た慶次は昼下がりの空の下であくびを漏らした。と同時に腹の虫が鳴ってしまい笑いながら凜を見る。

「あははは、ごめん」

「おなかすいちゃうよね。さっきケーキもらったけどたぶんもうお昼すぎとかだし」

「朝からいろいろあったもんなぁ…そういえば凜はなんであそこで走ってたんだ?」

 自分は大好きな相手を見つけて嬉しすぎたせいだけど、とは言わずに慶次は質問を向ける。すると凜は幼い顔を赤く染めて微笑む。

「えっと、蒼馬さんをさがしてたっていうか、起きたらだれもいなかったっていうか。それでなんかさみしくなっちゃって」

 てへへと照れ笑いを見せた凜だが、そんな彼の後ろで蒼馬が真琴の肩を揺すっていた。

「ほら見てください。我が姫はあんなにも愛らしいんです。あんなにも愛らしい天使のような姫を誰が守らずにいられましょうか」

「ああああああ…わかる。気持ちはわかる」

「わかるんですか? しかしいくら王子といえど我が姫に手を出そうなどしないでくださいね。私が西の魔女だということを忘れないように」

「ああ、しない」

 愛らしさに対して同意を求めながら、同意すれば釘を指す。執務室を出てから、蒼馬は真琴を相手にそんなことを繰り返していた。そのため慶次も西の魔女というものが恐ろしい存在にはとても思えなかった。

 むしろ魔女は全員どこかクセがあるのだなと、冷静に考えてしまう。

「そういえば、慶次さんは王子様と付き合って長いんですか? あ、シンデレラって舞踏会で会うんだっけ?」

「俺と真琴は森で会ったんだよ。真琴は川で釣りしてたんだ」

「王子様がつり……」

 物語の王子らしからぬ行動に驚く凜の目の前で今度は慶次の顔が赤くなる。

「俺その時に暖炉の大掃除して灰まみれになっててさ。面倒だから川でざばーって洗おうと思ってたんだ。そしたら釣りしてた真琴が川に落ちそうになってたから慌てて支えようとしたけど失敗してさ」

 ふたりで川に落ちたんだよと笑う慶次に凜はなるほどとうなずいた。

「それで恋をしたんですね。そこから舞踏会やってガラスの靴を落として、結婚? あ、そういえば国にいた時に第四王子が結婚したって聞きました」

「そうなんだ。俺の育ちが悪いから反対されたりもしたけど、最後は許してもらえて結婚できたよ」

 凜の質問に慶次は照れながらも説明した。そんな会話をしながら目的地にたどり着いた慶次は三階建ての屋敷を見上げる。

「兄ちゃんの家ってこんなに大きかったんだな……」

 高い塀に囲まれた敷地は広く門を抜けると馬車を止める場所まで作られている。もちろん畑などはなく、敷地内は石畳がきれいに敷かれていた。

 こんなにも大きな屋敷を持っているのなら、父の土地屋敷なんていらないはずだ。そう改めて認識した慶次は少し恥ずかしい気持ちになった。

「大きなお屋敷ですね。ここに南の魔女がいるんですか?」

 屋敷を見上げて問いかける凜に真琴がうなずいて返す。

「昨夜の騒ぎで南の魔女も負傷しているからな。それに狙われている人をひとりにもできないから、東の国の使者と一緒にいてもらってる」

「その人たちは、ケガはないんですか?」

「ああ、負傷者は南の魔女と俺の兄と近衛隊長だけだ。後は採掘場の人たちが軽傷だと聞いてる。それと……」

 皆を守った長政は怪我こそ負ってないが様子がおかしい。そう思ったが、真琴は凜にそれを告げることを断念した。

「それと?」

 しかし何も知らない凜は首をかしげて問いかける。真琴はそんな凜に笑顔を見せると首を横に振った。

「森が焼けたから、動物たちの住処が失われたな」

「あー、後で浅葱に言って直してもらいます。直せるかわからないですけど」

 誤魔化すように告げた真琴は屋敷の玄関扉をたたく。すると間もなく使用人がやってきて扉を開けてくれた。

「東の国から来ている者の中で起きている者はいるだろうか。貿易商の彼が起きてくれていたら助かるんだが」

 この屋敷に住んだ事も遊びに来たこともない真琴は、使用人に顔を知られていない。今朝もここに来たが、彼らに自分が王子であることは告げていなかった。そのため通してもらえるかと案じたが、それは杞憂だったらしい。

 真琴の話を聞いた使用人はにこりと微笑むと屋敷の奥へ案内してくれる。通されたのは暖炉が灯された暖かな応接室だった。三階にある家主の寝室と同様に装飾は少ないが、こちらには小さな花瓶がいくつも置かれている。

「小さな花瓶ばかりですね。冬だからかな?」

 真琴と同じところに目がついたらしい凜が棚に並ぶ花瓶に近づき眺めた。

「おれの国だと、お金持ちの家とかいろんなものがあるんですよ。部屋の中なのに石の像があったり鎧が立ってたり。でもこの屋敷は必要なものしか置いてない感じです。ソファとテーブルと暖炉と……花瓶がたくさん」

 花瓶だけというのも不思議ですけどと広大な領地を持つ帝国の姫が首をかしげる。

「ここの家主さんって花が好きなんですかね?」

「どうだろうな」

 近衛隊長として仕えてくれている間も、真琴は彼の私的な話を聞いたことがなかった。むしろ彼は慶次が自分の弟であることすら話してくれなかったほどだ。そんな男なのだから、たとえ花が好きだとしても教えてもらえるとは思えない。

 改めて近衛隊長との距離に思いを馳せていると目的の人物がやって来た。それとともに使用人がお茶を運んでくれたため真琴はソファに腰を下ろす。

「副隊長さんではなく僕に用でいいんだね。彼はつい先程眠ったところだから、起こすのは忍びないと思うんだけど」

「長政は今まで何かしていたのか?」

「自分は悪魔なんじゃないかって、酷く思い詰めていたんだよ。もうどうしようもないから魔法をかけて落ち着かせたんだけど」

 そう言いながら、彩兎はちらりと蒼馬へ目を向ける。視線を受けた蒼馬は悪意はなかったのだと笑顔のまま謝罪した。

「私の目には本当に悪魔のように見えたんですよ。あなたもそうは思いませんか?」

「彼は心根の優しい良い子だよ。自分を育ててくれた人を何よりも大切に思っているし、それを守ろうと一生懸命なんだ」

「北の大魔女もそれなりに優しい人でしたから、それはわからなくもないですよ。しかし百年生きた大魔女でも、その優しさがあだとなって殺されてしまいました。世の中は難しいものですね」

 蒼馬は優しげな笑顔のまま、とても優しいとは思えない言葉を向ける。そして南の魔女である彩兎はそんな蒼馬に負けないほどの笑顔を見せていた。

「でも彼女は長政君という子供を残せたんだから、悲しいばかりではないよね。しかも彼はここで大切に育ててもらっている」

「大魔女の子は利用価値がありますから、誰でも大切にすると思いますけど」

 笑顔のままにらみ合うふたりを見上げていた凜は口をとがらせる。そして蒼馬の袖を引くと辞めるようにと言い出した。

「おれたちはこの魔女さんにあやまりにきたんだから、ケンカ売らないでください」

「ああ、そうでした。つい忘れてました」

「あやまりに?」

 凜の指摘に笑顔のまま返す蒼馬のそばで、彩兎は不思議そうに凜を見る。そしてそのままの視線を慶次に移した。

「どういうことですか?」

「凜さんは荒れ地の向こうにある帝国の姫で、蒼馬さんとランプの悪魔と一緒にここまで来たんだ。それで凜さんがランプの悪魔に代わってあやまりたいって」

「それは謝罪されてどうこういう話ではないんじゃないかな。この国の近衛隊長さんはまだ意識が戻ってないからね。それにこの時期にエメラルドの採掘場を爆破されて、この国にどれだけの損害がでるか」

 貿易商である彩兎はこの国の損害まで考えた上で謝罪では済まないと言う。とたんに凜が困ったように眉を垂れた。

「ごめんなさい……でも本当に、おれはあやまることしかできなくて」

 他に何もできないと、凜はスカートの裾を握り締めながら頭を下げる。そして蒼馬はそんな凜を気遣うように背中に手を添えた。

「姫……」

「いやはやこれは驚いたな。小さな女の子が彩兎ちゃんに頭を下げているとは」

 緊張した空気は楽しげな声とともに砕かれた。穏和な雰囲気とともにやってきた透は部屋のすみに置かれたカップを手にする。そこへお茶を注ぐとソファへやってきた。

「修羅場だとしたら怜ちゃんが泣きそうなんだがな」

「彼女はランプの悪魔の代わりに謝罪をしに来たんですよ」

 茶化された彩兎は簡潔に説明をした。その上でため息を漏らすとソファに腰を下ろす。

「僕ひとりの被害なら、僕ひとりの決断で終わらせられるよ。でもこの国の負った被害ははかり知れない」

「ふむ、しかしだからこそそこに第四王子がいるのだろう」

 透の指摘に彩兎は驚き、彼の指し示した方向に座る真琴を見る。慶次とは何度か城の茶会で会っているが真琴とは昨日の医務室が初対面だった。

 だが昨日の彼の言動を思い出せば王子であることは簡単に納得できる。しかし今までそれに気づけなかったのは、抱え込んだ疲労による思考力低下のためか。

 そんなことを考える彩兎の目の前で、真琴は整った顔に微笑を乗せる。

「政に関しては父と兄上たちがしていて、成人したばかりの俺に発言権はないんだ。それに採掘場に関しては被害を調査してる段階で損害も把握できてない。だから今はその話は忘れてほしい。凜は純粋にふたりを和解させたいだけなんだ」

 国としての損害はまだわからないからと、真琴はここでは忘れて欲しい旨を主張する。すると彩兎は少し困った様子ながらも視線を落とした。

「和解も何も仕掛けてきたのはあちらですから、僕からどうという事はありません。ただやはりあれほどの事をしでかすような悪魔はきちんと封じるべきだと…」

「そこはだいじょうぶです。おれからもちゃんと言います。浅葱はいいヤツだから」

 真面目に使命をまっとうしようとする彩兎へ凜が強い口調で言い放つ。そのため彩兎はやはり困った様子ながらも反論はしなかった。

「わかった。僕はその和解を受け入れるよ」

 彩兎の言葉に凜は笑顔を輝かせる。そして嬉しそうに慶次を見やると、そのままの笑顔で蒼馬を見上げた。

 


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