エメラルドの大魔法使いと失われた主人公と最後の物語 前編   作:とましの

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1話

季節が過ぎて秋が終わり、北から雪混じりの風が吹き付ける。人々が世話しなく歩くその隙間に薄汚れた茶色のフードをかぶった少女がいた。

 カゴを手に行き交う男性に声をかけては断られを繰り返す少女の元に男性が歩み寄る。黒い軍服をまとい目深に帽子をかぶったその姿に少女は反射的に後ずさった。

 しかし男性は少女の前でひざを屈すると金貨を取り出す。

「細かいのねぇから、これで買えるだけ売ってくれね?」

「すみません……たくさんは持ってきてないです」

 男性の問いかけに少女は寒さに震える声で答えた。すると男性はため息を吐き出しそのまま黙り込む。

「じゃあさ」

ややあって口を開いた男性は金貨をもう一枚取り出して少女の小さな手に握らせた。

「金貨一枚で買えるだけのマッチを城に届けてくれよ。もう一枚は手間賃な」

「けど…っ」

「それとこのマント貸してやるから、今夜はあったかくしてろよ」

 大雪らしいからと告げた男性は腕にかけていたマントを少女に押し付ける。そして代わりにマッチを一箱受け取ると立ち上がった。

「じゃあな、頑張れよ」

 帽子のつばをわずかに引き上げ目元を見せた男性は行き交う人の中を去っていく。黒い背中が人込みに紛れるまで見送った少女はそのまま温もりの残るマントを抱き締めた。

 

 マッチの箱を手のひらに転がしながら歩いていた近衛隊長は声をかけられ足を止める。目を向けるとまったく見覚えのない男が笑顔を向けていた。

「突然声をかけてすみません。お優しいんだなと思って」

「ん?」

「さっきのマッチ売りの」

 眼鏡の男は後方を指差して微笑をこぼす。

「失礼ですが、あの子を捕まえるのではと思って見てたんです。確かこの通りは露天などの物売りは禁止されてますよね」

「あー……そうだったか」

 男の指摘に内心で面倒だと思いつつ近衛隊長は顔を背けた。

「僕もあなたが見逃したからなんだと言うつもりはないんです。ただ同じ商売人として嬉しかったんですよ」

「へぇ」

 あのマッチ売りは商売人と言えるほどのものではない。それでも同じだと言うのだから、この男は自分がそれを生業としていると言いたいのだろう。そう考えながら近衛隊長は男に目を向けた。

「商売人が俺に声なんてかけても時間の無駄だぞ。軍の金庫の鍵を扱ってるのは超優秀な書記官だからな」

「ああ、すみません。そういう意図は本当にないんです。それに僕が扱っているのは兵士の方に売るようなものではなくて」

「そうなのか」

「けどそうですね。あの子を助けていただいたお礼をさせてもらえませんか。ちょうど今朝、良い茶葉が手に入ったんです」

「そいつを飲まないと放してもらえない雰囲気だな」

 お茶をおごることで感謝の気持ちを伝えたい。そう考えているらしい男の善良さに呆れつつ近衛隊長は足の向きを変えた。

「隊長さんこないなとこで何してんの」

 そこで新たな人物に声をかけられ隊長は小さく舌打ちした。そんな隊長の態度を目の当たりにした男は新たに現れた人物へ目を向ける。

 白いマントに身を包んで現れたのは白い髪を風に揺らした華奢な若者だった。

「そのセリフ、まんま返していいか」

「おれはどう見てもお散歩の途中やん。あの書記官からこの近くに宝石の店があるて教わってな。この国は昔からエメラルドの産地で有名やって聞いとるし、一度見とこかなってな。で? 隊長さんはここでなにしとんの? また勝手に出歩いて長政君に迷惑かけたらあかんよ」

「人を迷子のガキみたいに言うな。あ……悪い。めんどくさいのが来たからおごられんのはまた今度な」

 言葉途中で視線を男へ戻すと近衛隊長は謝罪と断りを向けた。しかし男は楽しげな表情とともにその目を白いマントの若者へ移す。

「良かったらあなたもどうですか? 出せるのは少しのお菓子と上質の紅茶だけですが」

「行くわ」

 男の誘いに即答した若者は白く細い指先で隊長の袖をつかんだ。

「タダでええお茶が飲めるなんて最高やん」

「おまえ城でも好きなだけ飲み食いしてるじゃねぇか」

「あのうるさい赤ずきんの文句聞きながらやん。あんなもん美味ないわ」

「それはおまえが……」

「はいはい、隊長のお小言はいらんから兄さん行こか」

 めちゃくちゃするからだろうと指摘しようにも流されてしまう。そうして口を閉ざした近衛隊長は手間のかかる北の国の王子に連れられ歩き出した。

 

 

貿易商をしているという彩兎は主に南の土地で茶葉を買っているという。南で採れた良質の茶葉などを北の土地へ運んで売りさばく。そのため様々な土地を転々とし、今はこの国を拠点としているらしい。

「南の国からやったら船で東の国に行って、そこから馬車か」

「そうなりますね。ですから東の国を拠点とする事が多いんですよ」

 かつて追われる身だった秀吉は、湯気のたつカップを手に会話に花を咲かせる。北の国の大臣に命を狙われた白雪姫は、魔女の機転でその力を得て逃げおおせた。けれどその大臣が死に、一度は人間に戻った彼だが本人の望みで再び魔女に戻っている。

 そして今もこの国に住み、魔法を使って人の役に立とうとしては失敗を繰り返していた。

 そんな秀吉の隣に座り、近衛隊長は机の上に置かれた本に手を伸ばす。手作りらしいその本を広げてみると中には海図らしいものが書き込まれていた。

 海図は海の深浅や潮流が描かれ航海には必ず必要な代物であるらしい。しかし海のないこの国では縁のない物だった。そのため読み方の知らない近衛隊長が見たところで内容を正しく理解することはできない。

 けれど博識で優秀な書記官を務める弟ならこれを理解することもできるだろう。あるいはかつて船に乗っていたというあの男ならこの程度は簡単に読み解けそうだ。

 隣国の王のことを考えていると隣にいる秀吉に肘をつつかれた。

「なんや物欲しそうに見とるけど、隊長さんも書記官とおなじ本の虫病か」

「元々本は嫌いじゃねぇよ」

「それ何の本なん?」

「海図」

「カイズ」

 海図を知らないらしい秀吉は近衛隊長に寄り添い中をのぞき込む。しかしすぐに眉をひそめると近衛隊長の顔を見つめた。

「こないなもん見て楽しいんか」

「意味はわかんねぇけどな」

「東の国の連中なら読めそうやね。なんやったか、隊長さんを助けてくれた人おったやん。あの人はあっちの国の兵士かなんかやろ? あの人なら読めるんとちゃう?」

 問いかけた秀吉の顔に茶化すような雰囲気はない。しかし近衛隊長は無言で本を閉ざして立ち上がった。

 突然のその行動に機嫌を害したかと秀吉は眉を浮かせる。だが近衛隊長はそんな秀吉の不安をよそにテーブルを指差し彩兎を見た。

「仕事思い出したから俺は帰るけど、俺の分はこいつが飲み食いするから。それで礼ってことにしといてくれ」

 近衛隊長はそう言うなり帽子をかぶり部屋を出ていこうとした。彩兎はそんな近衛隊長を見送るために立ち上がる。

 彩兎が借りているという邸宅は小さいが小綺麗で珍しいものにあふれていた。先程の海図だけでなく、壁には地図が貼られている。そして羅針盤や船の模型などが飾られ、どれも海や冒険を連想させた。

 見知らぬ木彫りの鳥を尻目に玄関扉を開けた隊長を冬の冷たい風が撫でる。そんな隊長に彩兎が笑顔を向けた。

「風が冷えますね。外套をお持ちしましょうか」

「いい。軍支給のモンしか着れねぇから」

「そうですか」

 彩兎の親切を断った近衛隊長は帽子のつばを引き下げて目元を隠した。そうして彩兎から顔を背けると城へ戻るべく歩き出す。

 そんな近衛隊長を見送った彩兎は目を細めて口許をゆるめた。

「さすがに泡沫の主人公を守った近衛隊長はガードが固いみたいだね。でもあっちは…」

「もふひってもふはっ!」

 振り返った彩兎の元へ白いマントの若者が駆け込んでくる。焼き菓子をくわえたまま現れた若者はそのまま玄関の外へ飛び出した。

「なわまはふんはもぐもぐ!」

 寒空の下で菓子をそしゃくし飲み込んだ若者は周囲をきょろきょろと見回す。

「隊長さんどこ行ったん!?」

「魔法で探せないんですか?」

 慌てた様子の若者に彩兎は素直な質問を向ける。すると若者は勢いよく首を横へ振った。

「そない器用なことできたら苦労せぇへんよ。それに…」

 隊長さんは、と言いかけた口が緩やかな動きとともに閉ざされた。徐々にその顔が赤く染まっていき視線がふらふらと悩むように動く。

「俺は魔女やけど、魔法は人のためにしか使わんて決めてんねん。皿洗いで割った皿を直すとかな!」

 赤面とともに強く言い放った若者の、その発言に彩兎は目を丸める。しかしすぐに笑みをこぼすとなるほどと返した。

「それは良いことですね」

「そやろ? なのにあの赤ずきんは俺の顔見るたんびにグチグチグチ……あ! そやった。なあなあ、ニイさん明日とか予定あいとるん?」

「あいにく明日は仕事がありますけど、明後日なら」

「なら明後日でええわ。さっきのちゃっぱを城に持ってきて欲しいねん。飲ませたいヤツがおるからな」

「恋人ですか?」

 少し茶化すように問いかけると若者は違うと首を振る。けれど照れたように笑った。

「俺を助けてくれた恩人でな、はじめてのトモダチやねん」

「それならとっておきの茶葉を用意しなければいけませんね」

「よろしゅうな。あ、代金はさっきの隊長さんに請求してな」

 嬉しそうに告げた若者はふわふわと軽い足取りで歩き出した。そんな若者を見送った彩兎は自然と口許を緩める。

「お茶の一杯でここまで心を許してもらえるなら安いものだよ。北の魔女さん」

 

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