エメラルドの大魔法使いと失われた主人公と最後の物語 前編   作:とましの

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3話

 日が西の山へ沈もうとしている頃、会議を終えた王子は回廊を歩いていた。のどかな小国であるこの国は昔から鉱石の産地として知られている。けれど近年はその鉱石の値が上がり、周辺国から鉱石を求める声があがっていた。

 特に緑の宝石は西に広がる荒れ地の向こうにある帝国で珍重され価格高騰の元となっている。そして秋頃からはその大国から、姫の為と良質のエメラルドを求められていた。

「冬は石炭の価格もあがるけど、まさか宝石の値まであがるなんてね」

 冷え冷えとした回廊を歩きながら第一王子は白い息を漏らす。その隣で資料を手にした第二王子が笑みをこぼした。

「帝国の姫君が誕生日の祝いにエメラルドを散りばめたドレスを仕立てるのだからな。それに合わせて貴族たちがエメラルドを買い求めるというのは自然な流れだ」

「完全に媚びてるだけじゃないか。僕はそういう人間が一番嫌いだよ」

 姫の気を引くために大金をはたいて自分の物も仕立てる。そんなことをする金があるのならもっと有効活用できないのかと第一王子は義憤を膨らませた。けれどその義憤は前方を歩いてくる人物を見つけることで消え失せる。

 眉を浮かせた第一王子は歩みを速めると近衛隊長のもとへ向かった。

「近衛隊長、少女へ贈ると言っていた件はどうだったんだい?」

 緋色のマントを揺らしてわずかに駆け寄った第一王子はまっすぐに近衛隊長を見上げる。けれど視線を受けた近衛隊長は眉を潜めると帽子を引き下げて顔を背けた。

「何の話か知らねぇけど、話はそれだけか」

「……は?」

 第一王子は昨日、近衛隊長から子供の頃に使っていたケープを求められた。そしてそれを了承した第一王子は今朝のうちに近衛隊長へそれを渡している。

 しかしそれを知らないと言う近衛隊長に第一王子は目を丸めて固まった。そんな第一王子の元へ第二王子がやってくる。

「そういえばそろそろ副隊長が使者を連れて戻るのではないか? 日数的にもうそろそろだと思うのだが、あちらから連絡はあっただろうか」

「ああ、五日前に出発の予定なんかが来たっきりだけど、そろそろ着く頃だな」

 第二王子の問いかけに近衛隊長はすんなりと返す。そんな近衛隊長に第二王子は笑みを浮かべて楽しみだと言い出した。

「東の国とは前回の事でいろいろと世話になったからな。特に近衛隊長はあちらで知り合った面々の近況を知りたいことだろう。隣国との親睦を深めるという意味でも、親しくなれると良いのだが」

「外交面の親睦だのは近衛の仕事じゃねぇだろ。国賓の接待は愛想の良い連中の管轄だからな。俺の出番はねぇよ」

「だが俺としては、隊長を守ってくれたあの男への礼も考えているのだが」

「それは王子としてってことか」

「いや、個人的に礼がしたいと思っておるよ」

「なら俺には関係ないな」

 近衛隊長は切り捨てるようなあっさりとした言い草を見せる。優しさも暖かみもないその言葉に第二王子は笑みを弱めた。

「そうか、では仕方ない。仕事の邪魔をしてすまなかったな」

 第二王子は軽い謝罪とともに硬直している第一王子の腕をつかみ連れ出した。そうして近衛隊長と別れると第一王子は呆然とした顔で第二王子を見る。

「どうなってるんだい、あれはまるで…」

「詳しいことはわからんが、今朝とあきらかに匂いが変わっているのだ」

「それは昔の彼に戻ったようなあの態度と関係ある話かい?」

「それもわからんが……何かがあった事は確かだな。マッチ売りの少女を忘れ、東の国の恩人の事を忘れてしまう。それほどの何かが」

「あんなどこの誰とも知らない市民のことは忘れてもいいけど、僕への敬意や礼儀を忘れるなんてどうかしてるよ」

 冷静に物事を見ようとする第二王子のそばで、第一王子は私憤に表情を曇らせる。そのため第二王子は苦笑いを浮かべると仕方ないとつぶやいた。

「とにかく茶会の時はおかしくなかったか、妃たちに聞いてみようではないか。原因を探るのはそれからだ」

「慶次はともかく、あの白い災難に頼るなんてごめんだよ」

「そう言ってやるな。もし新たな魔法使いの仕業だとしたら、今は彼しか頼れんのだ」

 苦笑いのままそう告げた第二王子は第一王子の腕をつかんで歩き出す。そんな弟の発言に第一王子は再びため息を漏らした。

 

 赤ずきんである信長のそばで、政宗は狼として生まれている。そして大人たちから赤ずきんを殺す厄介者として扱われた彼は幼少期に一度捨てられていた。

 本来なら殺すべき存在だが誰も王子として生まれた者を殺せない。では大切な主人公を守るためと、王子は公爵家へ預けられたのだ。そこには王位継承争いの火種となる最初の厄介者がおり狼王子はそこで育てられた。

 もちろん大人たちは王位継承争いの火種となるその男子が狼に殺される事も望んでいた。そして王の甥である男子を殺した罪で狼も断罪すれば国は平和になる。当時の城内を仕切っていた大人たちの大半はそう考えていた。

 けれど狼王子は、誰も傷つけることのない心優しい王子へと成長している。さらに王子は戦いの場においては狼としての能力を扱い誰よりも強い剣士になれた。人を超越した肉体と感覚を持つ王子は、北の国との戦いでも赤ずきんを守っている。

 そして今や国を取り仕切る地位にいる赤ずきんは彼を誰よりも重用していた。

 

 そんな狼王子が異変に気づき、北の魔女を頼るとまで言い出している。ならばと第一王子は頭を切り替えることにした。

 政も外交も何もかも、大事なことであればあるほど第一王子は独断で決めない。常に彼は弟たちと話し合ってきた。

 

 第一王子に呼び出され質問を受けた慶次は首をかしげて秀吉を見た。そして顔を見合わせるとさらに首をひねる。

 近衛隊長におかしなところはなかったかという質問だがふたりに覚えはない。むしろふたりは自分達が焼いた菓子の出来映えを彩兎に聞くことで精一杯だった。

 そう話したところで第一王子が顔をしかめる。

「それは例の貿易商だね。白い災厄がここに呼んだっていう」

「誰が災厄や!」

「その男は慶次から見て信用に足る人物だったかい?」

 秀吉の反論を無視して第一王子は茶葉を扱っているという貿易商について問いかける。すると慶次はにこやかな顔でうなずいた。

「親切で優しくて誠実っていうか、すごくいい人だったからな。それに兄ちゃんは元々よくわからないし、こっちに来てから部下の人たちから怖い人って聞いててさ。それに今日は部外者の彩兎が城に来てるし、いつもより厳しいのは普通だと思ってた」

「確かに近衛なのだから部外者に厳しいのは当然のことだね」

「あと今朝会った時にカゼひいたって言ってたから、それがつらいのかなーって」

 最近寒いからといつも元気な慶次が心配げに言う。とたんに第一王子は表情を曇らせて視線を落とした。

「そら毎日こうるさい王子サマの相手しとったら疲れてまうわな。こっちに帰って来てから休みも取っとらんみたいやし」

 気落ちする第一王子を前にして秀吉は仕方ないとばかりに言い放つ。とたんに第一王子は顔をしかめて秀吉をにらんだ。

「彼は今までもずっと休みなんて取らずに好き勝手してきたんだよ。僕の近衛なのに僕の言うことも命令もなにひとつだって聞かないで!」

「まあまあ信長落ち着け」

 憤然と声を荒げる第一王子を第二王子が押さえる。しかし第一王子は怒りが抑えられず歯を噛み締めた。

「この僕を見ないなんてありえない。僕の近衛を辞める事だって許されないよ」

「そやから隊長さんが窮屈になってしまうんやないの。あの人も人間やからな」

「人間である前に彼はこの国の王位継承者だ。元王太子なんだよ」

 継承権第一位だけがなることのできる王太子。その地位にいた男をそばにおかないという選択をする王子はいない。元王子である秀吉は、それが理解できるため一瞬で表情を凍らせた。

 そうして珍しく真面目な顔で第一王子を見つめる。

「気持ちはわかるわ。けど、そんなお人が臣下で居続けるなんて酷な話やな」

 

 

 

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