エメラルドの大魔法使いと失われた主人公と最後の物語 前編 作:とましの
採掘場の管理をしている小屋が爆発して保管している原石が燃えてしまった。その報告は夕暮れの城へ届けられ兵士たちを騒然とさせる。
そして東の国から使者としてやってきた三人は広間での挨拶中にそれを知った。王都西にあるそこはエメラルドの採掘場だ。そんな場所で爆発事故が起きて原石が燃えたとなればかなりの損害が出るだろう。
そんなことを瞬時に計算した透は難儀な話だと腕を組みうなずいた。そんな国賓のひとりのつぶやきを聞いた第二王子はふと片眉を歪ませる。しかしすぐに笑みを作ると第三王子に目を向けた。
「使者の方々も長旅で疲れただろうから、ここは俺は滞在場所まで送ろう。ユキちゃんはこのまま信長の手伝いをしてやってくれ」
「ん、いいけど……あいつを探しに行くなら一発殴っておいてヨ」
「これこれユキちゃん、客人の前だぞ」
いつも静かに玉座のそばに控えるだけの第三王子がふらりと立ち上がり飴を取り出す。そんな弟に注意を向けた第二王子だが歩き出す足を止めなかった。
そうして使者たちが第二王子とともに立ち去ると残された第一王子は視線を落とす。
「探し出したところでまた邪魔扱いされるだけだよ」
「いまのあいつ、前とおんなじな気がするナ」
覇気のない第一王子のそばで第三王子は飴をなめながら目を細めた。
「いつだって大事なことは言わないんだヨ」
「僕が信用されていないという事だよ」
「それを言ったら誰の事も信用してないってなるよナ」
「誰の事も…」
「北の国の騒動の時だって、あいつは誰にも言わずにひとりで動いてたろ。結局のとこ俺たちが助けたけどサ。あいつまだ俺らのこと子供だと思ってんじゃねぇかナ」
気落ちしていた第一王子の瞳が第三王子の言葉とともに徐々に光を取り戻していく。そしてやがて何かに気づいたように見開かれた。
「またひとりで何かと戦おうとしてるのか」
日が沈むと空に丸い月が現れる。冷たい風の流れる満月の夜に城を出た第二王子は王都を歩いていた。しかし人の少ない広場まで来ると足を止めて近衛副隊長を見る。
「ここまで来れば屋敷は目と鼻の先だ。後は近衛副隊長に任せて俺は別の場所に行きたいのだが良いだろうか」
「それはちょっと…」
第二王子の笑顔の申し出に異論を向けたのは怜だった。
「大切な方をお守りするのが兵の役目ですから、殿下をおひとりにはできません。行きたいところがあるのならおっしゃってください」
「そうだな。採掘場の爆発も気になるが王子の単独行動も気になる。魚住さんどうだろう。この王子とエメラルドの採掘場を見に行かないか」
緊張感を持つ怜と違い、透の意見は緊張感に欠けていた。ただふたりともに王子と同行するという点で一致している。
そんなふたりの発言に第二王子が首を横に振った。
「ならんよ。危険が伴う場所に赴くのだ。使者を連れては行けん」
「ではなおのこと王子を単独で行かせられないよ。近衛副隊長さんと微力ながらうちの怜ちゃんを同行させるべきだ。それにエメラルドの採掘場には興味があるからな。魚住さんが持っているエメラルドの指輪がどれほどのものか調べてみたいと思っていたんだ」
透はやはり緊張感があるのかないのかわからない意見を口にする。けれどエメラルドの指輪という単語を耳にした第二王子は眉をピクリと動かした。
「採掘場に行ったとて、宝飾品の鑑定を行える者はおらんよ。だがエメラルドの指輪を持つ者が近衛隊長を探すというのなら、俺はそれを止められん。その指輪が俺の知る代物であるのなら、あの呪いを解いてくれるかもしれんからな」
そう告げた第二王子の背で大きな尾がゆらりと揺れる。
「しかし俺は本気で走って行くが、皆は無理をせぬようにな」
第二王子の本気で走るという言葉がどういう意味なのか。それを怜はすぐに理解することになった。近衛副隊長の話によると第二王子は狼王子と呼ばれているらしい。その名のとおり狼のような身体能力と感覚を持ち、満月の夜は特にそれが強くなる。
けれどその代わりに彼は動物たちから恐れられてしまっていた。
「一度怖がった馬から落ちた事があるらしいんです。だから今も馬に乗る時は第三王子にくっついてるんです。ちょっとかわいいですよね」
「それが狼の戦闘能力を得た代償ということですか」
「持って生まれた力なのに代償って変な話ですけどね」
駆け足で西へ向かいながら近衛副隊長と怜が言葉を交わす。普段から兵士として訓練しているふたりは長距離を走ることも問題ないらしい。その後ろを魚住はなんとかついているがふたりほどの余裕はない。
そして透は既についていけないからと歩いていくことを告げて脱落していた。
「そういえば隊長さんは昔から強い方だったんですか? はじめてお会いした時に国境へ兵を送るのに指示をいただいて凄い方だと思ってたんです。それがあの西の国の近衛隊長さんだと知って驚いたんですけど」
「えっと、子供の頃は身体が弱かったって聞きます。三成さんの話では元々心臓が少し悪かったとか…その辺りは詳しくないんですけど。でも今もたまに熱を出して倒れるとそのまま凄い寝込むんですよ。病気になると一気に悪くして三成さんが看病するんですけど」
「え、もしかしてあの方は隊長さんと一緒に住んでおられるんですか」
「普段はふたりともあまり家に帰らないんですけどね」
元々少し緩い性格の近衛副隊長は怜の誤解に気づかないまま苦笑いを浮かべる。そして恋人同士だと思っている怜は顔を赤らめてそっかーとつぶやいた。
「一緒に住んでるのか……」
「そういえば十年前からずっとふたりだけなんですよね」
孤児と言えば自分のような独りぼっちがほとんどだろう。しかし兄弟ふたりだけで生きていくというのはどんな感覚だろうか。そう考えながら近衛副隊長は満月を見上げた。
しかし見上げた先で満月に小さな影が横切り、すぐにそれが戻ってくる。
「なっがまっさくーーーーーん!!」
「へ?」
名前を叫びながら落ちてくる白い物体を近衛副隊長は呆然と眺めた。なぜか折れたほうきを手にした状態で、白いマントをなびかせた秀吉が降ってくる。
避けることもできず北の魔女の直撃を受けた近衛副隊長は勢いのまま地面に倒れた。焦げた臭いをまとった北の魔女は近くで見れば所々ススで汚れている。
「おかえりの挨拶をしたいとこやけど今はそれどこやないねん。夜目の利く狼さん来てくれてなんとか逃げられたけどな。あの悪魔は俺と彩兎の力じゃびくともせえへん」
「隊長は無事ですか?」
「わからん。意識もないしえらい出血やと思うけど確認する間も…」
質問に答えている途中で突き飛ばされた秀吉は地面に転がる。そうして秀吉を退かした近衛副隊長は立ち上がるなり走り出した。
近衛副隊長の立ち去った方向を眺めながら立ち上がった秀吉はため息を漏らす。
「ホンマまっすぐで一直線なんやから」
嬉しそうにぼやきながら砂をはらった秀吉はその目で魚住を見上げる。
「あんたも久しぶりやね」
「光秀は採掘場で何をしてたんだ?」
「彩兎ひとりでも生きていれるようにしたるって言うとったよ。彩兎は南の魔女で、なんや一緒にお茶を飲んだ人はみんな彩兎を好きになるらしいわ。隊長さんはそれとは別の方法で頭を支配されとるんやけどな。けどそれでも隊長さんは隊長さんやね。不器用でむちゃばっかや」
あれは助けたくなるとひとりうなずいていた秀吉だがマントをつかまれ目を丸める。振り返ると怜が困惑した様子を見せていた。
「その彩兎さんって…もしかして貿易関係の…」
「お茶のはっぱ扱う会社やっとるな。普段はふわっとした兄さんやで」
「やっぱり!」
何かを確信したらしい怜は慌てた様子で走り出す。突然の行動に驚いた秀吉だが慌てることなく足元のほうきを拾い上げる。
「あんたあっちの国の偉いさんなんやろ? あっちに行くと危ないんやけど」
「だが光秀が危険なんだろう」
「そやな。あんたも物語やり直すくらい一直線な人やったな。けどそれなら急がなな」
忘れとったわとつぶやきながら、秀吉は折れたほうきを魚住に押し付ける。魚住がそれを受けとるとたちまちにほうきが浮かび上がり、周囲の木々まで見下ろす高度に達した。
宙づり状態だった魚住は腕力だけでなんとかほうきに身をのせる。すると魚住のそばに浮かび上がった秀吉がやって来た。
「一気に飛んでくから落ちんといてな」
ほうきは元々城の中庭を罰掃除していた時に使っていたものらしい。しかし秀吉は近衛隊長が珍しく城の外へ出掛けたと聞いてこっそり後をついていた。
もちろん秀吉はほうきを使わなくても空を飛ぶことができる。しかし第三者を飛ばすなら何かに魔法をかけてそれに乗せたほうが簡単だ。そのため今回はほうきに魔法をかけて魚住を強引に飛ばしている。
そうして現場近くに舞い戻ると広大な森の奥で巨大な火の手がのぼっていた。木々の隙間を抜けて降り立った秀吉の元へ濃紺の尾を揺らした王子が駆け寄る。
「意外と早かったな。すまんが隊長を任せてもいいだろうか」
頬を血で汚した第二王子は抱えていた近衛隊長を魚住へ差し出してきた。魚住はうなずいて返しながらも受けとるようにして近衛隊長を抱き抱える。そうして改めて見れば第二王子も傷ついていた。月明かりに照らされた第二王子はどう見てもボロボロで血や砂に汚れており、とても王子には見えない。
「俺はこの魔女にここまで連れてきてもらったが、すぐに他ふたりも駆けつける。特に近衛副隊長が来れば相手が誰でも逃げ切ることができるはずだ」
「そうか。ならば近衛隊長を救うことができそうだな」
そう微笑んだ第二王子は大きな尾を揺らしながらくるりと踵を返した。
「俺はあの貿易商を救いに行くが、近衛隊長の事は任せたぞ」
そう告げた第二王子は俊敏な動きで木の枝に飛び上がり去っていく。その姿を目にした魚住は顔をしかめると腕の中で意識のない光秀を見つめた。
しかしすぐにその目を秀吉へ移す。
「おまえは行かないのか」
「行きたいとこやけど、あんたらのこともほっとけんやん」
「俺のことは気にしなくて良い。それより第二王子を守ってやってくれないか」
そう言いながら魚住は再び光秀に目を落とした。
「もし光秀が動けたら最優先でそうしていた」
「意識があっても今の隊長さんならわからんけど、元の隊長さんならそやね」
「王子に何かあれば魔女の支配が解けた後で光秀が悔やむだろ。それは防いでやりたいんだ」
魚住は北の魔女である秀吉に告げながら頭を下げた。何の力もないただの王である魚住よりも、魔女である秀吉のほうができることは多い。それは誰でも思い付くことだった。
爆発と炎を目指して走った第二王子の政宗は地面を蹴って素早く駆ける。その合間に彩兎を抱え逃れるとそのすぐ後ろを炎が走った。
すんでのところで炎をかわした政宗は大きく息を吐きながら悪魔を見据える。
「あーあ、狼さんが戻ってきちゃったか。ちょこちょこ動くからイヤなんだよねー」
無数の炎を瞬時に作り上げ飛ばす悪魔はそう言いながらも楽しげに笑う。
「オレはさっさと片付けて姫のところへ戻りたいっていうのにさ!」
語尾とともに炎を飛ばした悪魔はふと紫色の瞳を細めた。焼けた森の中に駆け込んできた細身の男が狼と南の魔女の元へ駆け寄る。そして悪魔が放った炎が不意にその男のそばでかき消えたのだ。
「まぁ、たまには失敗することもあるか」
駆けつけた男とそれを驚く南の魔女を眺めていた悪魔はその異変に気付かなかった。森を焼き尽くすほどの炎が、突然降りだした雪とともに弱まっていくことに。
「……よくわからないけど……」
その声は悪魔が驚くほどに冷淡で人間らしい感情が抜け落ちていた。
「おまえが隊長を傷つけたんだな」
「いやいや北の魔女はさっきのひ弱な白いヤツだったでしょ」
凍えるほどの冷寒に驚き振り向いた悪魔は足元が凍り始めている事に気づいて笑った。慌てて後ずさりその『魔女』と距離を取ると指を揺らして炎の渦を作る。
「あんたはどこの魔女サンなわけ?」
「どうでもいいよね、そんなこと」
どす黒い瞳を大きく見開かせた『魔女』は口を横に引き伸ばして笑う。
「あなたは滅びる定めの存在なんだから」
「それを言い出したら魔女も狼も滅びる定めでしょ」
広範囲で地面が凍り付いたため悪魔は宙に浮くことでそこから逃れる。しかしそばのそばの樹木から伸びたツルが悪魔の足に絡んで動きを封じた。そのため悪魔はそこで初めて顔をしかめると足のツルを解こうとする。
「なんなんだよ、そろいもそろってジャマばかりして」
目障りだなぁとぼやいた悪魔は面倒がってツルを燃やし引きちぎった。
「せっかく関係無いからって手加減してやったってのに」
再び炎の渦を生み出した悪魔はそれを『魔女』へ向けてたたきつける。しかしそれはすぐに『魔女』の力によってかき消された。
しかしその隙を突くように悪魔は『魔女』の背後に回り込む。
「死ぬのはどっちだろうね?」
「決まってる」
まるで悪魔のように闇をはらんだ『魔女』は背後を見る事なく指を動かす。その瞬間、悪魔の頭上に切っ先のような氷が作られ振り下ろされた。
悪魔は歯を噛み締めると痛みを覚悟しながら炎を生み出す。しかし不意に走った雷が氷の刃を砕き周囲の氷をも砕いていった。
「浅葱、いま何時だと思っているんですか」
「……は、なんで蒼馬さんがこんなとこに」
「それはこちらのセリフです。姫に心配をかけるなんて、それだけで万死に値しますよ」
語尾とともに深い青色の瞳を金に染めたその男は悠然と『魔女』の前に進み出た。その上で周囲を軽く見やり嘆息を漏らす。
「あなたがあの東の魔女ですか。力あるすべてを殺すモノと文献にありましたが……あなたのそれはもう悪魔の所業ですね」
焼けていた森は既に『魔女』の力で鎮火しているが、同時に凍り付いてしまっている。これでは木々はその自然力を持って再生することもできないだろう。そう考えるまま告げた男は悪魔を連れて立ち去る。
そうして残された『魔女』は呆然としたまま暗い瞳で自分の手を見やった。
「……俺が悪魔……」
「だって、南の魔女を殺さないとまたなんかされるでしょ。ランプから出られなくされるとか」
焼け焦げた黒い森を降りだした白い雪が染める。そんな中で光秀が凍えないよう抱き締めていた魚住は見知らぬ声に眉を潜めた。
「現にあいつ、エメラルド見てたし。絶対にオレを倒す気だったんだって」
「だからと言って関係無い者まで巻き込んでどうするんですか。姫の立場も考えなさい」
「はーい、スミマセンデシター」
言葉を交わしていたふたりが森の中で膝を屈している魚住に気づく。そしてその中のひとりが深いため息を吐き出した。
「浅葱、あなたはどれだけ無関係な人間を傷付けたんですか」
呆れたような言葉を漏らした男はゆっくりと魚住の元へ近づいてきた。そして血まみれの光秀にそっと手を伸ばす。するとみるみるうちに光秀の傷が癒え、腫れ上がっていた足が元に戻っていった。ただ血の痕は消えないらしく血に汚れた顔などはそのままになっている。
「これでいいでしょう。どうせ動けないでしょうが、しばらく休ませてあげてください」
「おまえも魔女なのか」
「ええ、西の荒れ地の向こうから来ました。しかし……こちらも驚かされましたよ」
そう言いながら男は魚住を見つめて微笑む。
「こんな森に人魚姫がいるとは思いもしませんでした。けれどもしこんな奥地まで王子を追って来たのだとしたら辞めたほうが懸命ですよ。人魚姫の王子は他の者と結ばれ、あなたは悲恋とともに泡沫になる運命ですから」
人の良さそうな笑顔とともに魔女は残酷な言葉を吐き出す。そんな魔女の言葉は魚住の中にあった幼い頃の記憶を引き出していた。
「王子が、この国にいるのか」
「あなたの心に存在する王子がどこにいるかなど、私に知る由もありません。しかし探し求めたところで、後に待つのは悲しい結末だけですよ。あなたの王子はあなたに恋などしませんから」
だから無理をしないようにと、魔女は親切めいた言葉を残して立ち去る。そうして残された魚住は光秀を抱く腕に力を込めた。
「この国にいばら姫なんていねぇだろ。それに…俺が惚れてんのは光秀だけだ」