エメラルドの大魔法使いと失われた主人公と最後の物語 前編   作:とましの

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7話

 街の中心から少し離れた広い邸宅にたどり着いたのは街が目覚める頃だった使用人に出迎えられた真琴はその足で階段へ向かう。三階建ての屋敷で近衛隊長の寝室は最上階に位置していた。

 二階で長政に透と怜の案内を頼んだ真琴はさらに上へ進んでいく。

「そういえばあなたは東の国でどんな役職の方なんだ?」

 三階の突き当たりにある寝室へ向かいながら真琴は後ろを歩く魚住に問いかける。すると魚住はなぜか考え込むように目を落とした。

「俺に任される仕事はあまりない。透がほとんど片付けてしまうからな」

「政務官の補佐ということか」

 ということは今回の使者の中心人物はあの政務官になるのか。そう考えながら真琴は近衛隊長の寝室に入った。

 窓から街を眺めることのできるその部屋は屋敷の主の寝室である。しかしそこには使われた痕跡も生活感も装飾もなかった。もちろん使われた痕跡がないのは優秀な使用人が手入れをした結果だろう。しかし花瓶のひとつも置かないその部屋は、王子である真琴には殺風景なものに思えた。

「光秀はここに寝かせれば良いのか」

「ああ、いろいろな事があって疲れてるところを運んでもらってすまない」 

 目覚めない近衛隊長をベッドに寝かせた魚住は、近衛隊長の額に手を当てる。そして眉をひそめて首元に手を差し込んだ。

 突然の接触に驚く真琴が見つめる先で魚住は真面目な顔を向ける。

「熱がある。このまま看病を続けても良いか」

「あ……ああ、それは大丈夫だ。でも…」

「何か問題があるのか?」

 疑念に顔をしかめる魚住の目の前で、十五歳の真琴は幼さの残る顔に笑みを乗せた。

「近衛隊長は人に触られるのを避けるタイプだと思っていたんだ」

「そうか、知らなかったな」

「東の国でも、近衛隊長は何も言わなかったんだな」

「頭を撫でられたことがないって話は聞いたけどな」

「……頭……」

 魚住の話に真琴は自然と自分の頭に触れた。真琴も幼い頃は近衛隊長に頭を撫でられたことがある。もともと王子として生まれた真琴は家族からすら触れられる機会がなかった。そのためその貴重な思い出は今もうっすらとだが残っていた。

「……おかしいな」

 幼い頃を思い出した真琴は淡い疑念とともに言葉を漏らす。

「俺が幼い頃の近衛隊長はよく頭を撫でてくれたんだ。本当に幼い頃は俺が頼めば抱えてもくれたし、よく手を繋いでくれた。でもいつの間にか人との接触を嫌がるようになっていたように思う」

「それは近衛としての役目を重視したって話じゃないのか」

 白紙にぽつんとインクを落とした時のように、疑念はゆっくりと頭の中に広がっていく。そんな真琴に魚住は立場の違いを出してくれたが真琴は首を横に振って返した。

「いつだったか、近衛隊長がとても冷たい時があったんだ。兄上たちは近衛隊長が口を利いてくれなくなった原因を悩んでおられた。でもそれも少しして解決したらしいが」

「ケンカしたわけじゃないよな。近衛が王子とケンカなんてありえない」

「昔は兄上とケンカもしたし剣も教えていたんだ。二番目の兄は今でも近衛隊長以外の誰にも負けたことがない。でもそれも十年くらい前にしなくなった。おかげで俺は近衛隊長から剣を教えてもらえなかったんだ」

「それは大人になったってことだろ」

 十五歳の真琴は大人である魚住の指摘に目を丸めた。

「大人になったから、剣を教えてくれなくなったのか」

「そんな危険なことはするなっても、普通の兵士は言うからな。怜だってよく言う」

「……そうか。それは仕方ないな」

 大人になり物事の分別がついた。そう結論付けけば納得できなくもない。そう思いながら真琴は寂しげな笑みをこぼす。

「でも俺は、近衛隊長に剣を習ったりケンカをしたり叱られたり……したかったんだ」

 末王子の真琴は兄たちがしてもらった事をほとんどしてもらえていない。それを羨ましくも寂しく思いながら無理やり笑みを作った。

「臣下だ近衛だと、今のように距離を置かれてめも合わせてくれないのは寂しいな」

 若い王子の発言は魚住にも覚えのあるものだった。透はそのような態度を取らないが、真面目な怜は大切な御身とよく口にする。そしてその聞き慣れない単語が魚住は少し苦手だった。

 

 

 

 魚住を残して寝室を後にした真琴は二階へ戻り長政たちを探す。そして長政と合流すると彼にも今日1日は休むようにと告げた。元々この屋敷は長政の住む家でもある。そのためこのまま休ませられるだろうと考えていた。

 しかしそう提案した真琴に異論を唱えたのは東の国の兵である怜だった。

「城へお戻りになる殿下に誰も付かないのは問題だと思います」

「大丈夫だ。俺は兄上たちと違って街を歩いても気づかれない」

 何かと目立つ兄たちと違って民は自分に気づかない。そう笑った真琴は何も言わない長政にゆっくり休むよう告げて屋敷を後にした。

 街の中心から離れた屋敷は閑静で落ち着いた雰囲気がある。城の前で拾われたという長政はここで育てられた。そんな長政を昔の真琴は素直に羨ましいと思っていた。

 冷たい城内で多忙な父とは言葉を交わせず、母は幼い頃に他界してしまった。そして周囲の人間からは兄たちの邪魔をしないようにと事あるごとに言われている。特に赤ずきんの主人公でありこの国を継ぐ長兄には近づくことも許されなかった。

 そのため子供の頃はいつものように長政と一緒だったが、彼は夕方には帰宅してしまう。もちろん彼も帰宅後に魔法などの勉強をしていたと聞く。それでも帰宅すれば、常にあの近衛隊長がそばにいてくれる。長兄よりも年上で賢く強い近衛隊長は、幼い真琴には心強くも憧れの存在だった。

 ある日を境に冷たくなった彼だがそれでもきっと家では長政に優しくしているはずだ。そんなことを勝手に想像して羨むことが多々あった。

「まーこーとー!」

 小さな寂しさに吐息を漏らした真琴へ愛しい声が飛んでくる。それに驚き視線を向けた真琴は通りの向こうに誰よりも大切な妻を見つけた。

 その笑顔を見た真琴の胸に小さな安堵感と暖かな気持ちが灯る。雪まじりの風が流れる季節にここまで暖かな気持ちにさせてくれる人など他にいないだろう。そう思いながら立ち止まった真琴の元へ慶次が跳ねるような足取りで走ってくる。

 しかし前しか見ていなかった彼は横手から走ってきた小柄な少女と激突してしまった。

「慶次!」

 地面に転がったふたりのもとへ駆け寄った真琴は慶次の腕をつかむ。そして立ち上がらせながらも少女へ手をの場した。

「すまない、怪我はないか?」

 地面にしりもちをついた少女は痛みに顔をしかめながらも真琴たちを見上げる。そして真琴の手を見てその手をつかみ立ち上がるが、その顔はどこか赤らんでいた。

「ありがとうです。えっと……こっ、ちらこそすみませんでした」

 立ち上がった少女はひざ丈のスカートをはらいながら照れたように笑う。そんな少女の様子を見ていた慶次もなぜか困ったような顔で真琴を見る。

「あのさ、真琴がカッコイイのはわかるよ」

「あ、はい。この人はかっこいいです。たぶん王子様とか、そんな感じがします」

 少女の発言に真琴は目を丸めて固まった。一瞬で地位を見抜かれたらしいが一体どこを見て気づかれたのか。それを全力で考える真琴のそばで慶次は眉をひそめる。

「確かに真琴は王子様みたいにカッコイイよな。けど」

「そうじゃなくて、物語の王子様みたいな感じです。えっと、こっちに来てから一年くらいたってるんですけど、物語の役? を持った人をというか…そういうのはなんとなくわかるというか」

 幼い少女は長い茶色の髪を揺らしながらパタパタと手を動かし語る。そんな少女を凝視していた慶次はややあって真琴に目を移した。

「つまり……?」

「主人公を見抜く人は街にも少なからずいるけど、それ以外も見抜ける人は珍しいな。彼女は物語の役目を持った人間を見つけられる目を持ってるんだ。兄上たちは赤ずきんと狼と狩人だろ? 見抜ける人でも普通は赤ずきんまでしか見抜けないんだ。でもたまに彼女のようにそれ以外も見抜ける人もいる」

 真琴が説明すると慶次はなるほどと唸りながら何度もうなずいた。

「けどそれを見抜けたら何かあるのか?」

「まずそういう目は貴重だから仕事に困らないな。特にこの子のような人材は城でもとても大切にされる」

「大切にされてっていえばされてる、かな。でもそれは代わりとしてだけど」

「その目を持つ人間が何の身代わりになるんだ?」

「えっと……主人公仲間なら話しちゃって良いかな」

 少女は少し悩んだ様子でつぶやくと周囲を見やった。その上で真琴を見つめる。

「わたし…っていうか、おれはホントは男で、荒れ地のむこうの国で姫のかわりをしてたんです。でもホントはこの世界の人間じゃなくて、ちがう世界からきたんです」

 真剣な顔で語る少女を前にした真琴は真面目な顔のままひとつうなずいた。

「慶次以外で女装のかわいい人がいるんだな」

「真琴そこじゃないからな」

「ああ、そうか」

 妻以外で完璧な女装のできる人間がこの世にいたなんて驚いた。素直にそう思った真琴だが、慶次の指摘に論点を取り戻す。

「あなたはあの帝国の姫君なのか」

「今年十歳になりました。たぶんなんですけど、おれはオズの魔法使いの主人公なんです。親と旅行にいったとこで竜巻に飛ばされてこっちにきたし。でも下敷きにした蒼馬さんのおかげでケガはなかったからいいんですけど」

「その下敷きにしたという人が帝国の関係者なのか」

「その人は西の魔女です。おれは西の魔女の蒼馬さんと浅葱といっしょにレンガの道を歩いてこの街にきたんですよ。でもここについてすぐに浅葱が消えちゃって、蒼馬さんに探してもらってるんですけど」

 西の魔女という単語に真琴は慶次と顔を見合わせる。けれど真琴はすぐにその目を少女へ戻した。

「ここで立ち話もなんだから、時間があるのなら俺の家に来ないか。暖かいお茶くらいなら出してやれるから」

「それはうれしいですけど、ここがエメラルドの国なら王様と会いたいんです。オズの魔法使いだとエメラルドの国の王様は大魔法使いだから」

「この国の王が大魔法使いというのは聞いたことがないが、それも力になれると思う」

 だから来てほしいと真琴が誘いを向ければ少女は嬉しそうな顔でうなずいた。

 

 街をゆっくり歩きながら、真琴はエメラルドが品薄になっているという話を向ける。なぜなら品薄の原因こそが帝国の姫にあるためだ。

 そうして話をすると、凜と名乗った姫の代理は苦笑いを浮かべた。

「エメラルドの国にいきたいって言ったらちがう感じで広まったみたいです。でもホントならたんじょうびのお祝いをされるのは本物のお姫様だから」

「本物の姫はどこにいるんだ?」

「わからないです。お父さん…じゃなくて王様がいうには、お姫様はときどき街とか近くを歩いてたらしいんです。その日もお姫様はこっそり城を抜け出してて、それを探した城の人が見つけたのはおれなんです。しかもおかしいつていうか、ふしぎなのがこれなんですけど」

 そう言いながら凜は自分の長い髪をつかんだ。

「元の世界のおれはこんなじゃなかったんです。ふつうに小学校いってたし、サッカーもやってたし。ほかのとこは女になってないからいいけど」

 不安げな顔で漏らした凜は胸元に目を落とした。しかしすぐに視線を持ち上げると真琴と慶次を見上げる。

「そういえばふたりが主人公と王子様なら、物語みたいな関係なんですか? いつまでもしあわせにくらしました、みたいな」

 不意に話題を変えた凜に問われて真琴と慶次は顔を見合わせる。そして照れたように笑う慶次のそばで真琴もつられるように微笑んだ。

「はじめて好きになった人のそばにいられるから毎日が幸せだと思う。だが何の問題もなく皆が幸せであったなら、もっと良いんだけど」

 愛する人がそばにいてくれて、さらに妻は真琴の中にある孤独を簡単に消してくれる。真琴個人としては、きっとそれ以上の幸せはないだろう。しかし王子という立場や兄たちの事、そして何より今の近衛隊長の事を考えるとひとり幸せでいてはいけない気がした。

 けれどそんな細かいことを言うでもなく、真琴は凜にいろいろあると告げる。すると凜は幼いながらも理解した様子でうなずいた。

「やっぱそこは物語みたいにはいかないですよね。みんな人として生きてるし」

「そうだな。近隣諸国との関係もあるし、今はランプの悪魔の問題もある」

 真面目な顔で語る真琴は街を抜けて前方にそびえる城門を見上げた。そんな真琴の隣で凜は困惑した様子で真琴を見つめる。

「あの……ランプの悪魔の問題って」

「ああ、その話はお茶を飲みながらしよう。もう着いたから」

 そう告げた真琴は開かれたままの城門へと向かい歩いていく。その後を着いていこうと前方を見た凜は驚きに目を丸めた。

「そっ……そうですよねー……物語の王子様はみんなガチの王子様だもんねー……」

 ははははと乾いた笑いをこぼした凜は駆け足で真琴の後を追いかける。そんな女装少年の裏表のない態度に慶次は少しばかりの安堵を抱いた。

 かなり離れた位置にあるが隣の国の姫と聞けば、やはり緊張と警戒はしてしまうものだ。なにせ慶次が誰よりも大切で大好きな相手は、誰よりも賢くて格好良い王子様なのだ。隣国の姫がどんな人物であっても、真琴を好きにならないとは限らない。

 けれどどうやら凜は素直な性格で、裏で何かをたくらむ性格ではないらしい。それなら頭の悪い自分が出し抜かれたりはめられることはないと思う。

「慶次」

 城門で立ち止まっていた慶次は真琴に呼ばれて駆け出す。すると真琴は嬉しそうな顔で手を差し出してれた。

 真冬の朝は気温が低く、真琴の迎えに出た慶次の手はすっかり冷えてしまっている。そんな慶次の手を握った真琴は優しい笑顔と共に慶次の手を自分の頬に当てた。

「すっかり冷えてしまったな」

 そばを兵士が歩いているにもかかわらず真琴は平然と気遣ってくれる。それはとても嬉しいがと、慶次はふとそばにいる凜に目を向けた。

 すると凜は首から上を真っ赤にさせながら両手で顔をおおっている。

 

 

 

 

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