__この世界には、どうやら人類はいない。
__その代わりにこの地上を支配しているのは、機械生命体とアンドロイドという二大勢力らしい。
__そんな常識外れな世界の、とある陽の当たらない場所。
__今ここには、一体の機械生命体が転がっている。
__一見壊れてしまったかの様に見えるこのロボットだが、文字通り光を失った淡白な瞳には、今再び色味が戻り始めていた。
__ギー、ギー、カシャカシャ。
__瞳に徐々に光が戻ってきて、完全に明かりが灯ると、信号機の様な緑色の光がパチクリパチクリと気怠げにまばたきをした。
「ココハ……?」
__彼の発した声はノイズ混じりの機械音声だった。
__仰向け気味に転がっていた彼は、短い手足でなんとか起き上がろうと苦心したが、身体の本体部分は微動だにもしない。当然だろう。背面の一部分が地面に埋まってしまっている。
「クッ……! クッ……! フンッ……!?」
__そんな状態を知ったか知らずか、そもそも知能があるのだろうか?
とにかく正攻法を諦め、四肢を軽くばたつかせると、一旦落ち着く様にして動きを止めた。
「ムムッ……クッ!」
__機械生命体が体に力を込めるやうな声を発すると、徐々に端々から湯気の様な物が立ち上り始めた。
__その状態で四肢を使い、地面を蹴ると、
「ワアッ!?」
__彼の上をひさしの様に覆っていた土くれは軽く破壊され、彼の後を追う様に吹き飛んだ。当然その機械生命体も吹き飛んでいる。
__彼にとっても予想外の出力が出てしまったのだろうか、いささか間抜けな声を出しながら空高く宙を舞った。
__見えてきたのは霧がかかった廃墟群。常識では考えられない様な吹き飛び方をしているこの機械生命体は、鳥になったかの様に風を切り、そうして廃墟となったビルの一室へと吸い込まれていった。
__窓ガラスがないことで多少静かな着地とはなったが、部屋に突入してからも慣性力は無くならず、ゴロゴロと転がり結局入ってきた窓とは反対側の壁に激突した。
「イテテ」
__彼は腰をさする様な動作をしつつ立ち上がり、窓の外を眺める。
「僕ハ一体ドコカラ飛ンデキタンダ?」
__窓の外の景色は霞が多く、あまり視界は良くない。反対側の、突入してきた窓を遠目に眺めるが、向こうも余り変わらなさそうだ。
「フー、ヤレヤレ」
__彼にはどの様な目的があるのだろうか。起動してから既に20日ほど日にちが経ったが、一向に目的というものは見えない。
__彼が時折窓から遠目に眺める地上の同族達も、目的があるのかないのか傍目には判断しかねるが、彼等はどちらかと言うと知能を持たない屍人のようだ。緑や赤の様々な瞳を輝かせながら、地上を徘徊している。
__地上では時折戦闘も起こっているようで、時折爆発音やコンクリートの砕ける音が遠くから響いてくる。なんにしろこの機械生命体がいる場所からは高さ的にも距離的にも離れているので、さほど関係はない。むしろ気になるのは、時折建物の屋上などを走り抜けていく人型のアンドロイドくらいなものだろう。
__閑話休題
__しかしこの機械生命体はそんな地上を徘徊する彼等とはどこか違う。
__この機械生命体は明らかに知能を持っていた。動物的、機械的ではないものをだ。
「サビシイ」
__現に彼は一定時間毎に上下数フロアを恐る恐る徘徊して、コツコツと階段にバリケードらしきものを組み立てていった。そして湿気にやられて完全に動かなくなったパソコンを尻目に多少マシな機械類をかき集めては品定めしたりしている。今のところ芳しい結果は得られて居ないようだが。
__彼の手に今握られているのは変色してしまった人形と、この建物の地図らしきものだ。だがそれにはもはや興味を示していない。
「誰カ……」
__たとえ機械音声でも、彼のか細い声に込められた感情は嫌というほど分かってしまう。彼ははたしてこれからどのようにしてその寂しさを満たしていく気なのだろうか。
__彼は依然として起動時に飛んできたビルにいる。ビルの中でフロアを移動する事はあっても、建物から出る気は未だ無いようで、初期はよくいっていた地上付近のフロアには今では全く近付かない。
__いや、より正確に考察すれば、地上に近いフロアのバリケードはもう既に完成してしまっているのだ。なので、今はもう近寄る必要がないのだ。最近はもっぱら中層のバリケード作りに勤しんでいるようだが……
「……モウ、イヤダナァ」
__そんな彼でも、いい加減ここの暮らしには嫌気がさしてきたらしい。そんな独り言を呟くことが多くなった。
__コンクリートの違いで辛うじてわかる道路とビルとの境目。彼がビルの一階に降りるようになってから、これで数十回目の来訪だ。
__それでもこの入り口付近にここまで近寄ってこれたのは、今回が初だ。
__恐る恐る彼は頭を出してみるが、ビルの外には少し前と打って変わって機械生命体の影もなく、小鳥がチラホラといるだけだ。流石の彼も、小鳥にはさほど警戒心を持っていない様だった。彼はそれを念入りに確認するように右、左、前、上と視点を動かし続ける。
__彼が辺りを充分に見回すには頭部以外にも本体部分ごと動かさなければならないので、かれこれ数十分はこの近辺に小うるさい駆動音を響かせていることにはなるだろう。
__……彼はおもむろに細い右足をあげる。
__ゆっくりとその足を境界線より外側に差し出すが、すぐに引っ込めてしまう。
__もう一度、恐る恐る足をあげ、外側へと足を延ばす。
__かチャリ、と金属製の足が入り口の外に着いた。
「ツイニ……」
__臆病な機械生命体が声を出した。
「'……ツイニッ! ヤッタンダ!」
__機械的な音声にも関わらず、どこか泣きそうな彼の音声は次第に大きくなっていく。
「ツイニ出レターー!」
__そこからは抵抗感も無くなったようで、なかば飛び跳ねるようにして道路へと飛び出していった。
「イエーイ! イエーイ! バンザーイ! イエー……」
__背後から風を感じた。
「イ?」
__諸手を挙げてモーター音と電子音を響かせる彼を現実に引き戻させたのは。これまた特徴的な電子音だ。
__彼がゆっくりと喜びの手を下ろしながら、その空気を揺らす音の正体へと振り向くと。そこに居たのは円盤状の機械生命体だった。その瞳は赤い。
「アー……コンニチハ?」
__円盤型機械生命体は言葉を発しない。その代わりと言うべきか、彼からの挨拶に返すようにして、より一層瞳の色を輝かせると再び重低音を響かせる。彼をしっかりと見据えた砲塔から察するに、どうやら友好的では無いようだ。
「チョッ、チョットマッテ! オチツコウ!」
__彼の命乞いも虚しく、砲塔が大気を吸うようにしてエネルギーを蓄えたかと思った次の瞬間、ケミカルな赤が視界を覆った。
今のところまだ結末しか考えていません