光輝くんが過去のトータスに誘拐されました   作:夢見る小石

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すみません、大変お待たせしました。

遠藤の存在を忘れるという大失態をしでかしました。雫と一緒に警戒に当たっているのが遠藤です。



魔物の肉

「ま、待って。それは本当に待って。僕死ぬよ?」

 

 二尾狼の死体を見ながら、焦った様子で止める南雲。

 

「そ、そうだ! 今からでも引き返せばいいんじゃないかな? まだ一階層なんだし、さっき通った扉から出れば……」

 

 南雲。そうしたいことはやまやまなんだ。

 

 ……だが、それは無理なのである。

 

 南雲の言葉を受けて、全員が背後にあるはずの扉を探し、数瞬後に硬直した。——何故なら、その場所にあの大きな扉の姿はなく、ただ周囲と同じ洞窟の壁があるだけだったのだから。

 

 そう、俺達が通ってきたはずの後ろの扉は今、跡形もなくなっているのだ。

 

「そんな……どうしてっ!?」

 

 驚きと共に香織が叫ぶ。他の皆も同じような心境のようで、特に南雲はこの世の終わりを目前にしたかのように顔面蒼白になっていた。

 

「空間魔法、だろうな」

 

 固まっている皆に俺の考えを説明し始める。

 

「おそらく、さっき通った扉には空間魔法が仕掛けられていて、離れた場所に飛ばされたんだろう。そこまで遠くでもないだろうけど」

 

「それじゃあ、最悪ドアを破壊して帰るみたいな裏技も無理ってことになるのか」

 

 もともと期待をしていたわけではなかったのだろうが、それでも残念そうに呟く清水。

 

 それよりも、逃げ道を塞がれて絶望に一歩近づいた南雲の表情の方がひどいが。

 

「だ、だったら天井に穴を開けて上に出るっていうのはどうかな? 空間魔法で違う場所に出たとは言っても、オルクス表層の下にあることは間違いないんだよね?」

 

 必死すぎる南雲。こんな姿を見るのは初めてかもしれない。……いや、香織がらみではないことはなかったか。

 

「それはそうだが……」

 

 いくらなんでも、現実的ではない。本人だって気づかないはずはないのだが。

 

「南雲君、それは不可能よね? 光輝が元いた時間での南雲君がベヒモスの罠があった二十層から直接落ちて深層に来たのであれば、この真上に突き進んでも最初に出るのは二十層の部屋。そこまで行くには全員の魔力を集めて錬成しても無理でしょう」

 

「い、いや、それは……あ、違う! そうだ! あのトラップの部屋は確かに二十層から行ったけど、移動手段は転移だったんだから、位置は二十層よりも低い可能性があるよ。百層付近だとしたらなんとか届く——」

 

「南雲。途中まで一緒に落ちたんだから分かっているだろ? 最低でもあの崖は三十層分ほどの高さがあった。……遠すぎるんだよ」

 

「っ……!」

 

 俺の言葉により、南雲は押し黙ってしまった。

 

 そしてハイライトが消えた目で二尾狼を見つめている。

 

 他の人の携帯食を寄越せとは言わないようだ。どこまでも優しい南雲らしいな。

 

 香織あたりが分けてあげると言いそうなものだが、事前に何があっても自分のものを渡してはならないと決まりを作っておいたお陰か、辛そうにしながらも黙って南雲の姿を見ている。

 

「……わかった。食べるよ」

 

 冷や汗をダラダラと流しながらも、南雲は覚悟を決めた瞳でそう告げた。

 

「いいのか? 追い詰めておいてなんだが、この状況だと仕方がないからみんなの分を少しずつ集めても——」

 

「ううん。最初からこうしておかないといけないって分かってはいたことだから。僕のステータスはみんなに比べて弱すぎる。少しでも上げておかないと流石についていけないだろうからね」

 

——それに、もし食料の配分し直しなんてしたら、攻略まで足りなくなっちゃうでしょ?

 

 諦観をにじませる苦笑いで、彼はそう続けた。

 

「香織、治癒魔法の準備を。魔力が足りなくなったら俺から吸い取って使ってくれ。清水は精神に干渉して麻酔もどきを頼む」

 

 ここで南雲を失うわけにはいかない。なんとしても生き残らせなければ。

 

 二人は無言で頷くと、厳かな声で詠唱を始めた。香織は遅延詠唱でのストックを、清水は大掛かりな闇魔法を唱える。

 

「雫と遠藤は周囲に魔物が近づかないか見張って、万が一襲撃を避けられそうになかったら殲滅してくれ」

 

 無茶な指示だ。本来なら俺も加わるべきなのだろうが、香織の魔力が保つとは思えないため、補給のために動けなくなることを予想して、任せた。

 

 単体での戦闘能力は、俺を除けばクラスでも随一の雫と遠藤。雫が正面から戦い遠藤が奇襲を仕掛けるという作戦でいけば、このレベルの魔物相手でもそうそう遅れはとらないはず。

 

 しばらく経ち、みんなの準備が整ったところで南雲に声をかける。

 

「よし、南雲。やっちまえ」

 

「なんでそのネタ知ってるの!?」

 

 急に驚いたようにこちらを見る南雲。どうしたのだろうか。

 

「い、いや、まあいいや。えっと、ごめん、天之河くん。肉を切り分けてくれないかな?」

 

「ああ、どれくらいの大きさにしようか?」

 

 そのままかぶりつくのは流石に抵抗があるだろうな。

 

「最初は味見にしておこうかな。小指の先くらいでお願い」

 

「わかった」

 

 聖剣を使って小さく切り取った。そしてその肉片を火魔法で軽く焼く。量が少ないので火が通るのも早く、すぐに焼きあがった。

 

「こんな感じでいいか?」

 

「うん、ありがとう」

 

 とてもお礼を言っているとは思えないような硬い表情の南雲。深呼吸をして心を落ち着かせているようだ。

 

 自分から毒を食べるようなものだからな。まあ、南雲ならきっと大丈夫だろう。なんてったって、南雲だし。

 

 すでに清水の魔法は発動しており、南雲が肉を飲み込んだ瞬間に意識は薄くなり感覚が鈍くなるはずだ。

 

 香織も自動回復系の魔法を事前にかけておき、南雲が苦しみ始め次第、単発の治癒もすぐに使えるように準備している。もちろん俺から魔力をドレインするための〝廻聖〟も準備済みだ。

 

「それじゃあ……いくよ」

 

 南雲は目をつぶって大きく口を開け、二尾狼の肉をその中に放り込んだ。そしてゆっくりと咀嚼し、嚥下する。

 

「ッ……!? ……っ、……ッ!!」

 

 途端に顔を抑えてのたうちまわる南雲。

 

「香織っ! すぐに回復を——」

 

「いや、違う、待って!不味すぎて辛いだけだから」

 

「ま、不味い?」

 

 これまで魔物の肉を食べた者は南雲を除いて全員死亡していたため、味は伝わってこなかったが、そんなに不味いのか?

 

「臭いも味も最悪だよっ! もしかして今まで食べた人って、そのせいで死んだんじゃないの!?」

 

 そこまでか。魔物の肉自体がまずいのか、それとも二尾狼が特別なのか。……試してみる気にはならないな。

 

 しかし、そんな冗談を言う余裕があるということは、案外普通に乗り切れるのではないだろうか。まだ回復魔法は必要ないみたいだ——

 

「——なっ!? がぁああああああああああッ!!」

 

「っ! 香織ッ!!」

 

 苦しむ南雲の様子が急に変化し、これまでとは違う本物の苦悶の表情を浮かべ、叫び始めた。

 

「ここに聖母は微笑む。〝聖典〟!!」

 

 光系最上級回復魔法、聖典。本来は半径一キロメートルほどの範囲にいる者全てを癒すという、超広範囲型のものなのだが、今回はそれを一個人に対してしようしている。その効果は通常に対して計り知れないほど大きい。

 

 今の香織の魔力量であっても連発は難しい切り札だ。それを、最初に躊躇なく発動した?

 

 聖典一つでも十分かもしれないとすら考えていたチート魔法だぞ?

 

 香織から放たれた光の波紋によって、南雲の顔色は一瞬良くなったが、さして経たないうちにまた苦しみ始める。

 

「ぐ……ぐぅうううううううッ!! アァアアアアアアアアッ!!」

 

 見ているだけで自分まで辛くなってくるような、悲痛な叫び声。清水の魔法は確かに効いているはずだというのに、それが全く役に立っていないとすら思えてくる。

 

 これほどのもの、だったのか……。

 

 見通しが甘かった。

 

 完全に失敗だ。

 

 こんなことなら、無理をしてでも他の方法を選ぶべきだった。

 

 でもッ、その道はもう選べない!

 

「清水、闇魔法で完全に意識を落としてやってくれ! 痛みで起きてしまうかもしれないが、出来るだけ長く頼む!」

 

「わかった!」

 

 麻酔じゃあ生温い。例え意識を失っていようと体は作り替えられていくのだろうから、元からこうしていればよかったのだ。

 

「香織は俺の魔力も使って回復魔法を! 上級じゃなくて消費する魔力が少ない低級のを、死なないギリギリで使い続けてくれ。南雲がいくら苦しんでもいい、命だけは持たせろ! それ以外のことは考えるな!」

 

「はいっ! ――〝廻聖〟!」

 

 俺自身は魔力をすぐに回復できるよう、高速魔力回復の派生技能〝瞑想〟を使用する。

 

 清水の魔法で気絶し、その直後に激痛で目を覚まし、結果的にビクンビクンし続けている南雲を横目に見ながら、魔力をため続けていく。

 

 遠くから爆発音や金属音が響いてきた。どうやら雫と清水が戦闘に入っているらしい。頼む、こっちには来させないでくれ。

 

「ひぐぁああああああああッ!」

 

 壊して、治して、壊して、治す。

 

 南雲の筋肉や骨格が少しずつ太くなり、体の内側にうっすらと魔物のような赤黒い線が浮き始めた。

 

 脈打ちながら肉体は変化していき、だんだんと線もはっきりくっきりしていった。

 

 どれくらいの時間が経っただろうか。いつのまにか、南雲の絶叫はやみ、体の崩壊も止まっていた。

 

「っ! ……、…………」

 

 それと同時に南雲は倒れこみ、完全に目を閉じてしまった。

 

「香織——」

 

「大丈夫、眠ってるだけだよ」

 

「そうか……」

 

 よかった。俺の判断ミスで南雲を死なせてしまうかもしれないところだったのだ。これが最善だと思っていたが、舐めすぎだったな。

 

 そういえば、かつて南雲は『試してもいいが死ぬぞ』というような忠告をしていた。今回生き残っただけでも奇跡なのだろう。

 

 ただ、少し気になることがある。魔王南雲に比べて、変化の仕方が小規模なのだ。

 

 前回とは違い、髪の色は白にならず黒のまま。身長も低めのままである。感じる魔力も、先程までよりは上がってはいるが、あの絶対的な力は感じない。

 

 何故こんな違いが出たのだろうか。それとも、以前の南雲はここから更に変化していった? もしくは神水を使っていた故なのか……。

 

 いや待て。違う、違うぞ。

 

 もっと根本的な何かがあったはず。

 

 何だ。一体何が——

 

 …………。

 

 …………。

 

 

『最初は()()にしておこうかな。小指の先くらいでお願い』

 

 

 ………………あっ。

 

 

   ◆◆◆◆

 

 

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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:100

天職:錬成師

筋力:420

体力:610

耐性:420

敏捷:530

魔力:750

魔耐:690

技能:錬成[+高速錬成Ⅹ][+効果範囲拡大Ⅹ][+精密錬成Ⅶ][+自動錬成Ⅷ][+圧縮錬成Ⅸ][+魔力効率上昇Ⅵ][+消費魔力減少Ⅷ][+複製錬成][+イメージ補強力上昇Ⅲ][+鉱物系鑑定][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+鉱物分解]・魔力操作・纏雷・言語理解

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