「ぶっはははっ~、何だこれ! 完全に一般人じゃねぇか!」
「ぎゃははは~、むしろ平均が10なんだから、場合によっちゃその辺の子供より弱いかもな~」
「ヒァハハハ~、無理無理! 直ぐ死ぬってコイツ! 肉壁にもならねぇよ!」
南雲のステータスを見た檜山達は爆笑して、彼を罵った。他の生徒も爆笑なり失笑なりをしている。
香織や雫を見てみると、不快げに眉を顰めていた。
……目に余るな。
「やめろ。本人にはどうしようもないことで侮辱するのは許さない」
庇うように南雲の前に立ち、檜山達に忠告する。彼らは一瞬反抗する様なそぶりを見せたが、香織からの印象を悪くしそうだということに気がついたのか、舌打ちをして黙った。
南雲はこちらを向き、苦笑いを浮かべながら感謝を述べる。
「あはは〜、ありがとう。助かったよ、天之河くん」
誰だコイツ。
…………。
…………。
誰だコイツ。
素直に礼を言ってくる姿に寒気を覚える。何だろうか、この気持ち悪さは。
「れ、礼には及ばない。当然のことをしたまでだ」
口元がひきつるのを感じながら、どうにか無難に返答する。……何者かが南雲の体を乗っ取ってるんじゃないよな?
いや、むしろ別人に変化していそうだったのは奈落から帰って来た後か。
魔王となったバージョンをあまりに見慣れていたせいで、昔の〝苦笑が似合う青年〟に違和感しか感じなくなってしまった。
だって、あの南雲だぞ?
気に食わなければ何でも『ドパンッ』の南雲だぞ?(偏見)
いつものアイツであれば、嗤われるどころかプレートを他人に奪われた時点で射殺しているはず。
なんというか、こちらの方が好ましい性格ではあるのだが、調子が悪いな。
「南雲君、気にすることはありませんよ! 先生だって非戦系? とかいう天職ですし、ステータスだってほとんど平均です。南雲君は一人じゃありませんからね!」
励ますように自らのステータスを見せる愛子先生。しかし、それは。
南雲のとは違い、普通に〝チート〟なのだ。
見た瞬間に死んだ魚のような目をして遠くを眺め始めた南雲。
それに慌てた愛子先生が『あれっ、どうしたんですか! 南雲君!』と、ガクガク揺さぶっているが、効果はないようだ。
「あらあら、愛ちゃんったら止め刺しちゃったわね……」
「な、南雲くん! 大丈夫!?」
雫は同情するような視線を送り、香織は心配そうに駆け寄った。
その、なんだ、ドンマイ南雲。
◆◆◆◆
全員のステータスも確認し、各々の武器も手に入れた。
さて、これから始めて大迷宮に行くまで二週間ほどの猶予があるのだが、その間にしておかなければならないことがある。
これを無視すると、確実に後で痛い目を見ることになろうだろう。
そう、それは——
——恵里をなんとかすること。
なんとか、というだいぶフワッとした目標だが、俺にとってはかなりの死活問題だ。放っておくと取り返しのつかないことになる、危険度が尋常じゃない案件。
しかし、解決方法がわからないという致命的な問題がある。
確定事項としてわかっていることは、恵里が俺に憧れていること、本性を隠していることの二つだろう。他にも神域で幾らかの話は聞いたが、本人が不安定な精神状態で語ったものであるし、どこまで信用できるかはわからない。
さて、どうするか。
まず、大きな悩みどころとしては、俺一人で対処するか誰かに手伝ってもらうか、だ。
もし手助けを頼むのであれば、その場合の相手は鈴になるだろう。
しかし、未だ精神的に成長していない鈴には荷が重いような気もする。
だとすると、俺だけでどうにかすべきか。
であれば。
そもそも、俺は彼女と向き合うことができるのか?
彼女があれ程の闇を抱えるようになった原因は俺なんだぞ?
俺さえしっかりしていれば、恵里が命を落とすことはなかったはず……。
あぁ。ああ、ダメだ。その手のことは考えるな。IFを考えたって意味がない。割り切れ。割り切れ。
割り切れ……。
割り切れるわけ、ないだろう……っ!
彼女がああなってしまったのは俺の罪。だからこそ、今度はしっかりと俺が助ける。
傲慢と思われてもいい。或いは、こんな思考は以前と似ていて危ういのかもしれない。
だが。
だけど。
こればっかりはどうしようもないんだ!
絶対に、俺がこの手で助ける。
もうあの時のように、目の前で誰かを失いたくはないから。
そのために何をすべきか考えよう。
恵里の暴走を止めるには、まずどうして裏切ってしまったかを突き止めることが大切だ。とはいえ、それは彼女自身が言っていたので考えるまでもないが。
俺のため。
俺を完全に、独占するため。
いや、こんなことを言っているとただの自意識過剰なイタイ馬鹿にしか見えない気もするが、それが事実だからしようがない。
だとすれば、どう対策する?
説得が成功するための条件は、恵里が裏切る必要がないと思わせること。つまり、香織や雫などの存在があっても、俺を独占することができるという状況に持っていくことだ。
……何だろうか、この無理ゲー感は。
というか、そもそも少なくとも今は彼女達に恋愛感情を一切抱いていないのだが。それでも、その程度では安心できないのだろうな。
完全に恵里だけしか見ていない、そう思わせるにはどうすればいいか。
真っ先に思いつくのは、俺が彼女に告白すること。
俺の方から愛していると告げて、恋人同士となれば、流石の彼女も疑うことはしないだろう。
だが、これにはいくつかの問題点がある。
一つ目。まず、俺は恵里のことが好きなのか?
確かに、大切な人かと聞かれれば、即答で肯定することができる。だが、それは女性としてなのか、友人としてなのか。
わからないし、考えたこともない。
神域で操られていた時の俺は恵里を愛していたと思うが、それを当てにしてはいけないだろう。
もしかしたら、俺は彼女が好きかもしれない。だが、そうかどうかは判別できない。
ならば、告白するとしても、その恋心を自覚してからだ。そうでない、不確定な状態で求愛するなどというような不誠実なことはできない。それだけは、例えどんな追い詰められた状況になろうと絶対にしない。
堕ちに堕ちた俺だが、それでもそこまで最低なことだけはしたくないのだ。
もうこの時点で既にこの作戦を実行しないことは確定しているのだが、一応もう一つの理由も述べておこう。
もし。もしも、だ。もし、俺と恵里が恋人になったとしよう。
その上で、何らかの手段で二人一緒に、元の俺がいたトータスに行ったとする。
その時、彼女達は、元女王と元女神はどんな反応をするのだろうか。
彼女達を見た恵里はどんな反応をするのであろうか。
それを考えると、どうしても安易に付き合うなんてできるわけがないッ!
というか、百パーセントの確率でSHURABAが形成されるのに、わざわざ地雷を踏む勇気なんてあるはずがない。
本当に南雲や浩介はどうなっているんだ。どうやってうまくやっているんだよ。教えてくれよ……!
結論。
説得無理。
いや、告白が無理ならそれ以外の方法を考えろということになるのだろうが、あるか? そんな便利な答え。あるわけないだろう常識的に考えて。
もっと根本的に、恵里に恋愛的に見ることができないと言って諦めさせるというプランを実行したとしよう。
拗れてさらに暴走する可能性、極大。
では、鈴達の力を借りて、友情パワーで訴えかけてみるとしよう。
それが効果あるならそもそも裏切ったりしない。
詰んだ。
もう、裏切る瞬間に力づくで止めるしかないのだろうか。
いや、それはダメだ。それでは救うことにならない。
それに、もし、その過程で予期せぬ事態が起き、恵里やクラスメイトが死んでしまったら? もう一度、間近で彼女がなくなる瞬間を見て、俺は耐えることができるか?
こんな俺のことを好きだと言ってくれた少女を失っても、俺は平静でいられるか?
不可能に決まっている。
でも、だったらどうすればいいんだよ……。
いや、悩むだけで何もしないのはダメだ。意味がない。
とりあえず行動してから考えてみることにしよう。
今から恵里の部屋に行くとするか。
思い立ったが吉日。俺は自室を出て、恵里の部屋を目指して歩き始めた。
しかし、いざ会って何を話すか。
下手なことを言って暴走させるのはまずい。かといって、当たり障りのないことだけでは彼女は本心を出さないだろう。匙加減が重要だ。
まずは世間話から入って、徐々に確信へと移行しながら、危険な境界線を見極めて……。
「痛っ!」
「うわっ!?」
俯いて考え事をしながら歩いていると、曲がり角で何かとぶつかってしまった。
「……光輝、ちゃんと前を向いて歩きなさいよ」
「ご、ごめん、雫」
俺の体にぶつかり倒れてしまった相手は、幼馴染の一人、八重樫雫であった。
謝りながら、手を差し出す。彼女の小さくもしっかりとした手が俺の腕を掴んだことを確認して、引き上げた。
雫は小声で俺に感謝を述べ、地面に触れた尻を払う。
「珍しいわね。考え事でもしていたの?」
浮かない顔をしている俺を見て、心配そうに聞いてきた。
「ああ、少しな。大したことじゃないんだけど」
「そう。ならいいけれど」
雫はハァ、とため息をついてから続ける。
「あまり思いつめすぎないようにしなさいよ。こんな状況になって辛いのはわかるけれど、そのストレスで体調を崩しでもしたら元も子もないわ」
「……そうだな。その通りだ」
もちろん俺が立たされている状況を理解しているわけではないだろうが、それでもその言葉は結構な核心をついている気がする。
流石は雫。
そう。焦っていても仕方がない。そこまで重くとらえずに、気楽な気持ちでやっていかないと。
そもそも深刻な雰囲気をしていたら、恵里に無駄に警戒させてしまうかもしれない。それでは説得もより困難になるだろう。
「ありがとう、雫。今日はゆっくり休むことにするよ」
うん、今日はとりあえずやめておこう。考えがまとまっていない状態では大きな効果も望めない。
明日以降にするか。
雫に感謝と別れの言葉を言い、その場を去ろうとしたところで、ふと疑問を覚えた。
「そういえば、どこへ行くつもりだったんだ?」
そもそも、いくら曲がり角だったとはいえ、雫が気配を察せずにぶつかったことが意外だ。彼女も何かしら考え事をしていたのだろうか。
行き先として一番可能性が高いのは香織のところだろうが、彼女の部屋はこちら方面にはない。
「南雲君の部屋よ」
「南雲の? 何か用でもあるのか?」
そう聞くと、雫は少しためらうような様子を見せた。
香織関連か、それともただ話しに行くだけか。まぁ何にせよ、俺に話すのを躊躇するということは俺には関係のないことなのだろう。
「そうか、じゃあ、また後で」
「え、えぇ。また……」
そう言ってから、Uターンし自室に帰ろうとすると、ちらと意外そうな顔をしている雫の姿が映った。
どうしたのだろうか。何か変なことをしたか?
もしかすると、俺が何も聞かずに立ち去ろうとしているのが意外なのかもしれない。確かに昔の俺なら、何故わざわざ南雲に会いに行くのかを根掘り葉掘り聞き、挙げ句の果てには自分もついて行くくらいのことを言い出したかもな。
……いや、それただのストーカーじゃないか。
客観的に以前の俺を見てみるとただの変態だな。色んな意味で。
少し気分を落としながら、俺は部屋に戻ったのだった。