光輝くんが過去のトータスに誘拐されました   作:夢見る小石

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開かれた可能性

「ぜぇ……ぜぇ……ようやく終わったか……」

 

 龍太郎は、息も絶え絶えになりながら、しかしどこか誇らしげな表情で地面に寝転がっている。

 

 訓練二日目、終了。

 

 他の生徒達も達成感を得たようで、清々しい表情だ。

 

 だが、俺はあることに驚くあまり、上の空になっている。

 

 あること、とは。

 

 この二日間の訓練によって、俺のステータスが上がっているのだ。いや、当然表向きのステータスのレベルは低いわけなので、上がっていくのはおかしくないのだが、問題はそんなところではない。

 

 ()()()()()()()()()()に、ステータスが上昇しているのだ。

 

 もう既に、レベル100に至っているはずだというのに。

 

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天之河光輝 17歳 男 レベル:3

天職:勇者

筋力:120

体力:120

耐性:120

敏捷:120

魔力:120

魔耐:120

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

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 これが今の俺の表向きのステータスだ。前回と同じようなスピードで上がっているのだが、それはどうでもいい。問題は、上昇した20程度の分、実際に俺の体の動きが良くなっているのだ。

 

 そこで湧いてくる疑問。俺が表向きだけだと思っているこのステータス、本当に表向きなのか?

 

 俺の体感的に、過去のステータス——ここでは裏のステータスと呼ぶことにする——と現在の表向きと思われていたステータス——表のステータスと呼ぶ——の二つが足し算されているようにしか思えないのだ。

 

 要するに、俺の現在の総合的なステータスはオール1620なのではないだろうか。

 

 思えばここに来た直後に妙に体が軽く感じたのも、全ステータスに100加算されていたからなのだろう。

 

 では、技能の方は? こちらも同じように加算されているのか。

 

 確証はないが、恐らくされていると思う。感知系の技能を使ってみたところ、範囲が格段に上がっていたのだ。

 

 つまり、表ステータスを上げていけば、俺は更に強くなることができるのだ。

 

 既に潜在能力を限界まで引き出し、これ以上は強くなることはないと思っていたため、これは本当に嬉しい。まだ俺は上を目指せる。皆を守り抜くことができる力を手に入れる可能性があるんだ。

 

 浩介を超えられるかもしれないんだ。

 

 そして、その先にいる南雲も……いや、それは無理か。

 

 俺はこの日、久々に心が躍る感覚を味わった。

 

 

   ◆◆◆◆

 

 

 ウキウキとした気分のまま、俺は自室に帰ってからもステータスプレートを眺めてニヤニヤしていた。

 

 よし、本当に表裏両方の技能が機能しているのか検証してみよう。

 

 あまり目立つわけにもいかないので、使えるのは感知系の技能だけになるのだが。

 

 まずは気配感知を使ってみる。

 

 特に意識せずに使用すると、ここにくる前の約1.5倍の広さをカバーできるようになっているようだ。かなり使い勝手が良くなっている。

 

 次に、表のステータスの技能は使わず、裏だけを発動するように念じてみる。

 

 すると、かつてのここに召喚される前と同じ範囲の感知になった。

 

 逆に、今度は表の気配感知だけを使ってみると、裏だけに比べて半分ほどの広さとなった。

 

 これはもう確定でいいな。両方の技能は独立して存在しており、自由に使い分けたり重ねがけしたりできるようだ。

 

 ふと気になり、両方の気配感知を範囲を伸ばさず同じ場所に重ねてみると、重なった部分のみ精度が上がった。

 

 つまり、どう重ね合わせるかは自由に選べるのか。これは思っていたよりも遥かに便利かもしれない。

 

 最後に魔力感知も試してみると、同様の結果が得られた。

 

 おそらく他の技能も重ねがけできるのだろうし、かなりの戦力アップである。もうこれ浩介に勝てるんじゃないか?

 

 予想以上の結果に気分が上がっていくのを感じる。

 

 とはいえ、いつまでも浮かれた気分ではいられない。今日こそ恵理を説得するのだ。

 

 改めて考えてみても、彼女をこのままにしておくのは非常に不味い。早急に対処すべきだ。

 

 とはいえ、一足飛びにすぐ、というのは不可能だろう。少しずつ、適当な会話をしながら糸口を探っていくのが最善だろうな。

 

 恵里の部屋に向かうためにドアを開けようとすると、目の前の扉がノックされた。

 

「どうぞ」

 

 誰だろうかと思いながら、入室の許可を出す。推測するに龍太郎あたりだろうか。いや、彼であればノックなどせずにズカズカと入り込んでくるだろう。とすれば、香織や雫、或いは愛子先生などであろうか。

 

 しかし、そんな予想を裏切ってドアを開けたのは意外な人物であった。

 

「失礼します。……お休みのところ申し訳ございません、光輝様」

 

「リリィ……アーナ王女?」

 

 そう、俺を訪ねて来たのは仕事中毒(ワーカーホリック)こと、リリアーナ王女殿下であった。

 

 とりあえず適当な椅子を差し出し、座ってもらう。

 

「突然すみません」

 

「それは大丈夫ですが、どうかされたのですか、リリアーナ王女?」

 

 前はどうだったか。この訪問イベントはあっただろうか。あったとしても忘れているので、どのみち要件は聞かないとわからないのだが。

 

「……申し訳ございませんでした」

 

 沈痛な面持ちで俺に頭を下げるリリィ。

 

「いえ、アポなしの来訪については別に構いませんが……」

 

 というか、いくら勇者相手とはいえ、一国の王女がそう簡単に頭を下げていいのだろうか。普通に大丈夫か、これ?

 

「そうではありません。皆様を理不尽に召喚してしまったことです。聞けば、貴方達は向こうではただの学生だったとのこと。それを無理やり戦場に引っ張り出してしまって……」

 

 そう言ってから彼女は落ち込んだように項垂れて、目に少し涙を溜めた。

 

 ああ、そういうことか。リリィは王国の中でも、信仰に囚われすぎない良識派だ。かつてもそのことについて心を痛めていたな。

 

「大丈夫ですよ。確かに急に神に選ばれたとか、人族の希望だとか、環境が変わりすぎて戸惑いもあります。そのことを恨んでいる者もいるかもしれません。ですが、皆戦いたいと、人を救うために訓練もしているんです。少なくとも、俺達は望んで戦場に身をおこうとしているんですよ。それに、そもそも召喚したのは貴方達ではなく神が勝手にやったのでしょう? でしたら、貴方達には責任はありませんよ」

 

 爽やかな笑顔を心がけて、そう返した。

 

 ……これで良かったのだろうか。

 

 王国側に非がないのは確実だ。全てはあのクズ神が元凶なわけで、リリィが謝る必要はない。

 

 だが、皆が皆戦うことを望んでいるわけでもないのだろう。あの場の空気に流されてしまった、という人は一定数いるはずだ。平穏な日常を奪われて怒り狂っている者もいるかもしれない。

 

 前の俺は、そんなことは一切考えなかった。他人を救うために命をかけることが当然だと思っていた。そのせいで死んでしまったクラスメイトには合わせる顔がない。

 

「そう……ですか。そうですね。励ましていただきありがとうございます、光輝様」

 

 強張っていた顔を少し和らげて、リリィは礼を言ってくれた。

 

 ……俺は間違っているのかもしれない。前と同じ過ちを繰り返そうとしているのかもしれない。

 

 だが、それでも、大切な友人を傷つけたくはないんだ。

 

 戦いを完全に拒否する、という選択肢もあるにはあったのだ。俺がそういう態度を取れば、恐らく皆も戦いなどしなかっただろう。

 

 それを俺は巻き込んだ。救えるかもしれない者を救いたいというエゴで傲慢な理由で。

 

 全く、最低だな、俺は。どこまでも罪深い。一生かけても償えないかもしれない。

 

 だけど。

 

 俺はそれでも守ると誓った。もう自分は曲げない。

 

「光輝、でいいですよ。リリアーナ王女」

 

 退室しようとする気配を見せていたリリィに語りかける。

 

 すると、リリィは少し顔を赤らめながら、こう言った。

 

「でしたら、私もリリィでいいですよ。光輝さん」

 

 

   ◆◆◆◆

 

 

 訓練三日目、終了。

 

 結局昨日はリリィ来訪のせいで恵里のところに行けなかったので、今日こそは説得しなければ。

 

 部屋から出て歩いていると、途中で体育座りをして落ち込んでいる小動物を発見してしまった。

 

 ……無視するわけにもいかないか。

 

「どうしたんですか、先生?」

 

「うぅ……うぅ……」

 

 話しかけた俺に気づかずに、何やらブツブツと独り言を言っている愛子先生。本当にどうしたのだ。

 

 もしかして、急病か!?ストレスにより罹ってしまったということは充分に考え得る。

 

「先生! 大丈夫ですか、先生!」

 

 肩を揺さぶりながら何度も呼びかけると、はっと気がついたように俺を見た。

 

「あ、天之河くん!? どうしたんですか、こんなところで?」

 

 それはこちらの台詞だ。

 

 先生はしばらく動揺していたが、少し経つと落ち着いたようで、立ち上がってから改めて俺の方を向いた。

 

「すみません、私、少し地面に座りたい気分だったんです。誰だってありますよねそういう時は! それでは、また」

 

 待て。待ってください。それは誤魔化してるつもりですか先生!?

 

 早急に立ち去ろうとする先生を呼び止める。

 

「先生! 何か困っているなら相談に乗りますよ?」

 

「えっ? で、ですが……」

 

「遠慮しなくていいですから」

 

 この人は、放っておくとどんな方向に行くかわからない。暴走する前に止めるのが吉だ。

 

 とはいえ、先生の性格上、生徒に弱みを吐露することは避けるはずだ。こちらから聞き出さなければならないだろう。

 

「確か、イシュタルさんのところに行っていましたよね? 何か言われたんですか?」

 

「え、えーと、それはですね……」

 

 先生は悩む素振りを見せたが、やがて観念したのか話し始めた。

 

「実は、貴方達を戦わせるのを止めるように直談判しに行ったのですが……まともに取り合ってもらえなかったんです……」

 

 ごめんなさい、力不足で、と少し震えながら謝ってくる愛子先生。実に小動物である。

 

「戦うのは俺達自身が望んだんです。そんなことはしなくても構いませんよ」

 

「で、ですが、貴方達はまだ子供なんですよ!? それなのに戦争に使うだなんて、酷すぎます!」

 

 必死にそう訴えかけてくる姿には、先程までの弱弱しさはみじんもなく、迫力に満ち溢れていた。

 

 強いな、この人は。決して変わらない自分の信念を持っている。だからこそ、排他的になった南雲でも先生の言葉には耳を傾けたのだろう。

 

「先生。今でこそ全員が参加する意思を見せていますが、それはまだ訓練しかしていないからです。この先、本当に戦いが始まれば、きっと離脱していく人は出てくるはずです。それでも人々のために戦い続ける者もいるでしょうが、異世界の他人よりも自分や友達の方が優先順位は上のはず。きっと大丈夫ですよ」

 

 今の俺にはこう言うことしかできない。たとえ何を言われたとしても、俺が意思を曲げることはあり得ないから。悲しむ人を一人でも少なくしたいから。それが俺の、贖罪だから。

 

「あ、天之河君……」

 

 説得は無理だと思ったのか、弱弱しくへたり込む先生。先生には悪いが、俺にはしなければならないことがあるのだ。

 

 別れを告げてその場を――

 

「で、ですけど、先生は納得しませんよっ!」

 

 ……あ、これ話が長くなるパターンだ。


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