氷姫の操觚者   作:ユキシア

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魔法

「よしよしなのです」

「………もう勘弁してくれ」

子供のように泣いてしまった影斗は落ち着いて、冷静になると先ほどまでの自分のことを思い出して羞恥心でいっぱいになって項垂れていた。

そこに子供を優しく宥めるようにラヴィニアが影斗の頭を撫でていた。

完全に子供扱いだ。

「…………俺は人間は嫌いだ。今も人間に対する嫌悪感が強い」

頭を垂らしながら呟くように口を開く。

「あの時のことは今も、たぶん、一生忘れられない………。この苦しみを一生抱いて生きて行くと思うと余計に人間のことが嫌いになっていく」

口汚く罵られた言葉。

力と支配に溺れた拳や蹴り。

侮蔑を交えた視線。

それを思い出すだけでおぞましい気持ちになる。

「それでも、お前の事を信用してみたい。いいだろうか?」

「もちろんなのです」

尋ねる影斗にラヴィニアは笑顔で頷いた。

不思議だと思った。

拒絶に近い対応をしてもこの少女は変わらずに接してくる。

酷いことも言った。

手も上げた。

それでも少女が影斗に向けてくる視線も言葉も微笑みは変わらない。

こんな人間もいるんだな、と少しだけそう思えた。

不意に頭を掴まれて引っ張られる。

ラヴィニアが自身の胸元に影斗の頭を誘導させて抱きしめ、頭を撫でる。

「辛い時や泣きたい時は私がこうしてあげるのです」

「いい、もういいから離してくれ……」

豊満なその胸に顔一杯に包まれるのは年頃の男の子として色々大変なことになってしまう。

やっぱり天然だと思いながら離れる影斗。

ラヴィニアは本当に影斗のことを信用しているのだろうけど、無防備にもほどがある。

自分の容姿がどれほどいいのか知らずにそんなにも無防備なら別の意味で心配になる。

「シャドーは魔法を覚える気はないのですか?」

「魔法?」

訊き返す影斗にラヴィニアは「はいなのです」と答える。

「私個人の見識なのですが、シャドーは魔法を扱う素質があるのですよ。それに神器(セイクリッド・ギア)の特性を知れば相性もいいはずなのです」

「………俺でも魔法が使えるのか?」

率直な疑問を投げるとラヴィニアは頷いた。

「魔法とは古代の偉大なる術師が、『神』の起こす奇跡、『悪魔』の魔力、または超常現象を独自の理論、方程式でできうる限り再現させたものであり、すべての現象に一定の法則があり、それを計測し、計算し、導き出して顕現させるのが『魔法』なのです」

手の平に魔法陣を出現させるラヴィニア。

「魔法陣はその超常現象を独自の式にして再現したものなのです。わかりやすく言えば―――」

「魔法陣は計算の答え。それまでの式、超常現象を再現させる式をどれほどまでに構築できるかは本人の手腕次第」

「そうなのです。魔法陣を作り出す式に独自の計算、自分にしか使えない制約をつけるのです。魔法は『どうすれば、そうなるのか』という計算と知識が必須なのですよ」

魔法に関する知識を伝えるラヴィニアに頷く影斗。

手段は増えるのはいいことだ。

今まで触れたことのない未知の魔法。

それがどこまで扱えるようになるのかはわからないが、今の影斗には選ぶ余裕はない。

それに素質があるのなら手を出すのも一つの方法だ。

「俺に魔法を教えてくれ……」

影斗は頭を下げて懇願した。

「了解なのです」

ラヴィニアはそれを笑顔で応じると、小型の転移魔法刃を展開させて数冊の辞典のように分厚い本を数冊取り出した。

「これは今のシャドーにとって必要なことが記されているはずなのです」

手渡される本の重みに落としそうになった。

口元を引きつかせて少し開くと、文字がびっしりと刻まれていた。

「頑張って明日までに覚えて欲しいのです」

笑顔でとんでもないことを言うラヴィニアを見て、影斗は思った。

こいつは意外にもスパルタだと。

 

 

 

 

 

 

「頭が痛い………」

朝日が昇り始めた時間帯に影斗は頭を押さえながら机に突っ伏していた。

先日にラヴィニアから手渡された本――正式には魔導書をなんとか読み切って理解することはできたが、その代わりと言わんばかりに激しい頭痛が影斗を襲う。

膨大すぎる魔法に関する知識。

数冊の内、最初に読んだのが魔法に関する基礎中の基礎。

残りの数冊が一つの魔法を会得する為に必要な知識が詰められていた。

基礎を含めてとはいえ、一つの魔法を覚える度に激しい頭痛に襲われるが、一つだけ確かなことが判明した。

ラヴィニアの魔法の腕は一流だ。それも超が付くほどに。

幼少の頃、もしくは産まれてから魔法と共に生きていたとしてもそこには並大抵の人生ではないはずだ。それこそ魔法に全てを捧げていると言ってもいいほどに。

きっと碌な自由もなったはずだ。

「………本当にガキだな、俺は」

自分の器量に呆れぼやく。

辛い人生を歩んできたのは自分だけではないと今ならそう考える自分がいる。

だけど、今はそれを考える時ではない。

手を突き出して頭の中で先ほど完成させた式を頭の中で構築する。

床に埋めつくされた膨大な紙。その一枚一枚にはびっしりと計算式が書き込まれていて、一夜でどれほどまでに影斗がこの魔法を覚えるのに必死になったのかが窺い知る。

初めて手を伸ばして手に入れた魔法。

それを発動させる為に必要な知識と式を頭に叩き込んで影斗は魔法を発動させる。

「よし」

手元に展開される魔法陣を見て歓喜する。

早速その効果を試そうと思い、神器(セイクリッド・ギア)を出現させようとする。

「凄いのです」

「うお!?」

だが、突如背後から声をかけられたことによって驚き、魔法陣が消失する。

「いきなり背後から声をかけるな。驚くだろう」

突如現れたラヴィニアに驚くが、ラヴィニアは微笑んだまま。

「もう魔法を覚えたのですか? 私の計算では後二日はかかると思っていたのです」

予想外と言わんばかりに告げるラヴィニアは足元にある計算式がびっしりと書き込まれた紙を拾い上げて影斗の頭を撫でる。

「シャドーは頑張り屋さんなのです」

「………子供扱いはやめろ」

その手を払いのける影斗。

「朝ご飯の時間なのです。皆で食べるのです。シャドーを迎えに来たのですよ」

そのついでに様子見としてラヴィニアが来たのか、と納得する。

「わかった。ここを片付けたらすぐに行く」

「私もお手伝いするのです」

ラヴィニアと共に散らかった物を片付けてから二人は例のビデオを見た部屋に向かうとそこには鳶雄、夏梅、鋼生、ヴァーリが既に集まっていた。

しかし、一つだけ懸念があった。

鳶雄と夏梅が妙によそよそしい。

「おう。腕の調子はどうだ?」

「まぁ、動かせる分には支障はない」

真っ先に声をかけてきたには鋼生は折られた影斗の両腕を聞いてきた。

三日間で殆どよくはなったが、油断はまだできない。

下手に負担がかかることがあれば、悪化する恐れがまだある。

「影斗、目の下の熊が酷いけど大丈夫なの?」

「問題はない。少なくとも得るものは得た」

「なーるほど。お前も準備は万全ってことか」

口角を上げる鋼生。

影斗は椅子に腰を下ろして鳶雄が作ってくれたであろう朝食を頂く。

「美味いな……」

基本的には自分で食事を作る影斗は久々に自分以外の人が作った料理を口にする。

――――と、無言で箸を進めるヴァーリの姿を見て、夏梅がイタズラな表情を浮かべる。

「あーら、ヴァーくんったら、随分と夢中になって食べているじゃない? カップ麺さえあれば食事なんてどうでもよかったんじゃないの?」

「……勘違いするな。この食事から得られる栄養分に興味があっただけだ」

「栄養分ときましたか。まったく、素直じゃないんだから」

カラカラと笑う夏梅。ヴァーリは文句を言いながらも箸を止めなかった。

「ルシドラ先生は生意気盛りだからな」

「むっ、鮫島鋼生。そのルシドラとはなんだ? 俺のことか?」

「ああ、ルシファーでドラゴンなんだろ? なら、略してルシドラでいいじゃねえか」

鋼生の言葉に機嫌を損なったのか、ヴァーリは口をへの字に曲げる。

「むむっ、違うぞ。俺は魔王ルシファーの血を引きつつも、伝説のドラゴン『白い龍(バニシング・ドラゴン)』をこの身に宿すという―――――」

「あー、はいはい。ルシドラルシドラ」

ヴァーリの『設定』を軽く流してしまう鋼生に少年もついに異を唱える。

「むぅ、新井影斗。この不逞の輩に俺の貴重性を言ってやってくれ」

「悪いが、今は頭の中はいっぱいいっぱいなんだ」

魔法を会得したばかりで、今も頭痛に悩まされている影斗はヴァーリを匿う余裕はない。

「ヴァーくん、いい子いい子なのです」

「だから、俺の頭をなでるな! 子供じゃないんだぞ!」

不機嫌なヴァーリの頭を撫でるラヴィニアに年相応の顔を見せる。

 

 

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