氷姫の操觚者   作:ユキシア

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意地を貫く力

―――――『凶星天の法典(アステール・トゥレラ)』。

それが新井影斗に宿した神器(セイクリッド・ギア)の正式名称。

その能力は事象を操り、運命さえも自分の思うがままに書き換えることができる凶悪なもの。

極めれば世界のあらゆる事象、他者の運命までも操る事は出来る。

だが、運命とは複雑怪奇なもので一人の運命を変えれば、別の人の運命までも変えてしまう。

眼前に漂る自身の神器(セイクリッド・ギア)を見据えながら影斗は両手に歪な形の手錠を嵌められながら啞然とする。

その隣ではその事実を事前に知っていたラヴィニアは申し訳なさそうに俯いていた。

影斗の力を告げた姫島唐棣は東城家の周囲にウツセミを取り囲み、とある提案を掲示した。

それは自身の研究施設に鳶雄達を案内すること。

多くのウツセミと戦うか、その提案に乗るか。

二つに一つの決断に鳶雄は後者を取った。

外で戦っている夏梅と鋼生を逃がし、この場にいる者達だけで研究施設に赴く。

そして、研究施設―――『空蝉機関』の本部、いや、隠しアジトにやってきた鳶雄達は手錠を嵌められながら唐棣にどこかに案内されていた。

「……………………」

鳶雄は事実を知らされた影斗を心配そうに見据える。

その表情はどこか、複雑で思い悩んでいるようだった。

認証必要なゲートを幾重にもくぐり、三人と一匹が連れて行かれた先は―――大規模に広がる空間だった。

無数とも思えるほどの培養液にはウツセミと化している少年少女の肉親が入っていた。

その後も唐棣は何かを話していたが、影斗の耳には届かない。

そんなことはどうでもいいかのようにただ、茫然と足を進めている。

そのままエレベーターに乗せられ、ぐんぐんと降下してついた先は広大な何もない一室。

照明以外は何もなく、白い壁と床がただ広がるだけ。

「ここは地下百メートルにある空間だ。核シェルターに転用できるほどに頑丈でね。ちょっとやそっとの衝撃で崩落することはない」

彼は、懐から平たいリモコンのようなものを取り出すと、ボタンをひとつ押す。すると、刃が檻から解放される。

「つまり、ここで多少のいざこざがあろうとも、別段上の研究施設に影響はないということだ」

姫島唐棣は、袖から鉄の棒を出現させる。それを横に振ると、収納されていた分が伸びて錫杖の恰好となった。

「さて、幾瀬鳶雄。少しばかり、ここで戯れようではないか」

錫杖の先を鳶雄に向けながら姫島唐棣が言う。

「―――私のその『狗』をけしかけてみなさい」

同時に鳶雄の手にされていた手錠が外れて床に落ちいく。

鳶雄の実力を探る為に戦闘を持ちかける唐棣に下手にラヴィニアが手を貸せば鳶雄の幼馴染である紗枝をけしかけてしまう恐れがあるだけではなく、神器(セイクリッド・ギア)を封じられている影斗を守る必要がある。

見守りつつ影斗を守れるように傍にいるラヴィニアは影斗と共に後方に下がる。

「いけっ!」

鳶雄のかけ声と共に戦闘が始まった。

「………………シャドー。私は本当はシャドーの神器(セイクリッド・ギア)のことについて知っていたのです」

二人の戦闘を好機とみなし、ラヴィニアは影斗に本当の事を告げる。

「ですが、その神器(セイクリッド・ギア)は自覚するとしないでは能力は大きく異なることも知っていましたから、本当の事をシャドーに言えなかったのです」

「……………………」

「知れば否応にシャドーの運命は狂わせてしまうのです。そうなる前に今回の件が終わればその神器(セイクリッド・ギア)を封印し、出来る限りの日常の――シャドー達にとって変わらない毎日を過ごして欲しかったのです」

「……………………」

「ごめんなさいなのです。やっぱり無理矢理にでもシャドーを戦いの場から離しておくべきだったのです」

既に影斗の運命は狂い始めている。

そうなる前にどうにかしたかったラヴィニアにとって後悔の念で悔やむばかり。

強引にでも、無理矢理にでも、僅かな危険性も考慮しておかなかったラヴィニアの失態だ。

「……………………」

無言を貫く影斗。――――その時だった。

重々しい音を立てながら、この空間の扉が再び開け放たれる。

通されたのは、紫色のローブを着た初老の外国人女性とその後ろにはゴシック調の服装をした外国人の少女。

初老の女性が言う。

「機関長殿、もう戯れはその辺でいいのではないかい?」

姫島唐棣は錫杖を下げ、息を吐きながら言う。

「これは魔女殿。ここに来られるとは」

老女は、淀みない足取りで鳶雄と影斗のほうに歩を進める。

「こちらとしても見たいのでね。―――『狗』と『法典を持つ者』を」

二人を興味深そうに視線を向けていると、影斗の隣にいるラヴィニアがかつてないほどの敵意を『魔女』と呼ばれた老女に向けている。

ラヴィニアの刺すような目つきに気づいた老女は、彼女を捉えるなり口元を笑ます。

「―――おや、まさか、『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』からの刺客がこの子とはね」

老女はラヴィニアの眼前にまで辿り、目を細め、愉快そうな顔で言う。

「久しいね、『氷姫』のラヴィニア」

「…………『紫炎』のアウグスタ、あなたが協力者だったのですね? なるほど、そちらの『大魔法使い』ならばあなたを送って当然なのかもしれないのです」

「それはこっちの台詞でもあるねぇ。メフィストも粋なことをするものだよ。『炎』を追うのに『氷』を寄越すなどと……………」

両者そのまま睨み合い、ラヴィニアからは水色の光、アウグスタからは紫色の光を体に纏う。

しかし、不意にアウグスタが睨むのを止めて影斗に視線を向ける。

「今世の法典の所持者。もう自分の能力は知っているだろう? 私達の下に付く気はないかい?」

老女の瞳は影斗を見定めるように見据えながら勧誘する。

「その神器(セイクリッド・ギア)だけでもと考えていたが、中々見所がある素質を持っている。私の弟子になって魔法を学ぶ気はあるかねぇ?」

「わーお♪ お師さまが直接勧誘なんて珍しいわ♪ 私の弟弟子になるのかしらねん♪」

「お前はちょっと黙っておきな、ヴァルブルガ」

はしゃいでいる弟子――ヴァルブルガを諫めながら勧誘するも、影斗は首を横に振った。

「誰がなるか」

勧誘を拒絶した影斗。それに対して何かを言おうと口を開こうとしたアウグスタだが、この室内の温度が徐々に下がっていることに気付いた。

「……………あなたたちを確認できれば、もう十分なのです」

迫力のある声音で告げ、底冷えするほどの冷気を発生しているラヴィニアの手錠にヒビが入り、亀裂が走り、四散して床に散らばる。

ラヴィニアの碧眼は―――暗く、深海のような色をしていた。

自由となった手首をさすり、影斗の手錠も同様に四散させるラヴィニアの小さい唇から、この世のものとは思えないほどに呪詛めいたものを漏らした。

《―――悠久の眠りより、覚めよ。そして、永遠の眠りを愚者へ――――》

冷気が――集う。ラヴィニアの横に、凍えるような空気が渦を巻いて集まっていき、何かの形になっていった。

「――――これが私のお人形なのです」

ラヴィニアの横に生まれたのは、氷で作られた姫君だった―――。

三メートルほどある、ドレスを着たかのような女性のフォルム。しかし、その面貌は人のそれではない。口も鼻もなく、左半分に六つの目が並び、右半分はイバラのようなものが生えて突き出ていた。腕の数は四本あり、どれも細い。しかし、手の腕の細さに反比例して大きかった。

「……………十三のひとつ、『永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)』。まさか、このような少女が神をも滅ぼすという具現を有するとは……………アザゼルとメフィストも既に手に入れていたとは!」

哄笑を上げる老女の背後で突然紫色の炎の柱が巻き起こる。火力と熱量はどんどん上がっていき、部屋に包み込んでいた冷気に匹敵するほどのものになろうとしていた。

《―――膏つけられし者をくくりつけるのは十字の呪具よ。紫炎の祭主にて、贄を咎めよ》

老女もまたラヴィニアと同じく力ある呪詛を口にする。

アウグスタの隣に姿を見せるのは炎で作られた十字架を片手に担いだ炎の巨人。その大きさも四メートルに達していた。

お互いの分身とも呼べる物体を横に置いて対峙する恰好となる。

「機関長殿、ここは離れたほうがいいと思うがね? この娘の目的は私のようにこちらの目的も今世の法典の所有者だ。こちらの都合でそちら側を巻き込むのは忍びない」

アウグスタは人差し指を上に向ける。

「―――上のものをすみやかに、処置してくれないかね?」

その一言を聞き、唐棣はこの空間から脱していく。紗枝と共に。

そして、影斗はラヴィニアの結界に覆われる。

「シャドーはそこに居て欲しいのです!」

そう告げるラヴィニアとアウグスタは宙に光の軌跡で描かれた魔法陣を幾重にも展開し、魔法合戦を行った。

あらゆる現象を両者の魔法陣から放たれ、時に氷の姫君と炎の巨人をぶつけ合わせる。

魔法を学んだ影斗はわかる。

これほどまでに超常現象を引き起こしている二人の魔法の実力に。

ラヴィニアは鳶雄に唐棣の後を追わせて紗枝を救出に向かわせる。

「おい! 俺をここから出せ!」

結界を叩き、自分も戦おうとする影斗にラヴィニアは首を横に振った。

「駄目なのです! 狙いがシャドーである以上は私が守るのです!」

「ふざけんな! 自分の身ぐらい自分で―――」

「今のシャドーでは足手纏いなのです!」

「――――――ッ!?」

「今は、今だけは私に守られて欲しいのです!」

己の無力さに握り締める手から血が滲み出るほど強く握り、歯を噛み締める。

己の弱さに、無力さに、ただ守られているだけの現実に自分を殺してやりたいほどに怒りを募らせる。

頭では理解している。仕方がないことだと。

つい数日前まで魔法のことも神器(セイクリッド・ギア)も知らずに争いもない平穏な日常を過ごしていた影斗と幼い頃からそれを知って己を磨き続けてきたラヴィニア達とでは雲泥の差以上に実力差があっても当然だ。

ラヴィニア達のように幾重にも魔法陣を展開できるわけでもなく、戦闘に長けた神器(セイクリッド・ギア)を宿しているわけでもない。

今の自分にできるのは先日ラヴィニアから教わったたった一つだけの防御魔法と事象を多少操作し、数分前後の味方の運命を改変する能力だけ。

しかも、老女の狙いは自分で、結界から出たら真っ先に狙われる可能性もある。

人質として捉われたらそれこそラヴィニアが殺される可能性だってある。

なら、この結界内で大人しくしておくのが最も最善な選択だ。

ラヴィニアの言葉通り、足手纏いなのだから……………。

 

「…………………………………な、けるな、ふざけるな!!」

 

怒声と共にその怒りに呼応するかのように影斗の神器(セイクリッド・ギア)が直視できない程の光量を発せられる。

「「「っ!?」」」

その突然の光景に三人の視線は結界内にいる影斗に集まる。

「足手纏いなんか死んでも御免だ!!」

弱いのはとっくに知っている。

自分は鳶雄達のように戦う力がない。

策を講じてもそれを実行できるだけの力も経験も持ち合わせていない。

ヴァーリの言う通り、この神器(セイクリッド・ギア)は戦闘には向いてはいない。

脆弱、矮小、雑魚、愚者……………自分に相応しい言葉がいくらでも思い浮かべる。

だけど、それでも……………弱者は弱者でも通すべき意地がある。

瞳に映る金髪碧眼の少女の瞳はこちらを心配そうに見ている。

騙され、悪事を擦り付けられ、誰も信じられなくなった。

次第には人間に嫌悪感を覚え、誰がどうなろうが自分には関係ないように考えていた。

人間不信に陥っていた影斗は家族でさえも信用も信頼もせず、一人で生きようと決意していた。

それなのに、自分に領域に土足に踏み込んではあちらこちらと引っ張り回す存在と出会った。

突き放しても、無視しても、暴言、暴力を振るっても彼女の表情から笑みは消えなかった。

変わらない笑顔を見せ、こんな自分を心配し、信じてくれる。

凍りついていた自分の心を溶かしてくれた。

久しく誰かの前で涙を見せた。

その笑みが、その言葉が、その温もりがろくでもない自分を救ってくれた。

「俺はもう、守られるわけにはいかねえんだよ!!」

自分を救ってくれた彼女(ラヴィニア)の負担にはなりたくはない。

魔女からも、運命からも何もかも抗ってやる。

どこまでも抗い続けてやる。

俺の意地にかけて抗い続けてやる。

物語の主人公のように誰かを守る為や、誰かを救う為の力などは言わない。

俺の意地を貫き通せるだけの力。

誰の足も引っ張らず、俺一人だけでも戦えるだけの力が欲しい。

「俺の想いに応えろ。―――――凶星天の法典(アステール・トゥレラ)

己の神器(セイクリッド・ギア)の名を口にすると同時に結界が砕け散った。

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