氷姫の操觚者   作:ユキシア

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新しい生活

―――朝。

目を覚ました影斗は上半身を起こして、カーテンの隙間から漏れる朝日の光を見て、朝が来た事に気付いた。

今日からはアザゼルが言っていた『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』に通い始める日。

昨夜のうちに用意しておいた青を基調としたコスプレみたいな制服を着なければならない。

別に制服に拘りなどはないが、コスプレみたいで少しだけ嫌なのが本音だ。

しかし、そんな贅沢を言える立場でもないことぐらい理解している影斗はさっさと起きて、着替えて、朝食でも作ろうとした時に違和感を覚えた。

「お前…………」

隣で白シャツ一枚で気持ちよさそうに眠りについている金髪碧眼の美少女―――ラヴィニアを剣呑な目つきで睨む。

「本当に襲われても文句言えねえぞ、この天然……………」

白い肌に豊満な胸がほぼ露となっているその恰好は健全な男子には薬でもあり、毒でもある。

深夜にトイレに立って、寝惚けた状態で入ってきたのだろうと……………以前に夏梅や鳶雄からそのような話を耳にしたことがあるので今回もそうだろうと容易に想像できる。

若干呆れながら、タオルケットをかけて自分はベッドから出て、制服に袖を通す。

静かな足取りで部屋を出て行くと、誰もが入っていい空き部屋に向かって朝食を作ろうと入ると同時に嫌そうな顔を作る。

「げ……………」

「おはよう。それと、朝から失礼だよ」

「誰のせいだ、誰の」

そこにいたのは東条紗枝。彼よりも速く起床して台所で包丁を持って朝食の支度に取り掛かっていた。

正直に言えば、影斗は紗枝が苦手だ。

親睦会の日に刃を使って強制的に参加させられ、更には何かある度に刃を使って脅しにかかる。

そのせいもあって影斗は東条紗枝に苦手意識を持つようになった。

「……………………場所を少し借りるぞ」

自分の分の朝食を作る為にも去るわけにはいかず、台所のスペースを一部借りて朝食の支度に取り掛かる。

「新井君の分も作ってあるよ?」

「俺は自分で作るからいらん」

自分の分は自分で用意する影斗はテキパキと効率よく朝食の準備に取り掛かる。

互いに朝食の準備をしている最中、紗枝が口を開いた。

「そう言えば、学校で新井君と話すことなかったよね?」

「俺は誰かと関わる気なんてなかったからな。それは当然だろう」

陸空高校の時でも影斗は誰かと話すのは決まって必要事項のみだ。誰かと話すことも、何かと付き合うことも拒絶していた。

だから話すことはないのは当然だ。

「どうして誰とも関わろうとしなかったの?」

「それをお前に教える義理も義務もない」

突き放すような冷たい言葉に紗枝は困ったように頬を膨らませる。

「同じ屋根の下で住む友達なんだからもっとお互いの事知っていきたいな」

「お前は幾瀬達の心配でもしてろ」

食材を切る、包丁の音を止めて影斗は紗枝に言う。

「特に幾瀬は下手に力の制御を誤ればろくでもないことになる。幼馴染ならよく見てやれ」

忠告ともいえるその言葉を耳にして紗枝は笑みを見せる。

「やっぱり優しいよね、新井君って。これがツンデレ男子ってやつかな?」

「誰がツンデレだ、誰が」

朝食の支度を整えながらそんな他愛もない話をしていると、このマンションの住人が一人、また一人とこの部屋に集まってくる。

「おっす、お前ら早いな……………」

「新井影斗、湯を沸かしてくれ。今日はカップうどんがいい」

「おはようなのです」

鋼生、ヴァーリ、ラヴィニア、三人はこの場に姿を見せるも残りの二人と一匹はまだ来ていない。

仕方がなく、この場にいる全員(影斗を除く)で二人を起こしに行く間に影斗は自分の分用意を終わらせてお湯を沸かし、冷蔵庫の材料(賞味期限切れが近い)を使って仕方がなく、全員分にもう一品とデザートを作っておいた。

 

 

 

 

妙に気まずい朝食時、鳶雄と夏梅は顔を紅潮させ、紗枝も顔を赤くしたりと修羅場のような現場となったが、影斗は気にもせずに自分の朝食を口に運ぶ。

今日からネフィリムに通い始める日だというのによくなにかしらと騒ぎを起こすと他人事のように思っていると、不意に現れたアザゼルもここで朝食を終わらせて、鳶雄達はアザゼルの案内の下でネフィリムに辿り着いた。

マンションの地下に学校があるのは予想外ではあったが、もういちいち驚くこともなかった。

そして、堕天使の幹部であるバラキエルの下で影斗達は一般的な教養からこの世に存在するあらゆる異能、異形についての知識なども教わった。

この世界で生きて行く以上は異能、異形の世界について、最低限知らなければならない。

学び始める事、半月という月日が流れ、影斗達は今は施設の屋内ランニングトラックで十五キロの長距離を終えていた。

「…………………ったく、毎回何キロも走らせやがってよ……………っ! 俺らにオリンピックでも狙わせる気かってんだ……………っ! こんなに走ったのは中坊の頃以来だぜ……………っ!」

鋼生はゴール直後に座り込み、毒づく。

まずは体力。逃げるにも体力は必要。殺されない為にもまずは体力作りからと鳶雄達を指導するバラキエルはそう言っていた。

「……………………」

同じく走り込みが終えた影斗だが、さほど疲労は無い。

過去を改変したせいか、体力は以前よりも遥かに向上しているようだ。

それからも基礎訓練をこなしていくと、次は場所変えての組手となる。

基本的の組手の相手は講師であるバラキエルが主なのだが、時折相手が変わる日もある。

そういう時は決まって――――。

「俺の出番のようだ」

不敵な笑みを浮かべるヴァーリが鳶雄達の前に姿を現す。

そんなヴァーリの今日の相手は鳶雄と鋼生。以前は影斗だった為に今回は二人のようだ。

「なんなら三人でも俺は構わんが?」

自信満々にそう言ってくるが、それに応じる気は影斗も鳶雄達にもなかった。

影斗は夏梅達同様に壁際で待機、その時間を使って小型の転移用魔法陣から魔導書を取り出して、目を通し始める。

時折、二人に視線を向けるが、今の二人ではヴァーリにはまだ勝てない。

『空蝉機関』との争いの際に二人は次のステージに着実に進歩している。

鋼生は白砂に電撃を放てるようになり、鳶雄は大鎌を使い、刃と共に戦闘を行えるようにはなっているが、それでもまだまだ荒い。

力に目覚めたばかりの今の鳶雄達ではまだヴァーリには勝てない。

予想通り、二人はヴァーリにこてんぱんにやられ、敗北した。

「さぁ、新井影斗。次は君の番だ」

「ああ……………」

ヴァーリから指名を貰い、次は影斗は前に出る。

 

 

 

 

 

次の土曜日、鳶雄達は『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』は休日ということもあっても影斗は変わらず、自室で魔導書を読みふけっていたが……………。

「おい、いい加減に離せ」

「大人しく私達の買い物に付き合うって約束したらいいわよ?」

「シャドーも付き合うべきなのです」

夏梅とラヴィニアに強引に連れ出され、全員で外出する羽目になった。

がっしりと両腕を掴まれて、逃げられない。

深く嘆息する影斗に困ったように笑う鳶雄の姿が目に映る。

助ける気はないらしい……………。

「……………………付き合うから離せ」

「本当に? 途中で帰ったりしない?」

「最後まで付き合う。何かあったら言う。これでいいだろう?」

「オッケー! 言質は取ったからね!」

言質まで取ると夏梅は腕を離して影斗を解放するも、ラヴィニアはまだ掴んでいる。むしろ、腕を組む恰好となっている。

「おい、お前も離れろ。歩きづらい」

「シャドーがどこにも行かない様に摑まえているのです」

「付き合うって言っただろうが」

「駄目なのです。シャドーは買い物には付き合っても、私達とは付き合うつもりはないのはお見通しなのです」

「チッ…………」

的確に告げるラヴィニアの言葉に小さく舌打ちする。

買い物に付き合うのと、夏梅達と共に行動するのは別問題だ。

それを理由に適当にどこかで時間を潰そうと考えていたが、ラヴィニアにはお見通しだった。

「いいじゃねえか。役得だぜ?」

「うるせぇ」

美少女であるラヴィニアに腕を組まれて、後ろから鋼生のからかいの言葉が飛んでくる。

「今日は何をするのです?」

いつもの魔法使いの恰好で共に歩ているラヴィニアに夏梅は指を突き付けて言う。

「まずはあなたよ、ラヴィニア! 服! 年若い女の子がこんな格好じゃ、ダメすぎるって! 素材は最上級なんだから、オシャレしなきゃ嘘ってもんよ! 東条さんも手伝って! 一緒にこの子をコーディネートするから!」

「え? う、うん」

夏梅の勢いに気圧されながらも紗枝は同意した。

「私は魔法使いなのだから、これでいいのです。この格好が一番魔法力を高めて、いざというときに―――」

「あー、もう!いいからショップよショップ!」

夏梅はラヴィニアの訴えなど退いて、繁華街の方を指さした。

ショップを巡りながら女子達は服を見てはキャッキャと嬉しそうにしているなか、男子達は女子の買い物が終わるのを待っている状態だった。

「たくっ、なんで俺まで……………」

鳶雄達とは少し離れた壁際で壁に背を預けて大人しく待っている影斗は愚痴を溢す。

すると――。

「お、やっぱ影斗じゃねえか?」

不意に声をかけられ、顔を上げる影斗は目を見開いた。

「よっ、久しぶりだな。中学卒業して以来か?」

影斗の前に現れたのは男子達。その中央に立ち、影斗に声をかけてきたのは中学時代で親友と思っていた斎藤大樹だった。

「おい、知り合いか?」

その後ろにいる影斗も知らない男子達は恐らくは大樹が高校で知り合った友人だろう。

「ああ、俺の中学時代の親友(ダチ)だ」

何が親友(ダチ)だ…………。

無意識に手に力が入り、心の奥でどす黒い炎が燃え上がる。

『あいつのせいです! あいつのやれって言われて仕方がなく!』

忘れもしない記憶が鮮明に思い出す。

何も知らず、ただ信じて親友についてきた影斗をどん底にまで突き落とした元凶に影斗の目線は鋭くなる。

今すぐにでもその元凶の顔面に拳を叩きつけてやりたい衝動に駆られるも堪える。

「……………………俺はお前のような奴は知らん。人違いだ」

他人の振りをしてしらを切ろうとするも、大樹は影斗の気も知らずに軽薄な笑みを浮かばせる。

「なんだよ? あの時の事まだ怒ってんのか? 悪かったって。俺だってあそこまで大事になるなんて思わなかったんだ。それよりもさ、お前、さっきすげー美人な外国人と腕組んでたじゃん。あれってお前の彼女?」

――――それよりも、だと。

あの事件をきっかけに影斗は地獄を見た。

その地獄でもこいつは何もすることなく、ただ傍観していた。

それをこいつはそんな簡単に済ませるのか?

「後二人もすげー可愛いし、紹介してくんね? ほら、親友のよしみでさ」

肩に触れようと手を伸ばす大樹に影斗はその手を弾く。

「消えろ。俺とお前の間には何もない。気が変わらない内に俺の視界から消えろ」

睨む影斗に怯み、大樹は「なんだよ……………」と愚痴を溢しながら他の奴等と一緒に離れていく。

それと代わるように鳶雄が影斗に歩み寄ってくる。

「影斗? 今の人達は知り合いか?」

「…………………………………」

鳶雄の言葉を背に影斗は無言でどこかに歩き出す。

「おい、影斗……………」

手を伸ばす鳶雄の手を影斗は勢いよく弾いた。それに驚く鳶雄だが、それ以上に影斗の怒りに満ちたその瞳の方に驚いた。

「……………………一人にさせてくれ」

ただ、その一言だけ告げて影斗は鳶雄達から離れていった。

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