影斗は一人で街中を歩ていた。
鳶雄達と先ほど別れてから呆然と道なりに沿って歩きながら先ほどの事について考えていた。
斎藤大樹とはこれでもう完全に縁を切った。それで何も問題はない。
元よりあの事件からそのつもりだった。向こうから縁を切ってきたのだから関わることももうないだろう。
もし、逆恨みで何かしてきたらその時はその時だ。
何もない一般人である大樹にこちらの世界に入っている影斗では遠く及ばない。
一方的に返り討ちにできる。
何も問題はない筈なのに、この胸にある虚無感はいったいなんだろうか……………?
『シャドー』
そして、それを抱く度にどうしてラヴィニアが頭の中にでてくるのか?
もう、何がなんだかわからなくなった。
「………………帰るか」
マンションに帰って自室で魔導書を読みふけって新しい魔法を一つでも身に付けよう。
力がいる。魔女にも他の誰にも好き勝手にされない力が。
その為にもこんなところで油を売っている場合じゃない。
そう考え、顔を上げるとここで初めて異変に気付いた。
自分の周囲に誰もいない。
人気のない場所でも、子供一人いないなんてことはありえない。
考えられるとしたら一つだけ、人払いの結界が張られている。
周囲を警戒すると、不意にそいつは現れた。
「おっ、ようやく気付いたか」
背後から聞こえた声に振り返るとそこには影斗と同じ年ほどの眼鏡をかけた眉目秀麗な少年だ。青を基調としたブレザーを身に付けている。
「…………………誰だ? 『空蝉機関』の残党か?」
思い当たる敵に影斗はそう問いかけるも少年は首を横に振った。
「いや、僕は櫛橋、櫛橋青龍」
「五大宗家の一角か……………」
「そ、いちおう僕は櫛橋の次期当主。まぁ、キミに言っても実感はないかもしれないけど」
「そんなことはどうでもいい。で? その次期当主が俺に何の用だ?」
突然現れた櫛橋を名乗る少年に影斗は淡々と相手の目的を探る。
「――――『空蝉機関』、キミ、キミたちはそれに関わった。いや、不幸にも関わることになってしまった。で、結果的にはあの組織を崩壊させてしまった。そうなると、あそこを生み出してしまった五大宗家としても無視するわけにもいかない。さらに言うなら、『グリゴリ』に協力している。…………これが最も僕たちにとっては重罪だ。僕たちと彼らは敵対しているからね」
「つまりなんだ? 俺を始末する為に現れた敵、でいいのか?」
「そうだね」
飄々とした態度で青龍は肯定した。それと同時に影斗は四つの球体と法典を出現させる。
「なら、倒すまでだ」
「それはおもしろい」
櫛橋青龍の全身から言い知れないプレッシャーが解き放たれる。
さらに、この周辺一帯に不自然なほどの強風が発生し始め、その風の発生源は青龍。
「……………………五大宗家の一角である櫛橋は『木』を司る一族だったか? 『木』は『風』と『雷』すらも操る……………」
「良く知っているね」
「あの事件に関与した五大宗家の情報ぐらい調べる」
「なるほど、勤勉だ」
櫛橋青龍は体に青い『気』のようなものをまといだした。『気』は、彼の体から滲み出て、その背後に―――蛇のように細長い体を持つ、東洋の龍を思わせる形となった。
「こちらも命令で動いているから、死んでも恨まないでもらいたい。ああ、安心してくれ。キミ以外の仲間もすぐにそっちに送るから」
暗にお前を殺して鳶雄達も殺すと告げる青龍に影斗は言う。
「俺に仲間なんていない」
自身の眼前に防御魔法を展開させて、周囲に攻撃魔法を出現させて属性魔法での攻撃を放つ影斗に青龍は手で印を結んで口から力ある言葉を紡ぎだしていく。
「『四緑木星をもって、風と成せ』!」
刹那、彼を中心に突風が発生し、魔法をも吹き飛ばしてしまう。
それに驚愕し、目を見開いた影斗は防御魔法越しでも伝わるその威力に足に力を入れて踏ん張る。
「これが櫛橋家の陰陽術か……………」
愚痴るように口から零れ落ちる言葉と共に影斗は下手な魔法では意味を成さないと理解し、手の前方――青龍の頭上にかざすと、彼の上に魔法陣が展開される。
重力魔法で相手を地面に叩きつけて一気に無力化する。そう一考して魔法を発動としたが、影斗が魔法を発動すると同時に青龍はいち早く気づいて回避した。
「チッ!」
荒くなる口調で舌打ちし、予想外にも動ける青龍の動きから近接戦闘にも長けていることに察した。
影斗は魔法の発動展開はラヴィニアを超えている。つまり、並みの魔法では青龍を捉えることは不可能と考えた方がいい。
なら、法典と魔法力を組み合わせて高威力の魔法を生み出す。―――と思ったが、それはできないことに気付いた。
いくら人払いの結界が張られているかとといっても、下手に高威力の魔法を放ったらこの一帯に被害を出してしまう。
下手に騒ぎを起こすのは好ましくないのは今いるこちらの世界の常識だ。
だから、それは最後の手段だ。
今は出来る限りでいいから、周囲の被害を最小限に抑えて青龍のみを倒す方法を模索する。
「影斗ッ!!」
背後から呼ばれ、視線のみをそちらに向けるとそこには鳶雄達がこちらに向かって駆け出していた。
「今助け――――」
助けに入ろうとした鳶雄達の足元に魔法が放たれた。
「邪魔するな。これは俺の戦いだ」
片腕を鳶雄達に向け、魔法陣を展開しながら憤怒の眼差しで睨み付ける影斗に鳶雄達は思わず、駆け出していた足を止める。
それを見た青龍は楽しそうに笑みを見せた。
「
彼を覆う青い『気』が一層高まると、それにつられるように影斗も自身の周囲に幾重もの魔法陣を展開する。
苛烈さを増そうとする二人の間に突如、巨大な光のような稲光が、降り注いだ。
「そこまでだ、櫛橋の次期当主よ」
聞き覚えのある声に振り返れば、そこにいたのはバラキエル。その手にはバチバチと電気が走る。
だが、それでも二人の戦意は衰えない。
「敵は倒す。邪魔をするな」
「落ち着け。奴は敵ではない」
影斗の戦意を鎮めようと淡々と事実を口にするバラキエル。すると、この全域に火の粉が舞った。
「―――青龍、止めなさい」
その一声を聞いて、櫛橋青龍は驚き、戦意―――体を覆っていた青い『気』は消し去ってしまった。
櫛橋青龍の後方から姿を見せたのは赤――朱色を基調としたブレザーを着た少女を見て、櫛橋青龍は息を吐きながら少女に言った。
「……………キミが来ているなんて、聞いていなかったな。――――朱雀」
「教えていないもの」
朱雀と呼ばれた少女は、小さく笑った。
戦闘が鎮火しようとしている空気のなか、影斗だけはまだ戦意を弱らせることなく、敵である青龍と朱雀を睨んでいた。
隙があれば攻撃する。そんな雰囲気を醸し出している影斗の手をラヴィニアが手に取った。
「シャドー、落ち着いて欲しいのです」
「俺は冷静だ。これ以上にないぐらいに頭は冴えてる」
淡々と答えるも、その声音には怒りに満ちている。そんな影斗をラヴィニアは自身の胸元に寄せて強く抱きしめた。
「―――――――ッ!? ―――――!!」
あまりにも予想外なこの展開に影斗は手足をばたつかせて暴れるも、ラヴィニアはお構いなしかのように影斗の頭を強く抱きしめて押さえつける。
「シャドーが大人しくなるまでこうするのです」
怒りを鎮めさせようとするラヴィニアだが、鳶雄達は今の影斗はその怒りがどうでもいいと思えるぐらいに苦しんでいるのが手に取るようにわかる。
そんな影斗をヴァーリだけはまるで同情するかのように、頷いていた。
次第に弱まっていく影斗の手足はだらんと力を失うかのように脱力し、四つの球体と法典姿を消した。
解放された頃にはすっかりと意気消沈した影斗の姿がそこにあった。