氷姫の操觚者   作:ユキシア

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一瞬だけの微笑み

朱雀と名乗る少女は青龍同様に五大宗家の一角である姫島の次期当主であり、驚くことに幾瀬鳶雄の『はとこ』でもあった。

その朱雀から話し合いの場としてオフィス街――その一角にそびえ立つ巨大なビルの屋上に設けられた庭園。そこにあるペントハウス―――和の趣が強い和室で鳶雄達と朱雀と青龍は対面するように腰を落ち着かせる。

朱雀はまず最初に一言告げた。

「先に言っておかねばなりません。先の『空蝉機関』とのこと、彼らの暴走は私たち五つの家の過失です。あなた方を巻き込んだこと、あらためてお詫び致します」

頭を下げる朱雀。その後ろに控えている青龍も頭を下げるが、どこか素っ気ない表情であった。

鋼生も怒り心頭の様子だったが、前もってバラキエルが事前に抑えるように言い渡されている為に耐えている。

「グリゴリ同様、我々のほうでも『空蝉機関』の残党と、その協力者たる魔法使いの集団ー―――『オズ』を独自に追っています。彼らは我々の追跡を避けながら、追っているものがあると判明しました」

バラキエルが口を開く。

「……………残りの『四凶』だな?」

堕天使の幹部の言葉に朱雀は静かにうなずく。

「はい、とある県境の山間にある村に逃げ込んだとされる元陸空高校の生徒二名を、残党の機関員とオズの者たちが、追い詰めつつあると聞いています。現地に派遣している私どもの密偵の情報では、すでに双方の小競り合いを確認しています」

「「「「―――――――ッ!?」」」」

二人の会話に顔を見合わせる鳶雄達、元陸空高校の生徒。

「その密偵たちも先日連絡が途絶えました。おそらくは……………」

目元を厳しくする朱雀は、バラキエルにこう尋ねる。

「グリゴリに凶悪な部隊があったと聞いております。希少かつ凶暴なセイクリッド・ギアを有する者たちで構成された部隊……………『深淵に堕ちた者たち(ネフィリム・アビス)』。あなた方は『アビス・チーム』と呼ばれているそうですが?」

鳶雄達が初めて耳にする単語に訝しげな表情となる。

「……………バラキエル先生、初耳ですけど?」

「……………頃合いを見てから話せとアザゼルに言われていたものだからな。すまない、彼女の言う通り、我々を裏切った幹部―――サタナエルは、グリゴリを去る際にある部隊を引き連れていった。―――『深淵に堕ちた者たち(ネフィリム・アビス)』、別名、アビス・チーム。彼らは……………サタナエルの教え子でもあり、その上、凶悪なセイクリッド・ギア所有者で構成されている。人間世界にいては悪影響を与えかねない危険な能力ばかりだ。それゆえ、我々グリゴリが保護下に置いていた」

初めて聞く情報。

本来グリゴリは制御できない強力なセイクリッド・ギアは処分してもおかしくはないはずなのだが、グリゴリも一枚岩ではない。

そして、残された最後の四凶とされている饕餮、混沌を持つ少年と少女。

それは七滝詩求子と古賀雹介。

どちらも陸空高校では有名だった生徒達だ。

朱雀はそこまで話して本題へ移る。

「――――一時的に共同戦線を張りませんか?」

その提案に驚く鳶雄達に朱雀は続ける。

「私たちが最優先すべきことは、機関の残党を捕縛することです。現状、彼らに関与した四凶やオズの魔法使いについては、こちらに敵対するのであれば対処するという立場を取ることにしています」

互いの目的の為に共同戦線を張ることに提案し、鳶雄達も残りの元陸空高校の生徒達が助けられるのならと、その提案に頷いた。

だが―――

「話がまとまったのなら俺は帰るぞ」

一人だけ。影斗だけは加担する気は微塵もなかった。

ただ一人、強制的にこの場に連れてこられて、眉根を寄せて不機嫌な顔を作ったままその場を立ちあがる。

影斗だけは四凶であるその二人を助ける理由はない。

同じ元陸空高校の生徒だからといってわざわざ助けに行く義理も義務も彼にはなかった。

「影斗、手伝ってくれないのか……………?」

鳶雄が部屋から出て行こうとする影斗に声をかけるも……………。

「前の事件は借りがあったから協力はした。だが、それを返した今はそいつらを助けに行く義理も義務も何もない。正義感なんてものは持ち合わせていないからな」

「協力してくれるって前に言ってくれたじゃない……………」

「お前が脅して言わせたんだろうが。無効だ、無効」

二人の言葉に冷たく言い放つ。

前はウツセミから助けられたという借りがあった為に協力はしたが、今回は巻き込まれたわけでも、借りがあるわけでもない。

どうするか判断するのは影斗自身だ。

「―――――待ちなさい、新井影斗」

しかし、部屋を出て行こうとした影斗を止めたのは意外なことに姫島朱雀だった。

「あなたは既に一つの組織に属している者。そのような子供の我儘は通用するとは思わないことです」

勝手振る舞いを見せる影斗を咎める告げる朱雀に影斗の眼差しが鋭くなる。

「元凶が何言っていやがる? もとはと言えばお前らの家の不始末のせいで『空蝉機関』なんていう馬鹿な組織ができて、豪華客船が沈没する事件が起きた。あの事件で何人死んだ? 何人が人生を狂わされた? 元凶であるお前らが俺達に何か言う資格があるのか? ないだろうが。その上で共同戦線なんて馬鹿々々しいにも限度がある」

それは鳶雄達が胸にしまっていたことと同じだ。

五大宗家の事情の果てに起こったことに巻き込まれた鳶雄達、元陸空高校生はまだいい方だ。豪華客船の沈没事故ではそれ以外にも関わりもないごく普通の一般人までが巻き込まれて死んでしまった。

影斗の言う通り、人生を狂わされてしまった人もいるかもしれない。

「詫びろ、とは言わない。今更お前らが詫びたところで何も変わることはない」

今更何をしても死んだ人間が蘇るわけではない。

その言葉を聞いて朱雀は一度目を閉じる。

「それに関しては否定する言葉はありません。ですが、あなたがいれば鳶雄達の生存率も上がるはずです。これから危険な場所に彼らを送り込んでもあなたはそれでいいのですか?」

「…………………………」

「あなたの憤りも、恨み言も、全て受け止めましょう。その上で申し上げます。彼らに協力しなさい」

真っ直ぐと真意あるその瞳は揺らぐことなく影斗を見据える。

それを睨み返す様に視線を外さない影斗は視線を逸らす。

「……………今回だけだ」

「ええ、それで構いません」

その答えに満足した朱雀に安堵するように胸を撫でおろす鳶雄達。

その後も朱雀とバラキエルがいくつかのやり取りをした後で、この場の話し合いは無事に終わりを告げた。

 

 

 

 

鳶雄達は、マンションに帰還したあと、すぐに手早く荷造りをし始めた。

残りの陸空の同級生と接触する為だが、彼らがいる場所はここよりも大分離れた場所であり、車での移動が必要だ。

荷造りを終えて、先に駐車場で待っているバラキエルのところに向かおうとした時。

「影斗。ちょっといいか?」

鳶雄が影斗に声をかけてきた。

「……………なんだ?」

先に荷造りを終えていた影斗は視線を鳶雄に向けることなく耳を傾けると、鳶雄は意を決したように影斗に言った。

「俺達はお前の事を友達だと思ってる」

鳶雄は己の本心を語る。

「ラヴィニアさんから影斗のことについて聞いたんだ。俺だって誰も俺の言葉を信じてくれなかったら凄く辛いし、誰も信用できなくなると思う」

「……………同情はいらない」

「同情なんかじゃなく、俺は本当にそう思ってるんだ。影斗はいつも俺達に気を遣っているし、俺も影斗がいてくれるおかげで凄く安心する。頼りがいのある仲間だって――ッ!」

鳶雄の言葉を遮るように影斗が鳶雄の胸ぐらを掴み上げる。

「黙れよ……………」

「ぐぅ……………………」

突然胸ぐらを掴まれ、怒りの形相を見せる影斗に怯える鳶雄。

「お前には絶対に分からないだろうな。お前には東城がいる。裏切られる気持ちなんて、微塵も想像できねえだろう」

「けほ! けほ!」

胸ぐらを離され、ようやくまともに息ができた鳶雄は咳き込む。

「俺を友達だと、仲間だと思う必要も考える必要もない。今回の時だけに力を貸す協力関係でいいじゃねえか。必要以上に仲良しこよしする意味があるのか?」

「それは…………」

「ほら、ないだろう? それでいいじゃねえか」

すぐに思いつかない鳶雄に見切りをつけてこの場から去ろうとする。

「俺、思うんだ……………。もし、自分が異形の存在になったらと思うと、俺は大切な人を傷付けてしまうんじゃないかって。そうなった時、俺はどうなるんだろうって思うと……………正直、自分には居場所なんてないように思えてくる」

聞いたことがある。

独立具現型のセイクリッド・ギアは内に眠る力を探ろうとすればするだけ、真理に近づける分、その力に呑み込まれる可能性も高まると。

それも神滅具(ロンギヌス)なら想像以上に恐ろしいものなるはずだ。

「そう考えるだけで辛いし、正直怖い。俺の中に眠る刃が紗枝を誰かを傷付けてしまうんじゃないかって……………」

自分の心の奥にある不安を暴露する鳶雄に影斗は反応も示さずにただ黙って耳を傾ける。

「そんな時、俺はきっと誰かを頼ることになる。頼りにできる、信頼できる仲間が必要なんだ。だから……………」

「それになれと? 随分と都合がいい話だな? 要は自分のもしもの時の保険になれって言っているようなものだぞ? 我が身の可愛さここに極めるって感じがして虫唾が走るが?」

「……………………そう、だな。でも、誰かを傷付けるよりかはずっといい」

鳶雄は自身の右手を差し出す。

「俺達は影斗ならきっと助けてくれるって勝手に信じるし、何があっても俺達は影斗を裏切らない。だから、俺達とちゃんと仲間として認めて欲しい」

「………………………………」

「俺達は影斗の事を仲間だって胸を張って言いたいんだ」

その言葉に偽りはなく、その瞳はどこまでも澄んでいる。

あの時の、ラヴィニアと同じ顔だ。

「…………………………どうして、どうしてお前等はそんなことが言えるんだ……………」

「影斗……………?」

表情を俯かせ、ぼやくように影斗は言葉を紡ぐ。

「何も、思わないのか? 自分を騙すんじゃないかと、裏切るのではないかと、そう思わないのか……………? どうして、そんなに信じられる? そんなことが言える……………?」

鳶雄の目に映るのはいつもの隙を見せない影斗の姿ではない。

弱弱しく、何かに怯えているように見える。

その姿を見て、鳶雄はようやく気付いた。

影斗はきっと恐れているんだ。

また、自分を騙すのではないかと、裏切るのではないかと、怯え、恐怖している。

だから必要以上に近づかずに距離を保ち、関りを持たない様にしているのではないか。

もうこれ以上傷付かないように自分で自分の心を守っているんだ。

鳶雄は思う。

自分に紗枝がいなかったらどうなっていただろうか?

紗枝が自分の心を支えてくれたからこそ、今の自分がいる。

だけど、影斗は一人で誰からも支えられることもなく、孤独に苛まれてきた。

誰かを信じようにも、また騙され、裏切られると思う度にそれができず、結局は一人孤独に生き続けることになる。

自分がそうなったら、影斗のように誰かを助けられる優しさを持っていられるのか?

……………いや、できない。想像するだけでもそんな余裕はない。

それができる影斗はきっと誰よりも優しいんだ。

「…………………………影斗、俺は――――」

何かを言おうと言葉を口に出そうとした瞬間、鳶雄の横を漆黒の塊が横切り、それは影斗を押し倒した。

「じ、刃!?」

影斗を押し倒したのは自分の相棒である刃。その刃は影斗を押し倒して執拗に顔をペロペロと舐め始める。

「またか!? このクソ犬!?」

押し倒され、顔を舐められる影斗は必死の抵抗をするも、刃は刃で夢中にでもなっているかのように影斗の顔を舐める。

「おい飼い主! さっさと止めさせろ!!」

「じ、刃! 止めろ!? 突然どうしたんだ!?」

影斗の必死の叫びに正気に戻った鳶雄は刃を止めさせるように告げると、主の命令に忠実な忠犬のように舐めるのを止めて、影斗の上からどく。

「たくっ……………前といい今といい、このクソ犬が……………ッ!」

顔中舐められ、袖で強引に涎を拭う影斗の額には青筋が浮かび上がり、怒りで心頭している。

それを見て慌てる鳶雄の後ろからは鋼生、夏梅、ラヴィニア、ヴァーリ。このマンションの住人が姿を見せた。

「ほら二人共。いつまでも辛気臭い話をしてないで残りの同級生達を助けに行くわよ!」

「こんなところでぐちぐち言っても何も始まらねえだろう?」

夏梅と鋼生は二人にさっさと動く様に促す。

「幾瀬鳶雄、新井影斗。今日行けなかったラーメン屋に今度付き合ってもらうぞ?」

楽しみにしていたラーメン屋に行けなかったことを悔やみ、誘うヴァーリ。

「トビー、シャドー。私達もそろそろ行く時間なのですよ?」

柔和な笑みを見せるラヴィニア。

それを見て、苦笑しながら謝る鳶雄と嘆息する影斗。

「たくっ、どいつもこいつも……………」

愚痴るかのように言葉を吐き捨て、立ち上がる影斗の顔を鳶雄は一瞬だけだが見えた気がした。

いつもの険しい顔ではない、影斗の笑った顔を。

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