鳶雄達から離れた影斗は東の魔女――アウグスタの弟子であるヴァルブルガと交戦中。
互いに魔法使いの二人は己の魔法力を用いて魔法合戦を繰り広げているも、ヴァルブルガは炎の魔法を連発し、影斗は水、氷の魔法でそれを打ち消す。
「おほほほほほほ♪ 楽しいですわねん! もっともっと楽しみましょう!!」
「チッ!」
幾重もの魔法陣から縦横無尽に放たれる火球を相殺していく影斗はヴァルブルガの戦い方に舌打ちした。
ヴァルブルガの放つ炎の質量はすさまじく、そのような炎がこの山林のなかで燃え移ったら近くにある村で眠らされている人たちにまで被害が出てしまう。
ヴァルブルガはそれを承知、いや、そんなことはどうでもいいかのように狂気の笑みを見せながら次々と火球を魔法陣から放つ。
「さぁさぁ! これはどうするのかしらねん!?」
頭上に現れる巨大な火の玉。それを放つヴァルブルガに影斗はそれと同等サイズの氷塊を召喚させて相殺してみせた。
炎と氷の衝突に、蒸気が二人を襲うもヴァルブルガの表情から狂笑は消えていない。
「すごいすごいわん!! 私、とっても驚きましてよ!!」
「黙れ」
手元に魔法陣を展開。魔法力によって威力と貫通力を高めた光の矢を放つ。
だが、その矢はヴァルブルガを通り抜ける。
「幻影……………」
「その通りですわよん♪」
別の場所から姿を見せるヴァルブルガ。恐らくは先ほどの蒸気が発生した瞬間、視界が塞がった時に幻影を生み出したと推測を立てた。
「お師さま以外の魔法使いで私と互角に戦えたのはあなたが初めてよん♪ ふふふ、私、今とっても感動しておりますの。この巡り合わせに感謝したいほどに」
「勝手にしてろ」
にっこりと、壊れた笑みを満面に浮かべるヴァルブルガに冷淡に返す。
「私、あなたが気に入ったわん♪ だから、私の彼氏になりませんのん?」
「寝言は寝て言え」
告白に対する返答かのように炎、風、雷の属性魔法を放つが、ヴァルブルガは防御魔法でそれを容易く凌ぎ切った。
「あん! つれませんわねん!!」
互いに攻撃魔法を衝突、相殺する。
「ふふふふふふ♪ この高まる鼓動♪ 焦れる想い♪ 萌え上がる情熱♪ これは恋ですわねん! 私、あなたに恋をしましたわん♪」
「生憎とお前みたいなイカれた女は趣味じゃない」
「そう仰らないで私と一緒にこちら側に参りませんのん? もうすぐお師さまがそちらの魔法使いを手に入れるのですからねん♪」
「……………どういう意味だ?」
「おっと、私としたら口を滑らせてしまいましたわん」
拙い演技を見ているかのようにわざとらしく口元を手で隠すヴァルブルガの意味深の言葉に影斗は訝しむ。
こちらの魔法使いといえばラヴィニアだ。そのラヴィニアを殺すのではなく、手に入れるうのはどういう意味だ? それに言い方が妙だ。
ラヴィニアを仲間に引き入れるのは流石に無理だということぐらい影斗でもわかる。
師であるグリンダを交渉の切札に使って仲間に取り入れたとしても従順に組織に従うわけがない。グリンダを人質にしたとしても限度がある。
それにラヴィニアほどの魔法使い、それも
仮に洗脳できたとしてもそれではただの操り人形だ。
「―――――――――っ!?」
そこまで考えて気付いたのは同じ魔法使いだからだ。
そして、相手はラヴィニアを弱体化させる切札を有している。
鋭い眼光をヴァルブルガに向けるも本人の表情から狂笑はより一層に深まる。
「おほほほほほほほほほ! 行ってもかまいませんわよん♪ もう、手遅れでしょうけどねん♪」
愉快そうに笑うヴァルブルガを無視して影斗はその場を駆け出す。
肉体を魔法で強化させて、山林を駆け抜きながら法典でラヴィニアが記されているページを開く。
「!」
だが、そのページは黒く塗りつぶされている。
探知の魔法でラヴィニアの居所を見つけ出し、その場所に急ぐ影斗は見た。
異様な魔法力が溢れ出ている漆黒の魔法陣。黒々とした魔法の力によって包まれるラヴィニア。
そして、光の球体と化すアウグスタがラヴィニアのなかに入って行く瞬間を。
ラヴィニアを覆っていた漆黒の魔法が消え消失する。
「――――――――っ! 何が起こったの!?」
近くに鳶雄達もいた。影斗同様に一連の事象を見て、夏梅が困惑の声をあげる。
「何があった!?」
「わからない! ただ、ラヴィニアの師匠から通信があってそれを聞いたらラヴィニアが……………ッ!?」
「通信……………?」
「……………『あなたと話すことは、無い』って」
「やっぱりか……………!?」
影斗の予想は的中した。
アウグスタはグリンダという切札を使ってラヴィニアの
探し続けている恩師からの拒絶の言葉を聞けば、ショックを受けるのは当然だ。
しばらくすると、ラヴィニアが大勢を戻して、顔を下に向けたまま、不気味な笑い声を上げる。
『あっはっはっ!』
普段の彼女からは考えられない声量での哄笑。
こちらに向けるその目は鋭く、敵意に満ちていた。
『残念だね。この娘の体は貰ったよ。さーて、どうしてくれようかね?』
ラヴィニアの口調がアウグスタのものになっていることに驚愕する。
ここでようやく確信した。
アウグスタはグリンダを利用して狡猾な手段を用いてラヴィニアの体を乗っ取るのが目的だったことに。
「クソッ!」
「影―――」
叫ぶ影斗は咄嗟に鳶雄達の足元に転移用魔法陣を展開させてヴァーリ達のところに転移させる。
「アウグスタ。お前の狙いは初めからそいつだったのか!?」
『ああ、もう歳でね。若い体を欲していたのさ』
「老獪は大人しく隠居でもしてろ!」
数十の魔法陣を瞬時に展開させて、先手必勝の速さで魔法を放つ。
しかし、アウグスタは冷静に傍らに居た氷姫に指示を飛ばして影斗の魔法を凍らせた。
ラヴィニアの
アウグスタ自身が操っていた紫炎の巨人も操る。
氷と炎の
『
氷姫の手の先から氷塊が作られ、紫炎の巨人が十字架を振り上げる。
「――――――――――ッ!!」
放たれる氷塊と振り下ろされる炎の十字架。
影斗は咄嗟の判断で複数の防御魔法陣を重ね合わせて防御力を上げ、法典の力で防御力を上げる。
神器と魔法力を組み合わせた最硬の防御障壁だが――――。
「っ!?」
儚い音とともに砕け散った。
「がっ!?」
吹き飛ばされ、木に背中を強打する影斗は肺のなかの空気が一気に外に出た気がした。
「う、ぐ……………」
体を襲う激しい痛みに歯を噛み締めながら耐え、立ち上がる。
『言っておくが、ワザと外したよ。坊やにはまだ死なれてもらっちゃ困るからね』
脚に力を入れて踏ん張るように立ちあがった影斗にアウグスタは告げる。
『あの時、『空蝉機関』で行った事をもう一度言うよ? 私の弟子になりな、坊や』
我が弟子にと、勧誘を始めるアウグスタは言葉を続ける。
『法典と坊や自身の才能をここで潰すには惜しい。私の弟子となって魔法を磨き、私どもの実験に協力しな。そうすれば、さっき坊やが逃がした仲間は見逃してやるさ』
鳶雄達の見逃す代わりにアウグスタの弟子となる。
『別に坊やはグルゴリに忠誠を誓い、組織の下で動いているわけではないはずだよ。あくまで坊やはグリゴリの保護下にいるだけで今回も四凶―――お仲間を助けに来ただけじゃないかい?』
アウグスタの言葉通り、グリゴリにはいるが属しているわけではない。あくまで保護下にいるだけの立ち位置だ。今回も詩求子と古閑を助けに来ただけ。
『現状を理解できないほど坊やも愚かじゃないだろう? 坊やがこちら側に来ればお仲間は助かる、オズの魔法を授けてやってもいい。ただ、そちら側からこちら側にくるだけの話さね』
現実と誘惑を促す魔女。
影斗一人では決して勝てない。そんな相手からの勧誘に乗らなければ間違いなく死ぬ。
相手は二種の
そんな相手に勝てるわけがない。
そもそも、グリゴリにいる理由は影斗にはない。
『もう一度言うよ? 坊や』
一拍開けてアウグスタは再度告げる。
『私の弟子になりな』
最後通告かのように告げるその言葉。両脇に立たせている氷と炎の
三メートルあった氷姫は十数メートルまで大きくなり、炎の巨人は再び十字架を振り上げる。
断れば死。その状況を醸し出しているなかで影斗は口を開く。
「ボケがきてんなら老人ホームにでも行け。クソババア」
影斗は瞋恚の炎をその瞳に宿し、アウグスタを睨み付ける。
「……………さっきから長々とそいつの顔で、声でふざけたことを言うんじゃねえよ」
憤りを隠さない影斗にアウグスタは嫌みのある笑みを見せる。
『なんだい? この娘に惚れていたのかい?』
「誰がそんな天然無防備の羞恥心の欠片も持ち合わせていない女に惚れるか。だがな……………」
誰も信じないように心に壁を作り、距離を置いていた。
一人でいい。あの事件から一人で生きようと決め、凍りついていた影斗の心を溶かしたのはラヴィニアの優しい笑みと言葉だった。
「そいつがいねえと困る奴がいるんだよ」
法典を開き、自身の周囲に幾重の魔法陣を展開する影斗。
「だから、そいつを返しやがれ!!」
『……………残念だよ』
放たれる魔法と叫ぶ少年。嘆息する魔女と動く氷姫と炎の巨人。