それは時間にすればほんの数分間の出来事。
影斗は誰から見ても善戦したと言える。
ラヴィニアの体を乗っ取った東の魔女――アウグスタと魔女が操る二種の
火傷を負い、凍傷をその身に受け、身体の至る所に傷を作りながらも影斗は両足に力を入れて立ち、その瞳に宿す戦意は一切の衰えを見せない。
「はぁ…………はぁ…………」
吐く息は白い。
氷姫から漂る冷気がこの一帯の温度を下げ、今では降雪まで振る始末。
『ほれほれ』
「『加速』!」
氷姫と炎の巨人を傍らにアウグスタは魔法陣により属性様々な魔法を撃ち出されていくなか、法典の力を使い自身の動きを加速する影斗は避けるも放たれた魔法は意思を持っているかのように追いかけてくる。
追尾機能の術式が施されているその魔法を魔法力を高めた防御魔法陣で防御しようとしたが、突如その防御魔法陣は凍り付いて砕け散った。
「――――――――っ!」
『ほう、辛うじて致命傷は避けたようだね。なら、これはどうだい?』
炎の巨人に指示を飛ばすアウグスタは十字架を影斗に振り下ろす。
「『真空の壁よ』!」
炎を遮断する真空を法典の力によって作り出すも、巨人から炸裂するその一撃の重さまでは遮断することは出来ず、吹き飛ばされ、何度も地面を跳ねてようやく止まる。
『粘るねぇ、坊や』
「……………るせぇ」
それでも影斗は何度でも立ち上がり、魔法を発動しようとする。
既に満身創痍の状態に陥りながらも影斗は諦めずに食らいついている。
『諦めることも大事だよ? 坊やが諦め、敗北を認めるのなら苦痛を与えずに殺してあげるさ』
「誰が……………お前なんかに、負けを認めるか、よ……………」
『頑固だね』
氷姫から放出される氷の槍が影斗の体を刻む。
アウグスタは自身の勧誘を断った腹いせかのように嬲るように影斗を攻撃している。
それが功を奏しているおかげか、影斗はまだ生きてはいる。
『もう諦めな。この娘の体は私のものさ』
ラヴィニアの顔で、声で冷徹な一言を告げ、魔法で追い討ちをかけるアウグスタ。
再び地面に転がり、地に伏せる影斗は全身の力を総動員させて頑張って立ち上がる。
「………………………………そういや、まだあの勝負の命令権を使ってなかったな」
『?』
不意に告げられた言葉に怪訝するアウグスタ。
それが指しているのはラヴィニアと魔法合戦した際に提案してきた互いに一つだけ何でもお願いを聞くという命令権。
そんなものに興味はなく、特に使うつもりもなくずっと忘れていたソレを影斗はここで使うことにした。
「さっさとそいつを追っ払って出てこい! この天然女!!」
アウグスタではなく、ラヴィニアに向けて影斗は叫んだ。
『……………何を言うかと思えば』
それを聞いたアウグスタは落胆交じりに息を吐いた。
それでも、影斗は言葉を続ける。
「そもそもお前の師匠は本当にお前を見捨てたのかッ! そんな師匠だったのかよ!? それならどうしてお前から
話すことは無い、とグリンダは弟子であるラヴィニアにそう告げた。
それは逆に話すことが出来ないのではないか?
もし、本当にラヴィニアを見捨て、どうでもいい存在だと思っているのなら他に都合のいい言葉があったはずだ。
ラヴィニアに関心がなかった。といえばそれまでだが、それでは四年間もラヴィニアを育てるとは思えない。
影斗は自身の胸を叩く。
「お前は俺に誰かを信じる心を教えてくれた! なら、師匠も信じろよ! お前にとって掛け替えのない人なんだろう!?」
人を拒絶し、誰も信じない様にしていた影斗にもう一度人を信じる心を教えてくれたラヴィニアに影斗は喉が張り裂けんばかりの声量で本心を叫び続ける。
「それでも……………それでもダメだったら俺がお前を信じる! どこまでも、誰よりもお前の事を信じてやる! 絶対に裏切ったりはしないと約束してやる! お前が望むなら傍にいてやる!!」
満身創痍の体に鞭を打って叫び続ける影斗の本心。
「だから、戻ってこい……………ッ! 俺にはお前が必要なんだよ!!」
『……………若いね』
想いを哮ける影斗にアウグスタはせせら笑うながら魔法を放つ。
「ぐ……………」
『そんなもの子供じみた稚拙な叫びが何になるって言うんだい? どうやら私は坊やを買い被っていたようだねぇ』
倒れ込む影斗にアウグスタは氷姫を操る。
『そんなにこの娘が恋しいのならせめてもの情けだよ。あの娘の力でくたばりな』
氷の柱を生み出して跡形も残らずに押し潰してやろうと、魔女は氷姫にそう指令を飛ばした。
はずだった――――――。
『……………どういうことだい? どうして動かない?』
指令を飛ばしたはずの氷姫は動かず、ただじっとしている。
怪訝しながらも再度操ろうとしても動かない。まるで氷姫自身がその指令を拒絶しているかのように。
『何故だ……………!? 何故、言うことを聞かない!?』
動揺を走らせる魔女を無視するかのように氷姫は勝手に動き始める。
十数メートルはあった氷の姫君はラヴィニアが使役していた時と同じ三メートルに戻り、影斗に歩み寄って行く。
そして、倒れている影斗に向けてその手を差し向けた。
「………………………お前」
今の現象に動揺しているのは影斗も同じだ。先ほどまでアウグスタが使役していた氷姫が突然、己の意思で行動しているかのように動いて、影斗に手を差し向けている。
何が起きたのかはわからない。ただ言えることは一つだけだ。
「お前も、自分の主を助けたいんだな……………?」
氷姫は何も答えない。でも、それでも構わなかった。
氷姫の手を取って立ち上がる影斗は氷姫の隣に立つ。共に戦う仲間のように。
『馬鹿な……………!? ありえない!
理解できない今の現状に叫びを上げるアウグスタを無視して影斗は隣に立つ氷姫に告げる。
「お前の主を助ける為に力を貸してくれ。
瞬間、法典と氷姫から光が放たれる。
「なに……………!? 何が起きたの!?」
影斗たちから離れたところで暗黒の森に突如光が襲いかかったことに夏梅が戸惑いながら叫ぶ。
影斗とラヴィニアを助ける為に動き出していた鳶雄たちは突然のその光とオーラに警戒の色を見せる。
『おいおい、マジかよ』
ヴァーリの肩の乗っているドラゴンのぬいぐるみから驚きの声を発したアザゼルからもその口調からでもわかるように驚きを隠しきれていない。
『あいつ、至りやがった』
「それって……………」
アザゼルの言葉に反応した鳶雄は聞き返す様にアザゼルに尋ねた。
『ああ、所有者の体と心に劇的な変化が訪れたとき、神器は至る』
くっくっくっ、とぬいぐるみを通して含みような笑いを溢すアザゼルは可笑しそうに言う。
『そう、それこそが――――――
その時、光が止んだ。
『なんだい……………何が起きたっていうんだい……………?』
動揺を隠せれないアウグスタはそれを見た。
「待ってろ、ラヴィニア。今助ける」
光が止んだ場所に姿を見せたのはこれといって変化がない影斗と氷姫。
アウグスタから見て外見は変化らしい変化が見当たらない。
しかし―――
「『氷の姫君は氷柱を作り出し、敵へと放つ』」
法典に綴られるその言葉通りに、氷姫は動き出す。
氷の柱を作りだしてそれをアウグスタに放つが、アウグスタはせせら笑った。
『なんだい!? 先ほどさほどと変わらないじゃないかい!?』
その炎の巨人を持ってその氷柱を消そうとする。
「『氷柱は我が意思によって動き、紫炎の巨人は頭を垂らす様に大地の圧力によって地に伏せる』」
その言葉通りに氷柱は意思を持つかのように動き回り、紫炎の巨人は何かに強制されたかのように地面に頭をつける。
「『さぁ、世界は氷で支配される世界へと変貌した』」
瞬間、この一帯は雪国かと思わせるような世界へと変わった。
太陽を隠す雪雲。荒れる吹雪。どこかへ転移したかのように思わせるほどこの一帯は変貌した。
そして、氷柱は大地に伏せている紫炎の巨人に直撃し、
『な、なにが……………ッ!?』
狼狽する魔女。突然の変化に思考が追いつかない。
「寒いッ!? なになに!? どういうことよ!?」
突然の寒さに両腕を抱きしめ、寒さに堪える夏梅と同様に寒さに耐える鳶雄達。
ヴァーリが魔力で炎を生み出して暖を取る。
「アザゼル……………ッ! これはなんだ……………ッ!?」
『恐らくはこれが新井影斗の
ドラゴンのぬいぐるみから解析するアザゼルは続ける。
『事象を操り、運命さえも書き換えることが可能とされる
鳶雄達の視線の先にあるのは一方的な蹂躙だった。
『く……………ッ!』
無数とも思えるほどの魔法陣がこの一帯に埋め尽くす規模で展開される。
その魔法は影斗だけではない、鳶雄達やこの一帯に大きく被害が出るほどのレベルだ。
「『猛烈に荒れ狂う吹雪はその魔法をも凍て尽くす』」
だが、瞬時にその魔法陣は全て凍りついた。
「『さぁ、氷の姫君よ。その力を顕現し、紫炎の巨人を圧砕せよ』」
氷の世界と化したこの世界で氷姫は動けない紫炎の巨人に徹底的に攻撃を与え続ける。
『だが、これはおかしい。
そこでアザゼルは何か思い当たるかのような口ぶりで呟いた。
『いいのかい? この娘を取り返したいんだろう!?』
脅しにかかるアウグスタだが、影斗は新たに一筆書き加える。
「『氷の姫君を従えし少女と老獪の魔女よ。分離せよ』」
そして、ラヴィニアの体から光の球体が排出され、その光の球体はアウグスタを元の姿へと戻った。
「バ、バカな……………ッ!?」
ラヴィニアとアウグスタが離れ、影斗はラヴィニアを寄せ付けて優しく抱きとめる。
「面倒かけんな」
気を失っているラヴィニアに愚痴を溢し、鋭い眼差しと殺意をアウグスタに向ける。
『やはり、そういうことか』
その光景を目撃したアザゼルは疑問が確信へと変わった。
『これは亜種の
「亜種だと……………ッ! 新井影斗はその領域に至ったというのか!?」
驚愕に包まれる鳶雄達にアザゼルだけは冷静に言葉を紡ぐ。
『ああ、事象を操ることが出来る法典の力を使えば魔法陣だって容易に無力化できる。だけどそれだけじゃねえ。あいつの、新井影斗のヴィニアを救いたいという想いが氷姫に届いたんだ』
「そんなことが……………」
『氷姫も独立具現型の
「そ、そんなことってできるものなの……………?」
『普通じゃ無理だ。そもそも所有者以外に
「『さぁ、氷の姫君。主を辱めた老獪の魔女に裁きの鉄槌を』」
記載されるその言葉に氷姫の手には巨大な氷の戦槌が握りしめられ、それをアウグスタに向けて大きく振り上げる。
『あいつの、ラヴィニアを救いたいという想いがその領域に至れるほどに強かったってことだけだ』
「終わりだ……………ッ! 魔女!!」
振り下ろされた氷の戦槌を一身に受ける魔女は最後の言葉も残せないままにその命を無残に散らした。