『あけましておめでとう』
正月を迎えた鳶雄たち元陸空高校の生徒。
マンションの一室で慎ましやかに元旦を祝していた。
テーブルの上には立派なおせち料理。更にラヴィニアの前にはイタリアの正月料理が置かれている。
それを作ったのは鳶雄ではなく―――
「好きに食え」
影斗だった。
「…………………これ、全部、影斗が作ったの?」
「悪いか? 嫌なら食うな」
「いやいやいや! そんなことはないから!! こんな生活になって普通のお正月料理を目の前にできるなんて思わなくて!」
全員分のおせち料理やお雑煮まで見事なラインナップに驚きながらもそれを作った影斗にも驚かされる。
「影斗ってなんでも作れるんだな………………………」
「新井君、すごい…………」
素直に感心する二人。よく見れば独立具現型の
「別に俺の分のついでだ。後で作れって言われるのも面倒だしな」
「シャドーは素直じゃないのです。でも、ありがとうなのですよ」
「うっせ」
自分の故郷の正月料理まで作ってくれた影斗に感謝の言葉を口にするもそっぽを向く。
詩求子も喜びながら携帯電話で写メしてふと気づいた。
自分の分は他の人達の分よりも多くあるということに。
少し疑念を抱くと、もしかして以前に戦力にならないことを言った謝罪のつもりなのかもしれない。
そのようなやり取りのあとに皆で今年最初の食事を始めた。
食事の後で全員で初詣に向かう。
鳶雄たちでも参拝が許された神社。そこは異教の出の者が足を踏み入れても別段気にすることもない神らしい。女性陣はアザゼルから貰った着物を着こんで男性陣はいつもの恰好でその神社にやってくる。
影斗は「俺に祈る神などいない」と告げて行こうとしなかったが、そこは夏梅とラヴィニアが強引に連れてきた為に少し不機嫌そうにしていた。
鳶雄たちが石段に上がるが、同行せずにヴァーリと共に屋台で適当に食べ物を買っていた。
「ほら、熱いから気を付けて食えよ」
「新井影斗。君まで俺を子ども扱いするな」
タコ焼きを渡すも子ども扱いされたことに不服そうにするヴァーリはリンゴ飴も持って近くのベンチに座って食べ始める。
「能天気な奴等だ………………………」
こうしている間にも敵が何かしでかすかもしれないのに暢気に正月を満喫している暇なんてない。実際に日本の各所で怪しい術者が観測されている。
「ま、命令がなければ動けれない立場でもあるからどうにもできねえか」
今の自分達には総督の命令という任務を着実にこなして実戦馴れし、強くなっていくしかない。勝手な行動は死ぬことと同じだということぐらい理解している。
一息吐いて何か買うか、と思ったその時。
「………………………………兄さん?」
背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「……………………
「やっぱり、兄さんなんですね………………………」
振り返るとそこには着物姿の妹の姿がそこにいた。
「お前、どうしてここにいる?」
妹の姿を目視して眼差しが鋭くなる影斗の問いに怯えながらも答える。
「……………えっと、友達に誘われてここに」
「そうかよ」
それだけ聞いて踵を返し、どこかに行こうとする影斗に緋陽は声を飛ばす。
「待って、兄さん! 私…………私、兄さんに謝りたくて…………………ッ!」
「いらねえよ、お前の謝罪なんか」
「!?」
「こんな兄なんていらないんだろう? ならもうこんな愚兄に関わるな」
「それは…………………ッ!」
「あら、どったの? 知り合い…………って雰囲気じゃなさそうね」
石段から降りてきた鳶雄たちが影斗と緋陽に歩み寄るも、どこか険悪な雰囲気に当てられて首を傾げた。
「影斗、この子は? もしかして妹さん? さっき兄さんって聞こえたし」
「俺に妹なんていない。誰かと勘違いしてんだろう」
そう答えてどこかへ歩き始める影斗。
「影斗、どこに行くんだ?」
「その辺りを適当に歩くだけだ」
鳶雄の質問にそれだけ答えて人混みに紛れていく影斗に緋陽は取り残されて顔を俯かせる。
ただならぬ関係に鳶雄たちは困惑しながらも緋陽に声をかける。
「私は兄に許されないことをしました………………………」
隅にあるベンチで緋陽は影斗の友人たちである鳶雄たちに事情を話した。
「私と兄は幼い頃に母を亡くして、それから兄が母の代わりに家事をするようになりまして私もその手伝いをしながら生活していました」
「もしかしておせち料理も作ったり……………?」
「はい。毎年兄が作ってくれました」
妹の答えに全員が影斗の料理力に納得した。
「えっと、緋陽、さんは何年生?」
「高一です。あと、呼び捨てでもかまいません」
自分達よりも一つ年下の女の子。
「そう? なら緋陽。いったいお兄さんとの間になにがあったの?」
率直に尋ねる夏梅に緋陽は難しい顔を作る。
「…………………あれは兄が中三で私が中二の頃です。兄が暴力事件を起こしたんです。証拠も証言も目撃もあって兄は暴力事件の主犯として警察に連行されたことがあるんです」
その言葉に全員が目を丸くする。
しかし、緋陽は続ける。
「まだ未成年で被害者からも後遺症が残らない怪我だったので大事にはなりませんでしたが、兄は最後まで自分はそんなことをしていないと、否認していました。ですが、当時の私はそれが信じられませんでした。証拠も証言も目撃もあるのにどうして自分が犯した罪を認めないのか、それが許せなかった。私だけではなく、父も兄の友達も全員が兄を責めました。暴力魔と、犯罪者だと、誹謗中傷もいい言葉を散々言ってしまったんです」
「………………………えっと、でも無実だとわかったからお兄さんに謝ろうとしたんだよね?」
鳶雄はそう尋ねると緋陽は頷く。
「………………………はい。でも、無実だと気付いたのは本当に偶然だったんです。兄の友人である大樹さんが自分から私にそう言って来たんです。『悪い、お前の兄貴に罪を擦り付けちまった』と…………証拠も証言も目撃の全てがその人とその仲間がついた嘘だったんです」
「なにそれ! 全部そいつが悪いじゃない!!」
その話を聞いて憤る夏梅。しかし、その気持ちは鳶雄たちも同じだ。
「それを知った私は、兄に謝ろうとしました。ですが、もう兄は私の言葉を聞いてくれないぐらいに傷つけてしまいました………………………」
それからは鳶雄達の知る影斗だ。
誰も信用も信頼もしようとしない人間不信になってしまった。
緋陽の双眸から涙がこぼれる。
「…………私は、私は兄に『兄さんなんていらない!』と言ってしまいました。当然ですよね? 兄の言葉を全く信用しようともしなかったのですから当然の報いです。それから兄は卒業と同時に家を出ていきました………………今日出会えたのは本当に偶然です………」
兄である影斗のことについて語り終える少女の瞳からは涙が零れ落ちる。紗枝はハンカチを取り出して彼女に手渡す。
「ありがとうございます」と感謝の言葉を言って緋陽は涙を拭うと立ち上がって鳶雄たちに頭を下げる。
「あの、どうか兄をよろしくお願いします。私はもう、兄とよりを戻すことはできそうにありませんので」
「そんなことは………………………」
鳶雄はそこから先は言えなかった。
家族の問題にこれ以上口を挟むべきではない、とそう思ったからだ。
「では」と最後に頭を下げて離れて行く緋陽とすれ違う形で戻ってくる影斗。まるでタイミングがわかっていたかのように戻ってきた。
「そろそろ帰るぞ」
それだけ告げて踵を返すも、鳶雄が声を投げる。
「なぁ、影斗。妹さんを許してあげれないのか? それは酷いことを言われたかもしれないけど、家族だろ?」
「だからどうした? あいつと俺とはもう何の関係もねぇ。向こうから縁を切ってきたんだ。今更よりを戻す気なんてねぇよ」
「そんな言い方しなくてもいいでしょう!? 貴方の妹さんは本気で影斗とよりを戻そうとしているのよ!?」
冷たい態度と言い方に夏梅は声を荒げる。だが、影斗はそれを鼻で笑った。
「ハッ、だったらお前等は自分達に脅威を向けてきた相手と仲良く手を取り合って信用も信頼もできるって言うのかよ?」
「そ、それは………………………」
「俺はできねぇし、したくもねぇ。あいつは信用も信頼を自分から捨てた。感情的になっていたかもしれねえが、一度失った信用も信頼も元には戻らねぇんだよ。もう一度だけ言ってやる。あいつと俺とはもう何の関係もねぇ」
冷笑と共に言い切る影斗の頬を紗枝は叩いた。
「…………………どうして、そんな風に言えるの? 妹なんだよ? 家族なんだよ? 許してあげようよ………………………」
涙声でそう訴える紗枝。だが、影斗は無表情で告げる。
「妹だろうが、家族だろうが、許されないことだってあるんだよ。お前の価値観を俺に押し付けんじゃねえ」
「!?」
カッとなって手を上げる紗枝。だが、鳶雄が紗枝の腕を掴んで止めた。
「離して! 鳶雄!」
「落ち着け! 紗枝!」
鳶雄の腕の中で暴れる紗枝。それを冷淡に見据える影斗。
鳶雄たちの後ろにいる夏梅たちもなんとも言えない目で影斗を見据えていた。
「フン」
影斗は一人その場を離れて行く。
この場から姿を消した影斗。落ち着きを取り戻した紗枝に鳶雄は紗枝を離すもその瞳には薄っすらと涙が溜まっていた。
「家族なのにどうして許してあげられないの……………?」
紗枝は許されないことをしたとしても反省して謝れば許す。それが家族なら尚更だ。
それでも影斗は許さなかった。影斗の言う通り価値観の押し付けかもしれないけど納得できない。
「シャーエ。シャドーは好きなあんな酷いことは言わないと思うのです」
ラヴィニアは紗枝に歩み寄ってそう言う。
「シャドーと妹さんはもう住むべき世界は違うのです。それに万が一に『オズ』の魔法使いやアビス・チームに肉親を利用されないように無関係を装う必要があるのです。どこに敵が目を光らせているかわからないのですから」
「それって……………妹さんを巻き込まない様に」
鳶雄の推測にラヴィニアは頷く。
「真実はわからないのです。シャドーが本当に許しているのかはわかりません。ですが、シャドーは優しいですから例え自分が嫌われ者になっても家族を守りたいのだと私はそう信じるのですよ」
それもあくまで推測でしかない。
真実を知るのは影斗のみ。
それでもラヴィニアは影斗のことをどこまでも信じるかのように優しく微笑むのであった。