氷姫の操觚者   作:ユキシア

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神器は

冷たい床の上で目を覚ますと朝がきた。

起き上がると体中が軋むような音が鳴る。床で寝ていれば体が痛むのも無理はないと思いつつその元凶であるラヴィニアを睨むがそこにラヴィニアはいない。

とっくに起きて部屋から出て行ったのだろうと思い、着替えて部屋を出て行く。

昨夜に集まった部屋につくと既に三人は起きていた。

「あ、おはよー。影斗」

「おはよう、影斗」

「おはようなのです、シャドー」

夏梅、鳶雄、ラヴィニアが挨拶してくるなかで、影斗はラヴィニアの方に歩み寄ると両頬を引っ張った。

「いたい、いたいのです! シャドー!」

「うるせぇ、お前のせいで俺は床で寝る羽目になったんだぞ……」

涙目で訴えるラヴィニアに怨嗟に満ちた声音でラヴィニアの両頬をこねくり回す。

その光景に驚く鳶雄と夏梅だが、すぐに微笑ましい顔になる。

警戒心が強く、関わり合うことも拒絶するような雰囲気を醸し出していた影斗を鳶雄と夏梅は少し怖いという印象を抱いていた。

だが、今のラヴィニアで遊んでいる(本人は否定すると思うが)彼を見てそれが少しばかり解消できた気がした。

一通りラヴィニアの両頬をこねくり回した影斗にラヴィニアは両頬を押さえて「う~」と唸りながら影斗を睨むが本人は無視。

「………ところでお前等の朝飯はそれでいいのか?」

用意されているのはお湯が入ったポットとカップラーメンのみ。

レトルト食品が朝食なのに疑問を抱くと女子二人は頷いた。

「…………」

昨日、一度帰って材料持って来てよかったと思いながら台所に向かって自分の分の朝食を作る。

「影斗って料理作れるの?」

「当然だ。料理ぐらい作れて損はないだろう。言っておくがこれは俺の分だけだ。お前等はソレでも食っとけ」

男子の料理発言にポカンとする夏梅に影斗は淡々と調理を進めていくと鳶雄が隣に立つ。

「俺もいいか? 二人の分は俺が作るから」

「勝手にしろ」

男子二人で調理を進めていくなかで女子二人はその姿を呆然と見ていた。

二十分も経たずに卓に料理は並べられていく。

男子二人によって並べられた朝食に騒ぎ出す夏梅はとびきり喜び、二人の手をつかんで上下にぶんぶんとさせた。

「すごいわ、幾瀬くん! 影斗! ま、まさか、あなたたちがこんなにも料理男子だったなんて! いやー、私、いい拾いものしちゃったかも!」

その言葉の反応に困る鳶雄。

「二人の分を作ったのはこいつだ。俺は自分の分しかしていない」

眼前に並ぶ御飯、味噌汁、焼き魚と和食料理を食べ始める影斗に鳶雄は訊いた。

「和食、好きなのか?」

「朝はいつも和食だ。基本的なものなら和洋中何でも作れる」

「レパートリーが広い!」

予想以上の料理男子だったことに驚く夏梅。

「あ、それじゃあこれはシャドーが作ったものなのですね」

三人の前に並べられている料理の中に一つだけ場に馴染めていない料理がポツンと置かれている。

「ブルスケッタ。イタリアの定番料理なのです」

料理名を告げられて三人の視線は影斗に集まるなか、本人は目線を外しながら味噌汁を啜る。

「………材料が余っただけだ」

嘘だと三人は思った。

自分の分だけしか作らないと言っておきながら三人の分も作ってくれている。

口は悪いが、根はいい人だ。

「ふふ、トビーもシャドーもありがとうなのです」

微笑みながらブルスケッタを口に運ぶラヴィニアは「ottimo」と口にしながら食べ始める。

「カップ麺の袋を開けたままにしてしまったので、あとでヴァーくんにあげるのです」

「ヴァーくん?」

聞き覚えのない名前を出されて疑問符を浮かべる鳶雄。夏梅が嘆くように息を吐く。

「………昨夜言ったこのマンションに住む生意気な男の子よ。カップ麺ばかり食べていてね、私たちのカップ麺もその子から貰ったの。成長期なのに不健康すぎだわ。今度幾瀬くんか影斗の料理を振る舞ってあげてね!」

「そいつに頼め。俺は作らん」

拒否する影斗に苦笑する鳶雄。

食事が終えた頃、夏梅はあらためて口にする。

「さて、今日の予定だけれど、昨夜言ったように鮫島くんと合流するわ」

「それはいいけど、彼の居場所はわかっているのかい? それとも連絡すれば、ここに戻ってくるとか?」

鳶雄の問いに夏梅はケータイを取り出す。

「連絡は………ダメね。いちおう、鮫島くんの番号は無理矢理にでも手に入れたけど、電源切っているみたいで繋がらないわ。偽の番号を教えなかっただけまだマシなのかしら」

「それともそいつは死んでいるかだ」

「だいじょうぶなのです。シャークには私の術式マーキングを施してあるので、位置と生存を特定できるのです」

「さっすが、魔法少女」

ラヴィニアは小枝ほどのスティックを懐から取り出すと、その先端が青い光を発し始めた。

その場で立ち上がって、ぐるりと一回りする。すると、ある一定の方向にスティックが一層光を放つことが見て取れた。

その方角を指し示しながらラヴィニアは言う。

「こっちの方向にシャークがいるみたいなのです。ただ、反応がいまひとつ悪いのです。おそらく、私の魔法が及びにくい場所………相手が敷いた力場に入り込もうとしているのかもしれません」

「アホなのか? そいつ」

それを聞いた影斗は呆れた。

相手の有利な領域にわざわざ踏み込むなんて無鉄砲もいいところだ。

「………あのヤンキー、敵を倒すことに夢中になって、相手陣地に誘われたんじゃないでしょうね………っ!」

夏梅は歯ぎしりしながら、拳を震わせていた。半笑いをしているが、その双眸は憤怒の色と化している。

「鮫島鋼生を捕まえるわ! 戦闘覚悟でも、彼を放っておくわけにはいかない!」

それはウツセミとの戦闘を意味していたことに鳶雄も影斗も気付いていた。

 

 

 

 

 

「シャドーは何をしているのです?」

タクシーを拾って目的地に向かう中で影斗は己の神器(セイクリッド・ギア)に何かを記載いていた。

「お前には関係ない」

尋ねてくるラヴィニアの問いをバッサリと切り捨てる。

それでもじ~と見てくるラヴィニアに鬱陶しくなって仕方なく答えた。

「保険だ。相手はウツセミ以外にどのような力を持っているかわからない。だから用心に越したことはない。それに俺のはあいつ等のとは違う。自分で出来る範囲のところまで可能な限りの手を尽くす」

影斗の神器(セイクリッド・ギア)は鳶雄たちのような独立具現型ではない上に戦闘面に長けているという訳でもない。

なら、用心しなければあっさりと殺されてしまう。

昨日の大蛇。

殺意をぶつけてきた大蛇は自分を食べようとした。

あの時は状況も理解出来ず、その後もウツセミや神器(セイクリッド・ギア)の説明で余力がなかった。だがらそれを思い出してしまった今更になって手が震え出す。

「クソ……」

震える手を止めようと抑えるが、震えは止まらない。

これから向かう先では戦闘が起きる可能性が高いというのにどうして今更になって震えが出てくると苛立つ影斗の手をラヴィニアがそっと握った。

「大丈夫なのです。シャドーは強い子なのですから」

まるで子供をあやすように優しく話すラヴィニア。

神器(セイクリッド・ギア)を具現化させるには、一定以上の条件と力が必要になるのです。夏梅もトビーも力を淀みなく発現させる『タマゴ』を使って神器(セイクリッド・ギア)を覚醒したのです。だけどシャドーは違うのです。自分の力で神器(セイクリッド・ギア)を覚醒させるのは何気に凄いことなのですよ?」

影斗の左手をラヴィニアは両手で包み込む。

「――――想いの力。神器――――セイクリッド・ギアは想いが強ければ強いだけ、所有者に応えるのです。シャドーが強く想えばきっとその神器(セイクリッド・ギア)も応えてくれるはずなのです」

「想いの力………」

それが神器(セイクリッド・ギア)の力の根源なのかという疑問を抱いていた頃にはもう震えは止まっていた。

途中でタクシーを降りて四人は住宅街の端っこにある鮫島がいる廃業したデパートまでやってきた。


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