氷姫の操觚者   作:ユキシア

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死の直前

三階、四階と上がっていき、五階に辿り着いたときだった。

そこで待っていたのは―――――三十人以上はいるであろう、ウツセミの大群。各種様々な異形のバケモノたちが、怪しい眼光で睨んでくる。

今までに見た動物や昆虫のバケモノだけではなく、初めて見る巨大な植物のようなやつまでいた。

三人の視線が一点に注がれるのは、明らかに場違いの男の姿があった。

背広を着た二十代後半の男性は不敵な笑みを見せながら近づいてくる。

その男性は嫌味な笑みを見せながら言った。

「やぁ、これはこれは。三人も。いや、二人に下も入れて三人もいるのかな?」

男性の視線が鳶雄と鋼生に向けられ、鋼生はドスの利いた声で問う。

「………黒幕か?」

「――――の一人と言っておこうかな。私は童門計久という者だ。今回の『四凶計画』に参加している者だよ。楽しそうだからね、現場を見学しに来たんだ」

「………四凶? んだ、そりゃ」

聞き覚えのない単語。三人の反応に童門は怪訝そうな表情となる。

「ほう、まだ例の『堕天の一団(グリゴリ)』からは話されていないのかな?」

「グリゴリ……? それは旧約聖書に記されている堕天使の一団のことか?」

問い返す影斗に童門は感心した。

「なかなかの博識だ。彼等とは違う異能を持つキミは機関には必要なしと判断されてはいたが、これまでウツセミを倒してきたキミには評価を改めなければならないのかもしれない」

彼等とは違う異能。

それは独立具現型の神器(セイクリッド・ギア)であるか、ないかだろう。

しかし、これで今の会話で確信が得たことが二つある。

目の前にいる男性、童門とその黒幕が真に欲しているのは独立具現型の神器(セイクリッド・ギア)を保持している鳶雄たち。

そして、影斗たちに手を貸しているのは堕天使だということ。

何故、堕天使が手を貸しているのかはわからないが、薄々夏梅が話していた『総督』の正体が掴めてきた。

童門は指を鳴らす。すると、背後で待機していた怪物たちが一斉に動き出す。

「何はともあれ、キミたちを奪取させていただくよ。我々はその猫と犬を持つキミたちが欲しいのだからね。『ウツセミ』など、そのための前座の実験に過ぎない」

「本物の神器――――セイクリッドなんたらだっけか? わけのわからねえことに巻き込みやがってよ。いいから、俺のダチを開放してもらおうか?」

「確か、キミは前田信繁の友達だったようだね。うむ、彼はウツセミと化しているよ」

その一言に鋼生は、憤怒の形相となる。打って変っての濃厚な戦意を二人も横で感じ取れるほどに。

「落ち着け。返せと言ってもそいつが返すわけがない。……あの目は自分の欲望を満たすことしか考えていないクズの目だ」

本を開いて戦闘態勢を取る影斗は淡々と告げる。

「ああいう手合いに言うことを聞かせるのは単純(シンプル)だ」

「力づくってことか」

鋼生の左腕に再度ランスが誕生する。

「下賤だ、実に」

童門は吐き捨てるように口にした。

「……鳥頭と魔女っ子はまだ上がってこられないか? 黒幕をせっかく捉えたのにさすがにこいつは面倒だ」

鳶雄はうなづいて耳を押さえて二人に問いかける。

「皆川さん、ラヴィニアさん、そっちはどう? こっちは上階で大群と戦うことになりそうなんだ」

『こっちもね、外から侵入してきたウツセミと交戦中でなかなか抜けられないわ。ラヴィニアが燃やしても痺れさせても切りがないわ! たぶん、四十人ぐらい来てる!』

「……手回しは完了済みということか」

恐らくはこのデパート内に侵入した時からどこかで監視をしていたのだろう。

散っての捜索が今になって仇になってしまうとは。

「………ま、あの鳥頭じゃ、無理か。いいさ、やるだけやって勝てばいい」

鋼生は二人に言う。

「あの童門とかいう野郎だけは逃がすな、いろいろ訊きたいことがあるからよ」

「ああ、わかっている」

「ああ」

それだけを確認すると、一歩を踏み出す。

それに呼応するようにウツセミの大群も動き出す。

「『噴出する轟炎』」

火炎放射器のように左手から炎を放出して植物のウツセミを燃やしていくと同時に右手で新しい言葉を記載いていく。

目的は童門の捕縛。

なら、動けない様にそう記載すればいい。

「『童門計久の動きを封じる』」

これでもう童門は動けない。そう思って視線を童門に向けるが、何も変化は起こらない。

ただ、あごに手をやり、興味深そうにこちらに視線を送っていた。

こちらの戦いを観察していることに小さく舌打ちする影斗。

確かに記載したにも関わらず、変化がないのは相手が人間だからか?

それとも別の要因があるのか。

なら、と新たな言葉を記載する。

「『植物のウツセミは童門計久を捕らえる』」

狙いをウツセミに変更させる。すると、影斗を襲っていたウツセミが動きを変えて童門に蔦を飛ばす。

「なに――」

それに驚愕する童門は咄嗟に懐から札を取り出して何やら呪文のような言葉をつぶやくと童門を包む結界のようなものが現れた。

植物のウツセミはそれでも執拗に童門を捕えようとする。

それに見て童門は笑みを溢す。

「うんうん、わかった。やはり、本物は違う。目覚めたばかりでも人工物ではとうてい及ばない差を見せつけてくれる。特にキミ―――新井影斗だったかな? 現状では鮫島鋼生が一番神器を扱えると思っていたけど、予想外のことをしてくれる。ウツセミを操るとはね。――――――だから、次に移行しようか」

再び懐から札を取り出して呪文をつぶやいた。

「……土より生まれ出ずるもの、金の気を吐き、水の清めにより、馳せ参じよ」

札を手放すと――――札が意思をもったかのように宙を漂い始め、五芒星を形成していく。札の全てが怪しい輝きを放ったあと、床に大きな影が生れて、その影が盛り上がり、形となしていく。

三人の眼前に現れたのは三メートルはあるであろう人型の土の塊。

童門は笑う。

「これでも由緒ある術士の家系でね、さ、私の土人形でキミたちを捕えよう」

童門が指を鳴らすとそれに応じて、土人形がゆっくりと動き出す。

「………魔女っ子の魔法といい、てめえのバケモノ召喚といい、なんでもありかよっ!」

「それでもキミたちの持つものに比べたら、矮小であるんだよ。まったく、不愉快なことにね」

土人形が大ぶりにパンチを繰り出した。空気が振動するほどの勢い。直撃――――いや、かするだけでも大きなダメージが受けそうだ。

「『我が脚に加速の力を』」

記載した能力を発動させて、動きを加速させる。

鋼生は後方に飛び退いて距離を取り、一気にランスを突き刺していく。――――が、乾いた音だけがフロアに響くだけで、ランスは土人形の体に弾かれてしまう。

今度は鳶雄の子犬が翼のように生やした背中の一対の刃で斬りかかるが、それでも土人形にダメージは与えられない。

物理攻撃が効かないのなら、と影斗も左手を突き出す。

「『雪原の吹雪よ、吹き荒れろ』」

吹雪を発生させて凍らせようと試みる。

だが、土人形の表面が多少凍り付く程度でたいしたダメージはない。

その結果を見て童門は嘲笑する。

「どうやら、現時点では私の人形のほうがキミたちを上回っているようだ。――――では、仕上げといこうか」

童門は更に札を取り出して呪文を唱えた。札は三人の背後で展開して土人形を呼び寄せる。バックに現れた土人形、正面からも先ほどの土人形が詰め寄ってくる。

「…………くそったれ!」

「……………くっ」

「チッ!」

ほどなくして、鳶雄と鋼生は土人形によって取り押さえられてしまうなかで、加速の能力で辛うじて回避することに成功した影斗は舌打ちする。

「ああ、キミはやはり避けるよね」

「っ!?」

避けた先にも新たな札。そこから姿を見せる土人形からも逃れようとしたが、突然に疲労感が全身を襲い、膝をついた。

「なん、だ………?」

疲労感に襲われて、その間に土人形に取り押さえられてしまう影斗。

そこに――――ボキッと鈍い音がフロアを響かせる。

「――――――――――――っっ」

両腕が熱い。少しして冷静になった頭が何を去れたのか理解してしまう。

両腕を折られた。

「キミはすこしばかり念入りにさせてもらう。その詫びにどうしてキミが突然膝をついたのかを教えてあげよう。キミは神器(セイクリッド・ギア)の力を過信し過ぎたんだ。使えば使う程の疲労、体の負担が強いられる。走ったら疲れるだろう? それ同じだ」

突然影斗に襲った疲労感の正体を教える童門。

腕が変な方向に向いている影斗に鳶雄たちの顔がしかめる。

「さてさて、どうしたものか」

あごに手をやり、手元の携帯機器を見ながら何かを楽しそうに考え込む。

携帯機器をいじる手が止まった。鳶雄にいやらしい視線を送り、こう言う。

「ちょうど、この場にキミと縁がある者を連れていたようだ」

童門は背後で待機するウツセミに言う。

「後方にいる者は前に出なさい」

すると、後ろの列にいて正面からは確認できなかった者たちが複数現れる。

「………佐々木?」

それは鳶雄の友達だった。

「昨日、キミに一度倒された子だね。けれど、こちらの技術で、分身体を再生できるケースもあるのだよ。できない子もいるが、彼は幸運にも再生できるタイプだった。だから、パートナーを再び連れていける」

「やめろ、佐々木! 俺だよ、幾瀬だよ!」

呼びかける鳶雄。だが、佐々木は何も答えない。無表情のままその場に立つだけ。

「………無駄だぜ。こいつらを操る連中を叩かない限り、襲いかかってきやがるのを止めはしない」

童門は鳶雄たちの反応を楽しみながら、佐々木を捕われている子犬の前に立たせた。そこで佐々木の首を掴み、子犬が額に出している鋭利な刃に詰め寄らせる。

「まだ、ヒトを斬ってはいないのだろう? 『四凶』とされるキミたちの神器がヒトの血を覚えたとき何が起こるのか、実に興味深いとは思わないかな?」

狂気に彩らされる童門の瞳。

自身の分身である子犬に友達を斬らせようとしている衝撃の行動に絶句して、土人形から抜け出そうともがくが、微動だにできない。

「…………ッッ! てめえ、卑怯にもほどがあんだろう…………ッ!」

同様に暴れる鋼生が叫ぶが、童門は嘆くように息を吐くだけだった。

「何を言っている? もとはとえば、あの豪華客船に乗らずにいたキミたちが悪いのだ。まあ、それもキミたちのなかにいたそのセイクリッド・ギアが、危険を察知して熱を出させたのだと思うがね。しかも忌々しくも堕天の一団が関与したせいか、キミたちの不参加を事前に知ることすらできなかった。おかげで我々の計画は大幅に修正せざるを得なかった。よくもまあ我々を出し抜いて情報を操作したものだ、あの黒き翼の者たちめ」

童門は一転して苦笑する。

「いや、だからこそ、神の子を見張る者たち(グリゴリ)と呼ばれるのだろうか。ふむふむ、セイクリッド・ギアは神からの贈り物とされるからねぇ」

佐々木が鳶雄に視線を送り、口を動かす。

「うらぎりもの」

「佐々木……」

切ない心情が鳶雄に押し寄せてくる。

「何が………裏切り者だ……………この操り人形が……………」

その際に苦痛に耐え忍びながら影斗が言葉を投げた。

「てめえも……裏切ったなんて思ってんじゃねえ。こんなのが、裏切りになるわけねえだろう………そいつが本当にそう思っているのか、聞いてみやがれ!」

ペンが走った。

腕が折られたことによって警戒を解いた童門の隙を伺い、影斗は記載する。

「『佐々木、お前の気持ちを言え』」

乱暴に記載されたその言葉が佐々木を動かした。

「……………い………いくせ…………たす………けて………」

裏切ったことに対する憎しみの言葉ではない。友達を名前を呼び、救いを口にした。

「おい、この外道………さっきから話を聞いていたけど、お前の目的はそいつらであって今ウツセミになっている奴等じゃないはずだ」

「確かに。だけど、もともと『四凶計画』の実験体として多くの若者が必要だった。彼らの協力は必然だったのだよ」

どちらにしろ、結果的にはこうなっていた。

「………その『四凶計画』の四凶は神器とされた四神を指しているのか?」

その確信に満ちた言葉に童門の表情が一瞬、強張む。

それだけで答えを貰ったものだ。

「………博識とは思ってはいたが、なかなかどうして鋭い。どうしてその結論に辿り着いたのかその経緯を是非とも聞いてみたいところだが、止めにしよう」

「っ!?」

影斗を取り押さえている土人形の力が増していく。

「安心してくれ。キミが消えても『四凶計画』に支障はない。むしろ、キミという存在は邪魔だ。妨害される前に排除しておくとしよう」

「影斗!?」

「クソがッ!!」

影斗が殺される。

なんとかしようともがくが、土人形はビクともしない。

「…………クソ」

両腕が折られ、動きを封じられている影斗は抵抗することもできずに、自身の頭がミシミシとなっている音を聞く。

無様な死に方だと、影斗は思った。

このまま潰れたトマトのようになるのだろう。

奇しくも笑った。

あの時と同じだということに。

大蛇のバケモノに襲われていた時と同じだ。

いや、今の方がより絶望的かもしれない。

二人は身動きが取れない。助けてくれたラヴィニアたちもまだ交戦中。

この場で影斗を助けてくれる者は誰一人としていない。

「影斗! 今助けるから!!」

叫ぶ鳶雄にうるせぇと内心で愚痴る。

助ける前に自分達のことを考えろと思いながら影斗は諦めるように目を閉ざす。

下らない人生だった、と呟きながら死を受け入れる。

 

『今日の晩御飯は中華料理をリクエストするのです』

 

走馬灯のなかで呼び起こされるラヴィニアの声。

死ぬ間際で聞く声が、あいつの声だと思うとうんざりする。

想像のなかぐらい、空気を読んでくれ。

 

『だから、ちゃんと戻ってきて欲しいのです』

 

うるせぇ、と毒づく。

これから死ぬのだからもう会えないのは明白。中華料理は鳶雄にでも作って貰え。

最後の最後まで妙に首を突っ込んでくるラヴィニアに文句を言う。

名前で呼ばず、『シャドー』なんて妙なあだ名で呼ぶし、天然で無防備な恰好で男の部屋には来るし、人を勝手に優しい奴だの、好い人などほざくし、いい迷惑だ。

だけどもう、それを聞くこともない。

死ねばもう終わりなんだ。

それなのに………どうしてこんなにも死にたくないと思っているのか。

死にたくない…………まだ死にたくない。

生きて、あいつに文句の一つぐらい言いたい。

双眸を開かせる。その眼前には自身の神器(セイクリッド・ギア)がある。

 

――――――想いの力。神器―――――セイクリッド・ギアは想いが強ければ強いだけ、所有者に応えるのです。

―――――シャドーが強く想えばきっとその神器(セイクリッド・ギア)も応えてくれるはずなのです。

 

お前は俺の想いに応えてくれるのだろう?

願えば、その力を発現させてくれるのだろう?

俺は死にたくない。

運命を変えたい。

俺は物語の主人公みたいな凄い奴でもないし、特殊な血統もないし、才能だってない。

むしろ、平凡以下のモブキャラだ。

それでも諦めたくない。

俺に力を貸してくれ―――――。

 

 

ぐしゃり、とフロアにその音が響いた。

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