氷姫の操觚者   作:ユキシア

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大切な

鳶雄と鋼生は絶句した。

仲間の一人、新井影斗が殺されたことに言葉を失う。

影斗がいた場所、そこには夥しい血と血塗れとなった土人形の姿。

「てめええええええええええええええええええええええええええッッ!!」

憤怒の形相と化す、鋼生。

出会ったばかりの間柄とはいえ、共に戦った同士が殺された。

殺意を放す鋼生に童門は表情は変わらず、醜悪な笑みを浮かべたまま。

「影斗………」

碌に関わり合いを持とうとしなかった影斗。だが、優しい奴だということはわかった。

鳶雄は薄々気付いていた。

影斗だけならこの場から切り抜けられたかもしれないということに。

影斗の神器(セイクリッド・ギア)の能力が何かはわからない。けど、警戒心が強い影斗なら最後の力を振り絞って自分一人だけは助かることが出来たはずだ。

それなのに、その力を自分の為に使ってくれた。

裏切ってはいないということを教えてくれた。

その影斗を助けることも出来ず、死なせてしまった自分がいかに無力なのか思い知らされた。

苛まれる鳶雄に童門は何かを思い出して、おかしそうに口にした。

「幾瀬………か。ああ、そういえば、キミは確か東条紗枝と懇意にしていたというデータがあったね。いいだろう、会わせてあげよう。彼女もいいウツセミとなっているよ。思い出した!」

さらに醜悪に笑んで続ける。

「彼女は、実験中にこう何度も呼んでいたね。『とびお、とびお』―――――と。そうか、キミを呼んでいたんだね。納得したよ」

言葉もない鳶雄は――――奥歯を激しく噛み、怒りと悔しさのあまり、涙を止めなく流した。殺意に満ちた瞳で童門を睨むが、せせら笑うだけ。

――――――許せない。

こんな奴らを許せるはずがない……ッ!

俺を、佐々木を、紗枝を、そして影斗を、己の欲――――悪意で満たそうとしている。

視線を黒い子犬に向ける。

子犬の双眸は赤く、赤く輝かせる。

ドクン、と自分のなかで静かに脈動する何か。自分と犬が繋がっているという感覚を、昨夜よりも強く感じさせる。

なら、俺のために、《刃》となれ―――。

影斗を殺した奴を、奴らを斬る《刃》となってくれ!

鳶雄のなかで何かが、勢いよく弾けようとする――――――。

「俺に力を貸せェェェェェェェェェェェッ! おまえは《刃》なんだろうォォォォォォォォッ!」

オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ…………。

鳶雄の絶叫に呼応して、子犬はフロア全体に響き渡るほどの咆哮を上げる。

刹那―――子犬の体から黒いもやのようなものが生じて、広がっていく。

それは鳶雄の体にも現れて、ついには土人形すらも包み込む。鳶雄はゆっくりと起き上がろうとしていた。

強力なまでに押さえられていた土人形の腕力を、徐々に徐々に解いていき、ついにはその巨椀を破壊して解き放たれる。

鼓動はさらに高まる。呼応するように黒い子犬も全身から無数の刃を生やして土人形の腕を破壊した。

童門の前に立つと、鳶雄は手を前に突き出して一言つぶやく。

「――――全部、刺せ」

次の瞬間、男の後方に待機していたウツセミは影より生じた無数の刃で串刺しになる。

「………な、なんだ、これは!? 影から刃!? 無数の剣だと!? どうしたというんだ!?」

あまりの光景に童門は激しく狼狽して、視線を後方と前方と配り、混乱の様子を見せていた。

「…………思い付いたよ、おまえの名前」

横に構える子犬に言った。

「―――――《(ジン)》。おまえは刃だ。すべてを斬り払うための俺の刃だ」

そう、それが自分より生じた分身の名前。

鳶雄は子犬―――刃に命ずる。

「刃、斬れ(スラッシュ)

神速の速度で前方に飛び出して、残っていたウツセミのバケモノどもを一刀両断していく。

逃げようにも五階のフロアは、数え切れないほどの歪な形の刃が生える異様な空間と化していて、その刃によって成す術もなく、貫かれ、切り刻まれる。

突然の逆転劇に童門は狼狽え、首を横に振って顔をひきつかせる。

「バカな! 数十体を一瞬で始末したというのか!?なんだ! なんだ、その神器は!? 四凶ではないのか!? 影から刃だと!? 知らないぞ、そんな能力はッ!」

童門に詰め寄る鳶雄。容赦するつもりはない。影斗を殺した男なのだから。

「あとはあんただけだ」

眼前に立つ鳶雄を見て、童門は尻餅をついて、這うように逃げ出す。そこにさきほどの余裕は微塵もなかった。

「ひっ。くるなっ! こっちにくるなっ!」

まるで異物を見るかのような目。

手を出しかける鳶雄だったが、その横でまぶゆい輝きが生じる。見れば、魔法陣らしきものが出現して、そこから人影が現れた。

四十代ほどの男性が、魔法陣の中央から登場して童門に向かって叫ぶ。

「計久っ! ここは退け!」

「姫島室長!」

その名前に鳶雄は反応してしまう。

一瞬、気を取られた隙に童門はポケットから筒の様な物を取り出すと、こちらに放った。刹那、閃光がフロアに広がり、鳶雄たちの視界を遮断させる。

目がくらむなか、魔法陣から現れた男の声だけが聞こえる。

「―――――おもしろい。いずれ、まみれよう。《狗》よ」

目が回復したときには、すでに男たちもウツセミの姿は消えていた。

「くそったれが………」

鋼生が床を殴りつけて悔やむように声を絞り出す。

黒いオーラが消え伏せた鳶雄はドッと疲れが出て、その場に座り込むと涙が零れ落ちる。

「ごめん、ごめん………」

自分達の目の前で影斗が死んだ。

その仇も取ることが出来ず、二人は後悔と無力感に苛まれる。

もっと強ければ、もっとこの力が速く使えていたら、と後悔の言葉を並べる二人。

少しして、エスカレーターを上がってくる靴音がふたつ。

「幾瀬くん、影斗! 鮫島くん! 無事!?」

皆川夏梅とラヴィニアだった。どちらも服は汚れ、下での激戦をうかがわせる。

「影斗は………どこ?」

二人のただならぬ雰囲気のなか、顔を青ざめながら問いかける夏梅に二人は影斗がいた場所に視線を一点に向ける。

夥しい血が床に広がっているその光景に口を押える夏梅。

すると、ん? と首を傾げた。

「ねぇ、影斗はどこなの?」

「………そこにいんだろう」

「いないわよ? いるのは頭が潰れたバケモノだけよ?」

夏梅の言葉に怪訝して注視すると、そこにいたのは影斗ではない。

トカゲのバケモノだった。

「どうなっていやがる………?」

互いに顔を見合わせる二人はまるで狐に包まれた気持ちだった。

確かに影斗はこの場で土人形に取り押さえれて、その土人形に頭を潰されたはずだった。

だが、そこにいたのは影斗の遺体ではなく、バケモノの死体だ。

「シャドーがいたのです!」

ラヴィニアの声に三人は反応してそちらに視線を送るとそこには両腕は折れて、気を失ってはいるが、影斗がいた。

「よかった………」

どうやったのかはわからない。

それでも生きているだけでよかった。

「ったく、驚かせやがって………」

乱暴に影斗を担ぐ鋼生は毒づきながらも心なしか安堵の表情を浮かべていた。

「よかったのです」

ラヴィニアも微笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

不愛想な顔で窓の外を眺める影斗。

その両腕には大量の包帯を巻きつかれている。

廃業したデパートでの戦闘が終えた次の日の朝に影斗は目を覚ました。

目覚めた直後にラヴィニアからそれからのことを話してくれた。

四凶計画、空蝉機関、五大宗家など。

いくつかの悪い要因が集まって今回の事件が生れたということまでも全てラヴィニアは話した。

事情も目的も狙いも今となっては全てが明らかとなった。

「生きているんだな…………」

ぽつりと呟いた。

死んだと思った。だけど、気が付いたらマンションの自室で目を覚ました。

折れた両腕は治療中だが、ラヴィニアの魔法のおかげで痛みは引いて後に定期的に魔法をかけることで数日には治ると言われた。

魔法という便利な力ならすぐに治せれるのではと思ったが、魔法も万能ではない。

影斗自身の回復力に合わせて魔法をかけなければ悪化してしまう恐れがある。

不便ではあるが、自分が招いた不始末だ。これぐらいは別に何とも思わない。

それよりも――――。

「シャドー。あ~んなのです」

何故、看病しているのがラヴィニアなのか。

いや、百歩譲ってそれはいいだろう。

問題はどうしてナース服を着ているのかだ。

「………その恰好はなんだ?」

「『総督』に相談したら看病にはこれを着たら男は喜ぶぞと言っていたのです」

頭を押さえる影斗。

そして、いずれはその総督を殴り飛ばしてやると心に決める。

「私は早くシャドーに元気になって欲しいのです」

鳶雄が作ったであろう食事を持って来てくれたラヴィニアの懇意に耐えてしかめっ面で食べる。

口に入れた食事を味わいながらラヴィニアに視線を送るとラヴィニアは微笑んだままだった。悪意なんて感じない、子供のように無邪気というか無垢というかそんな笑顔だ。

どうしてこんなにも俺なんかに構うのか、それが気になって仕方がない。

ラヴィニアの考えがいまひとつわからない。

これが鳶雄や夏梅ならまだ同情という意味合いがあると予測はできる。

だけど、この笑顔からはそんなものは感じられない。

疑念を抱きながら食べさせられる影斗。

食事が終えるとラヴィニアは空となった食器を片付ける。

「シャドー、一緒にシャワーを浴びるのです」

「なにいってんだ、お前!!」

突然の爆弾発言に叫ぶも、ラヴィニアは着ているナース服を脱ぎ始める。

「シャドーは昨日から体を洗ってないのです。でも、シャドーは両腕は使えないのですから私が洗うのです」

ラヴィニアの言葉には一理ある。

確かに影斗はまだ両腕は使えない。体だって自分一人では洗えない今の状態では付き添いがどうしても必要になる。

その考えは理解できる。

だけど、年頃の男女ですることじゃない。

「あいつら、幾瀬か鮫島でいいだろう!?」

関わり合いを持とうとしない影斗だが、今回は本気で二人のどちらかに頼もうと思った。

男の前で平然と下着姿となるラヴィニアに男女の羞恥心がないのか。

「シャドーのお世話は私がすると言ったのです。ですので、私に任せて欲しいのです」

胸を張って言うラヴィニアはとうとう下着も取り払って全裸となる。

そして、影斗の服を脱がせようと歩み寄ってくる。

「ちょ、おい、やめろ、マジで………頼むから、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!」

絶叫を上げる影斗はその日、何か大切なものを失った気がした。

 

 

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