「やっぱり少し悪化しているのです」
手元に魔法陣を展開させると、影斗の両腕に淡い光が包み込む。
痛みが引いていく感覚を実感しながら両腕を治療される影斗は難しい顔をしていた。
「ヴァーくんの言っていたことが気になるのです?」
「…………ああ」
ヴァーリから自分の
ヴァーリの言っていた言葉はどれも正しい。
何一つ否定する言葉が出てこない程に。
問題点は複数あるが、一番は攻撃力が低いという点をなんとかしておきたい。
記載する内容と自身のイメージに比例してその威力は変わる。
記載する内容なら、より具体性のある内容を考えればいいが、イメージとなると難しくなる。
数日前までは仮にも普通の日常を過ごしていた影斗。
それが、魔法あり、
戦闘経験も実戦経験も少なすぎる今の影斗に確固なイメージを思い描くことは難しい。
ヴァーリの言葉通りに後衛か
独立具現型の
そうならない為にも個々で戦えるだけの力が必要だ。
頼れるのは己の力のみ。
その力である
「……………」
思考に耽っていると治療が終えたラヴィニアは影斗に視線を送り続ける。
「………なんだよ?」
「シャドーはどうして逃げないのです?」
「はぁ?」
「夏梅やトビーやシャークには戦う理由があるのです。ですが、シャドーにはないのです。無理をしてでも戦う理由もその義務もシャドーにはないのですから『総督』に頼めば保護して貰えるのですよ」
「…………」
「怪我を理由に………そうでなくてもいいのです。怖くて逃げても誰もシャドーを責めないのです。それでもシャドーは戦うのですか? 無理をしてでも協力する理由がシャドーにはあるのですか?」
真剣な声音で尋ねてくるラヴィニア。
影斗には助けたい人などいない。個人の感情を殺してでも協力をする必要もない。
両腕を理由に逃げても鳶雄たちはきっと責めないだろう。
真っ直ぐに見据えるラヴィニアの青い瞳に影斗はせせら笑う。
「はっ、そういうことかよ。ようは俺は足手纏いだから消えろってことか?」
「え?」
「確かにお前の言う通りだ。俺は弱い。それは俺自身も認めている。同じ境遇の幾瀬たちより戦う為の力がない。お前からしてみたら俺は雑魚なんだろな。憐れを感じるほど脆弱で矮小な存在なんだろう」
治療してくれた腕を見せて影斗は続けた。
「そんな雑魚がいくら策を講じようが無駄だ。その策を実行できるだけの力も経験もない。次の戦いはきっと過酷だろう。そんな場所に雑魚である俺がいたら迷惑この上ないな」
「ち、違うのです。私はそんなこと思ってないのです」
「だったら何でお前は俺に構う? 戦いから遠ざけるようなことを言った? そういうことなんだろう? お前は正しい。余計な損害が出るであろう俺はそうなる前にさっさとここから出て行けばいいんだろう?」
ラヴィニアをどかして部屋から出て行こうとする。
「面倒かけたな。これからは自分の身は自分でなんとかする」
去ろうとする影斗。だが、ラヴィニアは影斗の手を掴んで歩みを止めさせた。
「私は……もうこれ以上シャドーが傷ついて欲しくないのです。友達を心配してはいけないのですか?」
掴まれている手に力が込められる。
「シャドーは優しくてともて好い人なのです。なんだかんだと言うのも相手の事を考えていると思っているのです。ヴァーくんと戦ったのもトビーたちを守る為に少しでも強くなろうと思ったのではないのですか? そうでなければ、シャドーがそこまで戦いに身を投じる必要も理解できるのですよ」
怪我を負ったその腕を優しく撫でる。
「だから、私は……優しいシャドーが傷付いて欲しくないから言ったの――」
言葉を遮られる突然の浮遊感と背中への衝撃。
ドンッ! という音を部屋の中に響かせ影斗はラヴィニアを壁に磔にする。
「勘違いするな。俺は誰かのために戦う理由もあいつらを守る理由もない。人の事を知っているように話すな。虫唾が走る」
眼光が鋭くなる影斗はラヴィニアの胸ぐらを掴んで言う。
「お前の言う優しい奴が、好い奴が、治療してくれた相手にこんな風に乱暴にするのか? しないだろう。俺はお前の思っている奴じゃない」
「いいえ、やっぱりシャドーは私の思っている通りの人なのですよ」
「ああ?」
「シャドーには悪役は似合わないのです」
ラヴィニアの青い瞳からは微塵も恐怖を抱いてはいない。先程から変わらない優しくも陽気に包まれた穏やかな瞳だ。
そんな瞳を向けてくるラヴィニアに影斗は余計に苛立つ。
「………お前は、どうしてそんなにも俺を苛立たせる? そんな目を向けてくる……」
向けられてくる目が、笑顔が、言葉が影斗の心を荒らす。
苦渋の顔を見せる影斗の頬をラヴィニアは優しく手を当てる。
「大丈夫なのです。私は、シャドーを裏切ったりはしないのです」
それはとても優しい声だった。
透き通るほど綺麗な声音。聞いた者は皆、心宥めるだろう。
だが、その優しさが影斗の心を黒く染め上げるには十分だった。
「勝手なことをほざくな! お前に俺のなにが分かる!?」
叫びを上げる。
「親友だと思っていた奴に騙され、悪事を擦り付けられて、誰も俺の言葉なんか信じてはくれなかった!! 友達も教師も家族の誰一人信じてはくれなかった!」
何よりも堪えたのが、周囲の変化だ。
腫れ物のように扱い、無視して、侮蔑の眼差しを向けられて、時にが自分に正当性があるかのように暴力と恥辱と苦痛を強いらされた。
怒りに震える手は強く握り締められて血が床に落ちる。
「わかるか? 俺にとって人間は嫌悪の対象でしかない! あいつらもお前も俺は嫌いだ、大っ嫌いだ!」
「私はシャドーのこと好きなのですよ?」
嫌悪感を剥き出しに叫びを上げた影斗にラヴィニアは変わらない笑顔で言った。
「それにやっぱりシャドーは優しい人なのです。それだけ酷いことをされても恨みも憎しみを抱かず、ただ嫌っているだけということは心のどこかで許しているのです。酷いことをされてもまだ許しの心を持てる人はそうはいないのです」
その瞬間、影斗はラヴィニアをベッドまで投げ飛ばしてその上に覆い被る様な態勢を取ると、ラヴィニアの服に手をかける。
「これからお前を犯すと言ってもか?」
「シャドーはそんなことしないのです」
言い切るラヴィニアの瞳からは一切の疑念も抱いていない。
影斗のことを本当に信用しているこそ、そう言い切れたのだろう。
だから、それを反転させてやろうと思った。
服を乱暴に破り、ラヴィニアの白い肌を露にする。
「俺はすると言ったらするぞ」
ラヴィニアが影斗に向けている好意を嫌悪に反転させてやろう。
このまま蹂躙し、恥辱を与えれば流石のラヴィニアでもその相手を嫌い、憎むはず。
そうすればこの胸のざわめきも消える。
外気に触れるラヴィニアの腹部や豊満な胸に手を伸ばす影斗。
だが、手を伸ばすだけで触れることができない。
魔法などで動きを封じられているわけではない。
ただ単に影斗自身がそれを拒否しているかのように体が動かなかった。
「……クソ、どうして動かねえ」
度胸も覚悟もない自分自身に悪態をつく。
そんな影斗にラヴィニアは両腕を伸ばして影斗を抱き寄せる。
「……それでシャドーの気持ちが少しでも晴れるのなら抵抗はしないのです。でも、優しくはして欲しいのですよ、私は初めてなのですから」
変わらない優しい微笑みのままラヴィニアは告げる。
「もう一人で耐える必要も孤独に居続ける必要もないのです。だからもう自分から嫌われるようなことをしないで欲しいのです。私は、そんなシャドーを見るのが辛いのです」
氷のように冷たくなった影斗の心に温もりが伝わる。
その温もりはとても暖かく、居心地がいい。
凍っていた影斗の心を溶かす様に影斗の双眸から涙が落ちる。
「………うるせぇ」
その悪態にラヴィニアの微笑みは一層増した。