「……そんな、人間と妖怪が共生してる?」
「凄いね、お姉様」
私達は長の案内で里に着いた。そこで見たものは想像もつかないものだった。お姉様も吃驚していたけど、そりゃ吃驚もするよね。人間と妖怪が一緒に暮らしているんだから。
どうしたって種族間での溝は埋まらないはずなのに、この目に映る光景には何の違和感も感じ得ない。寧ろ親近感すら覚えてしまうのは何故だろうか。
「どうじゃ? お気に召しただろうか?」
「ええ、とても素晴らしい場所ね」
「本当に住んでも良いの、私達?」
「もちろんじゃ。今更一人二人増えた所で何も変わりはせんよ。寧ろ新しい家族が増えたと喜んでおるぐらいじゃ」
――家族。確かにこの里は、里と言う程規模の大きいものではない。皆の顔と名前を全て覚えられるぐらいには小さいだろう。とは言ったものの、入口から里の全体を見渡せる訳ではないので、断定は出来ないけど。
「ところで、今は何かの準備をしているみたいだけど?」
「夜に向けて宴の準備をしておる。お前さん達の歓迎の準備じゃな」
おー、嬉しい事してくれるじゃない。言われてみれば確かに、あちらこちらで美味しそうな匂いがする。じゅるり。
「お姉様の所為で、一週間近くほとんど何も食べてないからお腹ペコペコだよ」
「……」
「まあ、夜まで待っておれ。取り敢えず、儂の家まで来てもらおうかの。会って欲しい人物がおる」
長というからには大層な屋敷に住んでいるんだろうと思っていたが、そんな事は無かった。というよりも、同じような家ばかりで何処に誰が住んでいるか、区別するのが大変そうだ。これだけ規模の小さい里だから、建てたのも同一人物だったりするのだろう。
そういえば、里に住む事になったのは良いけど、肝心の私達の家はどうなるんだろう?
「長、お帰りなさい。その子達は?」
「うむ、今日からこの里に住む……そういえば、まだ名前を聞いとらんかったの」
「八雲紫よ。こっちは妹の桃」
「紫に桃ですね。私は水江浦嶋子と言います。水江とお呼び下さい」
水江、浦嶋子……うらしま。うーん、何か大事な事を忘れてるような気がする。結界という言葉もそうだったけど、何だか凄く懐かしく感じる。
「長、此処に連れてきたという事は――」
「お主にこの里を案内してもらいたいのじゃが、不満かの?」
「いえ、滅相もないです。寧ろ、私に任せて下さい」
「そう言うと思っておった。じゃあ、宜しく頼むの」
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私達は、水江に連れられてこの里を回る事になった。
この里の名物と言えば、中心に位置するこの大きな風車だそうだ。まあ、確かに入口からも見えていたから、凄く目立つ。
今はそんなに風が強くはないけど、物凄い勢いで回っている。上の方を良く見てみると、うっすらと人影が見える。目が合ったのかどうかは知らないが、此方に気付いたみたいで風車から降りてくる。
「お、水江さんじゃないか。そっちは新入りかい?」
「はい。姉の紫に、妹の桃です」
「妖怪の姉妹なんて珍しいな」
まあ、半ば強引に妹認定されたんだけどね。ああでもしなかったら私、今頃はこの世に居なかったかもしれないし。いや、それ抜きで考えても生き残れたかどうか怪しい。
新入りという言葉から察するに、この里の外では色んな妖怪が跋扈しているのだろう。それで、私達みたいにこの里に流れ着いて永住の地とする訳だ。そう考えると、私達は意外と運が良かったのかもしれない。お姉様の能天気な行動も、強ち馬鹿に出来ないようだ。
「そういう貴方も妖怪みたいだけど?」
「申し遅れたな。俺は風車の妖怪だ。……勘違いしないで欲しいんだが、俺の種族が風車じゃないからな。あくまで風車を動かしてるから『風車の妖怪』な」
「じゃあ風(ふう)さんって呼ぶね」
名前は特に無い、か。そういえば、長の名前も聞きそびれているけど、もしかしたら無かったから名乗れなかったのかもしれない。
名前が無いとなると、この頃の妖怪の存在意義って何であろうか。私の居た時代だと、妖怪は人間を襲い、人間はそれを退治するっていう決まりがあって……。
あれ? 私、何を考えて――。
「でな、俺は何故か風を操れるみたいで、今日みたいに風の弱い日はこうやって風を操って……って聞いてるか?」
「え、う、うん。聞いてるよ、風さん」
「そうか。でな、何故俺が風車を操っているかと言うとだな……」
……結論、話好きの妖怪だった。ちょっと面倒臭いけど、何処か憎めない性格だ。
次に向かったのが、この里唯一の水源になっている川だ。山の上流から、遠路はるばる里の西側まで流れてきた清水で、凄く透き通っていて綺麗である。
思わず覗き込んでみると、お姉様に良く似た顔が映った。やっぱり私は妖怪なんだ、としみじみと思う。
「あら、うらしまちゃん。そっちの子達は新入り?」
「ええ。姉の紫に、妹の桃です」
「姉妹? 双子の間違いじゃないの?」
それだけ似ていると言いたいらしい。まあ、顔だけ見れば区別はつかないと思うけど。ちょっとお姉様の方を見てみる。……目が合った。まったく、どうでもいい所で良く似てるんだから。
「私の方が五年先に生まれたのよ」
「大丈夫ですよ、紫。彼女が本気で疑っている訳ではありませんから」
「ごめんなさいね。私は水の妖精よ。名前は特に無いの。これから宜しくね?」
名前が無い事にはもう突っ込まないけど、流石に不便だろう。というか、今まで名前無しでどうやって生活してきたのだろうか……。
風さんの時は咄嗟に口が開いたけど、今回はちょっと捻ってみよう。水の妖精……。んー、駄目だ。全然思いつかないからもうそのままでいいや。
「よろしく、水(すい)ちゃん」
「あらやだ。可愛い名前を貰っちゃったわ、うらしまちゃん」
「それはそれは良かったですね、水ちゃん?」
「もう。素直じゃないんだから、うらしまちゃんったら」
「……貴女には負けますけどね」
……仲が良さそうで何よりです。
日も落ち始めて辺りが暗くなってきた。もう直ぐ宴会の時間みたいだけど、もう一ヶ所寄っておきたい場所があるんだとか。それがこの里の東端に位置している神社だ。
水江は神社って言ってたけど、私には普通の家屋にしか見えない。造りに違いも見られないし。これって私の感覚が可笑しいのかしら。
「二人とも、紹介します。こちらが、この里の神様です」
「「――え?」」
え、いや、長ですよね? 里長ですよね?
「なんじゃ、儂が神様やってたら駄目かの?」
「でも、長からは妖怪の気配がするのだけれど」
「確かに元々は妖怪だったんじゃが、何時の間にか神様になってての。不思議なもんじゃな」
……そんなのアリですか?
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「ふーん、水江って巫女だったんだね」
「巫女って何かしら?」
「簡単に言うと、神様に仕える人間の女性のことを指します。大抵は十代から二十代のうら若い女性が務めるべきなんですけどね」
「まるで自分は相応しくないみたいな言い方ね」
「こう見えても、私は純粋な人間ではないんですよ。かれこれ五百年程は生きていますから」
それ『純粋な人間じゃない』で済む問題なのかしら。不老不死の人間って、最早人間じゃない気がするんだけど。お姫様然り、焼き鳥屋然り。
……それにしても五百年ねぇ。確か私の知っている限りだと、人助け――人だったっけ?――して竜宮城に招待されるんだよね。
それは海の底、つまりは人間には普通手の届かないであろう深海に位置する場所。そこは摩訶不思議な場所であり、時間の流れからして異なる異世界のようなもの。地上での一年が、竜宮城ではおよそ百分の一に換算されるとか何とか。この竜宮城での生活は非常に優雅なものであった為、時の経過も忘れる程に楽しんだ。
けれども、三年経過したとある日に、ふと思い出してしまう。地上での生活の事を、置いてきた家族の事を。居ても立っても居られなくなったので、すぐさま地上に戻った。その手には、開けてはならないと言われた玉手箱を持って。……で、開けちゃいけないって言われたら開けたくなるのが道理な訳で。あれ? そうすると今の水江の容姿は――。
……これは私の、記憶? 私はいったい――。
「桃っ! 返事をしなさい、桃っ!」
「お、お姉様」
「どうしたのよ、まったく。早く行くわよ」
「え? 何処に?」
「何処って宴会に決まってるでしょう? 私達が主役なんだからっ!」
外は何時の間にか完全に陽が落ちていて、無数の星が煌めく綺麗な夜空になっていた。ただ、所々に火が灯してある為にそこまで暗くは無く、寧ろ眩しく感じるくらいだ。
それに凄く騒々しい。勿論、良い意味で。里を挙げての宴会なんだから、それもまた然り。
「あ、貴女方が新入りさん……ですよね?」
「うん? そうだけど……君は?」
「申し遅れました。私はこの里の巫女を務める、千里と言います」
「巫女は水江がしてるんじゃないの?」
「あ、はい。水江様と一緒にお仕事をしています。私はまだ見習いなんですけどね」
水江はそんな事言ってなかったけど、そうか巫女は二人居るんだね。さっきの水江の言葉――純粋な人間ではないって事を、本人はかなり気にしているようだ。
現に彼女、千里は人間である。千里の内から溢れ出る力、それは紛れも無く霊力なのだから。それもかなりの高密度。何故、霊力である事が分かったのかは、感覚的なものなので説明のしようがないが。やっぱり私にとっては懐かしいものであるらしい。
兎に角、水江が人間の少女を巫女として担ぎ上げた事は、否定の出来ない事実だ。
「ああ、こんな所に居たんですね、千里。探しましたよ」
「あ、水江様。私も探してました」
こうして見ると不思議なもので、お互いに似たり寄ったりな姉妹のようにも見えて、親子のような関係にも感じ取れてしまう。実際問題として血は繋がっていないのだろうけど、ある種の親和性に包み込まれている。そんな雰囲気を、二人は醸し出している。
「何処行ってたの、水江?」
「さっき言ってたでしょう? 何で聞いてなかったのよ」
お姉様には聞いてないんだけど。言い方が一々癪に障るのよね。まあ、考え事して聞いてなかった私が、一方的に悪いんだけど。……あれか。結界に嵌まった時の事を悪く言ったの、まだ根に持ってるんだね。あれは完全にそっちが悪いのに。
「まあまあ、紫もそんな言い方しないで下さい。私達巫女は宴の間、里の外の見回りをしないといけないんですよ」
「数年前、非道な妖怪に侵入された事があって……。幸い怪我人は出なかったんですけど、用心するに越した事は無いですからね」
「水江は分かるけど……千里もやるの?」
「ふふ。こう見えて千里は、この里では私に次いで強いんです。今の紫と桃では歯が立たないでしょうね」
「み、水江様は過大評価が過ぎます」
そんなに強そうには見えないけど、見習いとも言ってたし。けど、水江が言うからには間違いはないんだろう。見回りはそれなりに危険であるだろうから、相応の実力を持ち合わせている事は想像に難くない。
でもまあ、これが妖怪としての性なのか、こんなに可愛らしい娘がそんなに強い訳が……ねぇ。
「まあ、いずれ分かると思いますよ。じゃあ、二人とも宴会を楽しんで下さいね」
そんな含みを持たせた言葉を置いて、水江と千里は行ってしまった。
その後の記憶は、全くと言って良いほど無かった。それは、この一日で得た様々な疑問について耽っていた為か――。あるいは、お酒を飲んだ所為か――。真偽の程は、定かではない。