昨日は酷い目に遭った。私が勝手に魔法を使ったのがいけないのだけれど、まさか事の一部始終を見られていたとは思わなかった。お姉様にも聞いてみたけど、私達は全く気配など感じなかった。
あの後、夕餉の時間を超えてずっと正座させられ、水江の有難いお話しを聞く羽目になった。……実のところ、水江が恐すぎて話の半分も覚えてはいない。けど、口を酸っぱくして言われたのが、里の一員としての自覚を持ちなさいとか、迷惑をかけてはいけないとか。うん、自分の新しい力に舞い上がってしまっていたのは素直に反省するべきところ。妖怪――力を持つもの――としての立ち居振る舞いは、確かに重要である。それが根底にある『矜持』の部分に繋がっていくのであろうから。私にはまだ良く判らないけれど。
……ちなみに、未だに足がピリピリする。
さて、反省はこのあたりにして気持ちを切り替える。居間からはとても美味しそうな匂い、言わずもがな朝餉の時間である。結局、私達は長の神社で一緒に暮らすことになったのである。本来神聖な神社に妖怪が住んで良いのかと懐疑の念を抱いていたけれど、何か突っ込んだら負けな気がしたので好意として受け取った。ちなみに水江と千里も一緒なので、五人家族として暮らしているようなもの。
「水江、今朝もご苦労さん。それじゃあ――」
『いただきます!』
今日もこうして始まっていく。役割的には長がお父さんで水江がお母さん、千里は……可愛い妹、かな。まあ飽くまで私のイメージである。本来、長と水江は主従関係だし、千里も生きている年数的に私達よりも遥かにお姉さんだ。
「千里、今日は一人で見回りをお願いしますね」
「はい。水江様は桃姉さんと修行ですか?」
「そうですね。言う事を聞かない問題児がいますから」
「……あ、あはは」
……耳が痛い。自業自得だけども。
「見回りに行く前までは、紫に結界の使い方を教えてあげて下さい」
「はい。紫姉さん、宜しくお願いしますね」
「ええ。こちらこそ、お手柔らかにね」
親しき仲にも礼儀ありなんて言うけれど、千里のは度が過ぎていた。初めて名前を呼ばれたかと思ったら『桃様』なんて言ってくるものだから吃驚した。まあ、初対面同然だから親しいも何もないんだけど、距離を置かれているようで嫌だった。何故か色々揉める事にはなったけど、最終的に『様』ではなく『姉さん』に落ち着いた。貴女の方がお姉さんなんだけど……なんて無粋な事は言わない。
ちなみに、お姉様は『紫様』と呼ばれて満更でもない感じだった。単純だなぁ、お姉様は。
「それで、二人はこの里に馴染めそうかの?」
「うん。まだそんなに交流はないけど」
「私、姉さんたちと一緒に見回りに行けたら嬉しいです」
「……ふふ。千里の為に、私達も頑張らないとね」
千里は一人前の巫女になる為、毎日修行と見回りを欠かさない。なので、必然的に私達と顔を合わせる時間が少ない。こうやって談笑出来るのは、朝と夜だけなのだ。
そもそも水江は、千里に一人で見回りを任せるくらいには信頼を置いている。けれど、当の千里自身がそれに納得していないらしい。私はまだまだ未熟の身であると。全く、ストイックな娘である。一体誰に似たのやら……。
まあそんな千里だからこそ、水江や長、里の皆も信頼と親愛をもって接する事が出来るのだ。
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朝餉の時間も終わり、千里は既に見回りに出かけていた。私はというと、水江の監視のもと力の制御に勤しんでいた。私には、妖怪特有の力に加え、魔を操る力が存在する。力を扱うときに両者の力が主張し合って、上手く扱えない。当面の目標はこの部分を解決すること。一応無理矢理に使う事も可能であるが、心身への負担が大きくかかるらしい。それが重なると副作用が起こり、力を使う際に非常に不安定になるとの事。簡単に言えば力の暴走だ。
……そんな危ない事はもっと早く言ってほしい。
解決方法には二つあって、一つは力の分離。妖力を使うときは妖力のみ使い、魔力を使うときは魔力のみを使うようにする。単純で分かり易い半面、効率が悪いのが難点。扱える力の量が減るのだから当然である。
二つ目は力の変換。妖力を使うときは、魔力を妖力に変換して妖力の一本化を図る。魔力を使うときも同様で、妖力を魔力に変換して魔力を行使する。
慣れてしまえば、どちらの方法も苦も無く出来るようになるらしい。ならばということで、後者を主に扱っていく事にした。とは言え、前者の方も出来ないと不便だと思うので練習はしていくつもり。差し当たって必要なのは力の変換が出来る事。
「さて、昨日の復習からやりましょうか」
「うん。それは良いんだけど、なんでお姉様まで居るの?」
「良いじゃない。千里はもう行ってしまって暇なのだから」
「紫、今日は桃に付きっ切りですからね」
「……ええ、それでも良いわ」
水江の指針としては、結界術を習得する為に力の扱いに慣れる方向が望ましいみたい。要するに、必要だからやるという状況をつくれば良い。確かに、目標も無くひたすらに基礎練習をしても上達しているのか分からないし、長続きしないような気もする。
お姉様と違って、私は割と飽きっぽい所がある。水江はそんなところもお見通しなんだろう。私達の事をちゃんと見てくれて、その上で平等に扱ってくれる。お姉様だってそれくらい理解しているはず。
「やはりまずは力の可視化ですね。掌に意識を集中させてみて下さい」
「それなら出来るよ。――ほら」
「……変な癖が付きましたね。勿論、それでは駄目です。力が混ざってしまってます」
やはり、とでも言わんばかりに否定された。本来、力を具現させたときには自身を表す色が出るのだ。水江は白に近い水色でお姉様は紫色、千里は赤色。私の場合はそれが二色に混ざっている。魔力は無色だが、妖力が多少赤味を帯びている。見ないふりをしていたけど、改めて見ると目立つ。……確かにこれでは駄目だ。何かきっかけが――。
「不思議よね、桃の力って。色んな色に変化するものだから、見ていて飽きないわ」
「魔法に属性を持たせるために必要だと思ったからね。色が変わるのは仕方が……ん?」
魔法の属性を変える要領で、力の性質も色を変えることで変換出来るのではないだろうか。理屈で言えば可能な気もするし、物は試し。妖力の方が少ないから魔力に統合する形で、無色にするイメージを強く持つ。
「……水江、出来たっ!」
「あら、コツを掴むのが早かったですね。じゃあ、次は力の変形です」
「うん、四角形にするんだよね」
「そうです。キューブを思い浮かべると良いですよ」
変形に関しても、魔法を使った時に出来ているからそんなに苦労はしないはず。今までの経験からイメージする事が特に大事だと分かった。先程は妖力を変換して魔力にしたので、今度は魔力を変換して妖力を練り上げていく。私の服の色に良く似た、薄い赤色をした球状の力が具現される。時間が掛かるという問題点があるものの、力の変換についてはもう問題ないだろう。
ここから水江に言われた通り、キューブを想像する。すると球状だった物体に尖りが現れ始め、瞬く間に綺麗な真四角となった。……ふむ、昨日教えてもらった時とは打って変わって絶好調だ。本当にコツを掴んだのかも。
「良く出来ました。でも本題はここからですよ」
「あっ! ……簡単に壊れちゃった」
「こうして突いただけで崩れてしまっては意味がありません。なので衝撃に耐えうる『強度』を付けないといけません」
「どうすれば良いの?」
「やり方は追々説明します。何度も言いますが、焦ってはいけませんよ。千里でも一年掛かりましたからね」
「そんなに時間が掛かるものなのね」
力の暴走が起こるくらいだったら、ゆっくり確実に成長していければ良い。幸いなことに私達は妖怪、時間ならいくらでもある。
「桃、練習はこれくらいにしておきましょう。千里がそろそろ帰ってくるはずよ」
「……もうそんな時間なんだ」
「ふふ、お疲れ様。明日の予定ですが、桃は千里と練習して下さい。紫は私と一緒に見回りに出かけますから、今日はもうゆっくり休んで下さい」
まだ私達の生活は始まったばかりだけど……いや、だからこそ色んな事が新鮮で時間があっという間に過ぎていく。こんな夢のような時間がずっと続いていくと考えると、心が温かくなる。これは予測だけど、お姉様も同じことを考えているはず。この感覚を私は……知っている気がする。まあ、とりあえず――。
――明日も楽しみだ。